義父が逝く

4日は、長男が東京に帰る日でした。
8時35分の飛行機を予約していたので、
5時にはもう起きていました。

 

すると、電話が鳴りました。
昨夜お正月の続きで垂水に泊まっていた妹からでした。
「お父さんがさっき息を引き取った!」
衝撃の連絡でした。


長男の帰りを遅らせないかと、
5日、6日の飛行機を探せども、
お正月明けのために、どの会社もどの便も満席で取れませんでした。
やむなく、予定の便で帰る決断をしました。

6時半に家を出て、空港に、
お正月明けのお客さんでいっぱいでした。



予定通り8時40分過ぎに飛び立ちました。

「前日祖父と会って、卒業、就職の報告をしたのに・・・。」
義父はとても喜んでくれました。
信じられない思いで飛び立ったことでしょう。


市内に帰ってきて、
妻や長女は一足先に垂水に向かいました。
私は、宿泊に使うことになるトレーラーを曳いて、
陸回りで帰ることにしました。


今年のお正月は3日とも晴れ、
そして、4日も快晴になりました。


義父は、昨年はじめから入退院を繰り返していましたが、
夏頃から自宅療養に切り替えていました。
病院のころよりも元気になって、
「長生きしてね」と願っていました。

3日の別れの時に見た義父の笑顔が
はっきりと残っています。
今日、明日で、義父を天国に送ります。



初詣と帰省

2025年のお正月3日間は、
どの日も快晴になりました。
こんなに気持ちがいいお正月は初めてです。

天気に恵まれて、
初詣は、いつもの谷山の伊佐智佐神社に行きました。


青空に神社の社が映えます。

この伊佐智佐神社は、
鹿児島の5大社の一つらしい。




久しぶりに帰省した長男も連れて、
垂水に向かいました。

高隈山も青空をバックに映えていました。


田んぼは、冬の間は土の休憩です。

両親に成長した子どもたちを見せて、
お正月をお祝いしました。


帰りは、ウォーキングを兼ねて、
一足先に出ました。
垂水高校の旧正門です。


このへんから、灰が降り出しました。
家を出た時は、降灰は輝北の方に向かってましたが、
新しい噴煙を上げてから、垂水市街地に降ってきました。


服に、灰の白い斑点が出来るほどになったので、
お休みしているお店の軒先を借りて
雨宿りならぬ灰宿りをしました。
久しぶりに激しい降灰に遭いました。

本日4日が土曜日、5日が日曜日なので、
みなさん、このお正月休みは長いらしいです。
良かったですね。


二十歳の記念セーリング

小学生の頃からOPに乗っていたジュニアの子らが、
2025年で二十歳になります。

お正月2日は、
4家族、成人になる5人がスーツを着て平川に集まりました。


現役でヨットに乗っているのは3名ですが、
あとの二人はペアーで420に乗っていました。


オーシャンの艇を借りて出艇です。
4~5mの素晴らしい北風が吹いていました。
2名と3名に分かれて2艇で出艇しました。

ダウンウィンドで併走です。


家族は、「ひまわり」に乗って、写真を撮りました。

桜島をバックにパチリ!


5人は気持ちよさそうに乗っています。


途中で、組み合わせを交代して・・・。


最後に、立っての記念撮影でした。



5人は、高校生のときに
インターハイや国体でがんばりました。
今でもとっても仲が良いです。

二十歳を記念するセーリングを楽しむことができました。


穏やかな年の始め

年の始めは初日の出から・・・。
午前7時に家を出て、
いつもの眺めの良い高台に向かいました。
空は快晴、それほど冷たくはありませんでした。

いつもと違って、今年はたくさんの方々が
初日の出を見に来ていました。
7時23分、
初日が高隈山に昇ってきました。


美しいです。

ゆっくりゆっくり、オレンジの光を拡げていきます。


「穏やかな2025年になりますように(祈)」

みなさんも、写真を撮ったり手を合わせていました。


家に帰り着く頃は、
暖かい光が街を包んでいました。

昨年の1日は、能登地震で始まりましたが、
今年は、平穏であって欲しいです。


遅めの朝食はお雑煮を食べて、
初詣は、鹿児島神社に行こうと思いました。
護国神社の隣にあります。
バイク初乗りです。
暖かい太陽に照らされて、3号線を北上、
草牟田に着きました。
何と、下り車線は車が大渋滞、
護国神社へ数百メートルも並んでました。

ゲオのバイク駐車場に駐めて、国葬道路を歩きました。


この国葬道路は、島津氏の玉里邸でなくなった久光を
3号線に出すためにわざわざ作った道路です。
当時の島津氏の力が分かります。


途中から右折、こちらにも車が並んでました。
ありました。鹿児島神社です。


すごい人人人人人でした。


これじゃ、参拝するのに1時間はかかると思い
諦めました。
初詣は、本日、いつも行っている伊佐智佐神社でします。


帰ってきて、日記を書こうと思ったら、
2025年の日記と手帳を今年は購入してなかったことに気づきました。
オプシアは元日から開いているということで、
買いに行きました。


いつもの高橋の53番と県民手帳を買いました。
県民手帳はカバーが工夫されていました。

夕方まで、初日の太陽が照り続けて、
穏やかな暖かい元日になりました。


明けましておめでとうございます

2025年の始まりです。
21世紀が四半世紀の歴史を刻もうとしています。
新たな年が、穏やかで素晴らしい年になりますように(祈)


2024年の大晦日は、
餅切りからスタートしました。
28日についた餅が硬くなったので、
専用の餅切り機で切りました。


(切るところは撮ってなかった!)
3升分切りました。

快晴の大晦日になったので、
今年締めの1時間散歩に出ました。
車の数が減っていて、年の暮れを感じました。
年末年始は寒気が入ることはなさそうで良かったです。

17時過ぎ、
2024年大晦日の太陽が沈んでいきます。


「1年、ありがとうございました。」

夜は、紅白は見ずに、ざわつくを見てました。
21時に就寝、23時45分に起きて、
長女と除夜の鐘をつきに行きました。


元旦会の読経が終わったところでした。


今年はたくさんの方が並んでました。

並んでいる時に、
「新年が明けました。おめでとうございます。」

とのお知らせが。

カーーーン
「いい年になりますように・・・。」


参拝記念のお札を頂きました。


現在6時半です。
7時前に、今年も初日を拝みに行きます。

「ひまわり」の修理完了

「ひまわり」のアンカーローラーは、
アンカーがハルに接触しないように、
少し前部に出っ張っています。
そのために、取り付け部の強度が弱いのか、
11月に壊してしまいました。

ローラーが剥がれてしまって、以前の状態が分からない程です。


それで、
12月に入って、修理に出しました。


「29日に修理が完了、下架しました。」
との連絡を頂いて、
I理事長を含めて3人で平川に回航することにしました。

こんなにきれいに修理出来ました。
流石にプロに頼むと美しい!!!です。



9時半に回航スタート。
お日様も出て、穏やかな日になりました。
(西風が強くなくて良かったです。)



約30分で浜平川港に入港、
いつものポンツーンに係留しました。

エンジンを清水でフラッシングしながら、
舫いをとったあとのアンカーローラーをしっかり撮りました。


FRPの修理は、何事もなかったかのような仕上がりです。
大事に使いたいと思います。



2024年走り納めツーリング

29日(日)、
朝から、太陽が出て来て、室温が上がり始めました。
そして、快晴になりました。
日中の気温が14℃くらいまで上がるという予報で、
こんな日は、室内でじっとしているのはもったいない!
ショートの登山もいいな・・・
バイクで走ってもいいな・・・
「そうだ、2024年の走り納めをしよう」

コースは、100㎞前後で、
ちょっと歩きも入れて・・・、
決めたコースは、
蒲生経由で、
① 藺牟田池
② 川内駅の線路修復現場
③ 新田神社
に決定。


大体120㎞程度になります。

10時過ぎに出発しました。
坂元、川上、吉田を経由、そして、蒲生に入りました。
蒲生峠を越えて、藺牟田へ。

坂を登って藺牟田池に到着。


駐車場に車は駐まってましたが、
誰一人見ませんでした。

静かな藺牟田池湖畔です。


飯盛山は、遠足で登ったことがあります。


当時は、大きい木はなく、草っ原でした。


下りは走って下りてきたことを思い出しました。


藺牟田温泉側の下り道を下りて、
市比野を経由、薩摩川内市街に入りました。


あの貨物列車の脱線現場です。


線路の交差部は新しく取り替えて、
砂利もしっかり固められ、整備されていました。


線路のポイント交換機も新しいものになっていました。



開戸橋から中越パルプ横を抜けて、
新田神社の入り口に着きました。


「久しぶりの新田神社です。」
バイクは階段横に駐めて、
この長い階段を上ります。


ここも小学性の時に遠足で訪れて、
友達と走って登ったことがありました。


急な階段は流石にキツい。
1回トイレ休憩で休んで、再び登坂。
登り着きました。


正殿で、2024年を振り返って感謝のお参りをしました。


この裏に、可愛山稜があります。社務所を通り過ぎて・・・
可愛山稜です。


可愛山稜は、霧島市の「高屋山上陵」、鹿屋市の「吾平山上陵」と、
鹿児島県の三大山稜の一つです。

もう2日すると、初詣で賑わうんでしょう。

(暮れの初詣も良いとか。)

帰りは、川内から無料高速に乗りました。
市来ICで下りて、「潮騒ラーメン」に行きました。
13時10分でしたが、たくさんの人が並んでいて、諦めました。

美山から高域農道に入りました。
飯牟礼を抜けて春山の都市農村交流センター(お茶の里)に着きました。
ここにも十八番ラーメンがあり、いただくことにしました。


鹿児島市内の十八番ラーメンとは味が違うような・・・
美味しいでした。


高くなったガソリンを補給して、14時30分に帰着しました。

5月にバイクを購入、
5月に、長島ツーリング、薩摩半島一周、
7月に、霧島一周、
9月に、天草一泊ツーリング、
10月に、上場高原コスモス、
11月に、四国三泊ツーリング、
さらに、大隅半島ツーリング・・・・・・、

安全に走破出来て良かったです。
来年も、いろいろツーリングを計画します。