それどこ

見渡す限りの椅子・いす・イス! デザイン好きが溺れたい、椅子コレクターのめくるめく世界

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あなたは「椅子」にどのくらい興味がありますか?

椅子を使わないことは一日たりともないだろうけれど、それそのものに興味が向けられることはあまりないですよね。しかし、世界のデザイン見本市などでもっともスペースを割かれているのは、実は多くの場合「椅子」です。

椅子は機能がシンプルで原始的なプロダクトだからこそ、デザイナーの考え方やセンスが如実に表れます。また、サイズ感が人と同じくらいなので、そこに置かれたときの存在感もプロダクトとして「ちょうどよい」のでしょう。なぜなら、建物は人が使うためのハコだから。椅子をデザインすることは、人の分身をつくるようなものなのです。

そんな「椅子」に魅了されて、人生をかけて世界中から椅子を集めている方がいます。

インテリアデザイナーの永井敬二さん(68)です。


「椅子コレクター」のオフィスにお邪魔してきた


1年の3分の1はヨーロッパを中心とした海外に出かけているという永井さん。この日もパリ・ミラノへの出張から帰ったばかりだという永井さんのオフィス兼自宅、そして大量の椅子が眠る倉庫にお邪魔してきました。まずはオフィス兼自宅から。


どん。



ええっと



場所が



座る場所がかろうじて、あ……座れん。



すごい物量ですね。

圧倒的なモノの量に圧倒され、インタビューしようと思っていた内容を忘れてしまいました。蒐集(しゅうしゅう)品は椅子だけじゃなかったんだ……。乱雑に置いてありますが、一つ一つはデザインが美しいものばかりです。


これが蒐集品の椅子……ではなく、ミニチュアです。オレンジのスリーレッグド・シェルチェア*1! きれいだ。いつか欲しいなあ。


これは一体? まさか、テレビ? なんかかっこいいことだけは分かります。

建築雑誌「GA」*2の初版第一刷目がありました! なんと貴重な。記念すべき1冊目はフランク・ロイド・ライトの「落水荘」だけの特集だったようです。



ーーーこれは……?

永井さん「お風呂です」

ーーーこれ使ってるんですか!?

永井さん「入るときはモノをよけます」

ーーーなるほど!


この他にも、ここ以外だったら博物館にしかなさそうな日本初の○○と、そのデザインの元になっているというこれまた年代物の海外製品など、とにかく死ぬほどモノだらけでした。全てに永井さんが集めたときのストーリーがあり、それを全部覚えているのもただただすごいです。

ここまで集めるには大変な移動量とお金がかかっていそうです。この方は一体……!?

そもそもなんで集め始めたんですか?


永井さん「1960年代後半にインテリア関連の会社で働き始めた頃、生活を切り詰めながらお金を貯めて土地や家を購入するよりも、日々の生活をエンジョイしたいと思いました。たとえば食器だと、その当時は白山陶器のものがいいとか、コーヒーメーカーならブラウンのものがいいとか、そうやって一つ一つ集まっていったんです」

ーーー1960年代ですか! それから50年経っているわけですから、「いいもの」を集め続けたら、なるほどこの状態になるのかも。

永井さん「このオフィスの他に倉庫を借りている場所が2か所と、もう一つ椅子ばかり置いてある150坪の倉庫があります。ときにはセールをして人に譲ることもありますが、仕事に便乗して海外から仕入れたり、サンプルが集まったりするわけなんで、増えることはあっても減ることはないですね。倉庫代のために働いているような(笑)」

ーーー(150坪!? すごすぎて笑いしか出てこないわ)

情報がなかったから、自分で出向いて買うしかなかった


永井さん「今は何でもネットで調べたら分かるし取り寄せられるけれど、昔は自分で買いにいくしかなかった。デザイン本などを買うのも高価で、パンフレットをもらうのも大変で。上京してメーカーなどを訪問すると目を見張るような小物などがあり、入手したいと相談すると国内では買えなくて、ほとんど海外で購入されたものばかりでした」

ーーー情報がほとんどない状況で見た、ただ一つの「デザインのいいモノ」って、現在では想像がつかないけれどものすごい渇望感だったんでしょうね。その時の「やっと手に入れた」という感覚があると、こうやって全て買って手元に持っておくことの価値がなんとなくだけど分かる気がします。

永井さん「海外に行くときは、椅子などを持って帰るときのために必ず大きな布の袋を持っていきます。今でも家具を郵送すると高くつくし、送ってる間に壊れたら嫌でしょう」

ーーー自分で持って帰るんですか。重くて大変じゃないですか?

永井さん「椅子のためです」

ーーーひっ。そうですよね。

最初に買った椅子は「スーパーレジェーラチェア」


これは、永井さんが最初に買った椅子の写真(の写真)。何の変哲もない椅子に見えますが…...?

永井さん「これはスーパーレジェーラチェアと言って、わずか1,700グラムの驚くほど軽やかな椅子なんです。デザインしたのはジオ・ポンティ。これがまず、欲しいと思って、1万8千円で買いました。インテリアの仕事関係で、普通の人より安く買えるんです。もうこれは買わなきゃ損でしょう?」

ーーー(お得かもしれないけれど、この椅子に1万8千円かあ)……ん? そういえば、1960年代当時の価値はまた違いますよね?

永井さん「そうですね。その当時、月のお給料が1万6千円くらいでした。だから月賦で買いましたね」

ーーー完全に「生活<<<<<椅子」じゃないですか!


永井さんの1,000脚を超える椅子たち


オフィスからタクシーで10分程度の倉庫にある、永井さんの椅子たちに会いに行った。どんな美しい椅子があるのやら! 楽しみでたまりません。わーいわーい。わくわく。


…


永井さん「ここです。倉庫は2つに分かれていて3階建て、国ごとにエリア分けしています」


うわ

(想像と違ってめちゃ無造作に積みあがっている…...!)BKF*3の土台だけみたいなのがある! なんだろう!


うわー

あの派手なのはハートコーンチェア*4!? 初めて見た!



わー


ジョバンニ・レバンティーの棚にパントンチェア*5が引っかけてある(白目)


永井さん「もう場所がないんだよね」

ーーーホントそうみたいですね。



一番気になったのは(といっても、とても全部は見られなかったのですが)以下の椅子です。スペースがなく、積み上がったままの写真で恐縮です。

永井さん「これはね、スーパーレジェーラよりもさらに軽量、フルカーボンでつくってあるんですよ。デザイナーはアルベルト・メダ。世界に50脚しかなくて、日本にはこれ一つしかないんじゃないかな」

ーーーフルカーボン!? それって自転車のフレームでもめちゃくちゃ高くなるやつじゃないですか!

永井さん「そうですね。当時、60万円くらいでした」



この無造作感ー!

すごい、一体成型なのだ。



ーーーオフィスもすごかったけど、この倉庫はさらに圧倒されました。図録でしか見たことのないような椅子が無造作に積み上がっていますし。これ、どれくらいあるんですか?

永井さん「数を数えたことはないけれど、1,000脚は超えているかなあ(笑)」

ーーーこれからこの椅子たちはどうするんですか?

永井さん「展示会は何度か開催しましたが、手弁当なので大変ですね。せっかくの椅子なので、みなさんに座ってもらいたいけれど。倉庫でセールをすることもあります。ただ、今はセールのためのスペースをつくるのが困難なので、しばらく開催できそうにないですね」

ーーーなるほど……(これだけあったら日本のヴィトラみたいな美術館*6が作れそうだけど、だれか出資してくれないものか)

永井さんへの質問


長年「モノ」のデザインに向き合ってきた永井さんに、デザインに関するさまざまな質問をしてみました。


Q1. これから新生活を始める人に、どういう風に家具を買えばいいのかアドバイスをいただけませんか?

永井さん「自分が気に入ったものを、毎日使うものから一つずつ買っていくと生活がエンジョイできますよ。椅子でもコーヒーメーカーでも、本当にいいと思ったものを一つずつ」

これは分かる気がします! 半端なものを買ってしまうと、生活が変わるたびにゴミになってしまうんですよね。本当に好きないいものはゴミにならない。買うときは吟味したいですね。


Q2. 永井さんにとって最高の椅子って何ですか?

永井さん「TPOによって変わります。たとえばくつろぎたいときならやっぱりイームズのラウンジチェア*7だとか。でもウレタンはだめです。高くても羽根のものを!」

羽根。コストが許せばなるべくそうします。


Q3. 日本の家電がダサくて、買いたいものがなくて困っています!

永井さん「家電にもよりますが、海外の気に入ったものを日本用に改造してもらったりしています」

そうきましたかー! これはなかなか真似できないかも。


奥が深い「日用品のデザイン」の世界


そんなわけで、世界的な椅子コレクターの永井さんにお会いして、貴重なコレクションの数々を見せていただきました。永井さんの蒐集品は、椅子だけでなく食器や家電など多岐にわたっていました。

いやあ、すごかった。

日用品は「使えれば何でもいい」という考えもありますが、「生活を共にして人生の大半を並走する」と思うと伴侶を選ぶようなことにも思えてきました。毎日使って拭くテーブルなんて、もうずいぶん愛着があるもんな。


みなさんの「伴侶たち」は、どんな姿をしていますか?


著者:glasstruct (id:glasstruct)

poco

ケンチク好きの普通のサラリーウーマン。共働き子育てや建築デザインなどについて、雑多なブログを書いています「glasstruct log」

関連リンク

【楽天市場】 ハートコーンチェアの検索結果
【楽天市場】 パントンチェアの検索結果
【楽天市場】 イームズ ラウンジチェアの検索結果
(検索結果は、意匠権の期限切れに伴い復刻生産したリプロダクト品を含む場合があります)

*1:ハンス・ウェグナー作の成形合板を使った滑らかな曲線で構成された美しい椅子。後ろから、下から、斜めから……どこから見ても本当にきれい! 国立新美術館にも置いてある。

*2:1970年創刊の建築専門誌で、創刊者は建築写真家・建築批評家の二川幸夫氏。二川氏は数々の世界的建築家を見出したことの功績などを称えられ、旭日小綬章などを受章している。GAは「Global Architecture」の略。

*3:制作した3人のデザイナー(Antonio Bonet / Juan Kurchan / Jorge Ferrari Hardoy)の頭文字を取ってBKFチェアと名付けられる。細い鉄の骨組みにレザーをひっかけたシンプルなデザインの椅子。北欧インテリア流行とともに、近年また人気が高まってきている。

*4:ヴァーナー・パントン作のハートをモチーフにした楽しい椅子。よく見ると支持点が足元一点に集中している。座ると羽が生えているみたいに見えてとても可愛い。

*5:ヴァーナー・パントンの代表作の一つ、「パントン・チェア」の子供版「パントン・チャイルドチェア」。その当時、世界初だった、つなぎ目のない一体型の成形方法でつくられた。スタッキング可能。正規品でも2万円程度とデザイナーものの椅子の中では比較的手ごろ。写真は子供用の小さいもの。

*6:ドイツにある「ヴィトラ・デザイン・ミュージアム」。家具メーカー・ヴィトラ社の工場内にある世界に一つの椅子だけの美術館。広大な敷地にはSANAAやフランク・ゲーリー、ヘルツォーク・アンド・ド・ムロン、ザハ・ハディドなどの有名建築家の建物が点在し、デザイン好きには聖地といえる。

*7:イームズ夫妻による象徴的なラウンジチェア。とてもくつろげる(らしい)。というのもオットマンとセットで160万程度と非常に高価で、試しに座っても落ち着けません(自分のじゃないし)。まあ憧れの存在ですな……。