下北沢、毎日同じ場所に行く、居る、光を浴びる。|文・塚崎りさ子

著者:塚崎りさ子

下北沢で働きはじめたのは2020年の9月。前職を退職した2月にコロナが上陸し、緊急事態宣言下での難航極める就活が半年を迎えようとしていたころだった。

いくつもの採用面接を受けて、やっともらった内定も、その会社の高圧的な態度に素直に喜べないでいた。そんなときに、なんだか楽しそうな場所が採用活動をしているよと、当時のアルバイト先の社員さんから教えてもらった。

それは下北沢の「BONUS TRACK」という、2020年4月に開業したばかりの商業施設だった。その中でイベントスペースやコワーキングスペースを運営する「omusubi不動産」がマネージャーを募集しているという。

ここがいい、というかここしかない。そう思い、速攻でこれまでなかなか実を結ばなかった履歴書と職務経歴書、長文の志望理由を送る。するとすぐに返信があり、面接へ。そして面接終了から15分後に電話で事務所へ再び招かれ、内定をもらった。

初めての連絡からちょうど1週間。そのスピードに一瞬ひるんだけれど、このチャンスを逃すまいと「ここで働かせてください!」と私もその場で承諾させていただいたのだった。

幾らか事情はありそうでも、新卒で入った会社を1年未満で退職する謎の第二新卒を受け入れるリスクは高いだろう。そんなふうに私も自分のことを見積もっていた。それなのに「人材として必要だと思っている」と率直に伝えてもらったことに、当時は本当に救われる思いだった。

それから下北沢で働き暮らして4年が経つ。

私の働く場所、BONUS TRACK

私は生まれてこのかた、生粋の小田急線ユーザーだけれど、下北沢はこの仕事をしていなければきっと交わることのなかったエリア。劇場、ライブハウスなど「下北沢といえば」なカルチャーに自身との共通項があまりない中で、下北沢生活をスタートした。

職場であるBONUS TRACKは商業施設として、様々なイベントを開催している。

イベントが施設内のあちらこちらで沸き起こり、大量のコンテンツ・事業構想・それを企む人間が入り交じる。ブックマーケット、台湾の正月を祝う春節イベント、レコードフェアなど、入居テナントによる個性的なイベント、また地方からお店が集まったり、行政による物産展のようなイベントも開催される。

際立ったイベントがない日には、穏やかな時間が流れる。そんなときは施設内一つひとつのお店をのぞき、真ん中の広場にゆったり座り日光浴をするのがおすすめ。

広場にはパラソルやタープがあるので、よっぽどの悪天候でなければ、雨を身近に感じながらのおしゃべりや読書なんかもできる。特にこれからの秋にかけての季節、それはそれは最高の、憩いの場となってゆく。

わっと人が集まり刺激的な日もあれば、静かに過ごせる日もある。スタッフとして毎日その場に通うだけで、カルチュラル・スタディーズのあらゆる側面を垣間見るような日々を過ごしてきた。

このような環境で4年間を過ごす私の心と体は、BONUS TRACKを取り巻く人やお店、美味しいご飯で構成されていると言ってもおかしくない。ここで多くの時間を過ごす中で、食べるものだけなく、広がる風景や日々顔を合わせる人との会話からも何か、栄養のようなものを取りこんでいる。

私の毎日と、栄養ある風景

<朝>

担当するコワーキングスペースとイベントスペースは、ほぼ365日稼働。この場所を仕事場にしたいと、50数名の人が会員登録をしてくださっている。

9:30ごろに出勤し、毎朝の陽気を感じながら、清掃を開始。とはいえ今年の夏も陽気というより、悪魔的灼熱だった。生命をかけたお掃除を、毎年スタッフ総出で乗り越えている。

気持ちの良い光がコワーキングデスクに入る

掃除機で羽虫を吸い取るomusubiスタッフ

<日中>

毎週火曜日は、コワーキング会員向けのランチ会をキッチン設備のあるイベントスペースで開いている。ほぼ焼きそばしか作れない私の当番が回ってきた時には、みんな文句を言わずに焼きそばを食べてくれる。

他の曜日のお昼にも、このキッチンを拠点に間借り出店する方たちのランチが楽しめる。

毎週月曜はYAWNの薬膳弁当、木曜は定食めしのの定食、金曜はhuggyの焼売定食。月に1回はきいろとしろの出汁の効いた料理、IKITSUKE COFFEEのナポリタン。

美味しいだけじゃない、定期的に来てくれるお店屋さんと顔見知りになり、お互いを気遣いながらご飯を食べる、よくよく考えると貴重な時間。またコワーキングの会員さん同士もこういったお昼の時間や、定期的に開催する飲み会で、お互いを知っていく。

めしのさんの、コワーキングの会員さんと大笑いしながら話している姿が大好き

スタッフ側であるのに、私は会員さんの懐の深さについ甘えてしまう。夜にデスク上の明かりにたかって死んだ虫を、翌朝一番早く来る方が片づけてくれたり、ご近所で借りた餅つき道具の搬入時に、道具を借りに行くために呼んだタクシーが到着する2分前に声をかけて一緒に飛び乗ってくれたり。

omusubi経由で入居・開業されたご近所のバー「Quarter room」との年末餅つきのため、漫画家のうえはらさん(右)へ2023年最後のお願いとして道具の受け取りを手伝っていただいた。omusubiの日比野さん(左)にはほぼ強制的に付き合っていただく

<夕方>

日がだんだん落ちてくると、BONUS TRACK沿いの区道ではわんちゃんのお散歩アワーが始まる。最近の“推し犬”は、ご近所の会員さんが保護犬のお迎えを数年じっくり考えた末に、最近一緒に暮らし始めた、まめふく。落ち着いた佇まいなのに、くりくりの目に好奇心がみなぎっていてそのそのギャップにやられる。

<夜>

毎週金曜日の夜は、キッチンでバー営業を行う「Botany」のクラフトサワーを飲むのが私の習慣だ。この味が週末の始まり。BotanyさんはBONUS TRACKでの間借り出店を経て、この夏、羽根木に店舗を構えた。

季節のフルーツやスパイスの美味しいところだけを大胆に抽出するのがBotanyさん流サワー。甘くない

最近はBotanyと、コワーキングスペースのキッチンの真向かいにあるレコードショップ「pianola records」、そして月曜にキッチンで間借り営業する「YAWN」とのコラボ営業が、2カ月に1回の頻度で開催される。その際のpianolaからキッチンまでトランシーバーを使ってDJの音源を届けるという試みに、私も何回か参加させて貰っている。

DJの時にかける大半のレコードは、pianolaさんから買ったもの。元々気になっていたレコードが、こんなにすぐそばにあると取り入れるほかない。機材を家に揃えて、3年前から少しずつ収集し始めた。

pianola店内では良質な音が鳴るも、キッチンへはトランシーバーを通したことでノイズだらけのモノラル音源で届けられる。お客さんは店舗間を往来してその違いを楽しんだり、キッチンのテーブルを囲み、美味しいご飯とお酒を飲み食いする。

この9月は、下北沢のバー「Upstairs Records & Bar」と「pianola records」が共催しているイベント「ぴよのら」にも声をかけていただき、初めてバーでDJをした。ちなみにわたしは不定期で月曜の夜、シェアキッチンで焼きそばを焼くという謎の活動を行っている。その度に売れ残る焼きそばを、Upstairsの店主ひよこさんへ夜12時頃に届けると美味しそうに吸い込んでくれる。

ぴよのらの日に、ひよこさんは誕生日を迎えたので、この日は焼きそばの代わりにケーキをプレゼントした。

ひよこさんの誕生日の夜

このように何かとイベントごとに首を突っ込んでは酔っ払い、家に帰り、一日がいつの間にか終わり、次の日の朝がやってくる。この4年間は、そういった日々の集積のようなものでもある。

ただ、その集積のなかには、どこか忘れられない風景もおり交ざる。

BONUS TRACK内にある「本屋B&B」が開催する通年の編集の講座に、2年前に参加した。講座の後にはよく飲み会が開催されるのだが、その日もよく飲み、みんなでお店を出ると、20代を超えたくらいの若者が揃って店前で立ちションをしようとする光景に出くわす。

うわ〜本当にやだな、だけど見て見ぬ振りするのもどうかな〜と、モヤモヤがそれぞれの胸に沸き始めようとする、まさにその時。講座のベテラン講師の方がびっくりするほど大きな声で、若者を叱った。

「何やってんだ! そんなことをするから下北沢の治安が悪くなったなんて言われるんだ!」

その迫力に、出そうとしているものも引っ込んだはず。状況に気づいた講師が思いっきり叱り飛ばすまで、5秒もかかっていない。気持ち良いくらい、速かった。私も街や人を思った行動を、即座に取れるような人格を備えていきたいと心が熱くなる夜だった。

コミュニティマネージャーという、日々を積む仕事

イベントスペースとコワーキングで、平日土日かかわらず毎日同じ場所で、誰かと喋り、食べ飲みしている。

遊んでいるのか、仕事をしているのか。よく周りからも聞かれるけれど、コミュニティマネージャーと呼ばれる職種は、余暇と仕事の境界線をいかに調整するかが、コミュニティをマネジメントできるかどうかの肝だと思っている。

相手によって、その場の状況によって、どのように境界線を引くべきかを常に考えなければ、自分自身を駒のように扱ってしまい消耗してしまう。ただ、この線引きをポジティブに捉えてコントロールできれば、主体的に暮らしている実感につながっていくことに最近、気づいた。

この職場には、私を個人として大切にしてくれる人も、BONUS TRACKで働く人材として大事にしてくれる人もいる。仕事としてしたいこと、プライベートに近い暮らしのなかで取り組みたいことを、会社を問わず、いろんなお店のスタッフが応援してくれる。

相手に自分の境界線を伝えて良い。その上で自由度高く取り組んでみて良い。続けば高みを目指せば良い、続けられず諦めてもその分、学びになる。

この通過点から出て行ったり、戻ったり

4年前、新しい商店街として開業したBONUS TRACKには、年季を感じる箇所が出てきたり、コワーキングスペースも、イベントスペースも、いろんな人が活躍しては、卒業していった。

私の仕事も少しずつ変化し、他のomusubi不動産の拠点を行き来して、アドバイザー的な役割も増えてきた。

私が入社してすぐの仕事ぶりを知る、BONUS TRACKを立ち上げたOさんには「出世魚に例えるなら、イナダくらいになったんじゃない?」とも言ってもらった。

イナダは成長過程のブリの名前だ。事実、業務としてもこの経験を、他へ還元するための働き方へ徐々にシフトしはじめた今、新たな成長痛も感じている。ただ、これから色んな壁に当たっても、この場にいる陽だまりのように優しい風景と人のことを思い出せば、きっと問題は簡潔になって乗り越えられると思う。

まちの中の同じ場所に居て、自分のペースで人と出会い、話す。同じ場所で日常と非日常の流れを体感する。積み重ねたことそのものが、私の何よりのお守りになっている。

<BONUS TRACKご近所のお店紹介>

ヤマザキショップ 代田サンカツ店

BONUS TRACKから2分歩いたところにある、BONUS TRACK運営陣みんなが大好きなサンカツさん。フランチャイズのコンビニの自由度の高さと、店主の勝彦さんのパワフルかつ温かいふるまいによって、周辺地域の憩いの場になっている。この写真は、店内角の休憩スペースから。この風景を見ながら、たまに仕事から逃げてみる。

 

オーボンソレイユ

BONUS TRACKから歩いて2分。ファミリーで運営されるお店の温かさと、お菓子一つひとつの、ぎゅっとした密度の濃厚で、上品なお味に毎度悶絶します。

 

ひげちょうちん

焼酎がメインに並ぶ立ち飲み屋さん。シェアキッチンを使ってくれる仲良しの利用者さんがここで飲んでいる姿を発見し、少しずつ立ち寄るようになった。なんだかまっすぐ帰りたくないなという時にのぞくと、たいてい知り合いが飲んでいて嬉しい。

著者: 塚崎りさ子

2020年9月にomusubi不動産に入社。BONUS TRACKで現場運営修業を行った結果、日本酒お燗付け、焼きそば係、餅つき合いの手などのお祭り対応ができるようになった。
Instagram:______ri___

編集:友光だんご(Huuuu)