どろぼうの名人

どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1)

これはいい。とてもいい。

第2回小学館ライトノベル大賞佳作受賞作。全編に渡る穏やかな雰囲気と、満ち溢れる愛情と温かさにヤラレマシタ。
物語は終始一貫して妹の初雪の語りで進められていくため、生活する上での情報は十分だけど周りを見渡すだけの量はありません。突然大好きな姉から「昔会った人の妹になって」と言われて戸惑うのは私も初雪もいっしょ、だけども初雪は分からないなりに察するものがあるらしく引き受けます。本当に置いてけぼりなのは私だけ。
姉の口から零れた「――ね、助けて」という呟きに、少しだけ聞こえてくる物騒な話し声からは、これが伊達や酔狂の類でない気配を感じることで精一杯です。


ここには一つの閉じられた世界が出来ている、登場人物達は自分の信念で動いている、こりゃ覗き甲斐があるぞー。
言葉の端々から意味を捉える前に感じることを優先、すなわち今怒ってる?とか喜んでる?とか赤ん坊のように純粋で単純なことだけに注目。とりあえず笑ってるときはこっちも笑え、泣いてるときはこっちも泣けでいいと思う。みんな迷いや後悔をしても、信念を持って行動する様は安心して見ていられます。こっちはツインテールの名前に笑ったり、ラプンツェルの寓話に思いを馳せながら気ままに付いていくまでさ。


合言葉はキブミーチョコレート!妹の友達にノリで何を言わせてんのさ。テンポ良すぎて微笑ましすぎる。


お姉ちゃんたちの都合は一切分からないけど、お願いしたり我儘を無理に通したりしながら文ちゃんや愛さんのためを想って行動する初雪がいい。今この行動が正しいか云々ではなく、やるべきだと信じてる気持が伝わります。結果的に自分の幸せもちゃっかり入ってるあたりが愛らしいです。


最後は笑って終わることが出来た物語でしたが、所々に綴られる誰かの懐古の話からは、この幸せだった時がずっと続くわけでは無かった想いが感じられて少し涙が…。そうか、いつか終わってしまうのね。


他者を寄せ付けない強固に閉じられた世界、解らないけど自信と希望に溢れる世界、まるで夢を見ているような感覚でした。
これほどのものはなかなか出合えませんよ。

続編じゃ無くて、新作をぜひ希望したいです。