分断のアメリカ 大統領選まで1年 Ⅲ 格差拡大に地方反乱 Area
米国では都市と地方で広がる経済格差が新たな対立構造を生んでいる。2020年の大統領選はそのひずみがあらわになりそうだ。
51番目の州が誕生?
イリノイ州
モートン
住民投票求め分離派が署名
「51番目の州」の独立運動が全米各地で浮上している。
全米第3の都市シカゴから独立したい――。9月上旬、シカゴから車で南に3時間弱のトウモロコシ畑が広がる中西部イリノイ州モートンで、早朝から住民が続々と射撃場を訪れた。シカゴと分かれて新たな州をつくる運動「イリノイ・セパレーション」の住民投票を求める署名のためだ。
「都市部は腐敗」
「都市部に住む政治家のせいで州は腐敗している」。元警察官フィリップ・ゲイアー(65)は妻と一緒に足を運んだ。ラストベルト(衰退した工業地帯)にあるイリノイ州の財政は悪化し、破綻懸念が絶えない。ゲイアーは歳出拡大を求めるシカゴの地方軽視が原因だと主張する。
運動を率いるコリン・クライバーン(33)は大統領ドナルド・トランプ(73)を「無視されてきた地方の代弁者が現れた」と評する。2020年には約半数の郡で必要な署名が集まる見通しだ。
トランプの分断作戦
地方住民の不満は経済格差だ。都市と地方の所得差は09年に1万4千ドル(約150万円)だったが、いまや2万ドルを超えた。都市では雇用の伸び率が金融危機前の2倍超に拡大したが、地方は半減した。
都市と地方の個人所得差は08年の金融危機後にさらに拡大した
(出所)米商務省、ゴールドマン・サックス
農家支援など地方重視を貫くトランプ。日米貿易交渉でも米国産トウモロコシの緊急輸出にこだわった。選挙集会では野党・民主党が強い都市を名指しして「極左の集まり」「犯罪都市」とこき下ろし、地方の聴衆から喝采を浴びる。「20年に勝つには地域間の分断をさらに深め『地方の代弁者』の地位を高めればいい」。イリノイ州立大教授クリストファー・ムーニー(61)は指摘する。
独立運動、政権が後押し
カリフォルニア州
アーバイン
民主の牙城に亀裂
ロサンゼルスなどの大都市を切り離して地方だけの「新しいカリフォルニア」の結成をめざす同州のポール・プレストン(68)はオレゴン州、ワシントン州などの独立派とも連携する。前大統領バラク・オバマ(58)の地元イリノイをはじめ、独立運動が活発なのは民主地盤の州ばかり。運動をひそかに後押しするのはトランプ政権だ。政権関係者と連絡を取り合うプレストンは「トランプも支持している」と明かす。
米大統領選は各州の選挙人計538人を取り合う。民主地盤のカリフォルニアは最多の55人を抱えるが、共和支持地域が独立して選挙人の一部を奪えば民主に打撃となり、米国の政治地図は大きく塗り替わる。独立できなくても、都市と地方の亀裂は深まる。
話が通じない
都市と地方の断絶は広がる。米調査会社ピュー・リサーチ・センターによると「互いに理解し合えない」と感じていると答えたのは地方住民の70%、都市部の65%にのぼる。シカゴに住む都市住民ビル・マックファーランド(76)は「地方の人たちとは話ができない。お互いが外国語を話しているようなものだ」と突き放す。
都市部は民主、地方は共和と支持政党が分かれる
(出所)ピュー・リサーチ・センターの17年調査
「税制は自分たちの手で」
ニューヨーク州
ロングアイランド
死に絶えた町
ニューヨーク州マンハッタンから北に約200キロメートル離れた州都オルバニーに住む元エンジニア、ジョン・バージュナー (62)は5年前、イーストマン・コダックの企業城下町としてかつて栄えたロチェスターを車で通り過ぎた時の風景が目に焼き付いて離れない。「死に絶えた街をみて心が折れた」。州上部は有力企業が相次いで撤退し失業率も高い。「税金はリッチな州下部(ニューヨーク市など)と変わらないんだよ。おかしくないか」
バージュナーが立ち上げた運動がいま目指すのは州の分離ではなく、3つの自治区を州内につくること。62ある郡のうち、約半分以上に支部を置き、毎週各地で同士を集めて準備を進める。「各自治政府が経済情勢に応じて独自の税率を決められるようにしたい」。10月21日には州南東部ロングアイランドまで初めて出向いた。カリフォルニアと並ぶ民主の牙城だが、地殻変動はひそかに起きている。
カギ握る地方票
共和は地方の優位拡大を狙う。米調査機関の集計によると、前大統領バラク・オバマ(58)が勝利した08年大統領選でも地方の得票率では民主を17ポイント上回った。16年は差を34ポイントに広げ、トランプ勝利につなげた。かつて支持基盤だった労働者票をトランプに切り崩された民主は、地方票を取り返さなければ20年は勝てない。民主候補ジョー・バイデン(76)らは地方の雇用拡大などの公約を打ち出す。
イタリアでは貧しい南部で左派ポピュリズム(大衆迎合主義)政党が台頭し、豊かな北部地盤の極右政党と異質な連立を組んだが、1年あまりで崩壊した。経済格差が引き起こす地方の反乱は、国家の結束を揺るがしかねない。