apjの疑似法学をボコボコにする(予告追記アリ(再追記アリ

再追記 3月24日早朝

民法がまったく関係ないという判断は取り下げます。
民法を機械的に適用し、児童の教育権を剥奪することは法的にも不適当だという判断は変えませんので、論旨を全体としては訂正しません。

予告追記 11日12:00すぎ

apjがこちらの言論への直接の応答を避けたばかりか、低レベルのスリカエ・誤魔化しに終始したことを言っているので、追撃することを予告する。
ちょい忙しいけど、できれば一両日中にあげるつもりですにゃ。

以下、追記前

子どもを守らないものは大人とはいわない(追記アリ - 地下生活者の手遊びの追記でも触れたけれど、apjのブログ http://www.cml-office.org/archive/1236366816289.htmlのコメ欄で議論をしていますにゃ。
で、
言っていることがあまりにもなんなので、リファレンス性などを考慮してこちらで反論することにしますにゃ。ここでbuyobuyoが「擬似法学」といっているけど、ホントにそんな感じ。

公共教育機関と生徒の関係に民法を持ち出す愚昧

話としては、まずPSJ渋谷研究所X: 「親がアホ」のツケは子どもに回って当然なのか【追記あり】のコメ欄で


地下猫:学校と生徒の関係において、重視されるべきは民法かね? それとも教育基本法かね?


apj:義務教育ではない高等学校では、授業料を払わなければ学校と生徒の関係自体が消滅するので、民法が先。
学校と生徒の関係が維持されている間は教育基本法。

とのやりとりがありましたにゃ。
で、このやりとりをapjがさきほどリンクした自分のブログに転載したので、以降はそちらでやりとりがあるわけですにゃ。
では、法に関連したやりとりを抜粋する


地下猫:生徒を退学処分にしたわけではにゃーんだから、このケースにおいて「学校と生徒の関係が維持されている」んだよ。ここが前提なんだから、ベースとなるべきは教育基本法であって民法ではにゃーの。
考慮されるべきは民法ではなく教育基本法ということは明らかにゃんね♪
当然ながら、「生徒を退学処分にすべきだった」という話も出てくるだろうけど、そもそも退学処分という生徒の人生を左右するような重要な案件において、しかも公的教育機関が、教育基本法や児童の権利条約を無視した判断をしてよいということになるはずもにゃーんだな。


apj:授業料を払ってない状態で、学校と生徒の関係が維持されていることが既におかしいですよね。もちろん、奨学金とか授業料免除とか、経済的に困っている人には援助した上での話だけど。
教育についていえば、

  • 中学までは義務教育とし、社会の側に教育の義務を負わせた。
  • 義務教育ではない高等学校には、行政の補助があって、安価な授業料で通う事が可能な高等学校がそれなりの数維持されている。
  • それでも経済的に困る人には、奨学金や授業料免除といった制度が用意されていて、実際に利用されている。

というのが実態なので、権利条約は守られています。
 この程度の補助が社会の側に存在する状態で、授業料を踏み倒している人に対しまで、なお生徒で居続けさせなければならないということは、児童の権利条約からは導き出せません。教育基本法を読んでも同様です。


地下猫:この場合は民法でなく教育関連法規に従うべきだということは理解できたのなら(罵倒・イヤミなので以下略


apj:契約部分の取り扱いについては、基本が民法であるべきという考えに変更はない。これは、教育基本法は民法の特別法ではない、つまり、民法上の契約の履行について、何らかの変更を加えるものではないという理由による。
私は、「学校が、契約に基づいて請求をし、払わなかった場合にペナルティを与える」という行動をすることに対して、教育の理念がどうとか言って横やりを入れる人達に対し、それは違うと言いたいだけ。
今回は、既に明らかになったように、ペナルティが規則に沿ったものではなかった(登学の停止あるいは除籍であるべきだった)にも関わらず、「卒業証書を渡さない」というむしろ温情ある方法をとったために、話がややこしくなった。その部分の誤解については既に私の考えを訂正している。


地下猫:公的教育機関と18歳未満の生徒との契約があくまで民法ベースだとおっしゃるわけですかにゃ? それはそれは。
学校の運営すべてに教育基本法がかかわるということは理解できてるのかにゃ?
学校運営は教育基本法でなく民法ベースなの? それ本気?


apj:学校運営という括りが曖昧だと思います。学校運営と、契約部分は別の話ではないでしょうか。
授業料を支払うという契約の部分は、他に契約を定めたものがなければ、民法ベースになるという話をしています。どうしてもわからないのでお伺いしたいのですが、授業料の支払いの契約について、教育基本法で民法の契約に関する規定を変更しているのは具体的に何条でしょうか?

そもそも民法関係ない

公法と私法、という区切りもあまりふりまわすべきではにゃーんだけど、民法が代表的な私法であることはガチだよにゃ。で、民事とか私法とかいうのは

  • 対等な私人の間に適用

というのは、基本もいいところですにゃ。
例えば労働法は私人の間に締結される労働契約に関する法にゃんが、雇用者と被雇用者は対等とはいえにゃーので、民法ではなく特別法である労働法が適用されるということになりますにゃ。


で、
公的な教育機関である公立高校と、法的主体であることを認められにゃー児童である高校生との関係に、「対等な私人の間に適用」される民法をもってくるというのはありえにゃー話だ。


そして、「学校運営と、契約部分は別の話ではないでしょうか。」というapjのすさまじいセリフに眩暈にゃんね。
生徒を入学させたり退学・除籍したり(=契約部分)することと学校運営と別ってか? 目茶苦茶。
「教育基本法は民法の特別法ではない、つまり、民法上の契約の履行について、何らかの変更を加えるものではない(apj)」というけど、そんなのアタリマエで、教育法は私法とはそもそも別なので特別法になることはにゃー。公的教育機関を律するという意味では狭義の公法たる行政法とのかかわりが強くなるだろうから、なおさら民法とは関係にゃーだろ。


すべての児童が中等教育を利用可能

「授業料を踏み倒している人に対しまで、なお生徒で居続けさせなければならないということは、児童の権利条約からは導き出せません。教育基本法を読んでも同様です。」とapjはおっしゃる。なにいってんだよ。


児童の権利条約28条
締約国は、教育についての児童の権利を認めるものとし、この権利を漸進的にかつ機会の平等を基礎として達成するため、特に、
中略
種々の形態の中等教育*1(一般教育及び職業教育を含む。)の発展を奨励し、すべての児童に対し、これらの中等教育が利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられるものとし、例えば、無償教育の導入、必要な場合における財政的援助の提供のような適当な措置をとる。


「すべての児童」だよ、「すべて」
親がカネを払ってにゃーガキも、当然ながら「すべて」に含まれにゃーのかね?
この条文のキモは

  • すべての児童に対し、これらの中等教育が利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられる

であって、無償教育や財政的援助はその手段として例示されているにすぎにゃー。ここをまず確認ね。財政的援助をしていたとしても、現実に「すべて」のガキに中等教育の機会を保証しなければ無意味だよにゃー。
親がDQNという理由で中等教育の権利を剥奪されることが、この条文からは是とされるはずもにゃー。


教育を受ける権利というのは基本的人権のなかでも重視されるものであるがゆえに、自由民主主義政体においては自己の権力の存立基盤である人権の理念を否定することができにゃーがゆえに、教育を受ける権利をむげに否定できにゃーんだ。そのように法体系が整備されてるんだにゃ。


傍証として退学処分についての議論を見てみますにゃ。
教育基本法に矛盾のにゃーように、学校教育法の条文が整えられ、さらにそこに矛盾のにゃーように、学校教育法施行規則が定められる。


学校教育法施行規則


第一三条現在は二十六条(懲戒)
3,前項の退学は、公立の小学校、中学校(学校教育法第五十一条の十の規定により高等学校における一貫した教育を施するもの(以下「併設型中学校」という。)を除く。盲学校、聾学校又は養護学校に在学する学齢児童又は学齢生徒を除き、次の各号の一に該当する児童等に対して行うことができる。

  • 一 性行不良で改善の見込がないと認められる者
  • 二 学力劣等で成業の見込がないと認められる者
  • 三 正当の理由がなくて出席常でない者
  • 四 学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者


さあ、ここにはカネを払わにゃー者を退学処分にできる、などという話はでてくるわけもにゃーよな。教育基本法をまともに読めればこれが当然の帰結だにゃ。
さて、このあたりに関して、最高裁の判例を見てみますかにゃ。


退学処分は学生の身分をはく奪する重大な措置であり、学校教育法施行規則一三条三項も四個の退学事由を限定的に定めていることからすると、当該学生を学外に排除することが教育上やむを得ないと認められる場合に限って退学処分を選択すべきであり、その要件の認定につき他の処分の選択に比較して特に慎重な配慮を要するものである


「信仰上の理由により剣道実技の履修を拒否した市立高等専門学校の学生に対する原級留置処分及び退学処分が裁量権の範囲を超える違法なものであるとされた事例」
http://www.kcat.zaq.ne.jp/iranet-hirakata/text-960308ehoba-kendou-saihan.htm


ガキ本人に責任が明らかにある場合でも「学生の身分をはく奪する重大な措置」は「他の処分の選択に比較して特に慎重な配慮を要するものである」んだぜ。
経済状況に関係なく「すべて」のガキに中等教育の機会をあたえる条約に批准しておきながら、ガキ本人に責任のとれにゃーカネの話で、「学生の身分をはく奪する重大な措置」が本来とるべき措置といえるのですかにゃ?
公的教育機関がとるべき措置ではにゃーんだよ。

なぜこんなにダメなのか?

はてなブックマーク - 教育的配慮が暴走すると規範をぶちこわしにする :: Archivesに僕はこう書きましたにゃ。

「教育的配慮」「児童を護る」こそが公教育の役割、つまり契約の核。ガキは人権を制限されている、つまり保護対象というのが基本の「き」の字。「親の因果が子に報い」を肯定するバカ科学者がここに!

これに尽きるにゃ。


記事の最初にリンクしたapjのブログにおける議論を読んでいただければわかるけれど、apjは「親の因果が子に報い」を結局のところ否定してにゃー。
親とガキが別人格だということが、何度言われても本当のところはわかってにゃー。
フリーライダーを叩くことで頭がいっぱいで、ガキはフリーライドしてもよいことがわからにゃー。

  • だから国籍法改正であんな醜態をさらした
  • だから教育の社会的意味がわからず、民法だ契約だと見当外れの自己責任をふりまわす
  • だからガキが親に人生を台なしにされることを、結果的に肯定する


それと、だ。
個人の心理的なものに突っ込みたくなかったけど、あまりに腹立たしいのでここも指摘しておく。


>過去のapjさんの、ご自分のご両親との関係に関する主張では、「親が子どもの将来を左右すること」をすごく嫌っていたように見受けられるんですよ。


 あまり個人的なことをネットで書きたくはないのですが、私の場合は家庭の方に事情があるので、私の主張を一般化はできないです。私は既に、高校進学云々どころじゃないほど人生変えられちゃってますんで、高校なんか大した問題じゃない、という話になります。勿論これを一般化できないことは承知していますので、これに基づいた議論はしていません。


 あと、嫌っているのは矛盾する言い分についてだったかと。

 
 勉強しろとか進学せよとか親戚の誰それは大学院まで行って云々、とさんざん言っておいて、いざ私がそうすると、結婚が遅れただの孫の顔がだの言いだしたというネタじゃなかったでしたっけ。
 それなら、勉強しろと言わずに放置しておいて、学力不足で地元の短大あたりしか合格しないように仕向けておけば、卒業して地元で就職して何年かしたら結婚、という、地方都市でよくありそうな人生という展開になったでしょう、という話。
 目先の子供の成績にこだわって先を読まなかったことを後になって愚痴るなという……。
at 2009/03/09 12:24:39


婚期だの孫だのに関する親の身勝手で自分の人生が変えられたとやらが、高校教育を受けられるかどうかよりも大切だと?
論評は控えたい。
しかし、apjがこの程度の認識で、自分は高等教育を受けておきながら、高校生の教育を受ける権利を自分に責任のとりようのない経済的理由で剥奪することを是としていたこと、これは再度確認しておきますにゃ。

制度について

さて、ついでに。


よく分からないのですけど、地下に眠るMさんは、今回の件のような場合、高校の現場はどのような対応をするのが正しいと主張しているのでしょうか。


田部勝也 at 2009/03/09 01:12:05


べき論で対応させていただく。
そもそも高校側に学費未納についての強いペナルティを科すことが不適当なのだから、学費徴収に関する責任を学校が負うことがオカシイのだにゃ。
学校ごとに強制執行の権限を認めても混乱するばかりだし、教育機関としてはそれは使いにくいだろ。自治体が徴集義務を負えばよいことですにゃ。会計的にも、特別会計あたりに組み込んで、税に準ずる扱いをすればいいのではにゃーかな。
市県民税の徴収と一体化すれば、免除申請なども簡便になるのではにゃーかと。
ま、本来は無償化すべきにゃんがね。

資料

法的に見た退学措置について

経済的な措置をしていると胸をはって言える状況ではとてもないことがわかる


それと、下書段階で間違って一度あげてしまい、トラバ先にはご迷惑をかけましたにゃ。
トラバ送りなおすので、以前のものは消していただけるとありがたいですにゃ。

*1:中等教育とは、具体的には中学校および高校教育です。この注部分追記