いまの生成AIブームはドットコムバブルと似ている──アマゾンのクラウド部門CEOが示唆

現在のAIブームは、ドットコムバブルの際に一部企業が「過大評価されていた」状況と似ていると、アマゾン ウェブ サービス(AWS)のCEOアダム・セリプスキーが語った。今後、生成AIの主要な提供企業は複数登場するだろうと彼は予測する。
Person waving and smiling from a stage in front of large screens which show the AWS conference hall
AWSのCEOアダム・セリプスキー。2022年。Photograph: Noah Berger/Getty Images

クラウドサービスの世界的大手企業であるアマゾン ウェブ サービス(AWS)の最高経営責任者(CEO)を務めるアダム・セリプスキーは、テック業界で最も大きな影響力をもつ人物のひとりだ。現在、どこの企業も取り入れようとしている生成AI技術のことを、セリプスキーは前向きに捉えている。しかし、いまの状況を見極めようとする人に注意喚起もしている。それは、ブームの中心にいる一部のAI企業が、過大評価されているのではないか、というものだ。

ドットコムバブルのときと似ている

セリプスキーは、生成AIに人々が殺到している現在の状況を、ドットコムバブルが始まったころの状況と比較した。当時、インターネットが一夜にして多くの産業を変革するという考えが広まっていた。長期的に見ればインターネットは確かに世界を変えたと言えるが、短期的には多くのプロジェクトが頓挫し、シリコンバレーでは倒産する企業が続出した。

「例えば、1997年に戻って『インターネットは過小評価されているか、それとも過大評価されているか』と訊かれたら、『過小評価されています』と答えます」。ハーバード・ビジネススクールが2月4日に開催したカンファレンスに出席したセリプスキーは『WIRED』にこう語った。

「しかし、『当時業界を牽引していた企業は過大評価されていたか』と聞かれれば、『間違いありません』と答えます」。セリプスキーは具体的な企業の名前は挙げていない。とはいえ、生成AIで現在最も注目を集めている企業は、アマゾンのクラウドサービスの競合であるマイクロソフトと、そのパートナーでありChatGPTを開発したOpenAIだ。

自社のビジネスや業界に生成AIを導入しようとしている企業は、ブームに惑わされないように注意する必要があるとセリプスキーは話す。「多くの企業や組織は、『たくさんある進行中の試験的な技術や概念実証のうち、どれを実際に導入すべきか』で悩んでいます」と話す。

「また、(生成AIを)製品に取り入れようとすると、非常に高額になる可能性があることも知られるようになりました」。これが意味するところは、この1年で次々と立ち上がった生成AIプロジェクトの多くは生き残れないかもしれない、ということだ。生成AIプロジェクトには高性能なコンピュータチップが大量に必要なことから、実装には多額の金がかかる。

AIは人の働き方を変える技術

OpenAIにとって予想外のヒット作となったChatGPTは、生成AIブームの引き金となった。アマゾンはこの分野を率いる存在として広く認知されているわけではない。このことは、セリプスキーが生成AIの影響力を控えめに評価した理由のひとつかもしれない。

とはいえ、問題点はあるものの、生成AIは長期的な変化をもたらすと考えていると、セリプスキーは話す。「生成AIは世界に変革をもたらす技術であり、世界中のすべてのアプリケーションが機能する方法を変え、最終的には人々の働き方をも変えることになると考えています」と言う。

あらゆる業界の経営陣や取締役会はいま生成AIについて学び、実験する必要性を感じている。投資家、学界の研究者、業界レポートはどれも、あらゆる事業にとっての大きな変化が起きると予測しており、将来的には数兆ドルもの価値を生み出すと推定されている。

生成AIはOpenAIのようなAIサービスの提供企業やエヌビディアのような一部のハードウェア企業のビジネスにとって追い風になったことは確かだが、ほかのビジネス用途で生成AIを使うことのメリットはまだそれほど明確にはなっていない。アルゴリズムのバイアスやハルシネーション(幻覚)は、生成AIの活用において引き続き問題となっている。また、AIモデルの訓練に使われる著作権で保護されたデータを巡る争いも、この技術を使う一部のアプリケーションにとって法律面での懸念材料となっているのだ。

激しいAI開発合戦とアマゾン

セリプスキーがAWSのマーケティング担当役員になったのは05年のことだ。そして、後にセールスフォースに買収されたアナリティクス企業、TableauのCEOを務めるために16年に退社している。AWSを率いる立場として同社に戻ってきたのは21年のことだ。ジェフ・ベゾスの後を継いでアマゾンのCEOとなったAWSの元CEOアンディ・ジャシーが、後任としてセリプスキーを採用したのである。ジャシーは、セリプスキーをそもそもAWSのマーケティング担当役員として招き入れた人物でもある。

アマゾンは何年も前からクラウドプラットフォーム市場を牽引している。しかし、同社の競合相手であるマイクロソフトは、ChatGPTの開発元あるOpenAIの主要な投資家であるため、AIを巡る競争で有利な立場にある。クラウドプラットフォーム事業のもうひとつの競合であるグーグルは、以前からAI開発を先導する企業と目されており、生成AIの開発にも注力している。ChatGPTに対抗する技術を開発し、それを多くのサービスに組み込んでいるのだ。

アマゾンはクラウドプラットフォーム市場において依然として支配的な存在だが、24年の直近の四半期では、マイクロソフトとグーグルのクラウド事業も速いペースで成長している。そして両社ともAIのおかげだと説明していた。

マイクロソフトの直近の四半期の決算発表によると、同社のクラウドビジネスの収益は前年同期比で30%増加した。グーグルは、自社のクラウドビジネスは26%成長したとしている。AWSの23年の第4四半期における収益は前年同期比で13.2%増えていた。

生成AIと同社のクラウドプラットフォームであるAzureに期待が寄せられたことで、マイクロソフトの時価総額は24年1月に3兆ドルを超えた。同社は19年以降、OpenAIに130億ドルを投資している。契約の内容は公開されていないが、マイクロソフトはOpenAIが開発しているAIモデルのGPT-4を早くから利用できた。また、OpenAIの奇妙な組織構造により、OpenAIの将来の利益の一部を受け取ることになっている。

複数のAIモデルが台頭するはず

OpenAIがGPT-4の提供を開始した数カ月後の23年9月に、アマゾンは自社の言語モデル「Amazon Titan」を一般に公開している。また、AWSはクラウドの顧客であり、OpenAIと競合するAnthropic、Cohere、AI21を含む数社のスタートアップにAIモデルを提供することで、この分野で遅れを取らないよう手を打っている。

過去に変革的な技術が登場したときと同じように、生成AIの主要な提供企業は複数登場することになるだろうと、セリプスキーは語る。「ひとつのモデルがすべてを支配することにはならないでしょう」と言う。「顧客は幅広く多様な機能を求めています。さまざまなことを試せることが重要なのです」

アマゾンは、注目のAI企業にも大きく投資している。同社がAnthropicに40億ドル投資すると発表したのは昨年9月のことだ。AnthropicはOpenAIの初期の従業員が設立し、最先端の言語モデルと多機能なチャットボット「Claude」を開発しているスタートアップである。

アマゾンはこの投資でAnthropicの少数株主になっただけでなく、Anthropicが今後開発するモデルでは、AWSが開発したAIチップ「Tranium」が使われるようになる。エヌビディアはAIモデルの訓練に使用される半導体の主要な供給企業だが、トップアスリートと契約するスニーカーのメーカーのように、アマゾンはAnthropicとの契約により、自社のハードウェアの性能の高さを宣伝できるかもしれない。

Anthropicのプロジェクトはまた、半導体の性能とAI開発者のニーズを知る上で貴重な情報源にもなる。「Anthropicと綿密に協力して、AIモデルの改善に力を尽くします。また、Anthropicもわたしたちの半導体技術を改善するために綿密に協力します」とセリプスキーは話す。

アマゾンのAnthropicとの取引をはじめとする生成AI関連のプロジェクトにより、同社とその競合企業は新しい規制に直面することとなった。米国大統領のジョー・バイデンが発令したAIに関する大統領令は、企業に対して一定の基準を超えてAIを訓練する場合に、そのことを政府に通知することを求めるものだ。これは、米政府が現在利用可能なAIシステムよりも強力なものを構築するプロジェクトについて把握することを目的としている。また、クラウドプロバイダーは、一定規模以上のAIモデルを訓練している外国の顧客について開示することも、大統領令は求めている。これは国家安全保障上の懸念からだ。

政府は今後、責任をもってAIが開発されているかを確認しなければならず、国内の技術的に優れた企業のイノベーションを促進しつつ、顧客データが守られるようにしていかなければならないとセリプスキーは語る。「よいことのために技術を開発している企業や組織が、国家安全保障の理由で進行を妨げられることなく、イノベーションを続けられるようにすることが重要です」と言う。「また、データの主権は、世界中にいるわたしたちの顧客にとって非常に重要です」

(WIRED US/Translation by Nozomi Okuma, Edited by Mamiko Nakano)

※『WIRED』による生成AIの関連記事はこちら。アマゾンの関連記事はこちら。


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