光で動く“目に見えない”歯車が、医療と工学の未来を変える

光を動力源とする目に見えないほど小さな歯車を、スウェーデンの研究チームが開発した。史上最小となるオンチップモーターの実現への道を開く成果であり、医療やマイクロロボットの分野での応用が期待されている。
光で動く“目に見えない”歯車が、医療と工学の未来を変える
Photograph: Gan Wang

機械を極限まで小型化することは、ナノテクノロジーの大きな目標のひとつである。だが、歯車やモーターのような複雑な仕組みをミクロスケールで再現するのは容易ではなく、長年にわたって直径0.1mm程度が限界とされてきた。

そこでスウェーデンの研究者たちは、機械的な歯車列を光に置き換えるという発想の転換で技術的な壁を突破した。光の干渉によって回転を生じさせる新たな仕組みによって、マイクロチップ上に配置した直径数十マイクロメートルという髪の毛より細い極小の歯車を、レーザー光を照射するだけで同時に動かせるというのだ。

「この光で駆動する歯車列は、回転を直線運動に変換したり、周期的に動かしたり、微小な鏡を制御して光を偏向させたりもできます」と、研究を主導したヨーテボリ大学のガン・ワンは説明する。「これはミクロスケールにおける力学を根本から捉え直す新しい考え方です。かさばる機械的な結合を光に置き換えることで、ついにサイズの壁を克服したのです」

光で動く“目に見えない”歯車が、医療と工学の未来を変える
Photograph: Gan Wang

ミクロスケールの精密機械を実現

この歯車の核心は、「メタサーフェス」と呼ばれるナノサイズの構造体にある。メタサーフェスは、ガラスやシリコンの基板に金属や誘電体のナノ構造を刻んだ人工材料で、厚みは髪の毛の100分の1以下の数百ナノメートル程度しかない。一般的な研究用サンプルは数ミリから数センチ角で、指先に収まるほどのサイズ感だ。

メタサーフェスに光が当たると、その微細な構造が光を散乱させ、反作用によって回転力が生じる。また、レーザーの強度を調整すれば回転速度を制御でき、偏光を変えれば回転方向を逆転させられる。こうしたシンプルでありながらも強力な仕組みによって、従来は不可能と考えられてきたマイクロエンジンの制御が可能になった。

ワンらの研究チームは、この光駆動歯車を組み合わせてギアトレーン(歯車列)やラック・アンド・ピニオン(回転力を直線の動きに変換する機構)といった複雑な機構を、ミクロの世界で再現することに成功した。これらの機構は、歯車のサイズ比によって回転速度を変化させたり、円運動を直線運動に変換したりできる。さらに、微小な鏡を機構に組み込むことで、光の方向を自在に切り替えられるという。

特筆すべきは、こうした仕組みを従来の半導体リソグラフィ技術(光や電子線などを用いて回路パターンをシリコンウエハー上に転写する技術)で製造できる点だ。シリコンをベースに作製されたメタサーフェス上の歯車は、標準的な論理回路である相補型金属酸化膜半導体(CMOS)との互換性が高く、大量生産にも適している。数万個のモーターを1枚のチップに並べ、光を当てるだけでそれらすべてを同時に動かすことも可能ということだ。

さらにレーザー光には、接触を必要とせず外部から容易に制御できるという強みもある。これは電気や磁気を使った従来の駆動方法と比べて大きな利点となりうる。外部干渉が少なくなるほど、複数の歯車を並列に組み込んだ際に生じる相互干渉のリスクも減るからだ。このように歯車を光で駆動させるという発想の転換によって、ミクロスケールの精密機械が初めて現実のものとなった。

光で動く“目に見えない”歯車が、医療と工学の未来を変える
Photograph: Gan Wang

マイクロマシンへの応用可能性

研究チームは今回、歯車の直径を最小で16〜20マイクロメートルまで縮小することに成功した。これは人間の細胞とほぼ同じサイズであり、医療分野への応用可能性を大きく広げる成果だという。光で動く歯車を使えば、薬剤の流れを制御するポンプや、血管内で開閉するバルブの役割を果たすマイクロマシンを体内で駆動できるかもしれないからだ。

研究者たちによると、医療分野への応用において重要なのは、光の波長選びだという。研究チームが採用した波長が1,064ナノメートルのレーザーは、生体組織や水による吸収が少ないことから、細胞に照射しても比較的安全とされる。さらに、光を歯車のみに集中させられる仕組みを構築できれば、生体サンプルに直接光を当てることなく非侵襲的に動作するマイクロマシンの実現も夢ではない。

こうしたマイクロマシンは、医療分野だけでなく光学デバイスやマイクロロボティクスの分野でも活用される可能性がある。例えば、光を動的に制御するマイクロミラーや、流体中で微粒子を操作する装置としての応用が考えられる。オンチップ光学素子との統合により、新しい種類のプログラマブルデバイスが生まれるかもしれない。光を使った駆動原理は、極めて柔軟で拡張性が高い。

今回の研究は、ミクロスケールの力学を光というまったく新しい視点から再構築する試みである。重く複雑な駆動系を必要とせず、ナノ構造とレーザーの相互作用だけで動作する歯車が、今後の科学技術をどう変えていくのか。目に見えない歯車の回転から、未来の医療と工学の大きな可能性が垣間見える。

(Edited by Daisuke Takimoto)

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