ココボロだとか好きだとか

大学院生による独り言と備忘録

ポカリスエットは熱の味

ポカリスエットは、熱の味がする。

 

幼い頃、体調を崩すと必ずポカリスエットが用意された。特段、スポーツ少年で無かった私にとって、スポーツドリンクを飲む機会はあまりなく、あの、何とも言えない甘さが染み込んでいくような感覚は、運動会か熱を出した時くらいにしか味わうことが無かった。

 

私はあんまり体が強い方ではなかったから年に数度は熱を出していた気がする。昔ながらの氷枕(イマドキの保冷枕などではなくて、氷水を入れた茶色のゴム製の枕の口を金属クリップで留めた本物氷枕)に頭を乗せると、なんとなく自分が本当に悪い病気に罹った気になったものだ。

今思えば、当時の病気や当時の心配事なんて大したことはなくって、大人からすればちっぽけな恐怖に苛まれながら日々学校に通っていたのだと思う。

 

近頃、一日中パソコンに向かってばっかりで碌に体も頭も動かしていない気がする。プログラミングというと大層だが、なんとなく自分の頭で作った論理を、自動で動かしてくれる機械に落とし込んでは動かし、想像と実際の差異を埋めていく作業を行っている。

これは結構苦痛を伴う作業で、私なんかはもう二度と請け負わないと決心をしながら、毎日ディスプレイを見つめて過ごしている。改めて、プログラマの人々に畏怖を覚える。

閑話休題

 

 

私は今でもポカリスウェットを飲むと、当時の熱の感触を思い出す。なんとなく頭の働きが鈍くなって、布団に入った時にじんわりと羽毛が温まっていく少し独特な感覚、間違いなく不快ではあるのだけれどあの温かさが好きだった。

あとは学校を休んだ時のあの何とも言えない背徳感。日中に流れるつまらないアニメーション(00年代生まれの私のときは、カートゥーンネットワークのサムライジャックなどというアニメがやっていた。好きではないながらも他に碌に見るものが無く、仕方なく見ていた。同様のアニメは他にもいくつかあったはずだ。)を眺めながら親が返ってくるのを待っていた。両親は共働きであったから、近くに住む祖母が自転車で昼食を持ってきてくれたりだとか、半休を採って親が帰ってきたりだとかで、その隙を盗んではテレビやゲームに時間を費やしていたのだ。

この感覚は、今でいう深夜に酒を煽りながら無駄に時間を費やすときに似ている。そういう今も、いつ買ったかもわからないBacardiを消費しながら、少しずつ温度が上がる頭をゆっくり動かしながらタイピングをしている。心なしか、いつもの半分も速度が出ていない気がする。

ああ、どうしても文章を書きたかった。心の中にある、楽しくもないけど悲しくもない、簡単ではないけど難しくはないこの感情を、吐き出しておきたかった。私が少し考えた証を、ここに残したかったのだ。

 

大橋青、2024年10月25日、零時のリビングにて九谷焼の割れたワイングラスにバカルディのホワイトラムを注ぎながら

Â