井出草平『ひきこもりの社会学』(世界思想社)刊行記念インタビュー

当サイトでは既にみなさまおなじみの、トラカレの同人誌にも参加していただいている井出草平さんが、待望の書籍を刊行いたします。タイトルは、『ひきこもりの社会学』です。「ひきこもり」については誤解も多く……というか誤解だらけなのですが、本書を読めば、ひきこもりについての正しい知識を身につけることができます。是非皆様、お買い求めの読んでくださいませ。


ひきこもりの社会学 (SEKAISHISO SEMINAR)

ひきこもりの社会学 (SEKAISHISO SEMINAR)



発売記念ということで、井出草平さんのごく簡単なインタビューチャットを行わせていただきました。以下に、その模様を掲載させていただきます。それではどうぞー。



■井出草平インタビュー 『ひきこもりの社会学』について
chiki:井出さん。『ひきこもりの社会学』、刊行おめでとうございます!


井出 :ありがとうございます。


chiki :本日、井出さんに送っていただいた本が届きました。以前井出さんには修士論文を読ませていただいたのですが、修士論文もひきこもりについての丁寧な聞き取りや理論化が行われており、大変勉強になりました。今回の書籍は、それに大幅に加筆修正を施したものということなので、これから改めて拝読させていただくのを楽しみにしています。非常に平易な文体と、丁寧な解説が付いていて、「論文慣れ」していない人にもとっつきやすく、すごく読みやすそうですね。まずざっくりと、この本の魅力みたいなものを教えて頂いてもいいですか?


井出 :了解しました。「ひきこもり」についての本というのは、ブームがありましたので、わりと数はでてるんですけども、現象の原因について論じたものは今までは出ていないんですよね。私は社会学に所属していて研究をしているんですけども、社会学というのは現象の原因を探求して、それに対して社会政策で処方箋を出していくものなんですね。


「ひきこもり」という現象をみたときに、やっぱり思うのは、なぜこういうことが起こっているのか?ということだと思うんですよ。病気が原因でもなくて、先天的な障害であるわけでもなくて、ひきこもって社会から退却してしまうというのは、普通の状態とは言えない。そういう現象が現代の日本で数十万人規模で起こってしまっているわけですが、その現象がなぜ起こっているのかということについて、一つの回答をしようというのが、この本の目的です。


chiki :私も「ひきこもり」に関する本は何冊か読ませてていただいております。それらは、もともと信頼できる著者の方のものを選んで読んでいるので大変勉強になったのですが、たまにまったく関係のない本を読んでいる際に、「ひきこもり」のステレオタイプな描写が登場してきて驚くことがあります。あるいは妙な喩え話に使われたり。


井出 :よくありますよね。ネット中毒とか、インドア生活とか、ずっと2ちゃんねるをみてるとか。日本語の「引き籠もる」っていうところから来ているので、そういうネガティブな若者叩きみたいなものとくっつきやすいのだと思います。


chiki :ええ。大抵は「ニート・ひきこもり・ゆとり教育」みたいな「若者問題」セットのように扱われていたりする。ただ、メディアやウェブ上などでのイメージを追っていると、どうも“ひきこもり”は、「極端なインドア派」「家ではずっとネット三昧」「内気な意気地なし」的なイメージで思われてしまって、ニートや教育問題などと比べても、しっかり実態が伝わっていない。なぜかと言うと、実態を伝えてくれる人があまりいないからではないかと。本書は、そのようなステレオタイプな誤解を解きつつも、初めて原因について理論的に分析し、かつそのありかたの分類を試みた本だということですね?


井出 :そうです。ひきこもりになった経験者とかと実際に話したり、実態を少しでも知ってる方は、インドア派や内気な意気地なしや怠けだとかとは思わないはずなんですけど、なかなか、みんなが事情を知るというのも難しいですし、本では、ひきこもり状態になるまでの人生を詳細に聞き取っています。


chiki :膨大な量のインタビューは、修士論文のコアになっていた部分でもありましたね。


井出 :はい。読んでいただければ、怠けとかそういうものが原因でないことは、分かってもらえるだろうと思います。インタビューの内容は、ひきこもり状態になる以前のものが大半を占めています。これは、社会学が原因を特定する学問だから、「ひきこもり」という結果が起こる以前の原因を探すからからなんです。支援であったり、医療であったりというのは、ひきこもり状態になった後の話だから、注目しているところが違うんですよね。インタビューの内容もそれに伴って、今まで表に出ている経験者のインタビューとは違った内容になっていると思います。


chiki :分析方法については、医療や精神分析と、社会学によるアプローチでは、前者が個人を変えるのに対し、後者がシステムやコミュニケーションに着目するという点も大きいですね。


井出 :そうですね。「ひきこもり」という状態が特異なので、特別な人がなるものだというように思われるかも知れないんですけども、実際にひきこもり状態になった人の人生をふり返ると、こういう言い方がよいのか分からないですが、非常にありふれた人生であったりするんですよね。ありふれているから、日本で数十万人もひきこもり状態にある人がいるんですけども、それだけじゃなくて、細かく見ていけば、「ひきこもり」にならなかった人も一つまちがえれば、ひきこもり状態になっているんじゃないかと思います。


現代日本社会には「ひきこもり」という逸脱に陥ってしまう落とし穴のようなものがいくつか存在しています。抵抗しつつも落ちてしまった人もいれば、片足がひっかかったりして幸い落ちずにすんだ人もいる。こういう人たちが、少数ではなくて、結構、たくさんいるわけです。「ひきこもり」というのは当事者や家族の問題である一方で、「ひきこもり」には一見すると関係なく生きて来られた人の問題でもあると思うんですよ。だから、数十万人単位で「ひきこもり」の存在があるわけで。「社会」の問題として「ひきこもり」というものを位置づけていきたいと思っています。


chiki :重要なことだと思います。では、この本を通じて、多くの人に特に知って欲しいことは何ですか?


井出 :「ひきこもり」というと、自室にいることが多いので、休みだと思われることが多いんですよ。でも、本人はすごくツラい時間を過ごしています。趣味に生きる自由人が「ひきこもり」だと思われたりしますけども、大正期などにいた高等遊民なんかとはまったく違うんですよね。


chiki :以前、私もそういう誤解をしていました。


井出 :現代日本の矛盾に社会的抵抗を示してるという見方もあります。そういう解釈は自由だとも思いますが、本人のリアリティからすると、まったく抵抗をしようとか、そういう意図でひきこもり状態にいるわけではなくて、学齢期だったら学校に行きたいと思ってるし、働く年齢だったら、働いてなんとか人並みに生きようと思っていることが多いです。むしろ思いすぎているくらい、切実に社会に戻りたいと願ってる。


好きで自室にいるから勝手にしたらいいという、自己責任論的にも語られたりしますが、やはり放っておいてどうにかなる問題ではないと思います。原因を語るという社会科学の使命であるとともに、責任の所在を明確にする行為でもあります。「消費社会が悪い」とか「本人が悪い」とか「家族が悪い」とか悪人を仕立て上げて、自分とは関係ないよ、と切断処理をしてしまう。原因を明確にしていくことが、悪人を仕立て上げる行為の防波堤にもなるんじゃないかと思っています。


chiki :朴訥な属人論法による理由付けは、例えば「ひきこもり→他人と関わりたがらない極端なネクラ→強制的に人と出会うように家を追い出せばOK」という類の、これまた朴訥な属人論法による対応を帰結しがちですね。


井出 :そうなっちゃうんですよね。


chiki :今後、ひきこもりに対する認識や対応が、一般的にどのように変わっていくことを期待しますか?


井出 :「ひきこもり」というものは昔からあった訳じゃなくて、1970年代に「不登校」の登場とともに現れたものです。ですので、ひきこもりの第一世代は現在45歳前後になります。彼らの親は70歳とかになってて、かなりの高齢になっているわけです。ここ10年の間に、ひきこもりの親たちが次々に死んでいくという事態になってきます。今は親の年金で辛うじて生きている当事者が、親の死によって非常に困った状況に直面するわけです。数十年、社会と接点を持たなかった人にいきなり働けといっても、なかなか難しい。彼らの中には自殺を選ぶ人も出てくるでしょう。現在は年10件程度のひきこもりを原因とした心中事件もどんどん増えてくるでしょう。


「ひきこもり」は今のところ引き込んでいるので、社会の中で目立った存在ではないわけですが、この10年で対策を打たざるを得ない状況に日本社会は直面すると予測しています。今後は、自己責任や親の責任という話ではなくて、社会の抱える問題として「ひきこもり」への理解が広まり、適切な対応が必要になってきます。


適切な対応というのは、具体的には、既にひきこもり状態になってしまった人への援助を訪問援助も含めて行っていくこと、あとは、現象自体の縮小のために予防的な政策を行うことです。社会学ができることは、どちらかというと予防の方だろうと思います。個人的な仕事は、新たにひきこもり状態になる人をどれだけ防いでいけるかということにあると思っています。



(了)


ひきこもりの社会学 (SEKAISHISO SEMINAR)

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※ひきこもりについてもっと知りたい方は、以下の書籍が特に参考になります。

「ひきこもり」だった僕から

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社会的ひきこもり―終わらない思春期 (PHP新書)

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引きこもり (朝日文庫)

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