ネットが育てる「レゴ文化」最前線──子どものおもちゃから大人のアートへ

子どもから大人にまで愛されるレゴブロックは誕生から60周年を迎え、おもちゃの枠組みを超えてアートの域にまで達している。その文化を支えているのが、レゴ愛好者の大人たちがオンライン上に築いてきたコミュニティだ。インターネットに広がる熱狂的なファンたちの活動と、その最前線を紹介する。
ネットが育てる「レゴ文化」最前線──子どものおもちゃから大人のアートへ
デンマークのビルンにある「レゴハウス」に展示されたティラノサウルスは、来館者を圧倒した。PHOTOGRAPH COURTESY OF LEGO GROUP

ネイサン・サワヤは元弁護士だ。現在はレゴ・アーティスト、レゴのファン用語に言い換えるとAFOL──つまり「大人のレゴ・ファン(adult fan of LEGO)」である。

「10歳くらいのとき、犬を飼いたいと両親に頼んだら、駄目だと言われて。そこで部屋に広げていたレゴの街をバラバラにして、自分と同じ大きさの犬をつくったんです」とサワヤは振り返る。彼の作品展「Art of the Brick」は現在、世界を巡回中だ。「あれからレゴブロックは、ぼくにとって尽きることのない創造の源になりました」と彼は言う。

サワヤを含め、世界にはレゴのコレクターや“レゴ職人”であるマスタービルダー、愛好家、自称ブロック中毒者が集まったネットワークが出来上がっている。デンマークに本社を置くレゴでジュニア・モデル・デザイナーを務めるキアラ・ビスコンティンは、「ブロックを使って実際に触れて遊べるレゴの世界は、永遠に消えないと思います」と話す。

ビスコンティンはグラスゴー大学とグラスゴー美術大学でプロダクトデザインとデザイン工学を学んだあと、2016年に“夢の仕事”についた。「テーブルの上にブロックがあれば、自然といじってしまうでしょう。ブロックの数が増えれば、今度は自然に何かをつくり始める。それは子どもでも大人でも同じことなんです」と言う。

ブロックが生まれて60年

いまと同じデザインのレゴブロックができてから、18年1月で60年を迎えた。一見すると単純な子どものおもちゃのようだが、実は数限りない作品を生み出す創作源となっている。建築家ビャルケ・インゲルスの「レゴ・ハウス」のような現代建築も、子どものための義手も、レゴにインスパイアされて生まれたものだ。

ドイツのアーティスト、ヤン・フォルマンは、カラフルなブロックを使って荒廃した町並みを修復し、フィリピンのファストフード店「ブリック・バーガー」ではレゴブロックそっくりのバンズを使ったバーガーを提供している。さらにドーン・ラルフとジャッキー・ロチェスターの共著『レゴブロックを用いた言語形成(Building Language Using LEGO-BRICKS)』では、重度の言語障害を抱える子どもたちのためにレゴブロックを使ったセラピーを活用する方法が記されている。

英デヴォン州エクセターでレゴショップ「ブリック&ミックス」を開いたダレン・スミスは「いまのブロックを60年前のブロックに取り付けても、これがぴったりはまるんです」と言う。彼はもともと、個人としては英国一のレゴブロック・コレクターだった。「ただのブロックですが、絶えず生まれ変わっています。みんながそれぞれ自分のイマジネーションを使って、驚くほど素晴らしいものをつくり出しているのです」と力説する。

元弁護士で、現在はレゴアーティストとして世界で作品展を開いているネイサン・サワヤの作品「ハグする人々」。最初に展示されたのはニューヨークだった。PHOTOGRAPH COURTESY OF NATHAN SAWAYA

英シェフィールドで玩具店「ブリックス&ビッツ」を創業したマイケル・ルカウントは「60年前と同じものがいまもちゃんと残っていて、しかもまったく人気を失わずに広く親しまれているなんて、そうそうありません」と話す。彼は英国で最多かつ最古のコレクションを保有するひとりだ。

ルカウントは1932年製のブロックまでもっている。当時はまだプラスティック製ではなく、木のブロックだった。一番のお気に入りはどれかと尋ねると「自分の子どものなかで、どの子がいちばん好きかと聞かれるようなものですよ」と答える。

現在、ルカウントは地元シェフィールドにセカンドハウスをもち、コレクションを置いている。レゴのセット4,000点を収容するためだけに、4部屋の家をリフォームしたのだ。「どこもかしこもレゴブロックだらけという、とんでもない状況になってしまいました」と打ち明ける。

おかげで彼は“名誉の傷”すら負った。「信じられないかもしれませんが、裸足でレゴブロックの上に立つのにも慣れてくるものなんです」とおどけて言う。「膝をつくのに慣れるのは絶対に無理ですね。本当に痛いんです。でも、何年もやっていると耐えられるようになってきますよ」と話す。

「ぼくのようなコレクターでなければ、こんなことをする意味がどこにあるのか、なかなか理解しにくいでしょう」とルカウントは続ける。「レゴのコミュニティは信じられないほど素晴らしいのに、わかってもらえません。みんなが集まってくるのは、ブロックそのものに興味をもっているからです。おもちゃですが、これ自体が素晴らしくクリエイティヴな素材なんです」

初めは地味な集まりだったAFOLコミュニティは、オンラインを通じて大きく広がった。いまやメンバー同士で文書を共有したり編集したりするスペース「ウィキ」も、カテゴリーごとに分けられたコミュニティ「サブフォーラム」もある。英国では大人のレゴファンのためのオンラインクラブが定期的な会合を主催し、ファン同士が実際に顔を合わせる機会を提供している。

このコミュニティは世界中で繰り返し話題となり、数え切れないほど取り上げられてきた。ライターのサラ・ハーマンは14年の著書『Extreme Bricks: Spectacular, Record-Breaking, and Astounding LEGO Projects from around the World』で、「レゴのコミュニティは、より大きなレゴマシンに絶対に欠かせない構成部品となった」と書いている。

この言葉の証拠として、また熱心なレゴファンの存在を証明するものとして、まずは「/r/lego subreddit」が挙げられる。最も健全に機能しているサイトのひとつだ。「LEGO Ambassador Network」には300を超えるコミュニティの代表者が集う。「Rebrickable」ではファンがつくったMOC(「my own creation」の略で、自分の作品の意)を何千例も示し、手順を無料で公開している。

ネットに広がるレゴのユートピア

“普通の道”から外れてみたいファンのために、特別なテクニックも幅広く存在する。例えば「スタッズ・ノット・オン・トップ」(SNOT)は、レゴのパーツを横にはめたり逆さまに置いたりして、多次元のモデルをつくリ出す手法だ。「違法組み立て」と呼ばれるものもある。従来のつなぎ方を使わないため、本来の方法で組み立てるのを好む“純粋主義ビルダー”たちには嫌われている。

自分の作品を説明したいが、いい言葉を見つけられないでいる人は、「Brick Blogger」のサイトで「LEGO Dictionary」を当たるといい。例えば「DSS」とは「Dreaded-Sticker-Sheet」の略で、組み立てた作品に貼り付けるステッカーシートのうち、AFOLにはあまり好まれないものを指す。

「ビッグネット(Bignette)」とは「大きなレゴ作品」を意味する。「クローン・ブランド(Clone Brands)」の項には、「レゴに似た組み立ておもちゃで、ほとんどはレゴブロックと一緒に使うことができるが、値段が安く、品質も低く(中略)レゴファンからひどく軽蔑される場合が多い」とある。

「プラスティックのブロックを、親しみを込めて『BURP(“Big Ugly Rock Piece”の略で、ひどく不細工な石ころの意味)』と呼ぶような人たちの集まりなんて、ほかにないでしょう?」と言うのはザックだ。ハンドルネームBrikkyy13を使い、レゴのオンライン百科事典「Brickipedia」のエディター、言い換えれば「パトロール役」を務めている。

「こうした略語は、必要に応じて生まれてきました。『My Own Creation』というより『MOC』というほうがずっと簡単でしょう。でも、このコミュニティにとって何より重要な点は、こうした用語がぼくたちのアイデンティティを確立するために役立ち、ほかとの違いを際立たせてくれることなんです」とザックは言う。

このコミュニティは、オンラインでますます稀有な存在となりつつある。つまり、参加者全員が互いを気にかけ、大事にしているのだ。ここはブロックに満ちたユートピアである。だが、なかにはユートピアを見つけるまでに時間がかかる人もいる。

「だいたい10代半ばから20歳になるまでの時期は、“暗黒時代”を過ごすんです。ほかのことに興味を引かれて何年か、人によっては数十年も、この趣味から離れてしまいますから」と、「TheBrickBlogger」のエディター、アナ・ゴルソンは言う。

ゴルソンの家系には“レゴ愛”が受け継がれている。「母は機械エンジニアで、父は建築家。父はしょっちゅうレゴブロックで設計モデルをつくっていました。レゴブロックは、むしろ絵の具や木材や粘土に近い、クリエイティヴな素材だと思う。どんなバックグラウンドをもつ人でも、想像力次第ですごいものを生み出せますから」とゴルソンは振り返る。

1950年頃に登場した初期のレゴセット。PHOTOGRAPH COURTESY OF LEGO GROUP

サワヤもレゴを同じようにとらえている。レゴブロックは誰でもなじめる素材であり、アーティスティックなプロセスを一般消費者に広める手段だと考えているのだ。「ぼくが当初目指していたゴールのひとつが、このシンプルな子どものおもちゃを、それまで達したことのない地点まで引き上げることでした。つまり、美術館やギャラリーに置いてもらえるようにすることだったのです」と彼は説明する。

さらにサワヤは、次のように語る。「最初はレゴを美術の様式としてとらえることに疑問をもつ人ばかりでした。門前払いされたり、からかいの種にされたりもしました。でもレゴアートはいまや、アート・バーゼル(スイス・バーゼルで毎年、開催される世界最大級の現代アートフェア)からロンドンのサウス・バンク(文化の発信地として注目を集めるエリア)まで、あちこちのギャラリーで広く受け入れられるようになっています」

シンプルなプラスティックの長方形は、多くの人たち──革新的な建築物を生み出すデザイナーから、組み立て説明書を無視するファンまで──のなかで、さまざまな姿となって広がっている。だが、根底に流れる思いはみな、常に変わらない。

「次はどんなことをやろうかと考えるとき、わたしが頭に浮かべるのは、子どものころの自分をわくわくさせてくれたのは何だったかということです。すると、やはりブロックがずっとレゴの核にあるからワクワクできるのだと気づきます。ブロックがあるからこそ、想像力を解き放ち、クリエイティヴィティを発揮することができるのです」と、レゴのビスコンティンは言う。

レゴなんて、ブロックがたくさんあるだけだと思っていただろうか。発言は慎重に。AFOLの世界でそんなことを言ったら、あなたは“異端”とされてしまうだろう。


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TEXT BY JACK NEEDHAM

TRANSLATION BY YOKO SHIMADA