機略戦記

Maneuver warfare

本を読んだ | 「トラクターの世界史」藤原 辰史

Amazon.co.jp: トラクターの世界史 - 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち (中公新書 2451) : 藤原 辰史: 本

名前の通り、農業で使うトラクターの歴史について解説した本。

私としてはそれほど夢中になって読んだという感じではなかったが、扱っているテーマがユニークなため現代的な農業の歴史に興味がある人にはおすすめな一冊だった。

トラクターによって農業の機械化が進み労働人口が戦争や第二次産業などに移った点や、トラクターのために開発された”キャタピラ”が戦車の開発に繋がっていった点などが興味深かった。

なぜ自分がトラクターに興味をもったか?

子供のころ、田畑が多い地域に住んでいたのでトラクターはまあまあ身近だった。 公道を低速で走る大きな車両、祖父が趣味でやっていた畑で使われる手押しの耕運機など、いろんな物を見かけた。ただトラクターは事故が多い危険な乗り物でもあるので子供だった自分が親しみを感じるほど触れる機会もなかった。

そういうわけで、トラクターは自分にとって「存在は知ってるが、縁遠い機械」という感じで特に関心も持ってなかったが、言われてみれば機械抜きで畑を耕すのは物凄い重労働であり、私が食べている食料もトラクターが耕した土で育ったはずなのだ。そういう意味で現代の農業をささえているのがトラクターであり、実は社会を裏でささえている技術の一つというのがトラクターの興味深いところだと思う。そういう関心でこの本を手に取った。

本書の大まかな内容

  • トラクターの技術的な発展の歴史
  • トラクターが農業、社会に与えた影響

トラクターの技術的な発展

トラクター登場以前、田畑を耕す作業は主に家畜がひく"鋤"によって行われてきたがこれは大変な重労働だった。例えば、小麦生産に必要な労力の60%ほどが畑を耕す作業で消費されていた。

これを機械化するために1859年ごろにイギリスで蒸気機関を使って畑を耕す機械が発明されたが、大きすぎ、重すぎて広くは普及しなかった。

その後、1892年にアメリカで内燃機関を使ったトラクターが誕生する。 1917年に自動車メーカーのフォード社による小型トラクター「フォードソン」が開発され、低価格化が進み、アメリカでトラクターが広く普及する。

その後、パワーテイクオフ(トラクターの動力を使って様々な作業機を動かす機能。耕す以外の様々な作業が可能に。)のような機能性の向上を行いながらトラクターはさらに普及する。

トラクターと社会

トラクターの普及が引き起こす社会的な影響も興味深かった。

例えば、第一次世界大戦期にはトラクターが普及することにより、農場での労働力が節約されてより多くの若い男性を戦場に送ることが可能になった。また、同様に農村の馬も戦場に徴発された(騎馬戦はすでに激減していたが、軍事物資の運搬に馬の需要があった)

広い目でみれば、トラクターには農業から他の産業に労働人口をシフトさせた影響があった。

以下はWebを検索して出てきた資料を適当に引用したものだが、アメリカにおける労働人口に占める農業従事者の割合を示したグラフだ。 一貫して減り続けており、他の産業に労働人口が移行していっている事が分かる。それにも関わらず農産物の生産高は上昇し続けているため、農業の生産効率が大きく上昇していてきた事が分かる。 もちろん、品種改良、農薬、肥料などの改善も生産性に寄与しているだろうが、トラクターもこうした効率化を担った技術の一つだったのだろう。

40 maps that explain food in America | Vox.com

感想

技術は目に見ない

この本を読むまで毎日の食事をするなかで「トラクターの貢献」に思いを馳せたことはなかった。 おそらく今後もトラクターの貢献を思い出すことはほとんどないだろう。

ただ、日々の食事はトラクターや肥料・農薬・品種改良などの技術に間違いなくささえられている。 その効果を意識しなくても享受できるのが、現代的な技術の特徴なのかも知れない。

技術は予期しない発展をもたらす

トラクターを開発した人々は、主に農業の効率を上げることを目的としてトラクターを開発していたと想像するが、それが結果として農業から工業(あるいは戦争)へ労働人口の移動をもたらしたというのが興味深かった。

技術はそれを開発した目的に貢献するだけでなく、開発者自身も意図していなかった波及的な効果を生み出すというのが実は重要なんじゃないかという気がする。

このような波及効果は、汎用的な技術で特に重要なのではないだろうか。例えば、炭鉱の排水のために開発された蒸気機関、電話の長距離通話のために開発された真空管、砲弾の弾道計算に使われたコンピューターなどは、当初の目的をはるかに超えた効果をもたらしていると思う。

本を読んだ |「ものづくり」の科学史 世界を変えた標準革命

「ものづくり」の科学史 世界を変えた《標準革命》 (講談社学術文庫) | 橋本 毅彦 |本 | 通販 | Amazon

現代的な工業製品にかかせない「互換性」の起源と発展について深く掘り下げた本。

自分は「普段は意識されないが実は社会をささえている物」に強く関心があるが、そんな自分にぴったりの一冊だった。

また、誕生当初には経済的合理性が無かった「互換性部品」がどのような経緯で広まっていったのか、イノベーションが普及していく過程の事例としても読めると思う。

大まかな内容

この本の中で自分が注目したのは、「互換性」の概念が誕生して、広まっていき、そしてT型フォードの「流れ作業」へと繋がっていく一連の歴史についての解説。

互換性がない世界とは

現代では互換性があまりにも当然の存在となっているので、そもそも互換性がない世界を想像するのが難しい。

19世紀後半、ジェームズ・ワットの蒸気機関の説明書には「ピストンとシリンダーがうまく滑り合うように、ヤスリなどで削って調整するように」と指示があったそうだ。同じ製品であっても1つ1つの部品の大きさや形に個体差があり、上手く噛み合うようにヤスリによる調整が必要だった。あらゆる工業製品がそういう状態だった。

結果、1つ1つの製品に噛み合わせの調整が必要になるため分業は難しいし、生産には手間と時間がかかる。そしてどこかの部品が故障した場合は補修部品とオリジナルの部品の間で再びすり合わせが必要になるため修理も難しかった。

互換性があるとはどういう状態なのか?

例えば、同型のマスケット銃を2丁もってきて、その発火装置を入れ替えても正常に取り付けられ、発砲できるように十分にサイズと形がそろった部品が「互換性がある部品」(互換性部品)ということだ。

互換性の誕生

では互換性はどう誕生したのか? 1720年頃にフランスの技術者オノレ・ブランが、マスケット銃の発火装置に互換性をもたせる提案を軍に行った。この提案は製造コストが高すぎて軍に採用されなかったが、これが互換性部品の一つの起源となる。

その後も、互換性をもった製品の開発が軍事の領域で試みられるが、コストの高さや、これまでの職人的な働き方と異なる労働が必要になることへの抵抗感などにより、フランスでは互換性部品はなかなか普及しなかった。

その後、互換性部品はコスト以外の面で注目される。この時代のヨーロッパの戦争では、要塞と塹壕を中心にした移動の少ない戦闘が多かったが、1761年頃にプロイセンのフリードリヒII世があみだした戦術により戦場の様相が変わった。この戦術では部隊を頻繁に移動させ敵の弱点を突く。この機動的な戦術はプロイセン以外にも広まっていくが、これに適した大砲は砲車への負担が大きく頻繁な修理が必要だった。これに互換性部品が適していた。

このような理由からフランスでは一時は互換性部品が製造されるが、最終的には定着せずに互換性部品の製造は一度終わってしまう。しかし、「互換性部品による統一的な体系をもった兵器」というコンセプトはフランスを視察していたアメリカ人政治家トマス・ジェファーソンにより、アメリカに伝えられ、1830年代にはアメリカのスプリングフィールド兵器廠で互換性をもったマスケット銃の生産が本格化する。

流れ作業と大量生産へ

アメリカの工廠(兵器を製造する国営の工場)で広まった互換性部品と分業のコンセプトは、ミシンや自転車などの民生品の生産にも応用され、最終的には1910年にはフォード社がT型フォードの生産において「流れ作業」による大量生産を生み出す。

(この本を読むまで気づかなかったが)部品に互換性がなく1台ずつすり合わせを行っていたのではとても流れ作業で組み立てることはできない。流れ作業の前提には互換性というコンセプトの実現があったのだ。

こうして「互換性」は現代的な工業生産に欠かせない要素となった。

感想

「普段は意識されないが実は社会をささえている物」について知れるという点は冒頭に書いた通り。 その他に以下の感想を持った。

工業化のソフト面での進化が知れて面白い

なんか産業革命や工業化と聞くと、蒸気機関や内燃機関(エンジン)などの動力の技術革新がすぐ思い浮かぶが、「互換性」「流れ作業」などのコンセプト・プロセス・働き方の革命という面もあるんだなと理解できた。「互換性」の歴史を追うことで、これらソフト面の進化が総合的に知れるので、本書のテーマは非常に素晴らしいなと思った。

経済的合理性以外の理由で普及した破壊的イノベーション

互換性部品の誕生当初は高コストで経済的合理性がないが、分業や流れ作業と組み合わせることで最終的には工業製品の圧倒的な低コスト化という経済的合理性を達成している。

互換性部品は破壊的イノベーションにあたる技術だと思うが、これが普及したきっかけに「部品の修理が迅速におこなえる」という軍事的合理性があった点に興味を惹かれた。経済的合理性という価値基準だけで判断すると投資が難しいことでも、軍事的合理性という別の価値基準で投資が正当化され発展していき、最終的には経済的合理性をも実現していったというのはとても興味深い。

うまく言葉にできないが、GPUの技術開発がLLMの登場を可能にしたという事実からも似たパターンを感じる。初期のコンピューターが開発された目的の一つに米国の国政調査を効率化する役割があったと聞く。そして、その後、給与計算などにも活用されていった。こうした「事務処理を効率化する装置」としてのコンピューターに「3Dグラフィックス(特にゲーム)で人々を楽しませる」という別な用途が加わってGPUの技術開発が行われ、それが最終的にLLMの登場を可能にし、事務処理をより高い次元で効率化できるようになった。という流れとダブって見える。仮に技術開発への投資が常に「事務処理を効率化する」という観点だけで行われてきたらこのような非連続な発展は難しかったんじゃないだろうか。

様々な用途に使える技術は、ある用途でキャズムを超えられなくても別の用途でキャズムを超えて進化し続けられる。みたいな現象ってあるんじゃないかなと思った。

本を読んだ | 「歴史修正主義」武井 彩佳

Amazon.co.jp: 歴史修正主義-ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで (中公新書, 2664) : 武井 彩佳: 本

ドイツ現代史の歴史研究者が書いたこの本を読んだ。 「歴史修正主義」の起源や、実証的な歴史研究の方法論、欧州における歴史修正主義に対する法規制などが知れて興味深かった。

大まかな内容

大きく分けて以下3つのテーマがある。

  1. 歴史修正主義の起源
  2. 実証的な歴史研究と歴史修正主義の違い
  3. 「歴史の司法化」

実証的な歴史研究と歴史修正主義の違い

個人的に一番おもしろかったのがこのテーマ。

実証的な歴史研究と歴史の書き直し

実証的な歴史研究では、可能な限り多くの史料を集め、それらの整合性を検証するプロセス ("史料批判") を通じて、信頼できる史料だけをもとに歴史を推測する。

しかし、必要な史料がすべて残っているわけでは無いため、映像・写真・考古学的発見・口頭での証言 (オーラル・ヒストリー)など様々な情報をもとに、不明な部分を研究者が推測でおぎなう。適当な推測では他との整合性が取れないため高い確度で推測が行えるというの実証的な歴史研究の考え方だそうだ。

言いかえると、実証的な歴史研究は史料にもとづいた歴史の推測なため、新たな史料が見つかれば当然のように歴史の捉え方も変わっていくものであり、歴史が書き直されることそれ自体が問題なわけではない。

「歴史修正主義」

一方で歴史修正主義は、政治信条に合わせて歴史を曲解する行為であり、自説に都合がいいように、史料を一部分だけチェリーピックしたり、曲解したりしてしまう。

  • 史料の整合性の検討(史料批判)を無視してしまうという方法論の問題
  • そして、自身の主張を裏付ける歴史観を主張したいという動機の問題

この2つが歴史修正主義に良く見られる傾向だという。

歴史の名を借りたヘイトスピーチ

また、さらに悪質なものとして歴史の形を借りてヘイトスピーチが行わている場合もある。これは史料のチェリーピックとかいうレベルではなく陰謀論のように合理性がない発言の場合もある。(欧米ではこれを「否定論」とよんで「歴史修正主義」ともさらに区別する場合があるそうだ。)

それぞれの差

そういう訳で、歴史を書き換えようとする試みは以下のように分けられると思う。

  1. 史料にもとづいた歴史研究の結果としての歴史の書き直し
  2. 史料を曲解し、自身の政治的主張を支援するための主張 ("歴史修正主義")
  3. 歴史の名を借りたヘイトスピーチ ("否定論")

1.と2.の差は、十分な史料批判を経ているのか? 歴史を書き換える動機が自身の政治信条の支援ではないのか? といった点であり、差はグラデーション状だというのがこの本の主張だった。

「歴史の司法化」

さて、実証的な歴史研究と歴史修正主義の境目はグラデーションであるという議論を前提に展開されるが、「歴史の司法化」についての説明である。

歴史修正主義に対する法規制

この本を読むまで知らなかったが、欧州には特定の歴史修正主義的な主張を禁止する法律がある。

  • ドイツ「民衆煽動罪」...「ホロコーストの否定」を禁止。
  • フランス「ゲソ法」...ニュルンベルク裁判で人道に対する罪とされた事柄の否定や矮小化を禁止
  • EU「人種差別および排外主義の克服に関するEU枠組み決定」EU加盟各国にジェノサイドの容認、否定、矮小化などの規制を求めている。

歴史修正主義がヘイトスピーチに転嫁する場合があるため、人々を保護するためにこれらの法律が制定された。

法規制の負の側面

一方で、法規制には負の側面もある。前提としてホロコースト否定の禁止として始まった法規制だがその地域や範囲は拡大してきた。

  • 2006年ウクライナ .... 1930年代に発生した大飢饉「ホロドモール」の否定を禁止。
  • 2014年ロシア ... 「ナチズム復活禁止法」により一部の言論を規制。
  • 2017年フランス ... アルメニア人虐殺をはじめとして様々なジェノサイドや戦争犯罪の否定・矮小化の禁止。
  • 2018年ポーランド ... ポーランド人がホロコーストに加担したという表現を違法化。→ 国際的な批判をうけ修正。

このような流れは、国家による歴史観の統制に繋がりうるし、実際にポーランドやロシアの法規制では自国の名誉を守ることに重きが置かれている。というのが筆者の見解だった。

さきほどの「実証的な歴史研究と歴史修正主義の境目はグラデーション」という点を踏まえると、法規制には「ヘイトスピートから人々を保護する」のと「規制により言論を萎縮させない」という極めて難しいバランスが必要になる。

感想

というわけで非常に面白い本だった。この記事では紹介しなかったが歴史修正主義の起源や、歴史修正主義と学術論争のグラデーションの非常に微妙な場所に位置するといえる「歴史家論争」事件などもおもしろかった。

歴史修正主義の法規制については、非常に難しい問題でどうしたら良いのかさっぱり想像が付かないですねとは思ったが「自分だったらどんな制度の元で暮らしたいか?」という視点で考えると、以下のような社会はどちらも嫌だなと思った。

  • ヘイトスピーチが野放しにされている社会
  • 国家により歴史観が統制されている社会

この微妙な問題に対して、社内のなかで様々な議論が起きていて、グラデーションのどこで線を引くのかたびたび見直されるような社会 で暮らせると良さそうだなと思った。

本を読んだ |「オホーツク核要塞」小泉悠

オホーツク核要塞 歴史と衛星画像で読み解くロシアの極東軍事戦略 (朝日新書) | 小泉 悠 |本 | 通販 | Amazon

ロシアを専門家とする軍事研究家の小泉悠氏の新作である「オホーツク核要塞 歴史と衛星画像で読み解くロシアの極東軍事戦略」を読んだ。

個人的にはおもしろかったが相当マニアックにテーマが絞られており、どういう人になら薦められるのか悩む感じの内容だった。

自分としては、この本で焦点が当てられている「オホーツク海の核戦力」そのものより、オホーツク海の核戦力について解説される過程で感じる核兵器にまつわる人類の狂気といった面が興味深かった。

大まかな内容

冷戦期から現代にかけて、オホーツク海を拠点とするロシアの原子力潜水艦の性能や体制がどのように変遷してきたか解説する内容だった。 大まかには、オホーツク海の核戦力は冷戦末期までに増強されていくが、ソ連崩壊でロシア軍に資金がなくなり崩壊寸前の状態になるが何とか切り抜け、現在までに再び充実してきていると言った内容だった。

なぜオホーツク海の核戦力が重要なのか?

核兵器の運搬手段の主な物として、以下2つがある。

  1. 地上から発射するICBM(大陸間弾道ミサイル)
  2. 潜水艦から発射するSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)

この内、潜水艦は海中に潜んでいて敵国から核攻撃を受けた後でも生き残れる可能性が高いため、核攻撃を受けた後の報復的な核攻撃を行う戦力として重要性が高い。ロシア軍が保有するSLBMはロシアに隣接しているオホーツク海から発射しても米国本土まで到達するだけの飛距離があるため、オホーツク海に西側諸国が近づきにくいように戦力を配置したうえで、その範囲の中に原子力潜水艦を潜ませているとのことだった。

よって、オホーツク海はソ連(やロシア)の核戦略を担う一大拠点であり、冷戦期も今も地理的に重要との事だった。 ちなみにもう一つロシアにとって似た役割をもった海域があり、それが北極圏とロシアの間に位置するバレンシア海だそうだが、そこはそれほど深くは触れられない。

感想

以下、本の内容についても触れてますが、本を読んで私が連想した内容も含まれてますのであしからず。 (私の適当な感想が万が一書籍の内容だと誤解されたら著者に申し訳ない...)

ニッチすぎるテーマ

個人的に興味深い内容だったが「ロシアの軍事戦略」でもなく「ロシアの核戦略」でもなく「米露の戦略核兵器」でもなく、「ロシアかつオホーツク海の潜水艦」はテーマがさすがにマニアックすぎるなと感じた。メインの読者としてどういう人を想定しているのか気になる。(ロシアによるウクライナ侵攻が現在進行中なので、ヨーロッパ方面のロシアの軍事戦略については状況の変化が多くて書籍化しにくい時期なのかも知れないと勝手に想像している)

ただ、もしかすると北方領土問題に深い関心がある人にとっては貴重な本になるかも知れない。「北方領土をロシアが実効支配している事の軍事的な意味」みたいなのは凄く伝わってきた。

核にまつわる人類の狂気

高校生のころ授業でならった「相互確証破壊」の概念は以下のような感じだった。

  • 全面的な核攻撃を受けた後でも、相手国に対して核兵器で反撃する能力があれば、相手は報復を恐れて核攻撃を思いとどまる。双方が同じ状態になるので全面的な核戦争は起きない。

だから核に対して確実に核で反撃できる戦力が必要というのは理屈では分かるけど、やはり狂気を感じる。

狂気感じたエピソード
原子力潜水艦の核攻撃能力

(そもそも核で本国が壊滅しても潜水艦から核で反撃するという発想が怖いけど)現代的なSLBMは、MIRVといって1発のミサイルで複数の核弾頭を別々の目標に投射できるそうな。そして、潜水艦にはSLBMが16発ほど積んであるため1隻で100箇所以上の核攻撃が出来るらしい。そういうのが2010年代においてもオホーツク海に3隻、バレンツ海に7隻ほど潜んでいるそうです。

MIRV - Wikipedia

「核による報復」って象徴的な意味で打ち返すとか、相手も無傷では済まさせないとかそういう話じゃなくて、本当に根絶やしにする勢いでの「報復」なんですね...

ちなみに米軍も似たような潜水艦を保有している。 Amazon.co.jp: ルポ アメリカの核戦力 「核なき世界」はなぜ実現しないのか (岩波新書 新赤版 1952) : 渡辺 丘: 本

デットハンド・システム

ソ連首脳部が核攻撃で全滅した場合に、自動的に核ミサイルを発射して報復を行うシステムがあるっていうのは聞いたことがあったけど、SFか何かの話かと思ってた。本当にあるんですね。

Dead Hand - Wikipedia

ちなみに米国にも(さすがに自動報復じゃないものの)似た役割を持った指揮システムがあるらしい。それで空中で指揮しながら核戦争したあとどこに着陸する気なんだ...

E-4 (航空機) - Wikipedia

その他に「エスカレーション抑止のためのエスカレーション」や「大量報復戦略」といった戦略も怖かったが切りが無いので止めておく。

合理的に考えた結果の狂気

1隻で世界を壊滅させられる潜水艦がうようよしてる世界と、1発の核兵器も無い世界、どちらに暮らしたいか? って聞かれたら後者と答える人が圧倒的に多数だと思うんだけど、集団が合理的に考えていった結果、前者の世界になってしまうのが人間の怖いところだと思った。

歴史も政治体制も違った米国とソ連の核兵器群は素人目にはとても似通っている(ICBM、SLBM、確実な反撃を行える指揮システム)。だからこれはきっと様々な"合理性"をそなえた体制なんだと思う。誰かが狂った結果こうなってるのならまだ救いもあるが"合理性"の結果がこれなのであれば悲惨だな〜というのが自分の感想だった。

合理的/非合理的という単純な仕分けが良くないのかも知れない。核を突きつけ合う世界は長期的にみたら人類滅亡のリスクをはらんでいて非合理だが、その場その場の判断としては合理性があったのだろう。(それを積み重ねた先にあったのが合理的かはともかく)

つまり人間が発揮できる合理性のスコープには限界があるという事かも知れない。

本を読んだ |「反応しない練習」/ アンガーマネージメント

「反応しない練習」という本を読んだ。ネガティブな感情への対処方法として役立つ内容だった。

Amazon.co.jp: 反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」 電子書籍: 草薙龍瞬: Kindleストア

本の大まかな内容

日々の生活の中で、不安や後悔などネガティブな感情を持つことは多いと思うが、そういう感情に「反応」しても役に立たないからやめた方がいい。反応をやめる練習(トレーニング)をしよう。というのがこの本のテーマ。

具体的なトレーニング

ポイントは、自身の心理状態を観察・分析すること。そして合理的に考えること。

例えば...

自身の感情を言葉にする

  • 緊張してるなら「あ、いま自分は緊張してる」、怒っているなら「いま自分は怒ってるんだな」などと心の中でつぶやく。これだけでかなり気分が楽になる。

何を期待していたのか考える

  • ネガティブな感情の背後に「無意識の期待と、現実とのギャップ」がある事が多い。自分自身が何を期待していたのか考える。
  • 例) すれ違う人と肩がぶつかったが相手が無言だったので腹がたった → 肩がぶつかったらお互いに謝るのが当然 という「期待」がある。

役に立つことを考える

  • 例)「あの人に嫌われてるかも知れない」→ 嫌われているかどうか確かめるすべはない。状況を好転させるために「今、できること」はなんだろう。と、考えてみる。

執着をなくす

執着と現実にギャップがあるからネガティブな感情がわく。

  • 求めるものを得たい(だが叶わない)
  • 手にしたのもを維持したい(やがて必ず失われる)
  • 苦痛となっているものを無くしたい(だが思い通りには無くならない)

→苦しみがなくなるとしたら現実が変わる時ではなく「執着」が止むとき。「執着」をやめる。少なくとも「執着」していることに気づく。

などなど。他に気分転換に役立つ身体の動かし方なども含めて、20個前後くらいのアドバイスが乗っている。

「執着」を完全に無くしたら現実をより良くしていく動機が失われるような気がしてやや怖い気もするが、少なくとも自身が求めている執着がどういう物なのか言語化して現実と比較することは、執着するにしても執着を捨てるにしても役立つことだろう。

実践してみて

本を読んで1ヶ月くらい経ったと思う。特定の思考方法を習慣化するのは結構難しいことだけど「役に立つことを考える」(考えようとする)という習慣は結構身についてきた気がする。気持ちが軽くなったし、役に立つことを考えているので生産的でもある。とても良い本だった。

アンガーマネージメントや認知行動療法との関連

「反応しない練習」で書かれているような方法論は、アンガーマネージメントや認知行動療法とも似てると思った。 今度機会があったら、認知行動療法についても勉強してみたい。

アンガーマネージメントとの関連

以前、はてな匿名ダイヤリーでこんな記事を読んだ。

だからお前らは本当にアンガーマネジメントのことがわかってないな

アンガーマネージメントの要点は、怒りを二次感情と捉えて、その原因となっている一次感情(「悲しい」、「不安」、「苦しい」、「後悔」、「困惑」、「恐怖」)が何ななのか分析することであるという内容である。

「自身の感情を観察・分析することで冷静になれる」って点で、「反応しない練習」と「アンガーマネージメント」は似ていると感じたので、アンガーマネージメントの本も一冊読んでみたが、驚くほど似通った内容だった。

[図解]アンガーマネジメント超入門 「怒り」が消える心のトレーニング(特装版) | 安藤 俊介 |本 | 通販 | Amazon

認知行動療法との関連

また、その後いろいろ調べると、認知療法の考え方とも共通点があると感じた。

認知療法の歴史 | 日本認知療法・認知行動療法学会

認知療法の基礎をなす“感情障害の認知モデル”という理論は,決して新しいものではありません.たとえば,古代ローマの哲人皇帝マルクス・アウレーリウスの次のような言葉の中にその萌芽を見いだすことが可能です.

「君がなにか外的の理由で苦しむとすれば,君を悩ますのはそのこと自体ではなくて,それに関する君の判断なのだ」

医療の領域であれば、知識が体系化されているだろうし、臨床での豊富は実践例もあるだろうから、次は認知行動療法について勉強してみたいと思う。認知行動療法の効果にはすでに一定のエビデンスがあり、保険適用で治療が受けられる場合もあるとのことだから、信頼性もかなり高そうだ。

「より分断された、より中央集権的なインターネット」という可能性

"Web3"という言葉に代表されるようにインターネットがより非中央集権的になるという将来像がよく語られているが、むしろより中央集権的になる可能性だってあるのではないかと思っている。

具体的には、専制的な国々でインターネットへの検閲や遮断が進むと共に、民主的な国家でもフェイクニュースなどへの各国政府による規制が強まっていく可能性があると思う。

インターネットを遮断する国家が増えると共に、その中でやり取りされる情報がより統制されていく「分断された・より中央集権的なインターネット」という可能性について考えてみた。

不安定な世界

2022年2月に、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻がはじまった。本当に胸が痛む出来事でウクライナに一刻も早く平和な状態が戻ってくることを願っている。

残念な事に社会は全然平和ではない。ロシアによる軍事侵攻に限らず去年(2021年)のニュース一覧をざっと眺めただけで安全保障に関連してこれだけの事件があった。

  • 2021年アメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件
  • 香港警察が国家安全保障法に基づいて50人以上の民主主義活動家を逮捕
  • ミャンマー軍が軍事クーデターで政権を掌握
  • ターリバーンがアフガニスタン全土を支配下に置いたと宣言

人間の「認識」をめぐる戦い

現代ロシアの軍事戦略 (ちくま新書) | 小泉悠 | 政治 | Kindleストア | Amazon

現代ロシアの軍事戦略という良書に『人間の「認識」をめぐる戦い』という概念が出てくる。

例えば、ある政変が民衆を圧政から開放する「革命」とみなされるのか、それとも違法な「クーデター」とみなされるのかによって、民衆や国際社会から得られる支持が全く違ったものになってくる。だから、それぞれの陣営は自らにとって好都合な「認識」が形成されるようにメディアやインターネット上で互いに工作活動を仕掛けるといった事を指す概念だ。

ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫) | 高木 徹 |本 | 通販 | Amazon

こうした活動は何もロシアに限ったものではない。嘘ではない情報の「見せ方」を工夫するといった合法的な手段でもこの戦いを有利に進める事ができる。少々古い本だがボスニア紛争における情報操作について書かれた「ドキュメント 戦争広告代理店」という本などが事例として興味深い。つまり、民主的な国家に暮らしていてもこういった戦いに巻き込まれざるを得ない面がある。

インターネットという戦場

認識をめぐる戦いといった概念を念頭におくとインターネットはまさに戦場だと言える。Webで読むニュースやSNSを流れる情報などは人々の認知を形成する上で大いに重要だし、TVなどの伝統的なメディアに比べれば身元を隠したまま都合の良い情報を流しやすいからだ。

手段は色々考えられるが「自らの陣営に都合が良いフェイクニュースを流す」といったものはその代表になるだろう。

良いか悪いかは別として、「インターネット上を流れる情報を統制したい」という動機が国家に生まれることは間違いない。

ハードな統制とソフトな統制

国家がインターネット上を流れる情報を統制したいと思った時、大きく分けて2つのアプローチがあり得ると思う。

一つは中国におけるグレートファイアーウォールのように検閲を行う仕組みを作ったり、ミャンマーのようにインターネット自体を遮断してしまう事だ。このような方法は「通信の秘密」や「表現の自由」といった人権を真っ向から抑圧するものだから民主主義国家には出来ない方法だと言えるだろう。こういうアプローチを仮に「ハードな方法」と呼ぶ事にする。

もう一つは、民主的な過程を経て作られた法律で、フェイクニュースを取り締まる責任をプラットフォーマー(つまりGAFAやその他SNSやメディア)に課す、という方法だろう。

法律には詳しくないが、現状でも発信したら違法になる情報というのは沢山ある(個人情報・名誉毀損にあたる情報・インサイダー・児童ポルノなど)。それにプロバイダ責任制限法のように情報を仲介する者に責任の一旦を担ってもらう法律はあるから、フェイクニュース規制のような立法も、法的に可能か不可能かで言ったら不可能ではないんだと思う。もちろん、技術的にも(限界はあるにせよ)不可能ではないだろう。

仮にこれを「ソフトな方法」と呼ぼう。

インターネットの分裂

上に想像したような方法で、それぞれの国家がインターネットへの統制を強めていったらどうなるだろうか。ハードな方法を取る国は、勢力圏外からの情報を遮断するだろうから、以下のようにインターネットは分裂していくのではないか。

  1. ソフトな統制を行いThe Internetへの接続が可能な多数の国
  2. ハードな統制を行いThe Internetへの接続が遮断された少数の国々
    • これらの国同士がインターネットを共有する動機も無いだろうから、これらの国々では1国家1インターネットになるのかも知れない。

良いか悪いか、望むか望まないかは別としてインターネットはより統制された、かつ分断された物になっていく可能性もあるのではないだろうか。

分断された・より中央集権的なWebで起きること

そうなった時、どんな事が起きるだろうか

続・GAFAの時代?

ソフトな方法では、SNSなどのプラットフォーマーの役割が非常に重要になってくる。

フェイクニュースの判定やフィルタリングは、技術的に不可能ではないにせよ高度な機械学習や人手によるオペレーションが必要な上に、直接的な収益にはつながらない。だから大きな企業にしか出来ない。

世界の安全保障が不安定な内は、これらのプラットフォーマーを保護したい動機が国家に生まれるのではないだろうか。だから独占禁止法によるGoogleの解体といった事は安全保障上実現されにくくなってくるのではないか。

情報統制に穴をあける技術の開発と対策

ロシアによるウクライナ侵攻では、ウクライナがサイバー攻撃を受けインターネットが不通になった。 そうした背景の中で衛星経由でのインターネット接続を提供するStarlinkの端末がウクライナに寄付されたというニュースがあった。

イーロン・マスク、ウクライナの要請に応じStarlink通信と端末提供 - Engadget 日本版

このように、個人が持ち運べる設備からダイレクトにインターネットに接続できる技術はハードな方法でインターネットを統制する国家において情報統制に穴をあける手段になりえるかも知れない。

衛星経由のインターネット接続でないにせよ、VPNやダークウェブは情報統制に穴をあける技術になりえる。当然、当局はこういった技術の規制を試みるだろうから穴をあける技術とそれを検出する技術のイタチごっこが起きるかも知れない。

実際に分断・中央集権に向かっているのか?

ここまで、主に想像でインターネットの可能性について考えてきたが実際のところどうなのか調べてみた。結論としては、そういう兆候はあった。

米国・英国・フランス・ドイツの状況

総務省が開催した「プラットフォームサービスに関する研究会」という会議に各国の規制状況が報告されているので、この資料を参考にした。

資料

総務省|プラットフォームサービスに関する研究会|プラットフォームサービスに関する研究会 https://www.soumu.go.jp/main_content/000668595.pdf https://www.soumu.go.jp/main_content/000635164.pdf

分かったこと

(私の想像とは違って)、米国では少なくとも現時点ではプラットフォーマーの自主規制に頼っている面が大きいようだった。

一方で、(想像通りに)英国・フランス・ドイツには現時点で"有害な情報"に対する何かしらかの規制があり、これらの国では政府によるインターネットへの統制は強まっているようだった。

興味深かったのは、誰が"有害な情報"だと判定するのか、国によって対応が分かれていた点だ。以下のような違いがある。

  • 政府が設置する規制機関(イギリス)
  • 自主規制機関(ドイツ)
  • 裁判官(フランス)

自主規制機関を活用したドイツの場合、以下のような問題点が指摘されている。

①削除するのかどうかの判断が SNS 事業者にとって困難である、②削除しないことのリスクがプラットフォーム事業者にとって高い、といった理由により、プラットフォーム事業者による過剰な削除が起きる

ドイツがそうなのかは分からないが、業界から過剰な自主規制を引き出すことで統制を強めるといったシナリオもありえると思った。

インターネットを遮断する国家

中国政府によるグレートファイアーウォールは有名だが、それ以外にどんな事例があるのかインターネットの遮断について簡単に調べてみた。

今回調べてみて驚いたが、国家が自国のインターネットを遮断する事件というのは、数多く起きていた。 ニュース記事へのリンクだけ貼っておく。

実例を読んでみて気づいたことだが政府に対する不満が高まっている時に「一時的にインターネットを遮断する」といった手段を取る政府も居る。

ロシア当局がTwitterやFacebookへのアクセスを制限する - GIGAZINE

ロシア当局、BBCなどへのネット接続を遮断 「虚偽情報を拡散」(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

ロシアによる「インターネット鎖国」の実験完了は、次なる統制に向けた新たな一歩になる | WIRED.jp

イラクがTwitterやFacebookを遮断、その直後イラク全土のネットワークの約75%がダウン - GIGAZINE

インターネットがほぼ完全に遮断されたイランでは何が起こっているのか? - GIGAZINE

ミャンマーで続くインターネットの遮断が、人々の抵抗を加速させる | WIRED.jp

インターネット、最悪のシナリオが現実に —— 国全体がオフライン | Business Insider Japan

まとめ

長々と書いたが、「分断された・より中央集権的なインターネット」という将来像には一定のリアリティがあると思った。なぜならもう様々な形でインターネットへの規制が増えていっているからだ。

また、今後の動向については、各国政府の他にAlphabet・Meta・twitterなどの大手プラットフォーマーの対応が鍵を握っていると感じた。

ソフトな手段を取る国々にとっては規制を実施するために協力が不可欠だし、ハードな手段を取る国々にとっては遮断すべき筆頭になるからだ。

第二次世界大戦の際に、航空機産業が国家と完全に無関係で居られなかったように、大手プラットフォーマーも国家とは無関係で居られない時代が来るのではないだろうか。おそらくインターネット上でGAFAが圧倒的な存在感を示す時代がしばらく続くのではないだろうか。

「出前館」の配送網を出前以外に使う戦略が興味深い件

サマリー

  • ZHDは、出前館の物流網をフードデリバリーだけでなくECの配送などにも使おうとしている。
  • そこには、「ECでより迅速な配送を実現することでUXを向上させる」という目的の他に、「 出前のピークタイム以外の時間帯で配送を増やすことで採算性を改善する 」という経済的な狙いもあるのではないか、と想像している。

「出前館」物流で商品がすぐ届けばECの利用者は嬉しい

『出前館』の配送網を出前以外に使う というアイデアを私が最初に目にしたのはこのインタビュー記事でだった。

ヤフーとLINE、統合後の経営会議は「毎週7時間」に: 日本経済新聞

このインタビューでは、出前館の小回りがきく物流網を活かしてコマース事業の配送の即配を実現するといった構想が語られていた。

ECにおいて「商品がすぐ届く」事は大きな価値だから、出前館の物流網を活かした即配というアイデアは非常に納得感があった。

ZHDの決算発表ではECにおけるユーザー体験を測る指標として「出荷遅延率や受注から出荷までの速さ」を挙げている*1事からも、配送の速さを重要視していることは間違いないだろう。

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Zホールディングス株式会社 決算説明会 2021年度 第1四半期 より

ただ、最近気づいたんだけど、ZHDが「出前館」物流を進める理由は、ECの体験向上だけではないのかも知れない。

「出前館」の大幅な赤字

出前館のFY2022年1Q決算を見てみると、約100億円の売上に対して、約190億円のコストが発生し、約90億円の大幅な赤字になっている。*2

コストの内訳は以下のようになっていて、仮に広告宣伝費が0になったとしてもまだ赤字である。

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Demaecan 2022年8月期 第1四半期 決算説明会資料

つまり、出前館が黒字化するには配送コストの圧縮が必要 と言える。

現在、出前館の物流は「時給制のアルバイト」よりも「歩合制の業務委託」が中心になっているので、 歩合制の配送コストの圧縮 が黒字化のキーになる。

"ブースト"が出前館のコストを圧迫しているのかも?

ここで、出前館の歩合制報酬の体系を見てみよう。

公式サイトには、このように書いてある。

  • 「1配達あたり550円以上(税込)の配達報酬」
  • 「昼と夜のお食事時や休日には、ブーストと呼ばれる大幅報酬UPが頻繁にあり、報酬が3倍になることも!」

ここからは想像になるが、配達のかなりの割合が、ブーストが適用された報酬になっていて、そこがコストを圧迫しているのでは ないだろうか。

出前は普通、食事時に行うし、配達員も「注文を待つだけの時間」はなるべく作りたくないだろうから出前が集中する時間に稼働したいだろうからだ。(ブースト報酬もあるし)

ブーストが掛からない時間帯の配送を増やすことで黒字化を目指している?

仮に、現状で配送のかなりの割合がブーストが効いた報酬だったとすると、そのインパクトは大きい。

1件あたりの配送コストが3倍になるか、ならないかの違いだから、採算性に大きな違いがある。

ブーストが効かない時間帯の配送が増えれば、事業全体の採算性がよくなっていくはずである。

出前館の決算説明資料にこんな図が出てくる。

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Demaecan 2022年8月期 第1四半期 決算説明会資料

顧客体験の観点からランチ・ディナーの時間帯以外の配送もカバーしていく事が語られているが、ランチ・ディナーの時間帯以外の方が採算が良いので、その時間帯の取引を増やしたいという意図もあるのではないだろうか。

だとすると、出前館が出前をする経済的な意義って...?

以上のことから、ZHDが出前館を出前以外の物流に使おうとしている理由は、 ランチ・ディナーのピークタイム以外の配送をした方が採算性が良いから なのではないかと考えた。

いや、でも、だとしたら、ゆくゆくはランチ・ディナーの配送を辞めてコマースの配送に特化したらより利益が上がるのでは...? 🤔

たぶん、「出前」をきっかけにして「出前館」というブランドを知ってもらったり、アプリを使い始めてもらったりして、そこから日用品などの配送にも移行してもらいたいという戦略があるのだろう。(集客手段としての出前)

ちょっと書くのに疲れたので、この辺りで終わりにするが、出前館をコマースの物流に使う構想は実際にサービスが始まる段階まで来ているので、今後どうなるのか非常に興味を持っている。

www.bloomberg.co.jp