全方位に刺激がある「東神田」という街

著: 榎並 紀行/やじろべえ 

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「東神田」と聞いてピンとくる人は少ないと思う。まあ、文字通り「神田の東のほうにある街」だ。そこ自体は特に何の変哲もないところなのだが、神田、秋葉原、御徒町、蔵前、日本橋あたりが徒歩圏内で、楽しいこと、美味いものに事欠かない。僕はそこに32歳から3年あまり住んでいた。

ちなみに東神田といいつつJRだと神田駅よりも秋葉原駅のほうが若干近く「どこに住んでいるの?」と聞かれたら「秋葉原」と答えるようにしていた。「秋葉原に住んでる」って、なんかサイバーで、アナーキーで、かっこいい気がしたからだ。

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実際、秋葉原まで徒歩5分の生活は刺激的だった。いつの間にか復活していた中央通りの歩行者天国をアテもなくぶらぶらするだけ、アキバ文化のさほど深い階層まで入っていかなくても、十分にサブカル成分みたいなものが注入される。秋葉原はオタクの街といわれるが、オタクみたいに好奇心や探求心を持っていなくても、凄く楽しい。ホビーショップで子どものころに好きだった「聖闘士星矢」のフィギュアを見つけて興奮し、用途不明のアヤシゲな電子部品が投げ売りされているジャンク通りで1500円のPCを衝動買いしたりした。

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あと、街角に立つメイドさんも、よく見るとお店ごとに特徴があって面白い。メイドカフェも多様化しているようで、特に中央通りからひとつ西側に入った小さな路地にコンセプトの立った新手のカフェが多かった。その通りでは、例えば「不忍カフェ」(かわいいくノ一が接客してくれるカフェ)のキャストが「寄っていかぬか、楽しいでござるよ」と客引きをしたりしていて、キャラ設定をしっかり守る真面目な彼女に、「萌え」という感情が芽生えたのを覚えている。

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「AKB48劇場」には(勇気がなくて)一度も入れなかった。ただ、ドン・キホーテの8階にあるので建物自体には買い物しによく行っていた。各階エスカレーター脇の壁にはデビュー間もない一期生メンバーの写真がプリントされ、そこには「昨日上京してきました!」みたいにあどけない「あっちゃん」や「こじはる」がいて微笑ましい気分になった。

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そんなふうに、休日の昼間は秋葉原界隈で過ごすことが多かったのだが、夜は主に神田駅の周りをウロチョロしていた。特に「西口商店街」だ。神田の商店街というと、粋でいなせで、カラっとした江戸っ子のイメージを持たれるかもしれない。しかしここ、そんな「健全な」商店街ではない。魚屋も八百屋もないし、コロッケの食べ歩きもできない。飲み屋中心の、どちらかというと「夜の商店街」である。

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風俗はいっぱいあるし、路地裏はちょっとヘンな臭いがするときもある。まだ明るいうちから「オニイサン、マッサージ、イカガ?」と誘惑されたりもする。歌舞伎町ほどはギラギラしていないけど、生々しい欲望のニオイが漂っている。でも、その本能むき出しな感じが刺激的で、そこに集まる人たちもなんとも人間くさくて魅力的で、結局は毎夜のごとく吸い寄せられてしまうのだ。いつの間にか仕事帰りは最寄りの秋葉原駅じゃなく神田駅で降りて、西口商店街で晩飯を食べてから帰るようになった。

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なかでも足しげく通っていたのが「うな正」だ。食べログで平均3.58点と世間的にもそこそこ評価の高いうなぎ屋なのだが、個人的には「いやいや4.8点くらいあるだろう!」と憤慨している。なんせ、うなぎ高騰のご時世に「うな丼」が980円、「うな重(梅)」が1350円で食べられる。しかも、身の厚いふわっふわのうなぎを使用していて、良心的を通り越し、もしやヤケクソなんじゃないかと心配になるほど気前のいい店である。さらに、同じ通りにはワンコインからうな丼が食べられるチェーン店「名代 宇奈とと」もあって、安くてうまいうなぎがやたら充実しているエリアだった。当時、僕は会社をつくったばかりで金がなかったのだけど、おかげで週イチでうなぎにありつく「ウナ充」な食生活を送ることができた。

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かと思えば、とある飲み屋でシメにラーメンを頼んだら、「チャルメラ」が平然と出てきたこともあった、そういえば。でも、悔しいけどこれが酒のシメには絶妙なのだ(泥のように酔っぱらったあとに食べたくなるのは、鶏ガラを3日煮込んだこだわりラーメンじゃなくチャルメラですよね)。そういう、“おじさんのツボ”みたいなのをちゃんと分かってくれているお店が、神田界隈には多かったように思う。あ、シメと言えば東口と西口に1軒ずつある24時間営業の立ち食い蕎麦、「かめや」のことも言わせてほしい。ここが元祖という「天玉そば」は、風味豊かな濃いめのツユ、黄味が半熟トロットロの温泉玉子、かき揚げは揚げたてじゃなくしっとりしているときもあるけど、それはそれでうまい……、ようするに超最高なので、ぜひ食べてみてください。

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話は変わるが、東神田に住み始めて2年目の5月に、「神田祭」というお祭りが行われた。神田明神の氏子町一帯にて2年に一度催される大祭で、僕が住む「東神田一丁目」も氏子町のひとつだった。正直、お祭りにさほど関心があるわけじゃなかったけど、せっかく氏子町に住んでいるし、2年に一度だし、それと当時僕には近所に好きな人がいて、その人はお祭りとか好きそうな女性だったのでデートに誘う口実になるかなと思って見物することにした。

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そんな動機だったのであまり期待していなかったのだけど、これがなかなかエキサイティングな祭りなのだった。江戸時代から続く伝統的なお祭りというから「お堅い神事」みたいなものを想像していたが、とんでもない。祭りのハイライト「神幸祭」は、神輿や山車など500名からなる行列が氏子地区を練り歩き、氏神様が乗った「一の宮鳳輦」「二の宮神輿」「三の宮鳳輦」が市中を巡り、神々の力によって各町会を祓い清めるというもので……って、こう書くといかにも「お堅い神事」だけど、ものすごーくかいつまんで書くと、「楽しい仮装パレード」である。

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神事をパレード呼ばわりしてすみません。でも、ふだん車がビュンビュン走っている昭和通りを完全封鎖して天狗、ゆるキャラ、大道芸人、武者、その他大勢の行列が練り歩く夢っぽい光景はなんとも愉快で、「厳か」よりも「ハッピー」な気持ちにさせてくれる。一見コワモテの天狗もカメラを向けると目線をくれたりと、じつはとても愛想がいい。でかくて黒くてかっこいい馬が都会のアスファルトを闊歩し、でもたまにボロ(糞)をボロボロ落っことしちゃうところも愛嬌があってたまらない。神事なのにかっこつけてないところがいいのだ。

神田祭はもともと「庶民の楽しみのために」と徳川幕府が始めたもので、当時から派手な仮装やひき物が登場するエンターテイメント性の高いものだったそうだ。地域住民を巻き込んだ豪壮なパレードは、まさに天下泰平の象徴だったのかもしれない。

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なお、神田祭を一緒に見た女性とはその後ちょくちょく家の近所で遊ぶようになり、例えば、秋葉原駅と御徒町駅の間の高架下にある「2k540 AKI-OKA ARTISAN」に行ったりした。もうすぐ36歳になるおっさんの恋バナを赤裸々に語ってしまっているが、東神田近辺はデートスポットの宝庫であることを説明したいので我慢してほしい(ちなみに、恋の結末は記事のラストで分かるョ)。

「2k540 AKI-OKA ARTISAN」はものづくりをテーマにしたショップ、アトリエ、ギャラリー、飲食店が並ぶおしゃれストリートだ。最近、東京の東側には高感度な若い職人が集まり盛り上がっていると聞くが、その象徴的な施設のひとつだと思う。

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「2k540」だけでなく、この界隈から蔵前あたりにはイケてる工房とショップが点在している。職人の技巧を駆使し、現代風に洗練されたプロダクトをつくるクリエイターが続々と拠点を構えているから、おのずと近隣住民のおしゃれ偏差値も上がっていくのだ。「m+(エムピウ)」の革財布とか、「カキモリ」のオーダーノートとか、僕もこの近辺に住んでから日用品のセンスがよくなった。

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で、そんな感じでその人とは蔵前あたりをぶらぶらしたり、コレド日本橋に映画を見にいったり、多いときは月イチくらいで“近所デート”を重ねていたのだけど、想いを伝えるタイミングが遅かったのか、そもそもはじめからそんなに好かれていなかったのか、まあ、ようするに僕はフラレた。千代田区は「住んでるだけでモテる東京23区ランキング」(どこかの恋愛サイトがやってた)でもけっこう上位だったんだけどな。話が違う。

ともあれ、まあ色々ありつつも楽しかった東神田から今年の5月、文京区の品のいい街に転居した。別にフラれたからじゃなくて、仕事が鬼のように忙しくなり、会社の近くに引越しせざるをえなくなったからだ。でも、今の場所は住みやすいが刺激が少ないので、じつはもう東神田が恋しくなっている。あのあたりってスーパーとかも全然ないし、生活に便利かといわれたらじっさい超不便だったけど、おもしろいことにはまみれていたんだなあと改めて思う。「今の旦那は優しい人だけど、俳優志望だった元カレをつい思い出してしまう」みたいな感じだろうか。いや、違うか。

 

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著者:榎並紀行(やじろべえ)

榎並紀行(やじろべえ)

編集者・ライター。水道橋の編集プロダクション「やじろべえ」代表。「SUUMO」をはじめとする住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手掛けます。

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