ドーキンスの「無神論」はその後変わっているようです

「キリスト教は独善的」と小沢氏、仏教は称賛 - MSN産経ニュース

この中で小沢氏はキリスト教に対し「排他的で独善的な宗教だ。キリスト教を背景とした欧米社会は行き詰まっている」との見解を表明。イスラム教については「キリスト教よりましだが、イスラム教も排他的だ」と述べた。

 一方、仏教に関しては「現代社会は日本人の心を忘れたり見失っている。仏教は人間としての生きざまや心の持ちようを原点から教えてくれる」と称賛した。

 私はキリスト教徒だけど*1、とくに現時点で熱く反応したいとは思いません。「キリスト教よりましだが、イスラム教も排他的だ」というコメント、〈一言コメントでついでに斬!〉といった感じでお茶目ですね。そんなに簡単に片付けられてしまうイスラム教はかわいそう。

 この話題のニュースページへのブックマークコメントでも書いたけれど、昔の森首相(当時)のコメントを思い出しました。「天皇を中心とした神の国」だったっけな。小沢一郎さんは全日本仏教会の松長有慶会長と会談後という、その場の状況に応じて臨機応変に宗教観を披露するまことに日本人的な「状況倫理」の持ち主なのかもしれないし、そうでなくて元々そう思っていたのかもしれない。

 いずれにしてもよく遭遇するのでこの手の言説にはもう慣れました。以前十分言及してきたのでもうお腹いっぱい。自国に自信を持ちたい人が他国の伝統的な文化や思想をけなして安心したがるのはありがちだし、(仏教的な背景を持つものを含めて)自国で起きた過去の”排他的な”行為を無視するというのもよく見る。たとえばキリスト教徒に対する踏み絵や拷問、オウム真理教による大規模な重大犯罪。


 で、404 Blog Not Found:神なき教えは宗教か? - #書評_ - The God Delusionを読んで思いだしたことだけど、『神は妄想である』の著者ドーキンスは既にその本を書いた当時と比べてだいぶ考えが変化しているようですよ。

ドーキンスの変化 - ミルトスの木かげで


『神は妄想である』の著者で、宗教を毛嫌いする無神論者として有名なリチャード・ドーキンスが、『The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution』という新刊を先週出版したそうだ。それに関するニューズウィーク誌のインタビューを読んでびっくり。

 「新刊でも進化論と神への信仰は相容れないものだという立場を取っているのか」という質問に、なんと「ノー」と答え、その素晴らしい例がフランシス・コリンズだと言っているではないか!前書『神は妄想である』では、進化論と信仰の和合性を断固否定していたらしいので、彼にしてみれば相当な変化だと思う。

 2年前になるが、このブログでもドーキンスとコリンズの対話を取り上げたことがあった。(「ドーキンス vs. コリンズ」)その時に感じたのは、ガチガチの無神論者として有名なはずのドーキンスだが、実は、理神論的な神ではあろうが、神の存在そのものは、必ずしも否定しているわけではなさそうだということだった。

 ドーキンス vs. コリンズ 2007-09-26 - はちことぼぼるの日記も読んでみてください。


 それから、小飼弾さんが輪廻転生に疑問を感じてらっしゃるということですが、ゴータマ・シッダールタは輪廻転生を否定していると私は理解しています。今ざっと検索した範囲では、釈尊は輪廻転生説を否定した(小川一乗)の理解に近い。それまでのいわゆるバラモン教との違いもそこにあるというか。

*1:信仰を表明されるだけで激しい憤りを覚える人は、やみくもな宗教アレルギーという日本特有の世界観・価値観に自分が支配されていないかどうか、自問してみてください。「日本教」という言葉で検索してみるのもご参考になると思います。