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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

携帯物語

半年前に買ったばかりの携帯を紛失した私が、泣く泣く新しい携帯を購入したときの話です。


「シロイさまの場合は、前回の機種変更から12ヶ月経過していませんので、こちらに表示されている価格に更に一万四千円プラスしての機種変更となりますが、よろしいですか?」
いちまんよんせんえん……
よろしいわけないよね? だってそれ、英世に換算したら14人ってことじゃん。バレーボールチーム二つ作って対戦できちゃうよ? しかも両チーム一人ずつ補欠メンバーを擁することまでできるよ? それほど大勢の英世が私の元を去っていくなんてことが、よろしいわけないだろうがぁぁぁぁぁぁぁ!
という言葉が喉まで出かかったのをぐっとこらえ、私は消え入りそうな声で「はい……」と答えました。
「ああ、そういえば携帯を紛失されたお客様用に同一機種・同一カラーの携帯購入の場合に限り、一万四千円がプラスされないサービスもございますが、もしかしてそちらになされます?」
「! え、そんなのあるんですか!? だったらそれにします、是非それで、もうそれで、絶対それで」
「かしこまりました」


といったようなやり取りを経て、今現在私の手元には新しい携帯があり、使用開始から既に十日以上経っているんですが、なんだか妙な違和感が拭えないまま今日に至っています。
というのはね。
今まで、人生で携帯を買い換えたときはいずれも、『同一機種・同一カラー』なんて縛りはなかったわけです。
「おお、今度の携帯は文字を小さくするときの入力方法がちょっと違うのね。こっちのほうが便利じゃん」
「へー、こんなに面白いアプリがデフォで入っているのは嬉しいな」
とかなんとかそんなかんじで、私は携帯に触るたびに『自分が持っているのは新しい携帯、昨日までの携帯は既に前任者』と認識していたわけですよ。


たとえるならこんなかんじ。
「本日からN701iさんの後任を務めさせていただきます、新人のN904iです。よろしくお願いします!」
(説明書を見ながら)「ほうほう、特技は『webの閲覧をフルブラウザで出来ること』か。『その他にもミュージック・プレイヤーやビデオクリップとして使えます』だって!? うーん、これはまったく優秀な新人が入ってきてくれたもんだなあ」
「本当に……私も安心して退職できます」
「おいおい、N701iくんは気が早いな。まだまだ当分の間、わが社は君の力を必要としてるんだからな。引継ぎ、よろしく頼むよ」
「ご安心を。既に電話帳とBookmarkのデータは赤外線通信でコピーしてあります。あとは……そうね、画像データの移動をしたら、私も引退。最近ほんとうにバッテリの調子がおかしかったから、助かるわ。いらっしゃい、N904iさん、これからわが社の携帯ホルダーの場所と使い方を教えてあげる」
みたいなね。円満に退職する前任者とフレッシュな新人、そして鷹揚な気のいい上司が私の役どころです。
N904iくん、すまんが一箇所だけ文字の変換に訂正箇所がある。わが社では滅多に『鎌田』は使わない。もっぱら『蒲田』なんだ」
「あっ、すみません。すぐに直しておきます。本当に申し訳ありませんでした」
「いやいや、気にしなくていいんだよ、これから覚えていってくれればいいんだ」
(最初から前任のN701iくんのようにいかないのが当然だ。だが、新人というのはそういうもの。優秀な新人を生かすも殺すも、私の腕次第だ)
などと考えてみたりするシロイ部長。
それが私にとっての『携帯の機種変更』だったわけです。ジャンルはあくまで企業モノ。愉快なオフィスを舞台に人情味溢れるストーリーが展開して、新人携帯が成長していく物語です。
ところが。
今回のケースはなんだかもう、全然違うのです。


前任者が突然、謎の失踪。
混乱の中、後任の新人が現れる。
N904iです。よろしくお願いします」
(同姓同名だと!? おまけに外見も着信音もまるで一緒じゃないか。他人の空似とはいえ、これは……)
そしてここから物語がおかしな方向に進み始めるわけです。。

ミステリ風

N904iくん、H先生のデータを出してくれないか」
「すみません、引継ぎデータをいただいていませんので」
「そうか。そうだったな。N904iくんはデータも残さずに姿を消してしまったから……あ、いや、君のことじゃない、以前のN904iくんのことなんだが……ややこしいな」
「すみません、同姓同名なばっかりに。まぎらわしいですよね」
「いやいや! 君が謝ることじゃない。君たちが別人だという事実に、私が早く慣れるべきなんだ」
翌日。
「シロイ部長。お待たせしました。H先生のデータです」
「馬鹿な! アドレスデータはすべて紛失していたはずでは?」
「9月時点でのバックアップデータの引継ぎに成功したんです」
「あ、ああ。そうだったね……おや? Bookmarkデータも復活しているじゃないか!」
「ええ。バックアップデータの中にありましたので」
(しかし同姓同名で外見も着信音も文字変換の癖も待ち受け画面もすべて一緒な上に、データまで引き継がれると、前任のN904iくんとまるで見分けがつかないな……同一人物のようだ……いや待てよ)
(前任のN904iくんは消えた……そしてその数日後に今のN904iくんが現れた)
(これは……もしかして)
「謎は全て解けた! 犯人はこの中にいる」
N904iくんは消えてなどいなかった。これは彼女が『同一機種・同一カラー』の携帯同士がそっくりで見分けがつきづらいことを利用したトリックで、目的は私から諭吉を奪うことにあったのだ!」
しかし今更謎解きをしたところで時は既に遅し、失われた諭吉が戻ってくることはなく、シロイ部長の財布は深く傷ついたわけですが、それでもシロイ部長は諭吉が帰ってくるのを待ち続けるだろう――英世が、漱石が、帰ってくるのを待ち続けるだろう――

SF風

かといって、二人のそっくりな携帯は同一人物であり、携帯失踪期間などなかったのだというif設定を持ち込んで携帯を使っていると、やはり画面メモがもうないとか、ダウンロードしてきたiアプリが消えているとか、そういう事実が私に真相を思い出せてしまうので、物語はまた別の局面を見せ始めます。

「はい、シロイ部長、データをどうぞ」

「ありがとう、N904iくん。君が失踪したときはどうなるかと思ったが、こうして無事に戻ってきてくれて本当にありがたい……!? どういうことだこれは!」
「き…きみ…、きみはいったい誰だ?」
「!」
「こんな…こんなことって…まさか。
N904i…私のN904iくんはどこ!?
どこよ!!
N904iをどこへやったの!?」


バシュッ。そこでシロイ部長の首が落ちる。


(なぜ見破られたのだ…それもかなりの短時間に…。
顔も声もN904iとほとんど変わらんはずだが…。
わからん…。
この中年女に特別な能力があったとも思えん)


携帯は冷たく無表情に考え込み、この"情"が生む判別能力が、後に携帯と人類の闘争がはじまったときにクライマックスを盛り上げる伏線となるわけですが……って、私が死んだ!?

巨大ロボアニメ風

いやもうしょうがないから携帯は同一人物ではないんだけど、悪意あるクリーチャーが擬態して私を騙しにかかっているわけでもなく、非常に似通った存在ながら別という設定で物語を考えることにしてみます。
N904iくん、ちょっと前にこんな画面メモを保存してもらわなかったっけ?」


「いえ、知らないの。たぶん私は二人目だと思うから」
「わたしが死んでもかわりはいるもの」


うわ、なんかこれちょっと悲しい……私とN904iとの絆は、失われてしまったんだね……涙が……
ってなんで携帯使って切なくならなきゃならんのだ! おかしい。




といった具合に『同一機種・同一カラー』携帯への機種変更が生み出す物語というのは通常の機種変更とは違って、スリルとサスペンスと悲しみに満ちた新しい経験なのでした。
だからといって「携帯なくしてよかったなあ! 同一機種・同一カラーに機種変更してよかったなあ!」などとはかけらも思えないわけですが。
次の機種変更では平穏なオフィスコメディの世界観を再び味わいたいです。