ボルボは運転者が“危険”なら止まるクルマをつくる

ドライヴァーの安全を重視していることで知られる自動車メーカーのボルボが、次なる対策を打ち出した。クルマの走行スピードに上限を設定できるようにするほか、車内に設置したカメラで運転状況を監視し、危険を察知したら強制的に運転に介入するシステムの搭載などを進めるというのだ。こうした先進的な取り組みは他社に追随を促し、さらなる悲劇の発生を止めることができるのか。
ボルボは運転者が“危険”なら止まるクルマをつくる
人間のドライヴァーは、スピードを出しすぎたり注意散漫になったり、アルコールに酔ったりする場合がある。それでは、せっかくのエアバッグや半自動運転システム、ヘラジカなどの野生動物検知システムも無意味になりかねない。PHOTOGRAPH COURTESY OF VOLVO

ボルボはクルマのドライヴァーのために尽力してきた。スウェーデンのこの自動車メーカーは、数十年もの間、(派手さには欠けるが)安全なクルマをつくるという評判を築いてきた。

しかし、人間のドライヴァーは、スピードを出しすぎたり注意散漫になったり、アルコールに酔って運転したりする場合がある。それでは、せっかくのエアバッグや半自動運転システム、ヘラジカなどの野生動物検知システムも無意味になりかねない。

そこでボルボはこのほど、論争の的になりかねない新たな構想を発表した。ドライヴァーの運転を監視することで、飲酒などによる酔っ払い運転をなくそうというのだ。さらに、安全に関する長年にわたる研究成果を、競合他社も生かせるようにするのだという。

ボルボは今回の発表の2週間ほど前に、すべての新モデルの最高速度を時速112マイル(同約180km)に制限することを明らかにしている。

ボルボは、ドライヴァーが最新モデルに搭乗中の事故による死者と重傷者を2020年までにゼロにするという目標「ヴィジョン2020」を掲げている。一連の構想は、顧客であるドライヴァーに適切な行動をとらせることが目的であり、「ヴィジョン2020」の達成に役立つはずだ。

車内カメラでドライヴァーの動きを監視

ドライヴァーの行動をただすには、運転中の状況をどこまで把握できるかにかかっている。そこでボルボは、3点式シートベルトを導入してから60周年の今年、すべてのモデルに車内カメラを設置することにした。

車内に設置されたカメラはドライヴァーを監視し、撮影された画像をアルゴリズムで処理する。具体的には、ドライヴァーの目の動き、姿勢、ステアリングやブレーキの操作を開始するまでの反応時間、比較的長めの操作パターンなどが対象となる。

衝突しても助かるクルマをつくるだけでは足りない。ボルボはドライヴァーの行動面に焦点を当てている。PHOTOGRAPH BY ERIC ADAMS

クルマはドライヴァーの注意散漫や酔っ払いなどの兆候を検知すると、警告の度合いを徐々に強める。それでも危険な場合は運転に介入する。例えば、クルマのスピードを落としたり、「Volvo on Call」サーヴィスから電話がかってきたりする。もしくはドライヴァーの意思に反しても減速し、完全にクルマが停止するといった具合だ。

なお、ボルボはプライヴァシーの問題を懸念する人々に配慮している。車内カメラの画像は保存せず、運転中の画像から得た数値やデータを分析するのだという。

“悪用”できないシステム設計

ここで課題となったのは、人間の運転を正しく解釈するようにシステムを設計することだ。クルマのオーナーが、わざと集中せずに運転したり、意図的に飲酒運転をしたりといった具合に“悪用”できない設計になっている。

ボルボのセーフティセンターを率いるマリン・エクホルムは「システムへの過度の依存は実際にあります」と語る。アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)が搭載された全輪駆動車を購入したドライヴァーは、かなり強気の運転になるのだという。

肝心なのは、ドライヴァーの安全を保つと同時に、運転するという行為に満足できるバランスを見つけることだ。「わたしたちのシステムは、本当に必要とされる場面で動作しなければなりません。意識的に“使う”ための技術ではないのです」と、エクホルムは言う。

さらに、スピードの出しすぎへの対処法として、ボルボは「ケア・キー」を開発した。ボルボ車のオーナーは、このスマートキーに設定しておけば、運転時の速度制限が可能になる。ケア・キーは、2021年モデル以降のすべてのボルボ車に標準装備される。

安全運転を重視する顧客のために

最高時速112マイル(同約180km)というボルボ車の速度制限は、思いのままに運転したいドライヴァーの反発を呼ぶことも考えられる。だが、そこまでの速度域で発生した事故がわずかであることは、ボルボも認識している。

ボルボ・カーズの最高経営責任者(CEO)であるホーカン・サムエルソンは、速度制限という発想は一般に根づくとともに、未来の技術に道を開くのだと説明する。またこの技術は、各地域の法律で定められた制限速度や、学校、工事区域といった場所に応じた制限速度を自動的に選択することもできるという。

すべてのドライヴァーがクルマの最高速度を制限されるようになれば、ボルボ車のオーナーになることが確実に安全につながる。ボルボ・カー・アメリカの社長兼CEOのアンダース・グスタフソンは、北米の顧客が「ある種のDNAをもっている」ことを認めている。人々はボルボの安全第一の姿勢に魅力を感じているというのだ。

そしてサムエルソンは、速度制限などのシステムによって、特定の購買層を失うことになっても構わないようだ。「安全運転こそが大切だと考える人々を引きつけたいのです。最高時速を112マイル(同約180km)に制限すると、高速で運転する若い男性はボルボを選ばなくなるでしょう。でも、むしろそのほうがいいと思います。そもそも、6気筒や8気筒といったエンジンのクルマを好む層は、すでにわたしたちの顧客層ではないでしょうから」

ちなみに、ボルボもほかの自動車メーカーと同様に、電気自動車(EV)やハイブリッド車に加えて4気筒ターボエンジンも採用している。

過去の安全対策データを他社にも公開

だからといって、グスタフソンはクルマのパフォーマンスを犠牲にしようとは考えていない。ボルボ車のトルクや馬力は、いまだにドライヴァーの心をとらえている。また、高速道路で追い越しする際の加速も十分に力強く、安全につながると言っていい。

ボルボは一連の安全対策の締めくくりとして、ほかの自動車メーカーや研究機関が利用できるデジタルデータのライブラリーを新たに公開する。このデータは、ボルボが1970年から収集してきたものだ。

そこには過去に、むち打ち症を防止する技術を改善した際に役立った研究も含まれている。その防止策とは、男女では首の強さが違うという事実に基づくものだ。このデータによって、側面衝突による損傷は、インフレータブル・カーテン(頭部側面衝撃吸収エアバッグ)によって軽減された。

また、ボルボの比較的最近の研究は、道路からの逸脱事故による脊髄損傷防止策の開発に役立った。この防止策には、座席の衝撃を吸収する技術も含まれている。

ほかのメーカーは追随するか

ボルボの経営陣は、同社の顧客やブランドに対する評判のおかげで、一連の安全対策を先導する立場にいられると考えている。こうした対策によって一部の顧客が離れてしまったとしても、経営陣の考えは変わらない。

だがサムエルソンは、ボルボだけが先頭を走り続けられるとは思っていない。「今後5年で、すべての自動車メーカーのクルマに速度制限が設定されないとしたら、本当に驚きです」と言う。

そのために必要なのは、規制の大きな変化だけではない。ポルシェやメルセデス・ベンツ、BMW、ランボルギーニ、フェラーリといった企業の経営陣が考え方を180度転換することが起きなければ、すべてのクルマに対する速度制限は実現しない。

それでも、ボルボのことは止められない。自ら定めたゴールに向かって走ることも、ほかのメーカーに追随してほしいと望むこともだ。


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TEXT BY ERIC ADAMS

TRANSLATION BY MADOKA SUGIYAMA