TEAM OF TEAMS: 米軍による、最新ITを駆使した21世紀の組織変革戦略


この本は、イラクとアフガニスタンで米軍の司令官を務めた将軍が記した、複雑で予測不可能な社会に対応するための、21世紀の組織論を書いた本です。

20世紀においては、事業部制に代表されるような、きれいに組織化され、作業を分割され、個人や部門が特定の作業に集中できるようにする効率化された組織が大成功を収めました。その集大成とも言えるものが、イラクやアフガニスタンに派遣された米軍でしたが、装備や練度で大幅に劣るはずのAQI(=アルカイダ)に翻弄されていきます。その中で著者は、20世紀型のマネジメントに原因があると気づき、組織の構造の根本的な改革に取り組みます。そのときに着目したのが「チーム」という存在でした。

チーム単位の組織論は20世紀においても十分な進化を遂げていました。チームは互いを信頼し、全ての情報を透明性を持って共有し、硬直化した意思決定プロセスを捨てて誰もがアイデアを出していく、そのようなチームが成功を収めていました。その代表例は航空機業界におけるCRM(クルーリソースマネジメント)ã‚„米国海軍のNavy SEALs などです。

しかし、当時の米軍では、チームレベルでは協調ができていても、組織全体は完全な縦割りで、組織の壁でコミュニケーションが遮られていました。「自分のチームさえよければ他のチームはどうでもいい」という感情は、チーム間の競争を生み、組織全体の目的よりも優先されてしまうこともあります。著者は、組織全体としてチームと同様の一体感を作るには、「チームの中のチーム(TEAM OF TEAMS)」が必要だと考えるようになりました。

ネイビーシールズのような、一体感を持ったチームを、部門横断でいくつも作ることで、全員が互いの顔を知らなくても、2-3ホップでチームとして繋がれるようなネットワークを組める、というのがアイデアの骨子です。では、それをどう実現するか?著者がそのときに採用した三つの施策が、情報統制の撤廃による透明性の向上、要員交換プログラムによる横の結束の構築、そして徹底的な権限委譲でした。

米軍では、オペレーションアンドインフォメーション状況報告、通称O&Iと呼ばれる会議が存在します。一般企業でいう進捗報告会議です。2003年の米国において著者が実施したことは、セキュアなビデオ会議の導入でした。

最先端の軍の装備と言われたら普通は兵器を想像するはずで、スカイプの拡大版だとは思わないだろう。(p.289)


Skype(最近ではZoomの方が一般的でしょうが)のようなビデオ会議ツールを、著者ははっきりと「兵器」と言っています。それだけではなく、「チャットルーム、ウェブポータル、そして電子メール(p.290)」、要するに今でいうところのグループウェアを導入していったのです。2020年の今となってはMSやG Suiteを導入するのは当たり前ですが、当時はまだ2003年です。その時代に、著者はグループウェアを組織変革のための「兵器」とみなしていたのです。

そして、著者はこの進捗会議を全員参加にするだけでなく、どんなに極秘な情報であっても全て公開情報としてこの会議で取り上げました。米軍のようなミッションクリティカルな領域においては情報を秘匿するのが常識でしたが、著者は共有する方がリスクよりもメリットがあると判断しました。

役に立つものは目に見えないが、漏えい事件は新聞のトップ記事になる。そのせいで、判断を誤ってはならない。…経験上確かなのは、情報を共有すれば膨大な数の命を救えるということだ。(p.300-301)


二つ目の施策は、要員交換プログラムでした。チーム間で人員を転属させる仕組みなのですが、部隊からは強い反発を受けました。長年の訓練で築き上げた強い結束を崩して他のチームと組むなど言語道断といった感じです。しかし、いざ命令が下りると、各隊は部隊代表としてエースを送り込み始めます。こうしたエースは他者との関係を築く才能があることが多く、新たなチームを作り出すことができます。それだけではなく、各チームからの代表がそれぞれのチームとのパイプ役となり、チーム同士の対立を避け、勝利のためのチーム同士の結束が可能となっていきました。

同時に、O&Iもチーム同士の結束に活用していきました。リソース(多くの企業でいうところのヒト・モノ・カネ)の部署間の取り合いはどの組織でもあることですが、このリソース配分会議をO&Iの最中に、すなわち部隊の全員が見ている中で行い始めました。これにより、部隊全員が全体像を把握することができるようになり、勝利を目指すためにリソースを譲るべきかどうかを判断できるようになりました。

最後の施策が、権限の委譲でした。部隊の司令官だった著者は、部下から作戦の説明を聞いて、それに対して承認する(日本で言うところのハンコを押す)だけの役割が多かったのですが、一瞬のチャンスを逃さないためにはそれは不要だと考えるようになりました。

現代の技術を使えば、戦場のあらゆる情報をリアルタイムに指揮官の元に集めることができ、また指揮官の号令は世界中どこにでも一瞬で届けることができます。しかし、それこそが、現場の自律的な活動を阻害する要因であると著者は気づきました。

(あらゆる情報がリアルタイムに集まる環境について)頭のなかに全体像を描くには素晴らしい環境だったが、そのせいで悪夢のような書類仕事と承認手続きが生じ、本当の問題を解決するために使えたはずの時間を奪われてしまった。…今では、最も優秀なリーダーですら、必要とされる判断のスピードと量に追いつけず、組織の下のものに権限を与えざるを得ない(p.364)


そして、著者は個別の作戦の判断をやめて、一連の流れを監督することに徹します。これにより、一ヶ月間の作戦行動を月あたり10-18回から、月あたり300回まで増やすことに成功したのです。

著者は、上記の体験を元に、これからのリーダー像についても論じています。従来型のリーダーは、英雄的リーダーでした。我々はリーダーに対し、高度で戦略的な先見性を求める一方で、些細な問題についても知っていることをリーダーに求め、知らないとなればなぜ知らないのかと追い打ちをかけたりします。しかし、そのようなリーダーはもはや成り立たないと著者は記しています。

リーダーは、自分が複雑な状況を理解し、予測できるような気になってしまう。しかし、変化が早く、相互依存的な環境においては、我々の目が届くスピードより問題が深刻化するスピードの方がずっと早い。(p.387)


ではリーダーは不要なのか?そうではありません。著者は新しいリーダーのあり方をこう記しています。

上に立つ者の役割は、糸を引いて人形を操ることではなくなり、共感によって文化を創造することになったのである。(p.388)

新たな環境でうまく機能するリーダーシップとは、チェスより菜園づくりに似ていると考え始めた。…組織を育て、構造や手続き、ひいてはその文化を改善し、配下の組織が「賢く自立的」に動けるようにする方が効果的なのである。(p.392)

より多くのことを決定する力を持ったまさにそのときに、自分の決断機会を減らさなければならないと気づいたのである。(p.394)


著者は、何を優先すべきかを話し合い、率先して手本を示すことでそれを明確化することで、部隊の関心をそこに集中させることが自分の第一の仕事だと認識しました。イントラネットに伝えたいことを、シンプルに、繰り返し記述し、行動とメッセージがぶれないように気をつけました。若いメンバーの意見は、たとえ知っているようなことが多かったとしても、聞いていたという姿勢を見せ、出来がよくなくても褒めることで、隊員に自信を与えていきました。

また、頭に浮かんだことを声に出して、思考プロセスを共有することで、部隊全体に考えを共有したりもしました。視察中は常に誰かとのコミュニケーションの時間に費やし、自分の考えを共有していきました。

テクノロジーは…従業員の働きぶりを細かく見張るためではなく、チームの一人ひとりにリーダーの姿をみせるために使わなければならない。リーダーは指示を出すよりも、自分の透明性を示さなければならない。これこそ新たなリーダーの理想像である。(p.405)


この本を読み終えたとき、私の脳裏に浮かんだのは、まだ200-300人の頃のClouderaでした。今でも私にとってはあの頃のClouderaが最高の組織だったと信じて疑っていませんが、それはおそらく、この本でいうところの「大きい1つのチーム」だったからだと感じました。創業者のMike Olsonは300人規模になるまで、全社員の最終面接を行っていたのですが、彼はそれが会社の文化を守るのに必要だからと確信していたからだと思っていたのは間違いありません。実際、当時のClouderaは、非常に透明性が高く、部門を超えて連携する、一つのチームとして機能していました。しかし、会社が大きくなってからは、One Clouderaという標語を明記するのに反して、部門ごとの縦割りが進んでいき、以前のような一体感を失っていきました。

唯一の例外はサポートチームで、サポートチームだけが初期のCloudera文化を引き継いだまま大組織化に成功しましたが、この本を読むと、おそらくサポートケースを対処するための部門横断チーム、すなわちTEAM OF TEAMSを作っていくことに成功したからではないかなと思いました。実際、初期の頃のClouderaでは、サポートケースに開発チームやポストセールス、営業などが書き込んでいき、お客様との対応を全員で行っていたのでそうしたTEAM OF TEAMSを作る土壌はあったように思います。

この本に書いてあることが本当に正しいか、まだ私は確信は持てていません。一つは、結局米軍は大統領、あるいは国から目標を与えられていく存在のため、自ら目標を作っていかなければいけない組織においては成り立たないのではないかという疑念があります。もう一つは、米軍は当然優秀で士気が高い精鋭集団のため、そこまで優秀ではなく士気も高くない組織でこの理屈が成り立つのかという懸念です。しかし、私が過去の経験から抱いた疑問にいくつかの解答案を示しているものであり、その意味でこの本は大きな価値があると感じました。

本書にもある通り、この本はノウハウ本のような「これをすればうまくいく」といった単純な内容ではありませんが、組織論としては面白い内容なので、そういうのに興味がある人は読んで損はないと思います。

ただ、前半250ページくらいは従来の事例の話が多く、組織論をある程度かじっている人は前半は読み飛ばして、O&Iの話あたりから読み始めればいいと思います。


(2020/04/27 追記: 細かいtypoの修正)