人口減時代に必要なコンパクトシティーづくりが進まない。日本経済新聞が直近の国勢調査を分析したところ、郊外の宅地開発が止まらず、2015年までの10年間で大阪府の面積に迫る居住地区が生まれたことがわかった。かたや都心部では空き家増加などで人口密度が薄まっている。無秩序な都市拡散を防がなければ、行政コストは膨れ上がる。
居住地が郊外に散らばるとインフラや行政サービスの新設コストが増す。人口減や高齢化で将来の税収が減ると過剰ストックの維持費だけがかさむようになる。このため、多くの自治体が市街地に都市機能や住宅を集約するコンパクトシティー計画を掲げるが、実行力が乏しいとの指摘が専門家から相次いでいる。その実態を探るため、全国の人口動態を調べた。手掛かりは国勢調査だ。国勢調査は国土を約500メートル四方(メッシュ)で区切り、個別地区の人口を地理情報とともに集計している。日経新聞は住民が50人以上となった地区を「新たな居住地区」と定義。都市計画に詳しい日建設計総合研究所(東京・千代田)と共同で05年と15年のデータを分析したところ、むしろ街が拡散している実態がわかった。 この10年間で生まれた居住地区の総面積は1773平方キロメートルだった。大阪府の総面積に迫り、東京23区の面積の3つ分と肩を並べる広さになる。うち2割は100人以上、2.7%は500人以上の住民を有する地区となった。 人口が減っているのに、なぜ次々と新しい居住地が生まれるのか。その要因を探るため、各地の現場に飛んだ。まずは全国の市区町村で新たな居住地区が最も増えた茨城県つくば市から――。
Episode 1 つくば市 ( 茨城県 )
児童急増、あふれる教室
12月6日朝、つくば市立みどりの学園義務教育学校。大勢の生徒が列をなして登校した後、大型クレーン車が建材をつり上げ、校舎の増築工事を進めていた。
小中一貫校として開校したのは18年4月だ。あっという間に児童・生徒数は約1000人まで増え、2年足らずで受け入れ余地がなくなってきた。20年春までに16教室を増築するものの、21年度には満杯に。30年度までに最大4600人に膨れ上がる見通しとなり、市は近隣で新たに学校用地を取得する計画だ。
つくば市の新たな居住地区
住民急増の引き金となったのは05年のつくばエクスプレス(TX)開通だ。みどりの学園の最寄り駅は終点つくば駅から3つ目で「かつてこのあたりは田畑や雑木林しかなかった」(地元のタクシー運転手)。周辺で開発された萱丸地区は05年に人口ゼロだったが、今は約1万2000人。市役所近くの葛城地区も12人から約1万9000人に膨らんだ。
TX沿線地区が つくば市人口を押し上げる
つくば市全体では15年までの10年間で約12平方キロメートルの居住地区が生まれた。うち5割強は100人以上が住む地区となり、8%は1000人を超えた。今もTX沿線では土地区画整理による住宅開発が進んでいる。 「人口が増えるだけでは赤字になる」。五十嵐立青市長はTX効果を歓迎しつつ、人口急増が招く将来の財政負担に身構える。市財政は健全で、4年連続で地方交付税の不交付団体であるにもかかわらず、だ。
TX沿線開発地区の人口推移
18年4月にTX沿線に開校した義務教育学校2校の整備費は約130億円。その後も市立校で増築が相次ぎ、3校を新設する必要がある。長い目で見れば生徒数は減少に転じて校舎は空き、維持・管理費だけがかさむようになる。延びる上下水道の維持負担も増す。高齢化が進めば扶助費が増える。 市は35年度以降に歳出が歳入を上回り、50年度の歳出額は1088億円と18年度から約3割増えると推測する。五十嵐市長は「産業振興など税収をきちんと確保する取り組みが欠かせない」と気を引き締める。
Analysis 全国で住民の奪い合い
全国の分析でわかったのは、新たな居住地はつくば市のような相対的に勢いのある地域だけでなく、全国で満遍なく広がっていることだ。全国1386市区町村で発生し、うち43市町でその面積が5平方キロメートルを上回った。都道府県別では茨城県、北海道、福島県が上位。市区町村別では新潟県長岡市、福島県いわき市、浜松市など地方の中核的な都市での拡大が目に付く。 「人口の奪い合い」――。都市開発を専門とする識者の多くが自治体の姿勢をこう評する。住民が流出するのを避けるために、土地代の安い地域の民間開発を後押ししているのだ。既存の市街地は開発余地が限られているため、行き着く先として農地や丘陵地を宅地に転換するケースが増えている。
都道府県別の 新たな居住地区面積
新たな居住地区が増えた 上位20自治体
Episode 2 広島市
切り開かれる山林、 止まらぬ開発意欲
広島市安佐南区で2000年に開発が始まった分譲地は典型例だ。坂の傾斜がきつい山の中腹に新築住宅がずらりと並ぶ。開発業者によると、3000万円台で庭付き一戸建てが買えるという。市中心部から引っ越してきたばかりの30代主婦は「家は広いし、周りも同世代が多くて暮らしやすい」と満足げだ。この辺りは住民ゼロから1000人以上となった地区があった。
広島市は1月にコンパクトシティーをめざす立地適正化計画を策定したが、こうした宅地開発を容認。都市計画課は「規制を強化すると、周辺の市に人口を奪われてしまうリスクがある」と主張する。
広島市の新たな居住地区
こうした丘陵地の開発はリスクと隣り合わせだ。実際、くだんの新興住宅地近くでは14年8月の集中豪雨で土砂崩れが発生し、死者が出た。ただ、広島市は土砂災害警戒区域(イエローゾーン)でも宅地造成の基準を満たしていれば、住宅建設を認めている。
Analysis 相次ぐ規制緩和
「多くの自治体が、様々な都市計画手法を使って農地や丘陵地で宅地開発を推進してきたが、将来の想定人口と比べて居住地を広げ過ぎているところがある」。都市政策に詳しい東洋大の野澤千絵教授はこう警鐘を鳴らす。
全国の市街化区域の拡大推移
国交省によると、全国の市街化区域は08~17年の間に178平方キロメートル増えた。開発を抑制するために設定した市街化調整区域の開発基準を条例で緩めている自治体も多い。山形市では17年6月に調整区域の規制を一部緩和したところ、住宅開発の許可件数が急増した。
Episode 3 茨木市 ( 大阪府 )
ニュータウン開発、影響今も
住宅を大量供給するニュータウン開発を担った都市再生機構(UR)の遺産も引きずっている。その一例が大阪府の茨木市と箕面市にまたがり、04年に街開きした「国際文化公園都市(彩都)」だ。
URは01年に新規のニュータウン開発をやめることを決めたが、大阪府や茨木・箕面両市、民間企業を巻き込んだ大型案件である彩都に後戻りする選択肢はなかった。 その結果、先行した西部地区(3.1平方キロメートル)はマンション、商業施設、研究所の誘致が進み、この地区の人口は1万6000人を突破した。 しかし街の交通網は脆弱だ。鉄道は隣の豊中市や吹田市の主要駅とつながるモノレールの終着駅があるだけだ。住民は若い世代が多いが「いずれは東京の多摩ニュータウンのように街全体が老いて、移動困難者が増える懸念がある」(市の住民)。
茨木市の新たな居住地区
人口急増のデメリットを認識し始めたのだろう。茨木市の都市政策課は「これ以上居住地を広げない方針」と説明する。彩都の東部地区は産業誘致に特化することを決めた。 全国には彩都のように、URが撤退を決めてからも開発が続いたニュータウンは数多くある。土地や事業が民間に譲渡されたことで、開発が加速したケースもある。
Episode 4 大阪市
空き家急増、 大都市ではスポンジ化
これからも宅地開発は全国規模で続くのだろうか。日本は新築志向が強く、開発しやすい郊外に目が行きがちだが、深刻な事態が都心部で進んでいることを直視しなければならない。空き家の急増だ。
大阪市内の人口増減
三大都市圏で深刻なのは大阪市だ。05年と15年の500メートルメッシュ人口を比べると、タワーマンションの建設が相次ぐ中央区や北区など市の中心部を除けば、人口がおおむね減っている。高齢化に加えて、若い世代も市外に流出し、人口密度が薄まっている。
大阪市24区の空き家率
人口が減少している地域では住宅の新陳代謝が起きていない。18年10月時点の住宅・土地統計調査によると、全国平均の空き家比率は13.6%。これに対し、大阪市内24区では19区で全国平均を上回り、市南部にある西成区や東住吉など4区は20%台に達している。
東住吉でかつては比較的裕福な住宅街だと言われていた地区に足を運んでみた。サッカーJリーグ・セレッソ大阪の本拠地であるヤンマースタジアム長居からそれほど遠くない場所にあるが、至る所で庭の草や木が手入れもされずにいる空き家が点在している。 「木や家が朽ちており、いつ倒れてくるか心配」。空き家から木が覆いかぶさるように迫っている隣家の高齢女性は困った表情を浮かべる。持ち主やその親族とも連絡がとれず対処できないという。別の門扉がない空き家の現状を複数の住民に尋ねても「さっぱりわからない」という言葉が返ってくるばかりだった。 高齢化と人口減少が先行している地方と同じように、大都市でも既存の市街地はスポンジのようにスカスカになってきているのだ。
人口減少が加速する中で、無秩序な郊外開発と都市の荒廃は表裏の関係にある。こうした事態を解消するにはどうすればいいか。 「これからは中古住宅の流通が重要だ」。日本の住宅事情を政策面から分析する神戸大学の砂原庸介教授は、住宅ローン減税など新築中心の政策からの転換を求める。「中古住宅の資産価値がいたずらに下がらないようにする手立ても必要だ」とし、資産評価のあり方も考えるべきだと訴える。 国や自治体が持続的なまちづくりとしてコンパクトシティー政策を掲げるが、多くが絵に描いた餅となっている。住民を誘致したい自治体、収益を手っ取り早く稼ぎたい民間企業、できるだけ安く持ち家を得たい住民――。それぞれの利害が一致し、財政負担を軽減するコンパクトシティーの実現は遠ざかる。都市部で増加する空き家の再生を含め、既存市街地の新陳代謝を後押しする政策が欠かせない。