戦え家族愛 ザ・ファイター
さて、「塔の上のラプンツェル」と同じ日にもう一本見たのはクリスチャン・ベール、マーク・ウォールバーグ主演の「ザ・ファイター」である。とりあえず、クリスチャン・ベールに絶対の信頼をおいている身としては彼の主演映画(例えほんの少しの出演でも彼が出ていればそれは彼の主演映画だ)を観ないわけには行かない。
クリスチャン・ベール主演映画にハズレなし!
物語
マサチューセッツ州の田舎町ローウェル。そこで一人の男が映画のための取材を受けている。彼はディッキー・エクランド。元プロボクサーで足を使って相手を翻弄するアウトボクサー。かつてはシュガー・レイ・レナードをダウンさせたことが誇りだ。彼には弟がいて彼もボクサーをやっている。弟ミッキー・ウォードは兄と違い接近戦を得意とするファイター。9人兄弟姉妹の男2人であるディッキーとミッキーは2人3脚、いや母親のアリス含め家族で営んでいる。ディッキーはクラックのジャンキーで試合の日になっても溜まり場でラリっていて忘れる始末。映画も本人は現役復帰を記録するドキュメンタリーと思っているが本当は薬物中毒のドキュメンタリーだった。
ミッキーはバツイチだが酒場の店員シャーリーンと知り合う。ミッキーには試合があったが当日相手が風邪で試合放棄、ファイトマネーのために階級の違う相手と試合をさせられる。当然ミッキーの負け。シャーリーンやトレーナーのオキーフに言われ家族と離れてベガスのジムに移籍を考えるミッキー。ディッキーは金なら心配ないと言う。ラリっている彼の考える金策はカンボジア移民相手の詐欺や、美人局。結局警察に追われ捕まってしまう。ミッキーも彼を庇った際に左手を潰される。
もう家族とはやっていけない。ミッキーは家族と手を切り、試合をし勝ち進む。だが重大な時には兄の助言が役立つのだった・・・
僕はそれほどボクシングに詳しいわけではないので映画が始まるまで知らなかったのだが、これは「実話」らしい。しかもモデルになったというレベルではなく登場人物の名前もそのままのノンフィクションとして語られている。だからそれを知ると少々事情は変わるのだが、あくまで基本、劇映画として語ろうと思う。
タイトルの「ザ・ファイター」は単に「戦士」という意味もあるがボクシングのファインティング・スタイルにおける意味もある。ミッキーのファイトスタイルのことだ。兄弟のファイトスタイルはそのまま生き方も暗示している。
まず、誰もが思いつくのは「レスラー」との類似。粗いドキュメンタリー・タッチの映像、格闘技を辞めたくないし辞められないさまを描くドラマなどが似ている。ただ「レスラー」のランディは家族がおらず孤独に陥るのに対してこちらはむしろ過剰な家族愛が障壁となる。
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クリスチャン・ベール
クリスチャン・ベールは兄のディッキーを演じている。登場した瞬間から尋常じゃない様子を伺わせる。目の焦点が定まらず、常にハイテンションで喋っている。自分を美化し、都合のいいことしか言わない。「マシニスト」を思わせるベールの痩せこけた顔つきや身体、そしてその態度(チャームポイントは後頭部の10円ハゲ)からはあるキャラクターを思わせる。そう「バットマン」のジョーカーだ。
ここから長い余談。1989年の「バットマン」の時、原作のファンはマイケル・キートンの主役起用に猛反対した。当時彼はコメディアンとして知られていてとても正義の味方という雰囲気ではなかったからだ。しかしキートンは狂気を内包した正義の味方バットマンを見事に演じきってファンをうならせた。
「バットマンは狂っている」
それがティム・バートンの出した結論であり、そのバットマン像を具現化できるのはキートンを置いてほかにいなかったからだ。当時の彼のフィルモグラフィーを見ると圧倒的に狂人の役が多く、当時はジャック・ニコルソンとマイケル・キートンのどちらがジョーカーを演じてもおかしくない、などと言われていた。いろいろな面で1989年「バットマン」を意識している「ダークナイト」を撮ったクリストファー・ノーラン。「バットマン・ビギンズ」を撮った時にバットマン/ブルース・ウェイン役にクリスチャン・ベールを起用したのは単に彼の演技力や美貌のためだけではあるまい。実際ベールもその前に「シャフト」で人種差別主義者、「アメリカン・サイコ」で連続殺人鬼、「マシニスト」で不眠症でおかしくなった男などを演じている。その一方で「サラマンダー」「リベリオン」で悩めるヒーローも演じており、彼の狂気を内包した正義を体現できる力を狙ってのバットマン起用に違いないのだ。
さらに別の余談。ベールの役作りの凄まじさはつとに知られている。「マシニスト」で極限に痩せ細った後、今度は「ビギンズ」のために筋肉をつけ、結果として筋肉を付けすぎ用意したバットスーツが入らず、また少し痩せた、などという凄まじい逸話を持つ男である。今回もディッキー役で「マシニスト」ほどではないにしろ大分痩せた後でまた次の企画はバットマン第3弾「ダークナイト・ライゼズ」である(間にもう一作挟むかもしれないが)。一言、凄い。
元に戻る。だから、「ダークナイト」では「ヒースに食われた」などと言われたが(これも作品の本質を理解していない見方だと思う)、今回のべールのジャンキーな演技を見ると「ヒースとベールのどちらがジョーカーを演じてもおかしくない」のだなあ、と改めて思った。
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ミッキーの恋人シャーリーン役にエイミー・アダムス。一応「魔法にかけられて」で清純派ディズニーヒロイン・ジゼルを演じた人だが今回は酒場の店員。オールヌードこそないが下着姿で魅惑的な肢体を見せてくれる。役作りのため少し太ったららしいがほんの少しだらしなくたるんだお腹が色っぽくもリアルだ。メイクも常にパッチリメイクだったジゼルに比べて田舎の女性らしさが出ている。
ミッキーとディッキーは兄弟でありながら姓が違うのだが、それは父親が違うからである。母親のアリスが先にエクランドという男と結婚し、後にジャック・ウォードと結婚する。アリスには2回の結婚で計9人の子供がおり、うち7人が娘。アリスはディッキーとミッキーのボクシングをファミリー・ビジネスとして切り盛りしているがこの姉妹が不気味だ。ディッキーには幼い息子がいて今はカンボジア人の女性を恋人にしている描写ある。ミッキーは法律の許す範囲でしか会えないが別れた女房との間に10代の娘がいて今はシャーリーンと付き合っている。しかしこの7人の姉妹は皆いい年のはずなのに結婚したりしている様子はない。家長であるアリス(法律上はともかく実質この家はジャックでなくアリスが仕切っている)に従属しているように感じられる。同じ兄弟姉妹でもジャック(映画を見る限るこの家族の良心に見える)の子供達は比較的アリスの呪縛が軽いようだがエクランド姓の子供達は完全にアリスの呪縛に囚われている。歪んだ家族愛はミッキーを家族から離し、自立を促そうとするシャーリーンを目の敵にし攻撃を加えようとするにいたる。
ノンフィクションだと知ってしまったのでここまで書くのは気が引けるが映画を見たときはこの一家は近親相姦とかも平気でしてそうなヒルビリー一家に見えてしまった。
ディッキーはミッキーをつなぎとめるために金策をするがその方法が気持ちいいぐらいに壊れている。カンボジア人の彼女に売春をさせ車中でことに及ぼうとした時に警察の振りをして現場を押さえる、という美人局をするのだが、このときの格好がジャージなのだ。ジャージで警邏中の警官なんているかよ!結果獄中へ。
ディッキーが出所し、彼が反省をする形でミッキーと家族は和解。ディッキーはトレーナーとして共に努力し、家族は一歩引いた形で(ボクシングのマネージメントはジムに任せる形)協力する。物語はイギリスで世界戦を行いミッキーが無事勝利するところで映画は終わる。ただ、ディッキーのヤクネタとしての生き様を注目点とするとラストはあってないような感じだ。ちなみにミッキーはこの後も活躍し続け、現在は引退しているが日本でも人気のあるボクサーだという。エンドクレジットで今まで登場していない人物が現れる。最初は何者かと思ったが手前の老人が本物のディッキーで後ろにいるのがミッキーだ(多分)。ここでのディッキーは目がぎょろぎょろしていて凄みを感じさせる(勿論今はまっとうな生活を送っているのだろうが)。決してベールの演技はやりすぎではないのだなと思った。いまでもほんの少し狂気を感じさせる。
監督は「スリー・キングス」でジョージ・クルーニーに「あいつは天才だが二度と一緒に仕事をしたくない」と言わしめたデヴィッド・O・ラッセル。
さて、凄い事実。警官兼トレーナーのオキーフを演じているのはオキーフ本人。また兄弟を演じているクリスチャン・ベールとマーク・ウォールバーグは実は弟を演じているウォールバーグの方が年上なのだが、姉妹を演じている役者の何人かは母親であるアリスを演じているメリッサ・レオより年上だそうだ。
ところで家族がセコンドにつくのって大丈夫なの?日本だとそれは禁止で亀田兄弟のときに問題になってたよね。
「The Dark Knight Rises」が待ちきれない!
夢を見るな。夢になろう!