通勤電車で読んでいたら叫びたくなった。「ちょっとそこのおじさん。仕事つまんないなら、これを、読んでよ!」。

凡人のための仕事プレイ事始め

凡人のための仕事プレイ事始め

著者の中川くんは大学時代の友人。前著『ウェブはバカと暇人のもの』では、インターネットの「くだらなさ」「マイナス面」を赤裸々に描いて見せた。「IT小作農」を自称する彼は、毎日の仕事で自分が直接見聞きし、呆れたり憤慨した事例をまとめてくれた。仕事で多少なりともネットに関わりを持つ人は、これを読んで多かれ少なかれ共感したことだろう。


彼の持ち味を「インターネット」から「仕事全般」に広げたのが本書『凡人のための仕事プレイ事始め』だ。どこが面白いか、ポイントをまとめてみた。


1)仕事の本質的なくだらなさを具体的に描いている


人は生活のために働いている。これはみんな分かっているけれど、中川くんが提示するのは「人は怒られないために働いている」ということ。自分の経験、他人の言動を見聞きした経験を元に描いていく。例えば彼は広告代理店で働いていた頃、クライアントである外資系企業日本法人の担当者から滅茶苦茶な量の仕事をさせられる。15日間で帰宅できたのはわずか5時間。想像を絶するクライアントの要求の源は「ジェニーに怒られる」。ジェニーは本社の人間だ。


仕事で自己実現とか、仕事を通じて成長とか、世の中には仕事をめぐるポジティブな言説があふれている。しかし、現場で人間を動かすのは、カネであり「怒られたくない」というチキンな気持ちだ。身も蓋もない真実を多くの事例を元に明るみに出していく。「そうだよねえ、ホント、ばかみたいだ」という気になる。


2)当事者に迷惑がかからないギリギリまで具体的に書く


1)を見て「そんなこと、知ってるよ」と言う人もいるかもしれない。仕事は大変。辛い。つまらない。ただし、仕事のネガティブな面を描いたものの多くは、具体性や客観性に乏しい。書いてる本人や当事者に不利益が被らないように配慮すれば、社名は匿名になり、数字は出てこない。逆に詳しく書いてあるものは、どこまで私怨でどこから本当なのか分からないものが多くなる。


この本は、筆者が働いている広告業界などマスコミのエピソードが多く、そこで働く人が誰に怒られたくなくて、どのくらいのお金が動いているのか数字が出てくるのがすごい、と私は思った。例えばテレビに商品を露出させるため、番組制作会社と代理店の間をつなぐ、テレビパブ屋と呼ばれる職業の人がいくらもらうのか。実際に数字が出てきます。


3)読んでいてなぜか明るい気分になる


時間をかけて丁寧に取材したメディアの記事や番組には、1)2)をクリアしているものもある。仕事の大変さ、人間疎外の状況を描く社会派の記事や番組たちだ。すごい仕事だなと思う反面、読後感はどうしようもなく重い。やっぱり、個人は企業に搾取されるんだ。やっぱり、大きなものが勝つんだ…。読むほどに辛い気分になり、働くのが嫌になってくる。


しかし、この本は、仕事のくだらなさを徹底的に描いているのに、読んでいて楽しい。しかも、読後に「明日から仕事がんばろう」という気分になる。理由は文体のおかげだと思う。露悪的なまでに本音を描いているのが軽快で、良質なコメディを見ているみたい。全体の7〜8割には仕事がいかにくだらなく、どこかのおじさんを喜ばせるために自分の貴重な時間を費やすものであるかを描いているだけに、最後の1章「仕事はかくも尊く、人生を左右する」が生きてくる。


そう、仕事の大半はくだらなく辛いことだけれど、楽しいこともある。この楽しいことのおかげで、続けられるんだよねーと、社会人経験数年の人は共感することだろう。前半で徹底的に仕事のくだらなさを描いているだけに、中川くんの元勤務先の上司のおじさん達のちょっとした心遣いにほろりとさせられる。


4)もちろん「恵まれた境遇」の話ではあるけれど


最後に、想定される批判(?)にあらかじめ反論しておこう。
大手広告代理店に入社できるのは、恵まれている。いくら仕事が大変といってもお給料は多い。彼の下請け、孫請けの立場の人は、仕事が大変である上、お給料だって少ない。甘えるな、みたいな。


彼の会社員時代までの経歴を見て、嫉妬半分でこういう批判をするのは間違っている。


辞めてフリーになった後、彼がいかにして今の地位を築き上げたか。本書にはそれも書いてあります。独立する人はたくさんいるけれど、いろんな意味で今の中川くんのポジションまでいける人は少ない。今、彼はその辺の大手企業の社長より稼いでいる(月刊誌のインタビューで公開済)。そこに至る努力や自分で自分の仕事を作っていく力は半端なものではないし、自分が雇っている人への配慮も大したものです。


そんなわけで、本当に仕事で成功したい若い人は、ノウハウ本やありがちな成功談ではなく、この本を読むことをお薦め。また、ある程度、仕事経験を積んで「これからどうしようかな」と思っている人や「本音では仕事より家族優先だけど、何か言いにくいよね」という人や「はっきり言って、辞めたい、辞めたい、辞めたい!」という人にもお薦め。友達というのを差っ引いても、私にとってはノンフィクションでは半年前に読んだ「Free」以来のすごい本です。