Haruki Murakami in Berkeley

sasajun2008-10-13

 UCバークレーで行われた村上春樹さんのイベント、『Haruki Murakami in Conversation』に行ってきた。(写真は翌日、SF市内でのbook signing)
 チケットは完売したそうで、2千人くらい入るZellerbach Hallは満員御礼。観客は10代〜60代まで世代はさまざま、アジア系も多いが白人が中心だった。もちろん日本語があちこちから聞こえてくる。
 
 ムラカミさんは演壇に登場すると、まず小説家になったいきさつを。「29歳で初めて小説を書いて、それが賞をもらって、出版されて、そして売れた。悪くないよね」と、カジュアルでユーモアに満ちた話しぶりに、会場は「えっ?ハルキ・ムラカミってこんな人なの?」と面食らいつつ、すっとひきこまれる。
 
 それから「何年も前に書いたものだけど、2、3週間前に読んでみて、’何も変わってないじゃない’と思ったので」と前置きして、『とんがり焼きの盛衰』を日本語で朗読。これがもうおかしいのなんのって。(続いて司会者のRoland Keltsさんが英語版を朗読。朗読自体もジェイ・ルービンさんの翻訳もすばらしかった。)
 
 その後はQ&Aスタイルで進行したのだが、ムラカミさんが絶妙な間で繰り出す思いがけない回答とジョークに、会場は笑いっぱなし。アメリカで夜にやってるトークショーみたい。ムラカミさん、そのうちデヴィッド・レターマンに出たりして?
 
 「本は長ければ長いほどいい。僕はロシアの作家が好きで、よく読んでいた。カラマーゾフの兄弟全員の名前が言えるんです。言える人は、そうそういないですよ。でも日本では通勤時に電車の中で読むから、長編になると本が重いと文句が出る。なので『海辺のカフカ』は紙を薄くした。すると車内の扇風機の風で、ページがめくれると文句が出る。どうしたって文句が出るんです」 
 
 「車を運転する時はロックを聴きます。好きなバンドはレディオヘッドやREM。一緒に歌うこともあります。……そうそう、泳ぐ時も歌うんですよ。泳ぎに一番いいのは『Yellow Submarine』。 皆さんもやってみるといいですよ」
 「どうやって歌うんですか?息継ぎの時に声を出す?」
 「いや、ぶくぶくしながら……」
なんて感じ。
 
 もちろん深い話もするんだが、重くはならない。以下、エッセイなどにも書かれているが、 覚えている範囲でいくつか書き留めておく。(イベントは英語だったので、このエントリーに出てくる日本語はご自身の言葉ではなく、あくまでも概要です。)
 
*デビューした時はnew voice in Japanese literatureと表現される一方で、punkとかswindlerとも呼ばれた。日本では伝統が重んじられるので、人と違っていると苦労する。読者は最初から受け入れてくれたけれど、『とんがり焼きの盛衰』に出てくるようなカラスが多い日本から出て、イタリアやギリシャに行った。米国で5年過ごした。
 
*神戸の震災とオウム真理教の事件があり、日本に帰ろうと思った。自分はナショナリスティックな人間ではないが、国というよりも人々のために、作家としてできることがあるのではないかと思った。『アンダーグラウンド』と『地震のあとで(神の子どもたちはみな踊る)』で自分は変わった。(その後、後者は米国で’911のget well card’とも評されたそうだ。)
 
*書くことはsimple joy。毎朝キーボードを見るとうれしい。目的をもって書くわけではない。自分は自分のために書いている。書かないと自分の考えはわからない。書いているうちにわかってくる。
 
*執筆はビデオゲームのような作業。自分はプレイヤーとプログラマーを交互にこなす。ひとりでチェスをしているようでもある。
 
*自分が描くような孤立した人物には、人との関係はないかもしれないが、オブセッションがある。それが面白い。
 
*完璧な翻訳はない。でもストーリーが優れていれば、訳でも伝わる。言語学者なら満足しないかもしれないが、自分は小説家だからそれでいい。自分が翻訳する時は、'ほかの人の靴をはいてみるようなもの'。
 
***
 
 最後のコメントはバークレーについて。
「レコードを収集しているので、店をまわりました。16年前に来た時と違って、いいレコード屋は2軒だけになってましたね。ラスプーチンとアメーバ。……両方とも変わった名前だな。……何か変だよ、この町」
 バークレーはほんとに変わった人が多いので、大受けだった。
 
 ムラカミさんは、聴衆を魅了したのひとことに尽きる。1週間前に新作を脱稿されたそうで、「リラックスしてハッピーな気分なんです」とおっしゃっていたが、本当にのびのびした感じだった。(新作は相当の長編らしい。楽しみ。)一緒に行ったアメリカ人の友達が「こんなに素敵な日本人が世界に出てくれて、うれしいね」。ほんとにそう思う。
 
 翌日のサイン会は、店の外壁にそってぐるーっと長蛇の列だった。
 
 イベント前からわくわくし、イベントが終わるのが寂しくて、終わった後はしあわせな気持になった。そういう意味では、Murakami Weekendはムラカミさんの小説を読んだ時と同じ体験だった。 日本語のトークも聞いてみたいなぁ。ムラカミさんのポッドキャスティングがあったらなぁ。