絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

なぐさめにはならないが、何かの助けになるかもしれない物語

物事というのは外見通りに,ひどいことが多い。

 ぼくが公園を抜けて団地の裏にジョー(犬の名前だ、白くて雑種で中型で、目つきが悪い。ぼくが小学校に入った日に家に来て、以来五年間一緒に暮らしている。彼に「顎」という名前をつけたのは、ぼくの父さんの弟、つまりおじさんの晴彦さんで、普段はギャンブルで生計を立てていて、たまに家に来ては夕飯を食べて泊まって朝どこかへ帰る。晴彦さんのつけたジョーという名前で彼を呼ぶのは家ではぼくだけで、晴彦さんですらそのことをすっかり忘れてジョーを見ると「ポチ」や「犬」と呼んだりする)を連れて行くと、変な水溜りができていた。
 昨日は雨が降っていないから、ずっとそこに溜まっていた水なのかもしれない。ジョーがその水を飲もうとするので、ぼくは紐を引っ張って止めようとした。団地の裏は影になっていて、さっきまで照っていた太陽がまったく射さなくて、なんだか寒いくらいだ。水溜りの真ん中にはがらくたがあって、割れた木や電気のコードが見える。ジョーその水は毒だよ、飲むと良くないよ、とぼくが言ってもジョーは聞きゃしない、その名前のとおりおっきな顎をぱっくり開けて、長い舌を伸ばして水を飲もうとする。
 団地の薄暗がりに誰かがいるような気がして、ぼくは思わず手を離した。理解しがたいかもしれないけど、それはとても自然な動きだった。ジョーはつんのめって水溜りに飛び込んで、うれしそうに水を飲んだ。そして真っ黒な水の中でのたうって、荒く息を吐いて、動かなくなった。そらみろ、言ったとおりだろ、ぼくはそう言おうとしてかっかっと息を詰まらせた。死にそうなニワトリみたいな声だった、三年生の時に飼育係をしていて、誰かが捨てた安全ピンを飲んだニワトリが死んだときと、同じような声がした。その場を動けなくて目の前でジョーが動かなくなるのを見ていた。真っ黒になった真っ白だったジョーが仰向けで水溜りの中に倒れているのを見ていた。
 喉から出る息が針金みたいに硬くなった、ぼくが手を離さなきゃこんなことは起こらなかったし、ぼくが団地の裏なんかに来なきゃこんなことは起こらなかったし、ぼくが散歩に行こうとしなきゃこんなことは起こらなかったし、こんなことがどんなことかを考えるのはとてもじゃないけど出来そうになかった。指先が冷たくなって、しびれてきた、足の先を虫が這ってるみたいな気がした、声がだんだん出てきて、その声がうるさかった。手が前に伸びて、何かを掴もうとゆがんだ、そのときジョーが吠えた。

全てをうまくやってのける方法などない。失敗は避けられない。

 ぼくは涙と鼻水が垂れるのを感じながら、どうにかしなきゃいけないと考えた。そしてしびれる足を一歩ずつ前に出して、ジョーに近づいた。たとえば車がいっぱい走っている道路が近づくと、ぼくはジョーがどうにかなるのを想像して、そうならないようにした。たとえば大きな犬が近づいてくるとその犬がジョーに噛み付きやしないかと考えて、そうならないようにした。でも黒い水にまみれて動けなくなるジョーをどうにかする方法なんて考えたこともなかった。自分が死ぬことだって、友達がいなくなることだって、いくらでも考えたことはある。でも黒い水の中でのたうってる飼い犬を助ける方法なんてぜんぜん思いつかなかった。
 たとえばこのまま動けないジョーを抱えて動物病院まで行けるだろうかとか、父さんと母さんに連絡をして助けてもらおうとか、そういう後のことはいくらでも思いついた。でもいま苦しんでるジョーをどうにかする方法はちっとも出てこない。それをうまくやったからって、ジョーが助かるかどうかもわからないのだ。晴彦おじさんがいつも笑って言っていた。誰だっていつだって失敗する、人生には成功することの方が少ないんだ、それを言う晴彦おじさんを母さんは裏でひどく怒ったけど、ぼくは気が楽になった。今はならない、ジョーをこのまま失ったらぼくはとても悲しいと思うからだ。
 何かを忘れている気がしたけど、それが何かはわからなかった。
 仰向けになったジョーに近づくと、おかしなことに気づいた。ジョーの足は空を向いている。犬を見たことがある人ならわかるだろう、何の支えもないところにまっすぐ仰向けになれる犬がいるものだろうか。ジョーの首がぼくの方を向く、仰向けのジョーがまっすぐぼくを見る。背中に生えた足が水溜りから出て、くきくきと動きはじめる。名前のとおりおっきな顎をぱっくり開けて、ジョーが仰向けに立ち上がる。

何も計算はできない。人生というものは何か特定のものではないからである。

 団地の薄暗がりから出てきた誰かがこっちを見ている。それは白くてぬめぬめしていて、人間みたいな形をしている。ぼくはちょうど直角三角形の頂点に立って、底辺からやってくる直線の端にいる、ふたつの何かを見ている。ひとつは白くてぬめぬめしていて、もうひとつは黒くてぬめぬめしている。ぼくは直角の交点から少しずつ後ろに下がる、直角三角形が二等辺三角形になっていく。ぼくは逃げ出そうとしている、さっきまで失うのを恐れていたジョーが何だかわからないものになった、それだけでぼくは逃げ出そうとしている。こういうときにジョーを抱きしめられたら彼は元に戻るだろうか、それともぼくの肩にその伸びた牙を突き立てるだろうか。ジョーの対角線から近づいてくるぬめぬめした白い奴は、手足のやたらに長い裸の老人みたいに見える。時間がゆっくり流れる、空気が重い、手が痛いほど冷たい、足の裏を虫が這っている。
「バカ!走れ!」
 後ろから大きな声で怒鳴られて、ぼくは息を吸った。息をすることも忘れていた。声のしたほうを振り向くと、晴彦おじさんが角材を持って走ってきて、白い奴を殴り倒した。白い奴は甲高い声を出して転がり、顔を抑えて呻いている。ぼくの方に走ってきた晴彦おじさんは、ぼくをぎゅっと抱きしめる。タバコとコーヒーのにおいがする。
「ぼく、ジョーが、止めたのに」
「言い訳していいからとにかく逃げろ」
「逃げる?」
「お前ね、自分の倍もある形になっちゃった飼い犬をどうにかできると思うのか?」
「でも」
「今逃げても誰も笑わない、誰だって逃げるし、こんなことが起こるなんて誰も思ってなかった」

我々は皆孤独であることを覚えておくとよい。

 おじさんの車に乗って走っている。家には戻らない、理由は言ってくれなかったけど、想像はついた。ぼくは一人ぼっちになった。ひっきりなしにパトカーと消防車と救急車のサイレンが聞こえていて、何度もぶつかりそうになった。でも誰もおじさんの車を追いかけてこなかった。停まっている車に追突した車、あちこちのビルから煙が出てる。ラジオはずっと白音で、たまに思い出したみたいなガリガリした声が、何が起こってるのかわからないってことだけを教えてくれた。
「ぼく、一人ぼっちだ」
「まあな、皆そうだ」
「家にパソコン置いてきた」
「もう意味ないだろ」
「どうして」
「世界中こんなだ」
「寂しくないの、怖くないの」
「皆そうだ」
 涙がぽろぽろ出てきた。ぼくほど可哀想な子供はいないと思った、父さんも母さんもジョーも、もういない、一人ぼっちだ。晴彦おじさんはいっぱい友達がいるじゃないか、ぼくはもうずっと学校に行ってないんだ、行っても友達なんていないんだ、ジョーだけが友達だったんだ、ぼくは一人ぼっちなんだ。泣いていた、声も出ていたかもしれない。暴れたつもりはなかったけど、車が急停止した。
 子供の頃、父さんとドライブをしていて、殴られたことを思い出した。小学二年生ぐらいのとき、父さんの故郷に行って、海に沈む夕陽を眺めてぼくはなんとも思わなかった。だからなんとも思わないと言った。父さんの思い出の夕陽を眺めてつまんないと言った。父さんは車を止めてぼくを殴った、こぶしは柔らかくて、メガネが飛んだだけで済んだ。ぼくはびっくりして父さんを見た、父さんはえらく動揺して泣き出した。すごく謝っていたけど、自分が謝られてる気はしなかった。母さんが一回家を出て行ったあたりの話だ。そのあと母さんは戻ってきて父さんに土下座した、父さんはもう、母さんを殴らなかった。
 目を開けて晴彦おじさんを見ると、ハンドルをぎゅっと握ったまま遠くを見ていた。目線の先にはたくさん人が倒れていた、棒みたいなもので互いを突き刺したように見えた。中には白く膨らんだ人や、伸びた人がいた。でもみんな同じように動かなかった。
 晴彦おじさんは、白くて細長い指でぼくの頭をくしゃくしゃなでた。
「でもまだ生きてるだろ」
 アクセルを踏んで、ハンドルをきって、晴彦おじさんは進路を変えた。歩道を歩く人影があったけど、ぼくらには気づいていないみたいだった。

そこそこに適当に扱ってくれれば,もうそれでよしとしよう。

 港に着くと、自衛隊の人が船に人を詰め込んでいた。自衛隊の人はみんな怒鳴っていた。自衛隊の人がぼくの服をつかんで引っ張った。きっと普段ならぼくは怒ったと思うけど、今は気にならなかった。どんなに適当でも生き物として扱ってくれたらそれでよかった。晴彦おじさんはあとから行くと言ってぼくを車から押し出した。顔色がひどく悪かった。ぼくは押されるまま船の下の方へ向かった、たくさんの人がびっくりした顔で座っていた。寝るような隙間はなかったけど、立っているのもつらいからか、みんな座っていた。パジャマの人や、血まみれの人がいた、みんなほんとうにびっくりした顔をしていた、きっとぼくもしていたに違いない。
 汽笛が鳴って、混乱したアナウンスがあって、船が大きく揺れた。ブーンとかゴーとかエンジンの音がして、たぶん船が出たんだな、と思った。さっき晴彦おじさんは世界中こんなだ、と言っていた。だったらどこにこの船は向かってるんだろう。たぶんみんな同じことを考えてる。映画やドラマではこういうとき怒ったり叫んだりする人がいるけど、誰もそんなことする人はいなかった、びっくりしていたからかもしれない、すごく怖い顔をしたおじさんがぼくにチョコレートをくれた。奥さんみたいな人が泣きはらした顔でぼくを見た。ぼくは笑った。とても久しぶりに笑って見せた。
 怖い顔のおじさんが、しばらく考えてから言った。
「保護者の、大人の人は、いるのかい」
「晴彦おじさんが、つれてきてくれました」
「晴彦おじさん?いまはどこに?」
「いまは……」
 今朝ぼくは家を出てジョーと公園に行った。ジョーの散歩は父さんの役目で、夕方は母さんと二人で散歩に出ていた。今日ぼくが散歩に出たのは、ジョーが散歩に出られなくて吠えていたからだ。どうして散歩に出られなかったかというと、その日は家でお葬式があるからだった。父さんと母さんは喪服を着て、葬儀屋さんと準備をしていた。あんなに嫌っていたはずなのに、母さんも父さんも泣いていた。遺影の中で笑ってる晴彦おじさんは、ずいぶんと若く見えた。
「上の方にいると思います」
 怖い顔のおじさんと奥さんは、少し安心したみたいだった。ぼくは葬式が嫌でジョーと一緒に抜け出した。家の外に出たのは久しぶりだった。その前かあとに何かがあって、世界がおかしくなった。おかしな世界になったおかげでぼくはひどい目に遭い、そしてそのおかげで助けられた。誰の顔色も悪かった、ぼくの顔色も悪いに違いない、それでもまだ生きているのだから、きっとまだマシな方なんだろう。
 
 続く(人生は)
 
参照:
認知療法が教える、なぐさめにはならないが、何かの助けになるかもしれないリスト:読書猿Classic: between / beyond readers