新人の面倒を見る羽目になった人向けの本リスト:前編


追記:いただいたコメント等について(2/2) - I 慣性という名の惰性 I




⇒新人の面倒を見る羽目になった人向けの本リスト:中編
⇒新人の面倒を見る羽目になった人向けの本リスト:後編




先のエントリーのはてブコメントで「社会人向けに勧める本はないのかよ」とか「you、本で荒稼ぎしちゃいなYO!」いうリクエストをいただいたので二匹目のどじょうを狙って書いてみる。


今回対象とするのは「新人の面倒を見る羽目になった社会人」の人たち。まあ社会人2年目以降はほぼ全員にこのタスクが割り振られるリスクがあるんだが、なぜか企業が社員向けにこのへんの研修をやっているという話は聞かない。かなり重要なタスクだと思うんだけどなあ、ということで書いてみる。相当程度自戒と反省の念を込めて。


と思って書いてたら激烈に長くなったので前・中・後編に分けることにした。あと「本の数が大杉だろJK」ともいわれたので1エントリあたりの紹介数も抑えてみた。ついでに「ハードカバーが多くて大変です><」とも言われたので新書・文庫を多めに紹介している。



自分も「新人」だったなと思い出すための本


人間とはすぐにその環境になじむ生き物だなあと思う。そしてこの能力があるおかげで、ほぼすべての「先輩」が陥ってくれるダメなことがある。それは「今やってる仕事はできて当たり前」だと思い込んでしまうということ。言い換えれば「自分が新人だったころの経験をころっと忘れている」ということ。


初心忘れるべからずとかいうけど、こんなのできるはずはない。「なんでわからないの?/できないの?」という心の声が聞こえたことがある人は(僕もそうだ)初心なんてもう忘れているってことをまずは認めよう。


例えば、親切な先輩が「新人」にコピーを取る方法を教えるとしよう。一通りの手順をまずは教えるだろう。実際に目の前でやってみせることもあるかもしれない。「じゃ、やって」と言って任せてみるとまずできない。ええええええと思ってもう一回説明するだろう。相手も「わかりました」と言ってくれるだろう。あなたは安心して席に戻る。が、彼/彼女は5分は戻ってこない。忘れたころに「・・・すいません、あの・・・」と言いながら大量の失敗コピーを抱えて戻ってくる。そしてあなたは多分こういうだろう。


「なんでできないの?」


しかしこの質問は間違っている。


なぜなら「今まで一度もコピーを取ったことのない人間」なんていない(そんな学生が試験をクリアして卒業できると思う?)。彼/彼女は本当はコピーなんて簡単にできる人間だ。なのに失敗するのはなぜか?ここを考えない限りあなたの下についた彼/彼女はずっとあなたの足を引っ張ってくれる存在になるだろう。「なんでこんなこともできないんだ」「なんでもっとわかるように教えてくれないんだ」とお互い不毛なストレスを感じながら。


なぜこういう不幸なことになっちゃうのか。それは、あなたの教え方が悪いからだ。断言できる。より分解して言えば、最初に教えた「あなたのやり方」が、あまりに理解不能で理不尽なやり方だから「新人」は理解できないんだ。そして新入社員の彼/彼女は、ありえないくらい理解不能なその手順を再現しようとして混乱して結局失敗しちゃってるんだ。


もう一つのやり方を考えてみる。


「これ5部コピーして。
 あ、白黒でね。両面でいいや。
 で、右上をホッチキスで止めといて。
 あ、3時からの会議で使うからそれまでにやっといてね」


このオファーをこなせない「新人」って想像できる?


この両者の間で決定的に違う点は、前者は「手順を教えた」のに対して、後者は「求める結果を明確にした」というところだ。これが何を意味するか。それは「物事には複数のやり方がある」という単純な事実の認識の有無だ。


最初のケースの親切な「先輩」は何を求めているんだろうか?自分と全く同じ手順でコピーをとること?そうじゃないだろう。僕らが欲しいのはアウトプットだ。そしてアウトプットが求められる時間内にあがってくればやり方なんてどうでもいいはずだ。もし、時間内にアウトプットがあがってこないときになって初めて、あなたに「新人の手順に口を出す権利」が与えられるのだ。


でも日本の会社の「先輩」たちはなぜか逐一「手順」を教え込もうとする。自動車の免許を取るときに教官にこういわれて腹がたった経験はないだろうか?


「乗り込んだら、まずはキーロック、そして座席の調節、バックミラーの調節と確認、シートベルトをつける、もう一度前後左右の確認、シフトレバーがニュートラルになってるか、ブレーキペダルを踏んでからエンジン始動。ああ違う違う、先にキーロック。シートベルトはそれから!」


僕ならこう言って欲しい。


「乗り込んだらエンジンをかける前にやらなきゃいけないことがある。

  • まず安全確認
  • 次に自分の視界の確保と適切な運転姿勢の確保
  • そして事故に備えた安全装置の装着

 これらの動作は止まってるときにやらないと危ないからね。それらが終わって初めてエンジン始動ね。エンジンをかける際には急発進などの誤動作が起きる可能性があるのでそれに対するケアも忘れずに。
 じゃ、やってみて」


なぜこういう言い方ができないのかと思う。


この「求めるアウトプットを示す」「そのために必要な道具・知識がなければ教える」という考え方にたどり着いたのは実はつい最近だ。そのきっかけになってくれたのがこれ。


数学でつまずくのはなぜか (講談社現代新書)

数学でつまずくのはなぜか (講談社現代新書)


僕はこの本で今まで間違った教え方をしていたということにおもいっきり気づかされた。この本で頭を殴られたような衝撃を受けたのが、アフォーダンスと数学の関係に触れた部分。

「アフォーダンス」とは、(略)例えば、人間やある種の動物が水中を泳げるのは、それらが「泳ぐ」という能力を自分の内部に開発するからではなく、そもそも水そのものに「泳げる」という情報が内在・実在しているからだ、と主張するわけなのだ。(p.33)

この仮説が正しいなら、動物の眼の多様さと同じように、「数理的に表現できる」という性質を受け取る感覚器も多用であっていいはずだ。つまり、「数理的なものごと」のわかり方、受け取り方は多様にある、ということなのだ。(p.37)強調:ryozo18


同書には「教師や教科書が強制する一つのやり方・手順になじめずに数学から脱落していく子供」の実例がいくつも出てくる。しかしそこに共通していることは、脱落した子供たちに数学的能力が欠けていたことはない、という事実だ。そして、僕も「あの新人つかえねーな」といっていた後輩がなんとかかんとか持ち直すというのを何度も見ている。なのになぜ今まで気が付かなかったのか。「仕事」ができない人間などいないということに。教え方がまずかっただけだということに。


まずは「やり方」を任せてアウトプットだけを要求してみよう。教えるのはその後だ。



「新人」にうまく質問をさせるために読む本


さて、上では「新人」にやり方を任せるアウトプットドリブンのやり方を書いた。しかし上で書いたケースには重大な嘘がある。それは以下のやり取りをわざと削ったこと。


新人「コピー機はどこですか?」
新人「白黒とカラーの機械は別ですか?」
新人「紙のサイズはこのままでいいですかね?」
新人「ホッチキス持ってないんですけど、貸してもらえますか?」
新人「もとの原稿は○○さんにお返ししとけばいいですか?」・・・


この質問がないと実はさっきのオファーに新人は手も足もでないだろう。つまり、新人がこの「適切な質問」を返してこないと上のやり方は一瞬で破綻してしまうのだ。そして、このリスクを避けるために先輩たちは事細かに手順を指示したくなる誘惑に負けてしまうのだ。


よく「ほうれんそう(報告、連絡、相談)が大事だ」とか言われるが、僕は「質問」というのがこのすべてに共通する重要な要素だと思う。


「こういうことがありました(この報告の重要度はどんなものですか?)」
「こうやってくれって○○さんから伝言が(で、次に僕は何すればいいですか?)」
「こういう解決法でいこうかと思うんですが(ほかにいいアイデアありますかね?)」


適切な質問をさせるというのは実はものすごく難しいことだと思う。ある程度の全体像とか流れを知っててもらわないとまったく的外れな質問とかどうでもいい細かい点しか質問してこないとかってことになってしまうからだ。


でも、これも質問を受ける側がある態度を覚えておけば、かなり改善される。そのための本がこれ。


「わからない」という方法 (集英社新書)

「わからない」という方法 (集英社新書)


本来ならこれは質問をする「新人」側に読ませるべき本なんだろうけど、質問を受ける側が読んどいたっていい(読み終わったら新人にあげればいい)。


この本の中で、橋本治が編み物の本を書くときに考えたことについて書いたくだりがある。

オバサンの教え方には二つの欠点があるのである。一つは「わかりやすさの押しつけ」であり、残る一つは「生真面目さの押しつけ」である。


オバサンは、自分がふだん当たり前にやっていることを、「いたって簡単なこと」と理解している。そして、自分がふだん当たり前にやっていることを、「神聖なこと」とも理解している。だから、「ほら、簡単でしょ、簡単でしょ」と言うばかりで、わからないでいる人間の頭の構造を理解しないで、「わかりやすさ」の押しつけをする。と同時に、「ほら、もっとちゃんとやって!」と生真面目さを押しつけてしまう。わからないでいる人間がわからないままにウロウロしている状態が、自分のやっていることを「神聖」だと思う人には、「神聖さを愚弄する侮辱行為」と見えてしまうのである。(p.82)強調:ryozo18

たとえば、私の「セーターの本」には、「毛糸なるものをどこで買うのか」ということを教える一項がある。(略)そんなものは、編み物をする人間にとっては常識である。(略)それを「知らない」と言ったら、「そんなことも知らないのか?」と、びっくりされてしまう。そこでびっくりするのが専門家なのだが、しかし、知らない人間はどこまでも知らない。だからこそ「知らない人間」なのである。(p.89)

「知らない人間」というものは、いたって厄介である。「知らない人間」を相手にする時は、「相手がどこまで知らないでいるか」を把握しなければならない。でなければ、ただのスレ違いである。ところがしかし、「知っている人間」は、時としてそこまで頭が回らないのだ。(p.89)


長々と引用したが、つまりそうゆうこと。われわれ「先輩」は「新人」が「どこまで知らないでいるか」を知ろうとしないことが問題だったのだ。もしくは自分たちが「新人」のときにどれくらい「知らなかったか」を忘れてしまっているのだ。そして今自分がやっている仕事を「神聖」なものと勘違いまでしちゃってる。


さあ、胸を張ってこう聞いてやろう。「どのへんからわからない?」



「仕事」を理解させる方法を覚えるための本


さて、ようやく具体的な仕事(作業かな)を教えるその一歩前の段階まできた(えー)。まず最初に質問。


「Q:あなたは自分が説明上手だと本当に心の底から自信を持っていえますか?」




この質問にYesと答えたやつもNoと答えたやつもこの本嫁!


コンサルタントの秘密―技術アドバイスの人間学

コンサルタントの秘密―技術アドバイスの人間学


まず、上の質問に「Yes」と答えたやつ!それは相手が気を使ってくれてるだけだ!誰かに有効だった説明がほかの誰かにも有効だという保証はない。相手が本当に理解しているかどうか確認したらけっこう寒いぞ。同じ質問をほかの人に聞いてるかもしれないぞ(まあ、それはそれでいいんだが)。相手のどこがわからないのかを理解しないと説明なんてほんとはできない。そして、相手は「自分がなにをわかってないのかがわかってない」存在だということが今までの内容だ。相手から質問が出てこない説明は説明なんかじゃない。態度を改めるように。


そして「No」と答えたやつ!じゃあもうちょっとうまくなろう。この本にはそのための知恵がふんだんに盛り込まれている。え、もう持ってる?じゃああと10回読み返そう。それくらいの価値がある本だと思う。



教える「仕事」を整理するための本


さて、教え方についてもちょっぴりコツがつかめたようだ。さてじゃあ教えるぜ!という前に、次はこの質問をしてみよう。


「Q:あなたの仕事は効率的でミスがなく期日どおりにちゃんとあがってますか?」


この質問にYesと答えたやt(ry


頭のいい段取りの技術

頭のいい段取りの技術


よく見る光景として新人を教えてる先輩自身が仕事回らずに破綻しているという微笑ましい状況というのは会社中に転がっている。こんな状況では教えられるほうもはっきりいって迷惑だ。「このやり方まねてたらこの人みたいになっちゃうんでしょ?」と思ってしまった新人が言うことをきいてくれたりするだろうか?


俺のやり方通りにやってれば... - AlphaGeekに逢いたい? - はてなセリフ

*本文の内容と映像は関係ありません*




新人が下につくというのは実は自分の仕事の進め方を見直す絶好の機会だ。無駄だろうなあとおもいつつもなんとなく目線が気になって続けてきた作業とか、これほんとはやっといたほうがいい習慣なんだけどめんどくさいからいいかとスルーしてきた習慣とかを考え直すきっかけを与えてくれる。そのためにこの本は最適だと思う。


このへんの書評も参考に。
⇒404 Blog Not Found:本当に頭のいい一冊 - 書評 - 頭のいい段取りの技術



効率が10倍アップする新・仕事の教え方術(嘘)


やっとやっと仕事を教えられるよ!


さて、効率が10倍アップする新・仕事の教え方術とは・・・もうね、一言。「絵」


「図表」でも「チャート」でも「マインドマップ」でもなんでもいいけど、とにかく「絵」。箇条書きとかベタ文とかダメ。口頭だけもダメ。マニュアル渡して「これ読めばわかるよ」もダメ、つか氏ね。


絵と言ってもこういうのではない。関係性を視覚でわからせるようにするってことね。そのためには自分もちゃんとその仕事の構造を理解してないと絵なんてかけない。書いたところでぐちゃぐちゃとした絵になってしまう。しかし箇条書きとかでごまかせば一見うまく説明したように見える。でもそんなのごまかしだ。


そして、絵といいながら単なる箇条書きとかフローを書いちゃう人もいる。それは絵じゃなくて表だろと。わかりやすい絵を描く。これは結構頭を使う作業だ。でもとても面白い作業でもある。その面白さと具体的なアイデアを示してくれる本といったらこれ以外にないだろう。


Say It With Charts: The Executive’s Guide to Visual Communication

Say It With Charts: The Executive’s Guide to Visual Communication


日本語訳もあるけど(『マッキンゼー流図解の技術』)個人的には原著の英語のノリのほうが好きだ。「Zen」のページで腹を抱えて笑ったもんだ。さあこれを読んでホワイトボードにじゃんじゃん絵を書き殴ろう!








と、ようやく仕事を教える段階まできた。さて次は会社の組織とかビジネスの進め方とかについて教えなきゃいけない。そのための方法を中・後編で考えることにする。


というわけで以下中編へ続く。




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後編はこちら
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