コーヒータイム -Learning Optimism-

本を読むということは、これまで自分のなかになかったものを取りこみ、育ててゆくこと。多読乱読、英語書や中国語書もときどき。

[テーマ読書](未完 33 / 50+)家庭文庫

2024年総集編。

夏休み中にダイソーの「お助け本棚」をリビングに設置してささやかな家庭文庫を築いた。リビングではスマホを手にとらないことを誓う。スマホをさわる気が起きないほど珠玉の文庫を集めたつもり。

 

●B-001 岩波文庫『育児の百科 (上中下) 』

ブログ記事参照。子育てが辛くなったときにパラパラめくると、とりあえず頭冷えるきっかけになる。

【おすすめ】一家に一冊、育児の百科事典『育児の百科』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

●B-002 講談社文庫『新世界より (上中下) 』

貴志祐介さんの小説全般についてはブログ記事参照。人間の罪深さをこれほどまでに浮き彫りにする〈悪鬼〉〈業魔〉が天才的すぎる。しかしこれで圧倒的に面白いのだから何度も読み返したくなる。

恐れを抱かずにはいられない人間の宿命〜貴志祐介『天使の囀り』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

●B-003 講談社文庫『ワイルド・スワン (上中下) 』

ブログ記事参照。正直読み返すのが辛いけれど、手元に置かなければならないと思わせる、血の涙が滲むノンフィクション。

【おすすめ】語ることを禁じられた時代の記憶《ワイルド・スワン》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

●B-004 新潮文庫『本所深川ふしぎ草紙』 / ●B-005 PHP文芸文庫『〈完本〉初ものがたり』

宮部みゆきさんの本所深川を舞台にした岡っ引きシリーズはブログ記事参照。

弥次さん喜多さんならぬ北さん喜多さん〜宮部みゆきが本所深川を舞台に贈るシリーズ物『きたきた捕物帖』他 - コーヒータイム -Learning Optimism-

●B-006 PHP文芸文庫『まんぷく 時代小説傑作選』 / ●B-007 ハルキ文庫『ふんわり穴子天』

宮部みゆきさんの『初ものがたり』から「お勢殺し」を収録した『まんぷく 時代小説傑作選』には、江戸の季節料理やお菓子を題材にした美味しい短編小説がたっぷりつまっている。そのうちの「初鮎」が気に入り、出典元である坂井希久子さんの居酒屋ぜんやシリーズ『ふんわり穴子天』も買った。シリーズ後半は、無理矢理なシリアス展開がほのぼの料理場面とあわなくなり、食い合わせがわるい感じがしてきたのだが、前半ののびやかな江戸庶民料理はなかなか魅力的。

●B-008 新潮文庫『幻色江戸ごよみ』 / ●B-009 同『堪忍箱』 / ●B-010 同『かまいたち』

同じく宮部みゆきさんの本所深川を舞台にした短編集。『幻色江戸ごよみ』はあれほど火消しにあこがれたのにいざとなると恐怖で足が竦み逃げ出した文次の心の弱さに忍びよる「だるま猫」、『堪忍箱』は苦労人お春の亡き母親がかつて心揺らいだ「砂村新田」、『かまいたち』はまじめに働く宿屋の夫婦が宿泊客の怪しくもうまい儲け話にしだいに欲をかきたてられる「師走の客」がいっとう好き。

●B-011 実業之日本社文庫『絶対零度のテロル』

知念実希人先生の天久鷹尾シリーズはなかなか面白いけれど、この本に一番心惹かれたのは『機械仕掛けの太陽』のセルフオマージュに思えるこの言葉。

「もし致死性ウイルスのパンデミックが起きたら、私たちはN95マスクと防護服を身に纏って、有機物でできた殺人マシーンとの戦争の最前線に立つ。それが私たちの職業、医者という仕事なんだ」
知念先生自身が医師であること、医師が感染症患者を診療するなかでみずから感染することが決してめずらしくないことがこの言葉に凄みを添える。

●B-012 新潮文庫『白銀の墟 玄の月(一二三四)』

ブログ記事参照。苛烈な冬を思わせる重厚さ。

【おすすめ】小説ではなく人生そのもの『白銀の墟 玄の月』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

●B-013 新潮文庫『百年の孤独』

ブログ記事参照。要約不可能、全文読むべし。

要約はできない。全文読むべし《百年の孤独》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

●B-014 角川文庫『図書館戦争』 / ●B-015 同『図書館内乱』 / ●B-016 同『図書館危機』 / ●B-017 同『図書館革命』 / ●B-018 同『別冊図書館戦争1』 / ●B-019 同『別冊図書館戦争2』

有川浩先生の図書館戦争シリーズは表現の自由についての必読副教材にすればいいと思う。

実質的に検閲合法化と言える〈メディア良化法〉が成立し、言葉狩りが正当化された日本で、表現の自由を守るために武器をとった図書館特殊部隊と良化隊員の「火器まで使用した内戦」を縦軸に、図書館特殊部隊の人間模様を横軸にした物語は、作者の「ひとつだけ大きな虚構以外はとことん現実を書く」という主義を反映して、とことんリアルでとことん泥臭い。(そういえば映画『シン・ゴジラ』もおなじ考え方で製作された)

登場人物自身に「図書館特殊部隊は武器をとったことで正義の味方ではありえなくなった」と言わせながら、「表現の良し悪しは国民自身に判断をゆだねるべきであり、判断機会そのものをとりあげてしまう検閲には賛成できない」という姿勢をつらぬく。そこにあるのは揺らぎやすくも決して折れない、読み手への信頼だと思う。

●B-020 創元SF文庫『銀河英雄伝説1 黎明篇』 / ●B-021 同『銀河英雄伝説2 野望篇』 / ●B-022 同『銀河英雄伝説外伝1 星を砕く者』 / ●B-023 同『銀河英雄伝説外伝2 ユリアンのイゼルローン日記』

ブログ記事参照。特別好きな数冊を買った。

【おすすめ】歴史好き必読のスペースオペラ〜田中芳樹『銀河英雄伝説』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

[テーマ読書]読まずに死んだらもったいない小説 - コーヒータイム -Learning Optimism-

●B-024 角川文庫『営繕かるかや怪異譚』

ブログ記事参照。一番好きな3作目はまだ文庫化されていない。とても楽しみ。

古色蒼然としたものたちに息づくモノたち〜小野不由美『営繕かるかや怪異譚』シリーズ - コーヒータイム -Learning Optimism-

●B-025 新潮文庫『華麗なる一族  (上中下)』

1970年代、改革開放直後の中国の若者が「資本主義とはどういうものか」を学ぶためにこの小説を読んだといわれる。

主人公の万俵大介は、冷徹な銀行家として辣腕をふるう一方、家では妻妾同棲という倒錯した生活を送る。金融再編成の波が押し寄せるなか、オーナー頭取をつとめる阪神銀行がほかの都市銀行と合併させられるかもしれないという情報をつかんだ大介は、 永田大蔵大臣をはじめとする政財界とのつながりを駆使し、逆に上位銀行を呑みこむ「小が大を食う」合併をもくろむ。何度読んでも(大介なりに理由あることとはいえ)親子の情さえ切り捨てる冷徹極まりないやり方、それぞれの思惑のなまなましさに慄然とさせられる。

[NEW!] ●B-026 文春文庫『大地の子 (一二)』

1980年代、比較的開放的な雰囲気があった中国で、日中協力のもとNHKでドラマ化され、終戦50周年の1995年に放送70周年記念番組として放送された。現在の中国ではもう撮影許可が降りないだろう。

主人公の松本勝男の父は陸軍に召集され、 祖父、母、妹とともに、満州に入植した満蒙開拓団の一員としてソ連国境に近い開拓地で暮らしていた。しかし、1945年8月9日のソ連対日参戦により避難を余儀なくされ、祖父と母、末妹が死に、残された勝男もショックのあまり自身の名前すら忘れる。中国残留孤児として中国農民にもらわれるが、厄介者扱いされ、紆余曲折の果て、優しい養父に引き取られ、陸一心という中国名をつけられる。ようやくささやかながら幸せになろうとしていた一心を襲ったのが文化大革命であった。日本人であるというだけで冤罪を着せられた一心は、労働改造所(強制労働収容所)送りになる……。

目を覆いたくなるほどの悲惨な出来事が続くが、これがすべて実際の歴史的背景に基づくというから恐ろしい。ソ連参戦、国共内戦、中国残留孤児、長春卡子、文化大革命、労働改造所……戦慄するキーワードが並ぶ。読むときは覚悟のほどを。

[NEW!] ●B-027 角川文庫『怖い絵』/ ●B-028 同『怖い絵 死と乙女篇』 / ●B-029 同『怖い絵 泣く女篇』

中野京子による大人気シリーズ。幽霊や妖怪が描かれているから怖いのではなく、名画の時代背景や土台となる物語を理解してその怖さを読み解こうという試み。

『怖い絵』冒頭で紹介されたドガの〈踊り子〉を扱う一章を読んで、私はこのシリーズの虜となった。現代の私から見たドガの〈踊り子〉は、素晴らしい芸術的踊りをものしたバレリーナの絵。だが中野京子さんの解説によれば、当時のドガが生きた上流階級から見た〈踊り子〉は、まともな上流家庭の貴婦人であれば絶対出さない腕と足をだらしなくさらした労働階級の娼婦予備軍が、金持ちのパトロンのゴリ押しでバレエを踊らせてもらっている絵であったという。この差!

『怖い絵 死と乙女篇』では表紙を飾る〈皇女ソフィア〉と〈怒れるメディア〉が、 『怖い絵 泣く女篇』では同じく表紙作〈ジェーン・グレイの処刑〉と〈パリスの審判〉がいっとう好き。どれも絵画自体は美しいけれど、背後にある物語は戦慄必至。

[NEW!] ●B-030 文春文庫『名画の謎 陰謀の世界史篇』/ ●B-031 同『名画の謎 対決篇』

同じく中野京子による大人気シリーズ。『陰謀の歴史編』ではギリシャ神話の時代から薔薇戦争のリチャード3世、近代の産業革命までの時代の流れを名画にのせて縦横無尽に紹介。『対決編』では類似のテーマなのにちがう着目点や表現方法が光る名画をペアでとりあげてその比較検討を。どちらも読みごたえたっぷり。『陰謀の歴史編』では〈ラオコーン〉が、『対決編』では〈ムーラン・ド・ラ・ギャレット〉がいっとう好き。

[NEW!] ●B-032 ちくま文庫『アフガニスタンの診療所から』

ブログ記事参照。部族の掟が生きる地にて。

想像力を求められる読書〜中村哲『アフガニスタンの診療所から』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

[NEW!] ●B-033  文春文庫『生涯投資家』

ブログ記事参照。某発展途上国出身の知人曰く「優良株だの優良企業経営権だのは天竜人どもに献上されるものと相場が決まってるのさ。そこに外様が手を出そうとすればそりゃ大火傷だろうよ」だそう。

フジテレビ買収を決めた信念『生涯投資家』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

[テーマ読書](未完 5 / 70)中国最高の現代小説70作品を読んでみた

2024年総集編。

2019年、中国政府が建国70周年を記念して、中華人民共和国最高の現代小説70作品を選出した。中国語を学ぶのによいし、政府がどのような価値観を推奨しているかを学ぶのにとてもよい。

目標は2030年までに全作読破。以下、選出された70タイトルとその作者。基本的に原文そのまま。邦訳があるものはそのタイトルも併記した。

 

1《風雲初記》


2《鉄道遊撃隊》


3《保衛延安》


4《三里湾》


5《紅日》


6《紅旗譜》


7《我們播種愛情》


8《山郷巨変》


9《林海雪原》


10《青春之歌》


11《苦菜花》


12《野火春風闘古城》


13《上海的早晨》


14《三家巷》


15《創業史》


16《紅岩》

未邦訳。1949年まで続いた第二次国共内戦(政権をめぐる国民党と共産党の内戦)の代表的な歴史小説。1961年に出版されてたちまちベストセラーとなった。作者らはその時期、共産党員として内戦に身を投じており、半自伝小説でもある。

舞台は1948年の重慶。当時政権をにぎっていたのは共産党と対立する国民党。迫害されていた共産党員たちが、新聞を地下出版する、国民党軍にゲリラ的襲撃をしかけるなどしてひそかに活動範囲を広めながら、国民党政府を打倒しようと地下活動するさまが主な内容。ちなみに軍事作戦は、小説終盤の集団脱獄をのぞいて正面切って描かれることはほぼなく、登場人物たちの会話や、捕らえられ監獄に収容された者の証言などとして間接的に語られる。

物語の半分近くは、当時重慶に実在していた政治犯監獄〈スラグ洞収容所〉〈白公館収容所〉を舞台にしているが、これは作者らが実際にそこに収監されており、集団脱獄にも加わったためである。

小説が書かれた動機は、監獄生活を通して知りあったすぐれた人々のこと、監獄内で繰り広げられていた政治闘争のことを後世に伝えるためである。共産党員たちは(寝返った者をのぞけば)英雄的存在として描かれ、共産党への忠誠心の深さ、どれほど心身を痛めつけられようとも理念をまげない心の強さ、大義のためなら己の生命をもかえりみない献身精神などが強調されている。一方、敵役となる国民党構成員は、政治犯を劣悪な監獄にとじこめて拷問や飢餓で虐待しながら、アメリカの政治顧問にはへこへこして取り入ろうとするなさけない姿として描かれる。

 

17《艶陽天》


18《大刀記》


19《万山紅遍》


20《東方》

 

21《青春万歳》


22《許茂和他的女児們》


23《冬天里的春天》


24《沈重的翅膀》


25《黄河東流去》


26《蹉跎歳月》


27《新星》


28《鐘鼓楼》

 

29《平凡的世界》


30《第二個太陽》

 

31《紅高粱家族》

ブログ記事参照。

リアルな出来事に芸術的視点をまぶした印象派絵画のような小説〜莫言『赤い高粱』『続・赤い高粱』 - コーヒータイム -Learning Optimism-


32《雪城》

 

33《浴血罗霄》

 

34《穆斯林的葬儀》

 

35《九月寓言》

 

36《白鹿原》

 

37《長恨歌》

 

38《馬橋詞典》

 

39《抉择》

 

40《草房子》

 

41《中国制造》

ブログ記事参照。

世紀末、中国長江沿いのある都市でのものがたり〜周梅森《中国製造》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

42《尘埃落定》

 

43《突出重囲》

 

44《李自成》

 

45《歴史的天空》

 

46《亮剣》

 

47《茶人三部曲》

 

48《東蔵記》

 

49《雍正皇帝》

 

50《日出東方》

 

51《省委書記》

 

52《水乳大地》

 

53《狼図騰》

 

54《秦腔》

 

55《额尔古纳河右岸》

 

56《藏獒》

 

57《暗算》

 

58《笨花》

 

59《我的丁一之旅》

 

60《我是我的神》

 

61《三体》

ブログ記事参照。

SF小説、謎解きミステリー、哲学的思考実験としてもすばらしい〜劉慈欣『三体』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

62《推拿》

 

63《湖光山色》

ブログ記事参照。

病めるときはそばにいたのに、健やかなるときはそばにいられなくなる〜周大新《湖光山色》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

64《大江東去》

 

65《天行者》

 

66《焦裕禄》

 

67《生命册》

 

68《繁花》

 

69《黄雀記》

 

70《装台》

[テーマ読書](未完 36 / 100)世界最高の文学100冊を読んでみた

2024年総集編。

ノルウェー・ブック・クラブが選出した「世界最高の文学100冊」(原題:Bokkulubben World Library)というものがあることを知り、全作読んでみることにした。

Bokklubben World Library - Wikipedia

目標は2030年までに全作読破。英語原著はできるだけ原文で読みたいけれど英語以外でも可。ルールはこれだけ。さらにせっかく読むのだから、読む前と読んだあとで自分の思考がどう変わったかをメモしておくと最高。

以下、選出された100タイトル。「ドン・キホーテ」が最高傑作であることを除けばとくに順番は定めていないらしいので、ウェブサイトで公開された順番そのまま。メモがないものは未読。

 

Chinua Achebe (b. 1930)
Things Fall Apart (Nigeria)(邦題《崩れゆく絆》)
ブログ記事参照。わたしたちが生まれ育ち、あたりまえだと信じている地域社会のありかたが、いかに簡単に崩れゆくか、なぜ崩れゆくか、植民地化前後のナイジェリアでの出来事を通して、考えさせずにはいられない傑作。わたしたちのやり方を、ほかの社会との相対的視点から見る必要があることを、いつでも思い起こさせてくれる名著。
ナイジェリアとイギリスの価値観が出会うとき〜チアヌ・アチェべ《崩れゆく絆》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

Hans Christian Andersen (1805-1875)
Fairy Tales and Stories (Denmark)(邦題《アンデルセン童話集》)
子供の頃、最初に買ってもらったシリーズものがアンデルセン童話全集。全16冊。有名な人魚姫などの物語は1冊目にまとめてあったため、1冊目だけよく読んでボロボロになった。2冊目以降は大人向けの話が増えてきて、『雪の女王』『パンを踏んだ娘』『世界一の美しいバラの花』『食料品屋の小人の妖精』は何度も読み返した。子供の頃は意味がよくわからなかった。けれどいまならわかる。ある程度人生経験を積んでからわかるようになるのが、アンデルセン童話の魅力だと思う。

Jane Austen (1775-1817)
Pride and Prejudice (England) (邦題《高慢と偏見》)
ジェーン・オースティンの傑作恋愛小説。学生時代に読んだときには、娘たちに金持ちの夫をあてがってやろうと目の色変える主人公エリザベスの母親のあさましさにドン引きしたが、主人公一家が所属するジェントリ階級の女性は働くことができず、ほとんど財産も相続できず、裕福な男性に嫁がなければ生活が立ちゆかなくなる時代背景を知るにつれ、逆に資産家であるダーシーを拒むエリザベスこそがある意味変人だったのかもしれないと考えるようになった。頭の回転が速く、はっきりと物を言い、己の間違いから目をそむけないエリザベスは、わたしが想像する「いい女」のイメージにかなり影響を与えている。

Honoré de Balzac (1799-1850)
Old Goriot (France)(邦題《ゴリオ爺さん》)
初読時は主人公である没落貴族の末裔ラスティニャックが、ゴリオ爺さんの娘のひとり、ニュシンゲン夫人にあからさまに取り入るさまにドン引きした。しかし、当時のパリでは貴婦人たちがお気に入りの若者ーー美貌で聡明、野心あふれる者達ーーを恋人扱いし、見返りに出世を支援することがよくあったと知り、カルチャーショックを受けた。病死したゴリオ爺さんの墓前でラスティニャックが「成り上がってやる、勝負だ」などと独白したその足で、ニュシンゲン夫人との晩餐会に出かけるというラストシーンがなんとも気味悪く、貧乏で才気煥発な若者が、父親を金蔓としか思わず、金が尽きれば病死するにまかせるような女におべっかを使わなければ出世できない皮肉が忘れられなかった。社会の現実というものを考えるいいきっかけになったと思う。

 

 

Samuel Beckett (1906-1989)
Trilogy: Molloy, Malone Dies, The Unnamable (Ireland) (邦題: 三部作《モロイ》《マロウンは死ぬ》《名付けえぬもの》)

 

 

Giovanni Boccaccio (1313-1375)
Decameron (Italy)(邦題《デカメロン》)
 

 

Jorge Luis Borges (1899-1986)
Collected Fictions (Argentina)(邦題《伝奇集》)
 

 

Emily Brontë (1818-1848)
Wuthering Heights (England) (邦題《嵐が丘》)
エミリー・ブロンテの《嵐が丘》は英国文学史上最高傑作だと名高いけれど、初読時は異様にねちっこい性格の主人公ヒースクリフも、彼が執着する(あれを愛情とは思えなかった)キャサリンも狂気じみているとしか思えなかった。姉のシャーロット・ブロンテの名著《ジェイン・エア》初読時も、自分を世話する大人にいい顔すれば食べものをもらえるのにそうせず、変なプライドで意地張っているようにしか見えないジェインが好きになれなかった。ブロンテ姉妹の作品は、わたしにとって、喉に刺さった小骨のように不快感を残すけれど、なぜか忘れられない。ジェインやキャサリンのようになりたくないという意味で、思考に影響しているとは思う。

 

 

Albert Camus (1913-1960)
The Stranger (France)(邦題《異邦人》)
 

 

Paul Celan (1920-1970)
Poems (Romania/France)
 

 

Louis-Ferdinand Céline (1894-1961)
Journey to the End of the Night (France)(邦題《夜の果てへの旅》)
 

 

Miguel de Cervantes Saavedra (1547-1616)
Don Quixote (Spain)(邦題《ドン・キホーテ》)
 

 

Geoffrey Chaucer (1340-1400)
Canterbury Tales (England) (邦題《カンタベリー物語》)
 

 

Joseph Conrad (1857-1924)
Nostromo (England)(邦題《ノストローモ》)
 

 

Dante Alighieri (1265-1321)
The Divine Comedy (Italy)(邦題《神曲》)
 

 

Charles Dickens (1812-1870)
Great Expectations (England)(邦題《大いなる遺産》)

ブログ記事参照。ある程度人生経験を重ねてから読めばどんどん先に進まずにはいられなくなる。若いころに大切にしていたもの、軽んじていたものが、実は真逆であったと気づいたときには、たいていすでに取返しがつかない。《大いなる遺産》はこのことをこれ以上なく鮮烈に見せつける悲喜劇である。

<英語読書チャレンジ 3/100> Charles Dickens “Great Expectations”(邦題《大いなる遺産》) - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

 

Denis Diderot (1713-1784)
Jacques the Fatalist and His Master (France)(邦題《運命論者ジャックとその主人》)
 

 

Alfred Döblin (1878-1957)
Berlin Alexanderplatz (Germany)(邦題《ベルリン・アレクサンダー広場》)
 

 

Fyodor M. Dostoyevsky (1821-1881)
Crime and Punishment (Russia) (邦題《罪と罰》)

 

 

The Idiot (Russia)(邦題《白痴》)

 

 

The Possesed (Russia) 邦題《悪霊》)

 

 

The Brothers Karamazov (Russia) (邦題《カラマーゾフの兄弟》)
ブログ記事参照。第一部でこれなのだから、作者の死により書かれなかった、アレクセイが主人公だという第二部はどれほどの傑作になりえただろう。

【おすすめ】読まずに死ねない〜ドストエフスキー《カラマーゾフの兄弟》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

George Eliot (1819-1880)
Middlemarch (England)(邦題《ミドルマーチ》)
ブログ記事参照。副題のとおり、小説というより研究文献というべき作品。

<英語読書チャレンジ 44 / 365> G.Eliot “Middlemarch”(邦題《ミドルマーチ》) - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

 

Ralph Ellison (1914-1994)
Invisible Man (USA)(邦題《見えない人間》)
 

 

Euripides(ca. 480-406 BC)
Medea (Greece)(邦題《メディア》)
中野京子著「怖い絵」シリーズでメディアの絵が紹介されたことをきっかけに知った。夫であるイアーソーンに裏切られたメディアが、滾る怒りのままにイアーソーンが結婚しようとしていた王女とその父親である国王を焼き殺し、さらにイアーソーンとの間にもうけた子供二人までみずからの手で殺して、駆けつけたイアーソーンを「おまえのせいだ!」と痛罵して去る、という物語は、いざとなればここまでする女の怖さを凝縮して顔面めがけてたたきつけられるようで、鳥肌が立った。

 

 

William Faulkner (1897-1962)
Absalom, Absalom! (USA)(邦題《アブサロム、アブサロム!》)
 


The Sound and the Fury  (USA)(邦題《響きと怒り》)
 

 

Gustave Flaubert (1821-1880)
Madame Bovary (France)(邦題《ボヴァリー夫人》)

 

 

A sentimental Education (France)(邦題《感情教育》)
 

 

Federico García Lorca (1898-1936)
Gypsy Ballads (Spain)(邦題《ジプシー歌集》)
 

 

Gabriel García Márquez (b. 1928)
One Hundred Years of Solitude (Colombia)(邦題《百年の孤独》)
ブログ記事参照。要約不可能、全文読むべし。

要約はできない。全文読むべし《百年の孤独》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

 

Love in the Time of Cholera (Colombia)(邦題《コレラの時代の愛》)
 

 

Gilgamesh (ca. 1800 BC)
Mesopotamia(邦題《ギルガメシュ叙事詩》)
 

 

Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832)
Faust (Germany) (邦題《ファウスト》)
ブログ記事参照。初読時はグレートヒェンを妊娠させて不幸のどん底に落としておきながらのうのうと魔女の夜会に参加するファウストのことを最低野郎だと思っていたが、彼が選んだ「時よ止まれ、お前は美しい」という場面があまりに衝撃的で、ファウストが生きることをどう思っていたのか考えずにはいられなかったが、わたしにはまだわからない。

ゲーテ《ファウスト 第1部》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

ゲーテ《ファウスト 第2部》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

 

Nikolaj Gogol (1809-1852)

Dead Souls (Russia)(邦題《死せる魂》)
 

 

Günter Grass (b. 1927)
The Tin Drum (Germany)(邦題《ブリキの太鼓》)
 

 

João Guimarães Rosa (1880-1967)
The Devil to Pay in the Backlands (Brasil)
 

 

Knut Hamsun (1859-1952)
Hunger (Norway)(邦題《飢え》)
 

 

Ernest Hemingway (1899-1961)
The Old Man and the Sea (USA)(邦題《老人と海》)
老漁師の目に映る海の描写がすばらしくて、海に近いところで生まれ育った思い出がよみがえって泣きそうになる。貧困にあえぐ老漁師はある日、これまでにないほど大きい、漁船よりもまだ体長があるカジキに餌を食わせることに成功するが、なお体力衰えないカジキを相手に、老漁師の孤独な闘いが始まる。少年は涙を流し、疲労の極致にいたった老漁師は眠る。人は自然の摂理のなかにあり、老いること、力弱ること、奮いたつこともまた自然の摂理であるということを思い出させ、恐れることではないという気持ちにさせてくれる作品。

Homer (ca. 700 BC)
The Iliad (Greece)(邦題《イーリアス》)
大学時代にひまをもてあまして図書館で読んだ。トロイア戦争終盤、ある事件をきっかけにギリシャ勢の勇士アキレウス(アキレス腱の語源)と総大将アガメムノーンが喧嘩し、アキレウスが戦場放棄してテントにこもってしまうという、3000年近く前に書かれたとは思えないほど人間臭く共感しやすい物語。ギリシアの神々が各陣営にわかれて人間の戦争に肩入れするのが面白い。アガメムノーンとアキレウスの喧嘩場面は現代にもそのままありそうで、何千年経過しても人間変わらねーなーと心底思ったことを覚えている。

The Odyssey (Greece)(邦題《オデュッセイア》)
子どもの頃、児童向け文学全集で読んだ。オデュッセウスが航海中、部下6人を怪物に食わせるか、船ごと破壊されるかという残酷な二択を迫られ、嘆きながらも部下6人の犠牲を選んだところ。ここが一番衝撃的だった。子どもの頃は、オデュッセウスが下した選択のせいで部下が死ななければならないのかと理不尽に思ったものの、大人になってからは、「効率良く味方を殺す」ことができなければ全滅するしかないときもあるのだと知った。早々に現実の冷酷さを思い知らされたといえる。

 

 

Henrik Ibsen (1828-1906)
A Doll's House (Norway)(邦題《人形の家》)
 

 

The Book of Job (600-400 BC) (Israel)(邦題《ヨブ記》)
 

 

James Joyce (1882-1941)
Ulysses (Ireland)(邦題《ユリシーズ》)
 

 

Franz Kafka (1883-1924)
The Complete Stories (Bohemia)

 

 

The Trial (Bohemia)(邦題《審判》)

[NEW!] ブログ記事参照。《訴訟》というタイトルの新訳。

カフカの描く認知の歪み〜フランツ・カフカ《訴訟》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

The Castle (Bohemia)(邦題《城》)
[NEW!] ブログ記事参照。不条理文学といわれているが、現代の地方転勤者あるあるにも思える。

現代サラリーマンあるある!?〜フランツ・カフカ《城》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

 

Kalidasa (ca. 400)
The Recognition of Sakuntala (India)(邦題《シャクンタラー》)
 

 

Yasunari Kawabata (1899-1972)
The Sound of the Mountain (Japan)(《山の音》)
ブログ記事参照。日本人読者の心に沁みるおだやかな短編小説連作集。

流れゆく時からふと汲みあげた小説〜川端康成《山の音》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

 

Nikos Kazantzakis (1883-1957)

Zorba the Greek (Greece)(邦題《その男ゾルバ》)
 

 

D.H. Lawrence (1885-1930)
Sons and Lovers (England)(邦題《息子と恋人》)
 

 

Halldór K. Laxness (1902-1998)
Independent People (Iceland)
 

 

Giacomo Leopardi (1798-1837)
Complete Poems (Italy)
 

 

Doris Lessing (b. 1919)
The Golden Notebook (England)(邦題《黄金のノート》)
 

 

Astrid Lindgren (1907-2002)
Pippi Longstocking (Sweden)(邦題《長くつしたのピッピ》)
 

 

Lu Xun (1881-1936)
Diary of a Madman and Other Stories (China)(邦題《狂人日記》他)
ブログ記事参照。激動の時代に放たれた怒りと告発の叫びは、さまざまに政治利用されながら、今なお力強い。
家畜の安寧に甘んじるなという叫び〜魯迅《小説集・呐喊》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

 

Mahabharata (ca. 500 BC) (India)(邦題《マハーバーラタ》)

 

 

Naguib Mahfouz (b. 1911)
Children of Gebelawi (Egypt)
 

 

Thomas Mann (1875-1955)
Buddenbrooks (Germany)(邦題《ブッデンブローク家の人々》)

 


The Magic Mountain (Germany)(邦題《魔の山》)
 

 

Herman Melville (1819-1891)
Moby Dick (USA)(邦題《白鯨》)
 

 

Michel de Montaigne (1533-1592)
Essays (France)
 

 

Elsa Morante (1918-1985)
History (Italy)(邦題《イーダの長い夜 ― ラ・ストーリア》)
 

 

Toni Morrison (b. 1931)
Beloved (USA)(邦題《ビラヴド》)
 

 

Shikibu Murasaki
The Tale of Genji (Japan)(《源氏物語》)
日本人なら説明不要の超有名古典だけれど、通読できた人はそれほどいないと思う。わたしもあらすじはわかるけれど読み通せたのはほんのわずか。けれど、《源氏物語》をきっかけに王朝文化に興味をもつようになったのだから、影響ははかりしれない。

あなたの知らない平安時代へようこそ〜山本淳子『平安人の心で「源氏物語」を読む』 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

 

Robert Musil (1880-1942)

The Man without Qualities (Austria)(邦題《特性のない男》)
 

 

Vladimir Nabokov (1899-1977)
Lolita (Russia/USA)(邦題《ロリータ》)
 

 

Njals saga (ca. 1300)  (Iceland)
 

 

George Orwell (1903-1950)
1984 (England)
ブログ記事参照。不快極まりないディストピア。これ以上説明する気にもなれない。けれど私はこの本を忘れることができないだろう。目を背けたい真実を突きつけられるからこそ不快極まりないのだから。

身震いするほどの不快感〜ジョージ・オーウェル《1984》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

Ovid (43 BC-17 e.Kr.)

Metamorfoses (Italy)(邦題《変身物語》)

ブログ記事参照。ギリシャ神話の原典にして原点。

ギリシャ神話の元ネタはこの一冊〜オウィディウス《変身物語》 - コーヒータイム -Learning Optimism-
 

 

Fernando Pessoa (1888-1935)
The Book of Disquiet (Portugal)
 

 

Edgar Allan Poe (1809-1849)
The Complete Tales (USA)
ブログ記事参照。現代探偵小説の基礎を築いた点ではどれほど感謝してもしきれない。

さまざまなジャンルの小説の原型を打ち立てた傑作たち〜エドガー・アラン・ポー《全集》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

 

Marcel Proust (1871-1922)

Remembrance of Things Past (France)(邦題《失われた時を求めて》)
 

 

François Rabelais (1495-1553)
Gargantua and Pantagruel (France)(邦題《ガルガンチュワとパンタグリュエル》)
 

 

Juan Rulfo (1918-1986)
Pedro Páramo (Mexico)(邦題《ペドロ・パラモ》)


 

Jalal ad-din Rumi (1207-1273)
Mathnawi (Iran)
 

 

Salman Rushdie (b. 1947)
Midnight's Children (India/England)(邦題《真夜中の子供たち》)
 

 

Sheikh Musharrif ud-din Sadi (ca. 1200-1292)
The Orchard (Iran)
 

 

Tayeb Salih (b. 1929)
Season of Migration to the North (Sudan)(邦題《北へ還りゆく時》)
ブログ記事参照。伝統と異文化のはざまのあがき。

20世紀アラブ文学の最高傑作〜サーレフ《北へ遷りゆく時》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

 

José Saramago (b. 1922)
Blindness (Portugal)(邦題《白の闇》)
 

 

William Shakespeare (1564-1616)
Hamlet (England)(邦題《ハムレット》)
"Frailty, thy name is woman." "To be or not to be, that is the question."などの名台詞がとても多い、シェークスピア最高傑作のひとつ。復讐者ハムレットが、結局は自分自身が殺したポローニアスの娘、愛するオフィーリアを自殺で失い、息子レアティーズの復讐によって死亡するという連鎖的結末がひどく皮肉。なんともいえない後味悪さ。

King Lear (England)(邦題《リア王》)
あどけない子供時代にはじめて触れた「善人が報われない」お話が《リア王》だった。読んだ当時は言葉にできなかったけれど、「理不尽」「不条理」ということを感じたのは《リア王》が人生最初だった。とはいえ、たかだか末娘コーディリアが父親リア王への愛情を美辞麗句で飾り立てなかったくらいのことで、激怒して絶縁宣言するリア王がその後受ける仕打ちは、自業自得だといまでも思う。

Othello (England)(邦題《オセロー》)
恐怖。オセローが狡賢いイアーゴーの作り話に騙されて、新妻デズデモーナが浮気したのではないかと疑い始める瞬間がとてつもなく怖い。オセローがムーア人(北西アフリカのイスラム教徒のこと。とはいえオセロー自身はキリスト教に改宗している)で肌黒く、年配であることから、ヴェネツィア出身の若く美しい白人女性であるデズデモーナが本気で愛してくれているのか自信をもてなかったことが、彼女の浮気を疑った根本的原因である。そこを容赦無くえぐる悪魔のごときイアーゴーのやり口は、人間に疑いの心を起こさせ、操り、間違いをおかさせるのがいかに簡単かを見せつけているよう。恐怖にわななきながら一気読みした。

Sofokles (496-406 BC)
Oedipus the King (Greece)(邦題《オイディプス王》)
父親を殺し、母親を娶り、そのことが発覚してみずからの両眼を突いて失明したオイディプス王の衝撃もさることながら、フロイトが「父殺しは人がもつ根源的欲望である」などと説明したおかげで、空恐ろしいほどの影響をもつようになってしまった。スター・ウォーズからエヴァンゲリオンシリーズまで、息子が父親を越えようと悪戦苦闘する物語は星の数ほどあるけれど、オイディプス王はこれらの物語に〈核〉を与えたのだろう。

 

 

Stendhal (1783-1842)
The Red and the Black (France)(邦題《赤と黒》)
 

 

Laurence Sterne (1713-1768)
The Life and Opinions of Tristram Shandy (Ireland)(邦題《トリストラム・シャンディ》)
 

 

Italo Svevo (1861-1928)
Confessions of Zeno (Italy)
 

 

Jonathan Swift (1667-1745)
Gulliver's Travels (Ireland)(邦題《ガリヴァー旅行記》)
子どもの頃、児童向け文学全集で読んだ。「一本の麦、一本の草しか生えぬ荒れた地に、二本の麦、二本の草を生やすことができる人物……そういう人物こそ、つまらぬ政治の書物を何十冊も読んだ者よりも王にふさわしい」という巨人国の国王の言葉がひどく印象的で、それがわたしの読書経験の根底にあると思う。読書は必要だ、だが実践に勝てるものではない、と。

Lev Tolstoj (1828-1910)
War and Peace (Russia)(邦題《戦争と平和》)
ブログ記事参照。これは長編小説ではなく、ナポレオンのロシア侵攻という歴史事件を、分解し、解析し、歴史をつくるのは英雄ではなく無数の意志をもつ無数の人々であるという視点から再構築するという挑戦そのもの。主人公のひとりピエールがヘタレすぎるが、流されやすく、思いこみが激しく、常に自分の代わりにものごとを決めてくれる人を探しているようなピエールのふるまいは、わたしにも身に覚えがあることばかりでいたたまれなくなる。

歴史に人々が流されるか、人々が歴史をつくるか〜トルストイ《戦争と平和》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

Anna Karenina (Russia)(邦題《アンナ・カレーニナ》)
ブログ記事参照。愚かな女の悲劇と切り捨てるのはたやすいけれど、アンナがこれほど魅力的なのは、彼女が苦悩しながら、女性に課せられたさまざまなしがらみを身にまといながら、望むままに生きようとしたためかもしれない。

男と女の視線がからみあうとき《アンナ・カレーニナ》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

The Death of Ivan Ilyich and Other Stories (Russia)(邦題《イワン・イリイチの死》)

ブログ記事参照。中年以降ではめちゃくちゃ刺さる。この点では《タタール人の砂漠》も必読。

【おすすめ】最後まで読むには勇気がいる〜トルストイ《イワン・イリイチの死》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

Anton P. Tsjekhov (1860-1904)

Selected Stories (Russia)
ブログ記事参照。さまざまな短編小説と戯曲の多くは「ここではないどこか」「いまの生活ではないなにか」を求める人々の苦難と葛藤を描写している。中年過ぎればめちゃくちゃ刺さる。「いま、ここを離れればきっとなにもかもうまくいく」という夢が、家庭、子供、仕事……などにとりこまれてしだいに消え失せ、ついには何者にもなれないまま、いまの境遇を受け入れざるを得なくなるから。
ここではないどこか、いまの生活ではないなにか〜アントン・チェーホフ《チェーホフ全集》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

Thousand and One Nights (700-1500) (India/Iran/Iraq/Egypt) (邦題《千夜一夜物語》または《アラビアン・ナイト》)

子どもの頃、「イスラム教」という言葉すら知らないときに児童向け文学全集で読んだ。私がはっきり覚えているのは海の信心深い人魚アブドーラと陸の信心深い人間アブドーラの物語。人魚アブドーラは、人間アブドーラの信心深さを好ましく思い、友情を育むが、人間アブドーラが、人間たちは葬式で泣くのだと語ることで人魚は激怒する。うろ覚えだがこんな言い分だったと思う。

「死ぬことは神さまに生命をお返しすることですよ!海ではみんな死ぬことを喜ぶのです。お葬式は、お祭りですよ!神さまに生命をお返しすることを悲しむなんて、それでよく信心深いと言えたものですね!おおいやだ!おまえさんとは、もう、これっきり!」

かんかんに怒って海に帰ってしまう人魚の言い分が、子どものころの私には全然理解出来なかった。いまでも理解出来るとは言いがたい。ただ、〈千夜一夜物語〉に繰返し出てきて、あこかれをもって語られる繁栄都市バグダッドを、幼い日の私は記憶にとどめた。

Mark Twain (1835-1910) 

The Adventures of Huckleberry Finn (USA)(邦題《ハックルベリー・フィンの冒険》)
ブログ記事参照。黒人奴隷と交流すること自体が恥ずべきことだと考えられていた南北戦争前後、白人少年ハックルベリー・フィンが逃亡奴隷のジムとしだいに心を通わせながらも宗教的良心に苦しむところは、いかにその時代の価値観から逃れることが困難であるのかをわたしたちに見せつける。無自覚にすりこまれる価値観だからこそ恐ろしい。そのことを自覚させてくれるすばらしい物語。

黒人として、友達として〜マーク・トウェイン《ハックルベリー・フィンの冒険》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

 

Valmiki (ca. 300 BC)
Ramayana (India)(邦題《ラーマーヤナ》)
 

 

Vergil (70-19 BC)
The Aeneid (Italy)(邦題《アエネーイス》)

ブログ記事参照。ローマ帝国建国神話。ローマ帝国建国神話〜ウェルギリウス《アエネーイス》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

 

Walt Whitman (1819-1892)
Leaves of Grass (USA)(邦題《草の葉》)

 

 

Virginia Woolf (1882-1941)
Mrs. Dalloway (England)(邦題《ダロウェイ夫人》)
ブログ記事参照。ある女性の心象風景を描く。「意識の流れ」という新手法〜ヴァージニア・ウルフ《ダロウェイ夫人》 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 

 

To the Lighthouse (England)(邦題《灯台へ》)

 

 

Marguerite Yourcenar (1903-1987)
Memoirs of Hadrian (France)(邦題《ハドリアヌス帝の回想》)

<英語読書チャレンジ 95-96 / 365> “What is History?” / “A Millions Year in a Day: A Curious History of Daily Life”

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。

むさぼるように読んだ。歴史について、その役割について、現代史を学ぶ意味について、貴重極まりないさまざまな示唆、わたしがずっともやもやしながら言語化出来ずにいたいろいろな叙述を、この本は惜しげもなく与えてくれた。
まず〈歴史とはなにか?〉についてわたしの考え。

過去のあらゆる人々が生きたあらゆる人生のうちに起こったできごとを、❶書き言葉を操ることができる知識階級が、❷なんらかの信念と目的意識のもと、❸取捨選択して、❹時には意味付けをしたうえで記録した。すべてが現代まで残されているわけではなく、戦乱だの焚書だの言論統制だので散逸した記録も多い。現代の歴史家は残されたもののうち❺信憑性が高いと判断されるものを、❻なんらかの信念と目的意識のもと、❼取捨選択し、❽歴史家が生きるその時代、その社会の一員として育まれた価値観や目的意識から、❾過去と現在をつなぐなんらかの文脈の中に位置付けて解釈したものが、いま、わたしたちが読む歴史書である。❶〜❾までめちゃくちゃ人間の主観が入っているのがよくわかる。

で、〈歴史とはなにか?〉について専門家がガチ語りしたのが、本書、わたしが尊敬するスゴ本ブログも紹介している E.H.カーの『歴史とは何か』。

新訳で劇的に面白くなった名著『新版 歴史とは何か』(E.H.カー): わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

My first answer therefore to the question, What is History?, is that it is a continuous process of interaction between the historian and his facts, an unending dialogue between the present and the past.

歴史家は「史実」(それ自体が記録者の思想、認知、取捨選択などに左右される)の奴隷ではないし、「史実」が歴史家に隷属するのでもない。歴史とは、歴史家と「史実」とのあいだにつづく相互作用であり、現在と過去との間の尽きることなき対話である。これがカーの結論。

カーは本書でさまざまな歴史観を批判している。歴史とは公的記録の切り貼り寄せ集めではないし、歴史家自身の考えに沿う解釈ができるものを恣意的にピックアップする活動でもない、という具合。後者については「○○歴史書によれば△△は古来よりわが国固有の領土である」系の主張を聞き慣れているわれわれからすればうなずける部分が多々あり、わたしとしてはこの部分に多くの学びがあった。人間社会をシステムの観点からとらえなおすという考え方が出てきたのがたかだか18世紀終わりだということは衝撃的。これを土台としたさまざまな政治思想や政策は、今日ではあたりまえのように存在する。

In my first lecture I said: Before you study the history, study the historian. Now I would add: Before you study the historian, study his historical and social environment.

Well, just look around you. Every single aspect of your life is the by-product of history, thousands of years in the making.

現代のある土曜日、わたしたちがどう過ごすかを話のとっかかりにして、わたしたちが日常的に使用しているものがどのような歴史をたどって今ある姿になったのかを説明していく。これがおんもしろい!

わたしたちは朝目覚めるだろう。スマホ画面を見て、起きる時間だとわかるーーちょっとまった!【時間の数え方はどうして今のように24時間制になった? (*1) 】を考えてみよう。

眠い目をこすりながらトイレに立つーースッキリする間に【トイレができたのはいつ?(*2) 】を振り返るのも悪くない。なにを食べようか考えながらコーンフレークとミルク、ベーコンとハーブソーセージ、缶入りベイクドビーンズを出してくるーー【人類が牛乳を飲むようになったのはそれほど昔のことではないが、豚はそれよりも古くから食用とされ、保存食としてもすぐれていた (*3)(*4) 】【しかし缶詰の発明はまさに革命的であった (*5) 】のだ。

(*1) 古代ローマ人が昼と夜をそれぞれ12の時刻に分割したのが始まりとされる。より正確に言えば、24時間制は古代エジプトで生まれ、ユリウス・カエサルがローマに持ち帰りユリウス暦として広めたという。初期は昼と夜の長さが季節により違うことから「1時間」の長さもまちまち。14世紀にシリアの天文学者イブン・シャーティルが初めて1時間の長さを60分に統一したとされる。

(*2) トイレの起源は数千年前に遡り、インダス川沿いにある青銅器時代のハラッパー遺跡では、座って用を足すタイプのトイレや、汚物を流し去る下水システムの原型がみられるという。

(*3) 牛乳が飲まれるようになったのはたかだか7500年程度前からといわれている。乳糖を分解できるラクターゼという酵素をつくる遺伝子が発現し、牛乳を消化できるようになったためである。

(*4) 豚の家畜化が始められたのはおおよそ9000年前の中東とされる。古代エジプト人は豚肉を使った保存食のつくり方をすでに心得ていた。著者は「まあ古代エジプト人はご存知の通りミイラ作りにかけてば経験豊富だからね」とジョークを飛ばしている。

(*5) ナポレオン・ボナパルトが、優れた陸軍糧食作製方法を募集したのが、缶詰誕生のきっかけになった話は有名。当時応募してきたフランスの菓子職人ニコラ・アペールはガラス瓶に食品を密封して加熱するやり方を提案した。彼の発明にヒントをえたPhillipe de Girardというフランス人がブリキ缶を利用する方法を思いついたが、フランスでは起業が難しく、当時ナポレオン戦争の敵対国であったイギリスのピーター・デュランにアイデアを売りこみ、ブリキ缶詰が英海軍糧食に採用されたといわれる。なお、細菌が発見されたのはここからさらに50年程後である。

 

日常生活で見るものの歴史を紹介するという試みはとても面白いけれど、大切な対象が抜けているーー日常生活を営む人間自身だ。これについては著者は最終章で述べているにとどめる。歴史を、日々の営みを繰り返すのは、その中に生きる人々である。

 

<英語読書チャレンジ93-94 / 365> “Best American Science and Nature Writing” 2013 / 2014

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。

 

Best American Science and Nature Writing 2013

2013年に公表された科学に関係するエッセイのうち、珠玉の27篇を収録。前書きではガリレオ・ガリレイの故事 (*1) を引き、本書に収録された文章は、人々が見たいものではなく、見えるものを見るのを手助けすると説く。

この観点から選ばれたエッセイはどれも十二分に好奇心をかきたてる。わたしたちがいつのまにか身につけた思いこみーーありのままの自然 (*2) 、人間のみがもつ言葉 (*3) 、などなどーーに気付かされる。わたしが読み入ったのはマールブルグ病について書かれた "Out of the Wild". 奇しくも2024/10/1にルワンダで初めてマールブルグ病が流行していることが報道され、SNSではルワンダ帰りの感染者が軽率にも公共交通機関で移動したために駅構内が封鎖されたというポストがみられた。このエッセイは熱帯雨林の奥深くから人間社会に姿を現したマールブルグウイルスを通して、変異を続けるウイルスと人類とのたたかいを活写する。

(*1)  ガリレイは1610年に出版した "Sidereus Nuncius" (Starry Messenger, 邦訳『星界の報告』) で、望遠鏡で彼が見たものをまとめ、月には山と谷があること、木星には4つの衛星があることを公表した。しかし、カトリック的宇宙観ーー天体は凸凹などない完璧なものであり、すべての天体は地球を中心に公転するーーに凝り固まった人々は望遠鏡をのぞけば見えたはずのものを見ようとせず、ガリレイをやみくもに批判した。

(*2) 間接的影響まで入れれば、人間活動に影響されていないいわゆる「手付かずの自然」はほぼ存在しないといっていい。わたしたちがイメージする森や谷やそこに棲息する野生動物たちは、ある意味では、飼い慣らされ、穏やかになったあとの姿である。

(*3) 旧約聖書の価値観では、人間は「生きとし生けるものの主たるために」創造された。このため【人間をほかの動物と区別するものはなにか】という問いはきわめて重要な意味をもつ。言葉、思考能力、自己認識能力などがよく挙げられるが、本書では、チンパンジーやイルカにもこれらの萌芽があることを紹介する。

Best American Science and Nature Writing 2014

2014年に公表された科学に関係するエッセイのうち、珠玉の26篇を収録。本年度の前書きのテーマはずばり気候変動。産業革命に伴う大規模な温室効果ガスの放出により、気温が上昇し、ハリケーンをはじめさまざまな影響が生じはじめているーーそれでも人類が反省しないのであれば、本書に収録されたエッセイが彼らの目を覚めさせるのに一役買うであろう、というわけ (*4)。

本書に収録されたエッセイのうち、わたしのお気に入りは "The Great Forgetting" (*5)。航空機事故をサンプルに、自動化に頼りきるあまりに人間が犯しがちなミスーー注意力散漫になること、システムデータを盲信すること、いざシステムが役立たなくなったときに危機対応する能力が退化すること、などなどーーを皮肉な調子で説明する。ようするに、他人であろうがコンピュータであろうが、だれかが代わりにやっていると思えば、人間、サボるのである。「メールのスペルチェック機能があると思えば、自分が書いているものにさほど気を遣わなくなる」。秀逸な例えだ。

(*4) 2022年に国連が出した報告書 "The Closing Window"によれば、温室効果ガス排出量において上位7国・地域は、上から順に中国、アメリカ、インド、EU27ヶ国、インドネシア、ロシア、ブラジル。この7ヶ国プラス国家間輸送で、実に全世界の55%の温室効果ガスが排出されている。

(*5) このタイトルを見てわたしがまず連想したのはディケンズの《大いなる遺産》(原題 "Great Expectations")。さしずめ本エッセイのタイトルは「大いなる忘却」か。

<英語読書チャレンジ 91-92 / 365> 趣味で読む全米防火協会 (NFPA) 規格 - NFPA59 / NFPA59A

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。

今回は『キャプテン・ソルティの消防隊のための賢者の書』を読んだときに趣味で調べた海外消防事情や、アメリカの消防関連基準であるNFPA  (National Fire Protection Association、全米防火協会) Codesの続き。関連記事はこちら。

<英語読書チャレンジ 39-40 / 365> B.Gaskey “ Captain Sally’s Book of Fire Service Wisdom” - コーヒータイム -Learning Optimism-

<英語読書チャレンジ 52-54 / 365> 趣味で読む国際防火基準 (International Fire Code、IFC) / NFPA 10 / NFPA 30 - コーヒータイム -Learning Optimism-

<英語読書チャレンジ 55-56 / 365> 趣味で読む全米防火協会 (NFPA) 規格 - NFPA13 / NFPA 72 - コーヒータイム -Learning Optimism-

<英語読書チャレンジ63-65 / 365> 趣味で読む全米防火協会 (NFPA) 規格 - NFPA20 / NFPA22 / NFPA24 - コーヒータイム -Learning Optimism-

<英語読書チャレンジ 88-90 / 365> 趣味で読む米国石油協会 (API) 規格 - API RP 2001 / API RP 2218 - コーヒータイム -Learning Optimism-

 


NFPA 59: Utility LP-Gas Plant Code

Utility LP-Gas Plantは、公益事業液化石油プラントのこと。液化石油ガスを気化し、下流のガスパイプライン事業者に供給するための設備がこれにあたる (*1)(*2)。この規格ではとくに腐食対策に力を入れて記述している(*3)。消防設備についてはなぜか "shall be determined by an evaluation"、すなわち評価をしたうえで決めなければならないとしており、消防設備の種類によっては自動起動でなければならないとしている。きびしい。

(*1) タイトルに”Utility”(公営)とあるが、地方自治体などの公営設備のみではなく、10以上のユーザーがあるガスパイプライン事業者にガス供給していれば対象になる模様。アメリカでも民営化の波があり、”Utility”はかつての名残だろうか?
(*2) NFPA59の規制が適用されるプラントは基本的にNFPA58の対象外だが、設備容量が4000ガロン (15.14 m3) 以下であればNFPA58も参照しなければならない。
(*3) 改訂版ごとにどのような内容が追加・削除されたのか、理由とともに冒頭にまとめられている。腐食対策の記述が追加されたのは2012年版から。時代の変遷を感じ取ることができるとともに、規格は生きものなのだと実感する。

NFPA 59A: Standard for the Production, Storage, and Handling of Liquefied Natural Gas (LNG)

液化天然ガス設備について、設備配置、機器等設計、排水設計、消防設備、必要となる検証等について包括的に定めた設計規格。NFPA 59"A"とあるように、もともとはNFPA59の付属規格。液化天然ガスの専用設備が増えるにつれて、改訂が重ねられ、内容充実してきた(*1)。

構成はNFPA101にすこし似ている。5章と19章に設備立地を決めるにあたり必要となる安全評価要求があるが、それぞれの章で方法論が異なる。AHJ (Authorities Having Jurisdiction、管轄権限を持つ当局) が認めるならば、19章規定をもって5章規定を代替できる (*2)。

5章では、万一事故が起きたときには、❶自動停止 (automated surveillance and detection) ができるならば自動停止するまで、❷手動停止ができるならば10分間、❸停止装置がないならば容器が空になるまで、漏洩がつづくと考える(*3)。対象となる "Hazardous Fluid"は、”A liquid or gas that is ignoble, toxic, or corrosive”と定義されているので、実質、LNG生産設備内で使用されるいわゆる有害物質全てが対象。

(*1) 2~3年に1度改訂版が出されているのに、なぜか関連法規で「NFPA59A 2001年版に従う」と明記されているせいで、2001年版と最新版の両方を参照せねばならない困った規格でもある。
(*2) 章番号からもわかるように、19章は近年追加された比較的新しい安全評価方法論を扱う。漏洩事故が起こっても、プラント敷地境界まで規定値以上のガスや熱や爆風圧がとどかないかどうかが評価される。万一規定値をオーバーすれば、プラント敷地を拡大するか、設備規模を縮小しなければならなくなりかねない。いずれも投資判断に直接影響する。
(*3) アメリカのLNG産業黎明期、クリーブランドでタンクからのLNG漏洩により数百人が死傷する重大事故が起きている。このためかLNG関連規制は厳しくなりがち。また前出の安全評価のほか、すべての設備でFire Protection Evaluation (火災評価)やらSecurity Assessment (保安評価)やらの提出が求められる。

<英語読書チャレンジ 88-90 / 365> 趣味で読む米国石油協会 (API) 規格 - API RP 2001 / API RP 2218

英語の本365冊読破にチャレンジ。原則としてページ数は最低50頁程度、ジャンルはなんでもOK、最後まできちんと読み通すのがルール。期限は2027年10月。20,000単語以上(現地大卒程度)の語彙獲得と文章力獲得をめざします。

趣味でアメリカの消防関連基準であるNFPA  (National Fire Protection Association、全米防火協会) Codeを調べていくうちに、住宅だけではなく産業用施設での消防関連規定はどうなっているのか気になりはじめ、手始めにいちばん火災に気を使いそうな石油業界の業界標準であるAPI規格 (American Petroleum Institute、米国石油協会) を調べてみた。

 

API RP 2001 Fire Protection in Refineries

タイトルのとおり、アメリカ石油協会(American Petroleum Institute, API)が出している、石油関連設備における火災防止/火災抑制対策のガイドライン。内容としては石油関連設備でみられる火災の特徴、対策、非常時対応など。石油関連設備の防消火設備設計は、立地国の法規制・慣習・気候・立地条件等によって異なるけれど、「これだけは各国共通とみなせるであろう」という一般的事項をまとめている。RPは”Recommended Practice”、すなわち推奨基準のこと。

アメリカ石油協会とは、石油産業の共通権益を促進するために1919 年に設立された米国石油業界団体である。もともとはそれに先立つ第一次世界大戦中に、迅速で確実に石油を補給するために立ち上げられた「The National Petroleum War Service Committee(直訳すれば「国家石油戦争奉仕委員会」)が前身。イギリス海軍が石炭の代わりに石油を動力源とする道を模索しはじめたのは19世紀半ばであったが、技術革新により20世紀初頭には実用化され、アメリカをはじめとする列強国の海軍もすぐに新技術を導入した。
https://defense.info/re-thinking-strategy/2018/10/oil-and-war/
今日のAPIは、各種作業規準(今回読んだAPI RP 2001もその一つ)、工業規格はいまや世界的な影響力を持っている。政府が別途法規制を設けないかぎり、API規格自体にはなんら法的拘束力はないものの、原則遵守すべき業界標準とみなされているといえる。

内容は(あたりまえだが)火災予防重視。とにかく可燃性物質が漏洩しないことがキモなので(静電放電によるタンク内火災とかもなくはないが (*1))、なかでも使用材料選定が最重要 (*2)(*3)。火災以外にオペレーターの労災事故防止についても多少書かれている (*4)。一度火災が起きてしまうと、適切な離隔距離が取られていることがなにより大事になる (*5)(*6)。充分離隔距離が取られていれば、火災は燃え広がりにくいし、避難や消火活動もやりやすくなる。石油設備特有の火災として、Boilover (*7), Slopeover (*8), Frothover(*9) などが紹介されていたり、「棒状放水で燃えている油を『掃き出す』ことが可能」などの想像できなくもないけどだれか実践したことがあるのか気になる記述があったり (*10)。

(*1)

https://www.aiche.org/sites/default/files/beacon-article/2007-12-Beacon-Japanese_0.pdf
(*2) 不適切な材料選定、規格を満たさない安かろう悪かろう製品の使用、などによる事故事例はやまほどある。もともと石油に含まれる硫黄成分は腐食性が強いし、スラリー含有流体などによるダメージもおきやすい。また特殊な運転条件により金属材料がダメージすることもある。腐食 (Corrosion)、浸食 (Erosion)、振動 (Vibration)、水撃 (Water Hammer)、保温材下腐食 (Corrosion under Insulation) などもよく知られている現象である。
(*3) ちなみに材料選定ではどうしようもないこともある。たとえば火災時にフランジを止めている長いボルトが火炎熱で膨張し、フランジに隙間ができてしまうため、ボルトタイプのフランジを減らすのが望ましい。
(*4) たとえばAPI RP 2217A: Safe Work in Inert Confined Spaces in the Petroleum and Petrochemical Industries。
(*5) 企業はそれぞれ独自の離隔距離表をもっていることが多いが、著者曰く、大元をたどれば1963年にOil Insurance Association (石油保険協会)がつくった表にたどりつくことがよくあるという。保険会社が交通事故の件数を減らして保険金支払額を抑えるためにシートベルトを普及させたという話は有名だが、火災の被害をおさえるための研究開発においても、保険業界が果たした役割は小さくない。
(*6) しばしば、コスト削減のために、複雑なリスク解析により「最適な」離隔距離が決められる。
(*7) 石油タンク災害の中でも最も危険な現象の一つ。「原油や重油の長時間の火災後、燃料層に生じた高温層(Hot zone)がタンク底部に存在する水に触れて、水が突然沸騰して爆発的な火災になる現象」と定義されている。周囲への放射熱は急激に増し、高温の油が周囲に飛び散り、場合によっては大きな被害が出ることがある。
(*8) 火災のタンクに水が注入され,その水が高温の油に触れて急激に沸騰,突沸するもの。
(*9) 水を含む油類のタンクに高温の液体が注入され,その結果油類の温度が上昇し,水の沸騰、噴出が起こるもの。必ずしも火災に伴うものではないが、結果的に火災となる場合もある。
(*10) 原文は6.2.1章の ”When used as a coarse high-velocity spray stream, water can sweep pools of burning fluid out from under elevated equipment.”

API RP 2218 Fireproofing Practices in Petroleum and Petrochemical Processing Plants

タイトルのとおり、火災抑制対策のうち耐火被覆 (Passive Fire Protection) についてのガイドライン。耐火被覆は鉄骨や機器表面などに塗布したり巻き付けたりするもの。効能はある程度入熱を抑えること。「ある程度」というのがミソで、耐火被覆だけで火災被害をおさえることはできないが、火災発生の初期対応——プラント緊急停止、可燃物遮断、オペレーターや(場合によっては)周辺住民避難、消防隊連絡など——のあわただしさの間、プラント機能を維持し、設備崩落により被害が広がらないよう時間をかせぐことができる。

耐火被覆設計の流れは、本質的にはほかの防消火設備とそれほどちがわない。

  1. 可燃物 (ハザード) 保有量を確認する
  2. 火災シナリオ——どれくらいの可燃物が漏洩する可能性があるか、それによりどれくらいの規模の火災が起こりうるか——を構築する
  3. 技術 (*11) 、経済性、環境影響、法規制、人的被害リスクに加えて業界慣習や設備所有企業の意向もふまえて耐火被覆要否を決める
  4. どれくらいの保護 (*12) が必要になるかを決める。

より具体的なやりかたとして、API RP 2218では、これまでの事故事例等をふまえ、プロセス機器を高/中/低/無火災リスクに分け、それぞれのグループについて耐火被覆要否、具体的場所 (*13)を検討することを推奨している。(なんだか4.2.3章と4.2.4章の順番が逆におもえるが。)

(*11) 想定される火炎温度、火災種類、持続時間などにより、使える耐火被覆は異なる。対応できるものがない場合はすでにあるものでなんとかするしかない。
(*12) どれくらいの「時間稼ぎ」が必要になるか。稼ぐべき時間が長いほど、耐火被覆はより分厚くなり、材料も高価になる。ちなみにAPI RP 2218では耐火被覆試験規格としてUL 1709を基準としている。たかが試験規格とあなどるなかれ、UL 1709を適用することは、すなわちUL 1709試験結果をもたないものは使用できなくなる(耐火時間情報無し扱いになる)ことを意味するため、耐火被覆材料選定に影響する。
(*13) 高温機器に近すぎるところは熱ダメージに気をつけよ、ハンドルなどの妨げになってはならない、計器類の表示が見えなくなってはならない、などなど細かい注意事項がたくさんある。

 

ついでに (?) いわゆるFire Protection Engineerにどのような知識体系が求められるのかも調べてみる。これにはNCEES (National Council of Examiners for Engineering and Surveying, 全米試験協議会 (*14) ) が提供するテキストが最適。会員になれば一部無料でダウンロードできる。

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NCEES PE Fire Protection Reference Handbook

技術試験の公式集。このうち消防関係については、試験内容はおおむね4種類に区別されている。

  1. Fire Protection Analysis: 防護対象となる建造物の特徴、想定火災の種類・規模・頻度など。
  2. Fire Dynamics Fundamentals: 火炎と煙のふるまい、熱伝導、可燃性物質の性質など。
  3. Active and Passive Systems: 防消火設備、検知器など。
  4. Egress and Occupant Movement: 避難路、避難時に人々がとりうる行動など。

それぞれの専門領域で、物理公式だの確率論だの理論モデルだのが山のようにある。Reference Handbookにはエンジニアの「お道具箱」として、基本公式&理論図が一式記載されている。どのような場合にどの「お道具」がふさわしいのかを判断し、「お道具」を使いこなして工学的問題を解決することがエンジニアの使命。住宅などはこれまでさまざまな経験があり「定番の」消防設備がある一方、これまでにないタイプの建築物(摩天楼、タワマン、大規模工場など)、ほぼ例がない建築物(世界遺産クラスの古い城やら教会やらなんやら)はオーダーメイドの消防設備を一から設計せざるをえず、エンジニアの腕のみせどころとなる。

ただ読むだけでは無味乾燥なので、どのように物理現象をモデル化しているのか、どのような歴史的経緯を経ているのか、調べながら読んでいる。

たとえばReference Handbook冒頭で単位系の紹介がある(悪名高いヤード・ポンド法だ)。その「ガロン」の項目に私がつけたメモは以下のとおり。

[MEMO] gpm: gallon per minute
Gallonには2種類あるので注意

  • 英ガロン (Imperial gallon): 4.54609 Lに等しい。歴史上はエールガロンにルーツがある。36ガロン入る「ビヤ樽」より。
  • 米国液量ガロン (U.S. fluid gallon): 3.785 411 784Lに等しい。歴史上はワインガロンにルーツがある。32ガロン入るワイン樽より。ちなみにこれは元をたどれば18世紀初頭に使用されていたイギリスのガロン単位で、初期の植民地入植者がアメリカに持ち込み、定着した。当のイギリスでガロン単位が統一されたのは19世紀前半。100年間の時が流れる中でガロン標準値も変わってしまっていた、らしい。
  • なお米国には穀物等の体積を測る「乾量ガロン」があり、上記とはまたちがう。

たしかに国際単位系の方が歴史は浅く、それ以前では日本でもパン一斤/酒一升/土地一坪/米一俵etc. 使用していたものね……(*15) 。

(*14) NCEESは1920年に創設され、現在は14の分野でエンジニアの資格試験を主催し、有資格者の登録管理を行う。設立当初は土地測量士の技量不足や不正を防止することを主目的とする団体で、資格試験制度や有資格者登録制度を立ち上げていた。この時の名残で団体名に”Surveying”が入れられている。試験をパスした有資格者はP.E.(Professional Engineer)と呼ばれ、日本の技術士に相当する。

(*15)  現在使用されているメートル法は、フランス革命直後、当時貴族領ごとに異なっていた(!)単位系を統一し、貴族の手から統治権をとりあげるために当時の臨時政権が提唱したものが由来という。

 

わたしが気に入っているとあるブログで、「技術屋として上にあがりたかったら、外資系企業で働いてはならない」というタイトルの記事を読んだ。https://brevis.exblog.jp/32656197/
その人曰く、外国で働いて、なおかつ一定のリスペクトを受けて自分の地位を確保するためには、最低限二つの条件がいるそうだ。

一つ目は、その国の言葉が読み書きできて、ちゃんとしゃべれることだ。というのは、仕事で回ってくる情報も、職場の外で銀行や役所に提出する書類も、普通はすべて、その国の公用語で書かれているからだ。
(中略)
そしてもう一つの条件とは、その国の高等教育を受けていることだ。知識労働者ならば大学か大学院、もう少し技能的な労働者でも、高校か専門学校相当の学校を卒業していること。これが条件だ。
(中略)
また欧米は、基本的に学歴資格社会である。だから学歴を持ち資格を有することが必要なのだ。日本は学歴社会と言われるが、それは大学入学歴の事でしかない。入学したら、たいがいは卒業できる。しかし欧米では(国にもよるが)そうではない。学期ごとにハードルがあり、また卒業試験だって簡単ではない。
そして就職では組織ごとに職務記述書があり、それに応じた職務仕様書の要求する資格や経歴をクリアしなければならない。

その人は知人の恩師の言葉を引き、「だから君がもし技術屋として出世したかったら、(外資系企業の本社がある)本国に直接就職する以外の手段はない。できるかい?」と問いかけている。

「日本法人で、本社から一目置かれ、上に登っていきたかったら、日本市場で良い仕事をたくさん、取ってくるしかない。現地法人に一番期待されるのは、その役割だ。そしてそれは、営業職の仕事だ。だから転職するなら、営業になる覚悟を決めて、行きなさい。」

これはほんとうだ。わたしの個人的経験からも、まわりの話からも。外資系企業の日本支社は技術職をガンガン減らして営業職をどんどん入れている。ほんとうに優秀な技術職を少数抱え、彼らにインドだのフィリピンだのの安い技術者を使役させて仕事をこなせれば充分なのだ(なんなら本社の平社員にやらせてもいい)。外資系企業の経営陣がほんとうに気にしているのは、日本支社が日本市場で良い仕事をたくさん取れるかどうか。それが彼らの実績(ひいては日本支社の存在意義そのもの)になる。こればかりはその国の言語や文化で育ち、特殊な商習慣を難なく理解できる現地出身者のほうが圧倒的に有利だ。