円卓の仕立屋! キングスマン
世界のそれぞれの国にはそれぞれ長い歴史があって、どこが一番優れているとかはないのだけれど、ひとまず現時点で主要国で最も長く一つの制度が続いている国家となるとそれはイギリス、ついでアメリカ合衆国だろう。日本は一番古いなどという向きもあるけれど、確かに君主である天皇家は現存する最も長い王朝で神話時代を考えなくとも継体天皇から1600年ぐらいは続いている。ただ国家体制とまで言うと実際に権力を掌握していた時期は短く、江戸時代と大日本帝国とではとても同じ国家とは言えないだろう。その大日本帝国にしても太平洋戦争で敗れた時点で一度終了しており、現在の日本国とは別国家と考えたほうが良い。日本に限らず世界中で第二次世界大戦後からしばらくの間で成立した国家というのは多い。
ペリーの黒船来航の時、ペリーには「最も若い国(アメリカ)が最も古い国(日本)の扉を開ける」という考えがあったらしいが、その「若い国」であるアメリカ合衆国も今や建国240年近くになり、現存する国家ではむしろ古株と言っていい。アメリカ合衆国憲法は現行憲法では最古である*1。で、もしかしたら北欧の王国あたりで、より古いところもあるかもしれないが、いわゆる大国の中で一番古いのはやはりイギリスだろう。名誉革命から数えても320余年。よく都市伝説というか冗談で「墾田永年私財法は今も有効」などと言われるが成文憲法を持たないイギリスでは「大憲章(マグナ・カルタ)」(1215年成立)は未だ有効である*2。
そんなイギリスはかつては世界帝国で世界中の様々なところに影響を与えており、現在もアメリカから見てもEUの中でも、そして日本から見ても独特の存在感を放っている。そんなイギリスを舞台にしたいかにもイギリス的な(というか外国から見たイギリスのカリカチュアのような)作品を観た。マシュー・ヴォーン監督作品「キングスマン」を鑑賞。だいぶん前に観たので簡潔に。
物語
老舗のテイラー「キングスマン」。しかし実態は大昔から暗躍するスパイ組織だ。エージェントはアーサー王と円卓の騎士に擬せられ、活動する。基本的には貴族・上流階級の子弟がエージェントの候補となる。
かつて新たなランスロット候補だった父を持つ元海兵隊員エグジーは今はギャングの情婦となった母の元で荒んだ暮らしをしている。ある時、義父であるギャングのボスと揉めたことで逮捕されたエグジーは幼い頃、父の死を知らせに来た男性がくれたメダル書かれた番号を思い出す。「何かあったらここにかけろ」と。謎の男ガラハッドがやってきてエグジーを自由にする。ガラハッドはかつてエグジーの父が平民出身でありながらランスロット候補となったこと。試験の中で仲間を救うため亡くなったことを改めて語る。そして何者かにランスロットが殺されたため、新たなランスロット候補を探していると。かくしてエグジーは貴族の子弟に囲まれてランスロットになるため訓練が始まった!
一方、ランスロットを殺したのはアメリカの大富豪ヴァレンタイン。彼は恐るべき陰謀を持っていた!
今年はやけにスパイ映画が多くて、(アベンジャーズAOUのホークアイ&ブラックウィドウを別としても)「ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション」、本作、「コードネームU.N.C.L.E.」。そして「007/スペクター」と続く。ほぼ一ヶ月おきにスパイ映画、それも60年代にオリジンがあるような作品ばかりが公開されるわけである。「スパイ大作戦」「ナポレオン・ソロ」、今も続く007シリーズ。本作こそマーク・ミラー原作、デイヴ・ギボンズ作画によるオリジナルのコミックが原作だが、そこにはやはり60年代のスパイものが強く影響しており、それは映画化さた本作にも及ぶ。いやむしろ実写化された本作のほうがその影響は色濃くみて取れるかもしれない。
主人公のエグジー役のタロン・エガートンこそほぼ新人と言っていいがそれ以外で実質前半の主人公といえるガラハッドにコリン・ファース。キングスマンの後方支援などを一手に預かるマーリンにマーク・ストロング。そしてボスであるアーサーにマイケル・ケインという布陣。この内コリン・ファースとマーク・ストロングは「裏切りのサーカス」でやはりスパイ役として共演しなおかつ同性愛の恋人同士を演じた。ちなみにマーク・ストロングの出ている映画を観る度に僕は「誰かたまには彼に悪役以外の役柄を!」と言っていたのだが、「裏切りのサーカス」で善悪を越えた複雑な役を好演。本作では明確に善玉を演じている。もっともこれまでのキャリアからつい、いつ裏切るのかな?とか思いながら観てたので、最後まで裏切らなかったことが鑑賞ポイントとしては裏切られた形となったが。
マイケル・ケインはやはり60年代に「国際諜報局」シリーズ主人公ハリー・パーマーを演じている。ジェームズ・ボンドの対極を行くような地味目のスパイは、しかしもう1つのスタンダードとなって後続のスパイ作品に影響をもたらした。「オースティン・パワーズ」シリーズもそうで3作目にはマイケル・ケインも出てきた(主人公の父親役)が、この「キングスマン」も1番影響が強いのは「国際諜報局」シリーズではないかと思う。
監督のマシュー・ヴォーンはご存知「キックアス」「X-MEN ファースト・ジェネレーション」の監督。この「キングスマン」はマーク・ミラー原作なので「キックアス」に続いてのコンビとなる。この人の映像上の特徴として「流麗なアクション」というのがあると思うけれど(キックアスのテディベアに仕込まれたカメラからのアクションとか、「X-MEN FC」のアザゼルのワープを繰り返しながらの襲撃シーンとか)、本作でもその凄まじくも美しいアクションシーンを見せてくれる。最初のランスロットやガゼルのアクションからラストのエグジーのアクションまで。しかし一番度肝を抜かれるのはガラハッドがアメリカの教会でファンダメンタリストたちを虐殺するシーンだろう。音楽とともにヴァレンタインによって凶暴化した信者たちとガラハッドが壮絶な殺し合いをし、最終的にガラハッドが全員を虐殺して勝利する。その後ガラハッドは自責の念にかられつつ死ぬのだが、このシーンはかなり意地悪。単にアクションシーンとしてだけ見ればとてつもなくよく出来たシーンだと思うが、善悪が入り混じった複雑な気分になる。教会の信者たちはいわゆるアメリカのバイブルベルトに多く見られるような黒人や同性愛者などに差別的な連中で、それを暴徒化させるのが(原作コミックスから人種変更となった)黒人のヴァレンタイン。しかし差別者相手とはいえ悪に操られ虐殺をしてしまったガラハッドは己の信条に反する行為に嫌悪感を抱く。日本*3では「不謹慎こそ賞賛に値する」みたいな感覚があって、ちょっと視覚的なグロシーンやいわゆる差別用語、放送禁止用語みたいなのが出てくると嬉々としてしまう人たちがいるのだけれど、この教会の虐殺シーンはアクションシーンとしての不謹慎さ(残酷描写)と倫理観としての不謹慎がごっちゃにされていて観る側を不安にさせる(あるいはそのごっちゃにされた感覚に無自覚なまま賞賛している人もいる)。
それに比べるとラストの頭爆発の連鎖シーンは直接的なグロというより現代アート的な何かに昇華されているのでそういうジレンマはないか。
サミュエル・L・ジャクソンはこの手のコミックスの悪役としてはフランク・ミラー御大が監督した「ザ・スピリット」に近い感じ(どうでもいいがサミュエル・L・ジャクソンとスカーレット・ヨハンソンの上司/部下のコンビとしてはMCUに先駆けていたのである)今回はアメリカのIT金持ちという役柄で伝統的な貴族的な性質を持つキングスマンたちと成金的金持ち(しかし洗練されていない)という形で対比されている。晩餐に招いてビッグマック出したりとかね。なんだかネットでよく見る「このハンバーガーは世界で一番売れているから一番うまいものに決まっているんだ」みたいな漫画の一コマを思い出したり。ただサミュエル・L・ジャクソンは本当こういう悪役演技を楽しそうにやっているなあ。一方ではシールド長官でジェダイ評議会の長だったりするのに。
そのヴァレンタインに甲斐甲斐しく仕え一方で単なる上司と部下の間柄を超越した仲(と言って性的な関係を臭わせるわけでもなく不思議な感じ)が伺えるガゼルにソフィア・ブテラという人。両足を義足としそこに凶器を仕込んだ脚技の名手。義足は普通の人間のそれというより鹿類のようになっておりガゼルという名前もそこから来ているのだろう。女性はもう一人ランスロット候補としてエグジーと良きライバルとしてその座を競うロキシー役のソフィークックソンという人が登場するけれど、強い印象を残すのはガゼルの方か。このソフィア・ブテラさんの本業はダンサーだそうです。
先述したとおり、今年は60年代に原点を持つスパイ映画が多く公開されて、僕の鑑賞としても残るは「007/スペクター」だけなのだけれど、とりあえず007を置いといてもそのほとんどが素晴らしい出来です。ただ本作は問題視されるような描写も多く、個人的には「M:I RN」「コードネームU.N.C.L.E.」と比べるとちょっと譲るかなという感じです。でも一見の価値あり。
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*1:ちなみにアメリカ合衆国憲法は修正条項という形で付け足されていく方式を取るため一度も改正されていない憲法でもある
*2:ところで僕は今の日本で戦前に大日本帝国憲法の元で成立した民法は一度すべて日本国憲法に照らし合わせて合憲かどうか検証するべきだと思う
*3:アメリカや他の国でもあるのだろうけど細かい事情は知らないので日本に限定
*4:またブログの間が空いてしまい、あれなのですが、劇場で観て感想書いてない映画が10本ぐらいあります。そして半分ぐらいすでに内容忘れつつある……。ハンガー・ゲームMJpart2とスパイ映画各種だけは絶対感想書きます。他は一つの記事にまとめてしまうかもしれませんがご了承ください!スマヌ