脳は起きているときも部分的に“昼寝”をしている:研究結果

わたしたちが起きている間にも、脳のさまざまな部分が少しだけ“昼寝”をしているのかもしれない──。そんな驚くべき研究が、脳波と睡眠の定義を覆すこれまた驚くべき研究によって明らかになった。
脳は起きているときも部分的に“昼寝”をしている:研究結果
Photograph: Kseniya Ovchinnikova/Getty Images

動物が生きていくにあたり睡眠は欠かせない。人間の場合、1日のうち約3分の1は脳全体で睡眠をとるという。

一方で、動物のなかには特別な睡眠ができる種もいる。例えばイルカやクジラがとるのは、片目を開けたまま大脳皮質の半分だけを眠らせる半球睡眠だ。渡り鳥のなかには飛行中、特に上昇気流に乗っている数十秒の間に短い半球睡眠をとる種もある。

人間も半球睡眠できれば便利だと思うだろうか。このほど学術誌『Nature Neuroscience』に掲載された論文によると、全球睡眠をとる生物も脳の一部を瞬間的に眠らせることがあるという。

「脳が起きているときに、脳のさまざまな部分が少しだけ“昼寝”しているのを発見して驚きました。パートナーが話をうわの空で聞いている様子を見て、それとなく気づいていた人も多いかもしれませんね」と、カリフォルニア大学サンタクルーズ校の生体分子工学教授であるデイヴィッド・ハウスラー博士は冗談交じりに言う。「ちなみに意外かもしれませんが、この現象に男女差はほとんど見られませんでした」

新しい脳波のパターンを探せ

きっかけは、新しい脳波のパターンを探す研究にあった。脳の神経細胞から出る脳波は、通常0.2〜20ヘルツの振幅や波長をもつ微弱かつ周期的な電気的活動である。ところが今回の研究では、それより短いミリ秒単位(1秒の1,000分の1)が、睡眠と覚醒における脳の状態を表す基本単位である可能性も明らかになった。

睡眠と覚醒は、明確に異なる脳波の状態によって区別できる。大まかに言えば、わたしたちが覚醒しているときの脳波は速く動き、振幅が小さく波長も短いベータ波(14~30ヘルツ)とアルファ波(8~13ヘルツ)が主体だ。これに対して眠っている間の脳波はゆっくりと動き、振幅が大きく波長も長くなるシータ波(4~7ヘルツ)が増え、眠りが深くなるとデルタ波(1~3ヘルツ)が主体になるといった特徴がある。

しかし、脳波計で取得された未処理の脳波にはさまざまな周波数の波が混在しており、これまで基本とされてきた睡眠・覚醒の特徴以外にも別の何かを秘めている可能性がある。そこで、ワシントン大学セントルイス校とカリフォルニア大学サンタクルーズ校の共同研究チームはニューラルネットワークを訓練し、膨大な脳波のデータから知られざるパターンを検出しようと試みた。チームが使ったのは、ニューラルネットワークの訓練用に記録・保存されていたマウスの脳波のデータだ。

これらの脳波は、マウスに軽量なヘッドセットを装着し、10カ所の脳領域活動を数カ月にわたって記録することで収集された。小さなニューロンのグループからの電圧すらもマイクロ秒単位の精度で追跡した、1ペタバイト(1ギガバイトの100万倍)もの膨大なデータである。

カリフォルニア大学サンタクルーズ校で博士課程に在籍するデイヴィッド・パークスは、この膨大で複雑な生データをニューラルネットワークに読み込ませ、睡眠と覚醒のデータを区別できるかどうかを試した。この過程で、これまで人間の目で判断していた脳の状態からは見逃してしまうようなパターンを探し出そうと考えたのである。

脳波の概念を覆す発見

周波数とは1秒間に繰り返される波の数のことなので、反復的なパターンを示す脳波を理解するには自然と一定時間分のデータが必要になる。だが驚くべきことに、ニューラルネットワークのモデルはわずか数ミリ秒(1,000分の1秒)の脳活動データからでも睡眠と覚醒を区別していたという。この結果は、長年の神経科学の教育課程で教えられる基礎概念とあまりに矛盾する結果だった。

「自分の信念がどれだけ証拠に基づいているか、そしてそれを覆すためにどんな証拠が必要なのかを問い直す挑戦でした」と、ワシントン大学セントルイス校で教授を務めるキース・ヘンゲンは振り返る。

「まるでネコとネズミの追いかけっこのようでした。デイヴィッド(・パークス)に何度も証拠を求めましたが、彼は新しい証拠をもってきては『これを見てください!』と言うのです。これまで積み上げられてきた睡眠の概念を学生が根本から崩していく過程は、科学者として非常に興味深く、同時に、それを受け入れるのは大変でした」

パークスはニューラルネットワークがどのように学習しているのかを、人間がラベル付けした脳波の情報や、ルールをひとつずつ取り除いて、モデルが何からパターンを検出しているのかを追求しなければならなかった。睡眠の概念を覆しかねないニューラルネットワークからの情報を、そのまま鵜呑みにするわけにはいかないからだ。最終的には、脳データのほんの1ミリ秒分や、脳電圧変動の最も高い周波数の部分を調べる段階にまで至ったという。

研究チームが発見した睡眠と覚醒を表す瞬間的なシグナルは、スタジアムの観客たちのウェーブに例えられる。スタジアムのウェーブという大きな動きと、両手を上げる観客たちという小さな動きを考えてみてほしい。

ニューラルネットワークが検出した数ミリ秒の“睡眠”は、ウェーブを始めようとする数人が両手を上げて立ち座りをする動作のようなものだ。しかし、観客たちが発端となって大きなウェーブが発生したなら、そのほんの数人の動作はスタジアム全体への波及に直接関与したことになる。

つまり、研究チームが訓練したモデルは、わずか数個のニューロン間の超高速の活動パターンが、睡眠の基本要素であることを示していたのだ。

「わたしたちはいま、前例のない詳細なレベルで情報を見ているのでしょう」と、ハウスラーは言う。 「以前は、遅い周波数の波にすべての重要な情報が含まれていると考えられていました。しかし、この論文は従来の測定に頼らず、わずか1ミリ秒単位の高周波数の詳細を見ただけで、組織が眠っているかどうかを判断するうえで十分な情報が含まれていることを示しています。これは睡眠中に非常に高速で何かが起きていることを示唆する新たな証拠です」

睡眠中の覚醒と覚醒中の睡眠

さらに研究チームは、これらの超局所的なニューロンの活動パターンをさらに研究しているうちに、別の驚くべき現象に気づいた。脳が睡眠中であっても、脳のある部位で一瞬だけ覚醒が検出されていたのだ。 これとは反対に、覚醒状態でも一部が一瞬だけ眠ることもあったという。この現象をチームは「フリッカー」と呼んでいる。

この現象により、研究者たちは「フリッカー」が睡眠の機能にどのようにかかわり、また睡眠や覚醒時の行動にどのような影響を与えるのかをマウスで観察した。すると、脳が覚醒している間に脳の一部がフリッカーによって一瞬だけ“眠り”に落ちると、マウスは一瞬ぼーっと立ち止まった。反対に、睡眠中に一部の脳が覚醒するフリッカーが発生すると、マウスは睡眠中にピクっと動くことが観察された。

通常、マウスやわたしたちのような人間は、覚醒状態から急速眼球運動が現れるレム睡眠、そしてより深い睡眠であるノンレム睡眠に移行し、またレム睡眠へと戻るといったレム・ノンレム睡眠のサイクルを交互に繰り返す。ところがフリッカーは、このサイクルのあらゆる場所に現れたのだ。

「これは100年分の文献から予想できる睡眠のルールを破っています」と、ヘイゲンは言う。「動物全体で見られるマクロな状態での睡眠と覚醒。そして脳の基本的な状態単位である高速かつ局所的なパターン。これらの分離が今回の研究で明らかになったと思います」

覚醒と睡眠のフリッカーを理解していくことは、神経発達疾患や神経変性疾患をより深く研究していくうえで役立つだろう。 研究チームは培養した脳組織である大脳オルガノイドを使うことで、これらの現象をさらに追求していく予定だ。

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