rhの読書録

読んだ本の感想など

国のない男 / カート・ヴォネガット

 日本では2007年に出版された、カート・ヴォネガット最後の著作となったエッセイ。

 なにが好きで、なにが嫌いかを、ヴォネガットはフランクかつ直裁に語る。こんなふうに怖いもの知らずになれるなら、年を取るのも悪くないな、と思える。もちろん、ただ年をとればこうなれるわけじゃあないんだろうけれども。

 特にイラク戦争と環境問題の2つのトピックに対して、彼はカンカンに怒っている。本書の執筆からは20年近く経ったが、世界の戦火はいまだ消えず、仮想通貨やらAIやらに電力を浪費して「熱力学的ばか騒ぎ」を続けている。恥ずべきことである。

 ヴォネガットはある意味では人類に絶望していた。いずれ人類が自らの手で自らを終わらせるだろう、と。ドレスデンの爆撃というジェノサイドを経験した者としては当然の見解かもしれない。

 それでも人間が(特に未来ある若者が)よりよい人間になる可能性を持っていることまでは、決して諦めない。優れた文学、優れた音楽、優れた人物への、愛と尊敬を惜しみなく語り、それを通じて人間のあるべき姿を描こうとする。

 そして最後の著作においてもそのユーモアを手放さない。文章上で「ドタバタ」している。さながら限界まで舞台に立ち続けるお笑い芸人のように。

 爆笑問題・太田光『笑って人類』(未読)のタイトルも、おそらく本書からの引用だろう。読まないとなぁ。

 唯一わたしがやりたかったのは、人々に笑いという救いを与えることだ。ユーモアには人の心を楽にする力がある。アスピリンのようなものだ。百年後、人類がまだ笑っていたら、わたしはきっと嬉しいと思う。

 他にも、引用したくなるような名文句がザクザク出てくる。手洗い消毒を推奨して多くの妊婦を救ったゼンメルヴァイスを紹介してこう書く。

 だから、賢い人間になろう。そしてわれわれの命を救い、みんなの命を救ってほしい。誇り高くあってほしい。

 また、世界の先行きが不安で子どもを生むかどうか悩む、ある女性からの手紙に、こう返事を書く。

 生きていてよかった、と思わせてくれるものが音楽のほかにもあります。それは、いままでに出会ってきた聖人たちです。聖人はどこにでもいます。わたしが聖人と呼んでいるのは、どんなに堕落した社会においても立派に振る舞う人々のことです。

 そしてこれは、何をたずねても六秒で答えてくれる、芸術家のソール・スタインバーグとの対話。

 わたしは言った。「ソール、きみは才能があるのかい?」
 六秒後、彼はうなった。「答えはノーだ。しかしどんな芸術においても、いちばん大切なのは、芸術家が自分の限界といかに戦ったかということなんだ」

 人間は必ず死ぬ。人類もいつか滅びる。だとしても、よりよい人生、よりよい人類の歴史を目指すことはできる。たとえそれらが一時的な(テンポラリーな)営みであったとしても、それを目指したという事実は未来永劫変わらないハズだ。

 そんなヴォネガットの人間主義(ヒューマニズム)が本書には満ち満ちている。