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【書評】中国SFのベストアルバム的アンソロジー『時のきざはし』

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ここのところの中国SFブームに乗せられ、Netflixで映像化が話題になった『三体』シリーズや、『紙の動物園』に代表されるケン・リュウの著作、『折りたたみ北京』などのアンソロジーと、評判になったものをだいたい読んできた。
で、全作品とも読んですぐに好きになる面白さを携えていた。翻訳物のハードSFにありがちな難解さやとっつきにくさがなくて、「ちよっと何言ってるのかわからない…」なんて部分がほとんどない。どの小説も最初から最後まで面白いのだ。そんな感じで、個人的に「邦訳された中国SFにハズレなし」な状況になっている。

本書はケン・リュウ編の『折りたたみ北京』のように、さまざまな作家の短編を集めたアンソロジーになっている。今まで読んできた中国SFで期待値が上がりまくっているうえ、早川書房から刊行されていたペーパーバックの書籍よりもかなり分厚いしっかりした装丁となっているので、本の見た目こそいいけどこれだけ分厚ければハズレの話とか入ってそうだな…面白いのとハズレのでギャップがあったら嫌だな…なんて考えていたんだが、全くそんなことなかった。マジで全部面白いのだ。このボリュームの短編集で収録話が全部当りってあるんだな…ってことでも感動してしまった。

前置きが長くなったが、中身について。

まず1本目。『太陽に別れを告げる日』
外宇宙探索のためのパイロットを養成する宇宙船に搭乗する学生たち。2人1組のペアになり小型探査艇に乗り最終課題を受けるため出発したところ、突如母船が爆発して帰る船を失う。

探査艇内に残されたのはわずかな酸素と1人しか利用できない冬眠装置のみ。自分と、相棒と、いかにして生きのこるためのすべを考えるか…という、宇宙空間での漂流記もの。とはいえ短編なのであっという間に結末を迎えるのだが、ハードSF要素を持つのにとても清々しい内容で1本目にぴったりの作品だった。もうコレを読んだだけで「あ、この本アタリかも」となんとなく感じられる。

続く『異域』もかなりハード系。爆発的な人口増加にも未来の技術で人類は食糧危機を回避したが、大量の食料を生み出す「農場」にはとんでもない秘密が…というちょっとグロ色のあるミステリアスでアクション色のある話。
1本目2本目とSF感強めで、ちょっと既視感あるんだけど面白くて新しさも感じられる。

続いて『鯨座を見た人』以降は穏やかなバラードのような毛色の作品が続く。バンドのアルバムなら1、2曲目でバーンとテンションを上げ、3曲目から落ち着いた雰囲気に引き込んでいく…というような、作品ごとの流れさえも楽しめた。

もちろんどの作品から読んでも面白いんだが、個人的に気に入ったのは『餓塔』と『ものがたるロボット』

『餓塔』は異星の砂漠に墜落したシャトルの生存者たちのサバイバル話。なんとかたどり着いた集落跡地に建つ異形の塔、襲いかかってくる人を食う獣、そして極限の飢餓という、これ以上ない地獄レベルの描写に引き込まれた。

『ものがたるロボット』は僕の一番のお気に入り。「アラビアンナイト」を想起させる架空の古代王朝にて、おもしろい物語を聞かせろと四六時中ねだってくる王様のために科学者が開発した「おもしろい物語を生み出すロボット」の話。高度なAIにより新しい架空の物語をバンバン生み出すが、ある日話していた物語に2種類の「どちらもすばらしいオチ」を思いついてしまう。ロボット自身がどちらのオチがいいか判断をつけられず、ものがたるロボットのはずなのに物語のオチは話せないままになってしまう…という、本当にアラビアンナイトにありそうな昔話的雰囲気の作品。「独裁の王様とロボット」という、お互い孤独な存在に人間くさい関係性が生まれていくのが読んでいて染みてくる。この1編を読むだけでも本書に手を出す価値があると思える作品。

最後に収録されていて表題作でもある『時のきざはし』は、実際の歴史も絡んでくる時間旅行もの。人間の好奇心と旅立ちの哀愁に焦点が当てられていて、物語として力強く語りかけてくる。まさに最後の1編にふさわしい、長い旅路を終えたのような素晴らしい読後感だった。

全部してたら全然終わらなそうなのでこのくらいで。でも全編紹介したいくらいおもしろいので、ぜひたくさんの人に手に取って貰いたい。