突然だがこの物語はフイクシヨンであり、實在の人物・團體とは無關係である。
ここに、自制心の缺けた一人の男が居る。男は、飮酒・漫画・テレビゲエムその他諸々の低級な娯樂に常習的に耽つてゐたが、とりわけ喫煙に關してはおよそ忍耐といふものがなかつた。 男曰く「大概の娯樂は多少なりとも氣力を要するが、喫煙ばかりは全く無氣力であつてもきはめて手輕に行ふことができる。これこそは他に類を見ない喫煙の素晴らしい利點として第一に擧げたい」とのことであつた。 これは一歩間違へば喫煙の惡癖を稱揚してゐると誤解されかねない發言であり、昨今の風潮から察するに、「未成年喫煙禁止法違反幇助」などの罪状により別件で逮捕すらされかねない勢ひである。 かかる惡癖に不甲斐なく身を委ねてゐたある日、男は、喫煙所で「逃孤劣等(ニコレツト)」なる禁煙補助劑を用ゐた活動へのコミツトを喫煙仲間から紹介された。男は、何を思つたかこれに飛びつくことになる。 實は、男には幾つかの目論見があつた。第一に、喫煙に伴ふ金錢的負擔の輕減。第二に、年間を通じて止むことのない、労咳を思はせる不吉な咳及び喉の痛みの輕減。第三に、禁煙を試みるものが誰しも經驗すると言はれる禁斷症状への興味。第四に、よしんば失敗しても四方山話のネタにできればそれで良しとの下心であつた。 2004年5月24日午後12時47分、晝食後のいつもの一服を名殘惜しさうに消した男は、禁煙状態への移行を宣言した。 同、午後16時00分、男は落ち着きなく苛々としたそぶりを見せ始める。まだ禁斷症状といふほどのものではないが、このままでは仕事が手につかない(言ひ訳)ため、薬局に赴き件の逃孤劣等(ニコレツト)を買ひ求める。逃孤劣等には、眠人(ミント)風味のものも賣られてゐたが、まづはひねらずに普通のものを手にする。24錠で1980圓。日ごろ男の吸ふ銘柄に換算すると146.66本分の價格である。 いよいよ耐へ難くなつた瞬間に使用してこそ效果の程が明らかになると考へた男は、逃孤劣等投入の瞬間を待つことに小さな喜びを見出しつつ、自らこれを引き延ばしてゐた。そして、午後16時37分、口ほどにもなくあつさりと誘惑に屈した男は、期待に胸を躍らせてそれを口に含んだ。 「買ふんぢやなかつた」 と思つたのはこの男であつて斷じて筆者自身ではないが、敢へてたとへるなら、ウヰスキーに煙草の吸殼を浸して一時間ほど放置したものを口に含むとこのやうな味がするのではないか、と思はれる風味であつた(言ふまでもなく、筆者は勿論その男もそのやうな飮料を口にしたためしはないのであるが)。 しかし、考へてみればこんなものは不味いのが道理である。禁煙者が煙草を止めることができても、補助劑が美味であつては補助劑中毒になるだけである。 さて、喫煙と禁煙に關する薀蓄について觸れやうと思つたが、やや長くなつてしまつたのでその話は後日に讓りたい。なほ、このシリーズが續くかどうかは全く定かではない。筆者がこの文體で書き續けることに苦痛を感じてゐるから、では斷じてない。 讀者諸兄に於いては、生暖かい目で生やさしく見守つてゐただきたい所存である。 註:當エントリイの作成にあたつては、辭書フアイル「僞丸谷」を使用してゐる。
by tatsuki-s
| 2004-05-25 19:37
| Talking(よもやまばなし)
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