薩摩和菓子の考察記録

薩摩和菓子(@satsumawagashi)が考察したことを置いておく場所です。

ルールブックこそが最強のシナリオフックである

シナリオフックとは

皆さんは「シナリオフック(英:scenario hook)」という言葉をご存知でしょうか?

主にTRPGにおいて使われる言い回しで、プレイヤーをシナリオに惹きつけるようなアイディア集のことを指します。

舞台となる世界において起こる事件や、その世界に生きる人物などについて書かれた、シナリオのもとになるようなアイデア集などのこと。年表や人名録、世界設定を書いた設定集などもシナリオ・フックであるといえる。

シナリオフック - TRPG.NET Wiki

近年はクリエイター向けに、ストーリー構造の類型や、ジャンルごとの頻出テーマをまとめた書籍が矢継ぎ早に刊行されています。

直近ですと、神山重彦『物語要素事典』が1,368ページ・26,000円という大部ながら、発行直後に重版がかかったことがニュースになりました。

www.kokusho.co.jp

www.asahi.com

また、ランダマイザーを用いてシナリオ・フックを生成する方法もあります。

「ローリーズストーリーキューブス」は、即興でストーリーを創作して楽しむ、ポケットサイズのお話サイコロです。

ローリーズストーリーキューブス

TRPGの布教活動をされている矢鹿さんが公開した「シナリオ要素ワード表」は、TRPGシナリオに特化したシナリオ・フック生成表です。

このアドベントカレンダーの母体である「シナリオ書きたい」サーバーにもシナリオフックを共有するチャンネルがあり、毎月5の付く日には、そのチャンネルやシナリオ要素ワード表を使って1時間でシナリオを書くイベント「シナリオワンライ」が開催されています。

1時間でシナリオを書く方法についてはマッチ棒さんの記事「TRPGシナリオ・ワンアワーライティングのススメ」をお読みください。

note.com

TRPGシナリオにも物語やジャンルの要素はありますから、上記の書籍やランダム生成からシナリオフックを得るのはもちろん有効です。

しかしながら、上記以外にもTRPGシナリオを書くうえで効果的なシナリオフックの供給源があります。

それは、ルールブックです。

私は1年前からTRPGシナリオを書き始め、8つのシステムで8つのシナリオを公開しましたが、その間、ルールブック以外のシナリオフック集を一度も使っていません。

ルールブックを読むことを通じて、「こんなシナリオを書いてほしい!」というゲームデザイナーの思いをくみ取れば、シナリオのアイディアはひとりでに湧いてきます。

これを「ルールブックの声を聞く」と勝手に呼んでいます。

とはいえ、ルールブックのみをシナリオフックにして、どうやってアイディアをふくらませるのか、実例があったほうがわかりやすいでしょう。

これから3つの自作シナリオについて、手短に解説していきます。

デッドラインヒーローズ「青い鳥がXになる日」

『デッドラインヒーローズ』は戦うヒーローやヒロインのPCを作れるシステムです。

他のTRPGでいう「クラス」として、戦う能力を得た(または得なかった)経緯ごとに6つの「オリジン」があり、後天的に能力を獲得したオリジン「エンハンスド」には「饒舌」「第四の壁」「再生能力」「死ねない苦しみ」「ガンクレイジー」「忍者刀」という「パワー」があります。

ここでご存知の方はお気づきだと思いますが、これらのパワーはすべてマーベルのヒーロー「デッドプール」の特徴でもあります。

また、『デッドラインヒーローズ』には「地球侵略サークル」という、地球侵略のために派遣されたものの、オタク文化に傾倒してしまった宇宙人たちのヴィラン組織があり、それを率いる紅一点のココロスちゃんは地球人の彼氏を作ることを目的にしています。

トラブルメイカーでオタク文化好きのデッドプールは、公式では恋人がいて、世界を救う勢力を雇われていますが、もし仮に恋人ができず、地球侵略サークルのココロスちゃんと意気投合してしまったら、どんなことをしでかすやら。

そんなifをシナリオにしたのが「青い鳥がXになる日」です。

また、最初に「説明書を読んだのよ!」で攻撃し、隙を見て「スキミング」でPCのクレジットを削る、という戦闘スタイルは、『学園マッドネス』所収のヴィラン用パワー「秘密兵器」「巾着切り」を見て思いつきました。

TALTO

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マモノスクランブル「客演裁判 スクランブる逆転」

戦闘システムについての記載から、『マモノスクランブル』で法廷バトルすることを思いついた経緯については「『マモノスクランブル』で戦闘なしでも盛り上がるシナリオを書こう」で書きました。

satsumawagashi.hatenablog.jp

また、[特性セット](いわゆるサンプルPC)に「ドライアド」「ケンタウロス」「鎌鼬」、サンプルNPCに「カメラ頭」、「ヒュギエイア」がいたところから、

・被害者はゴシップ誌記者のカメラ頭

・容疑者は女優のドライアド

・目撃者は鎌鼬

・検察官はケンタウロス

・弁護士は六法全書頭

・裁判官はテミス

・証人はヒュギエイア、ハーピー、ドワーフ

という、「関係者全員マモノ」な事件のプロットを組み立てました。

TALTO

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ブラックジャケット「ダブルヘッドメガメカシャークトパスネード」

『ブラックジャケット』は『デッドラインヒーローズ』の姉妹作で、ヴィランのPCを作れるシステムです。

この「ヴィラン」というのが曲者で、「困っている人から依頼されたから」という動機で動いてくれる『デッドラインヒーローズ』のPCに対し、「自分の働きたい悪事を働くことにしか興味がない」という『ブラックジャケット』のPCは継続で遊べるシナリオが少ない、という「キャラ作成の自由度」と「遊べるシナリオの数」のトレードオフがありました。

そこで、どんな「オリジン」(他のTRPGでいう「クラス」)のヴィランでも戦わざるをえないような圧倒的脅威をルールブックで探したところ、「ウォッチメイカー」という組織のデータの末尾に「メカ鮫」がありました。

サメが1匹だけなら超人種であるPCの敵ではないですが、それが陸海空を問わず群れをなして襲ってきたら、PCたちも協力せざるをえないでしょう。

そこで、映画『シャークネード』を下敷きにしつつ、ほかのトンデモ系サメ映画も詰め合わせ、ブラック(企業)ユーモアあふれるアクロバット*1を追加してできたのが「ダブルヘッドメガメカシャークトパスネード」です。

「ダブルヘッドメガメカシャークトパスネード」は『デッドラインヒーローズ&ブラックジャケットシナリオアンソロジー「FEATURE! ウォッチメイカー」』に収録されています。

conos.jp

hasami-j.booth.pm

まとめ

以上、私がルールブックをシナリオフックにして書いたシナリオを紹介させていただきました。ここまでお読みいただきありがとうございます。

私がこの記事で一番述べたかったことは、ルールブックをシナリオフックにすることで以下のようなメリットが得られることです。

 

世界観とのすり合わせがいらない

シナリオに登場させたいNPCや敵がそのシステムの世界観にふさわしいか、迷うことがあると思います。

クトゥルフ神話に食屍鬼やゾンビはいるけど、幽霊は出せるだろうか? 幽霊が出せないなら、降霊術であるウィジャ盤も使えないのでは?

しかしながら、ルールブックに存在するNPCや敵なら、その心配は無用です。

公式がデータを用意している

TRPGはゲームですので、戦闘のあるシステムなら敵の戦闘データの設定が必要です。

対人交渉でNPCの技能値を参照するなら、すべてのNPCに技能値の設定が必要でしょう。

しかしながら、ルールブックに存在するNPCや敵なら、公式が調整してくれたデータがあります。

そのシステムならではのシナリオが書ける

雑魚敵を倒す初心者向けシナリオを書くとして、たとえばチンピラを倒す場合、現代もののシステムなら何でもいいことになります。

これが春日恭二を倒すシナリオならどうでしょうか?

頭脳派PCに匹敵する賢さを持つNPCを演出するとして、他のNPCの行動を予言したり、秘密を暴いたりするだけなら、どのシステムでもできます。

そのNPCが「知ってたカード」や「計略カード」を使うならどうでしょうか?

特殊な判定をさせるときに、サイコロやトランプではなく、花札やタロットカードを使わせるならどうでしょうか?

ルールブックに存在するNPCや敵を登場させたり、そのシステムにしかない特殊な処理を活用したりすることが、そのシステムでシナリオを書いたり遊んだりする決定的な理由になります。

 

TRPGシナリオを書く際のシナリオフックとして、ルールブックもぜひ活用していただけると幸いです。

みんなもルールブックの声を聞こう!

 

TRPGシナリオ書きたいサーバー Advent Calendar 2024

この記事はDiscordサーバー「シナリオ書きたい」の2024年アドベントカレンダーの一環として執筆いたしました。

アドベントカレンダーとは、12月1日からクリスマスまで、いろいろな人がリレー形式で、テーマに沿った記事を公開していくお祭りカレンダーです。

TRPGシナリオ・システム・ソロジャーナリングRPG・マダミスなどに興味のある方は以下のリンクからほかの方の記事ものぞいてみてください。

adventar.org

*1:F.E.A.R.の社長・鈴吹太郎の造語で、原因と結果で結ばれている「ストーリー」と、結果が決まっていない「ドラマ」を両立するために、途中で状況をガラリと転換させること。

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