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『M-1グランプリ2024』決勝感想~かしこと阿呆が別角度から射抜く笑いの的~

笑いは知を操る策士のはかりごとなのか、純真な阿呆の叫びなのか。

出だしから王者・令和ロマンが見事に口火を切り、ダークホースのバッテリィズが1本目の最高得点を叩き出したことで、今大会には自然とそんな対立構造が見えてきたような気がした。それでいうと同じく最終決戦まで残った真空ジェシカはどちら寄りなのかというと、どちらでもあるような、両者の中間地点にいるような。

しかしいずれのアプローチ方法を取るにしても、真実を射抜くことが笑いの本質であることに変わりはない。それが考え抜いた末に生み出された100個目の答えである場合もあれば、最初に思いついた1個目の答えである場合もある。それで言うと人は日々の生活に追われる中で、意外と1個目の答えというものを忘れがちなもので、だから「王様は裸だ!」と率直に言える人が尊いというケースも少なくない。

さてそんな今大会(どんな?)。

今年は1本目の1位~4位(最終決戦3組+エバース)までのレベルが高く接戦で、5位以下とは明らかに別次元にあると感じた。審査には毎年ある程度の疑問は残るものだが、終わってみれば1本目の2位から4位まではそれぞれ1点差の僅差で、しかも4位のエバースと5位のヤーレンズのあいだは23点も離れていて、まさにそのようになっている。

結果としてこちらが受けた印象どおりの数字になっているというのはいつものことながら不思議ではあるが、審査員が数多くいると上手いこと自然と平均が取れるものなのか、どうやらそういうことになっているらしい。

それでは以下、登場順に。


【令和ロマン】
トップバッターで出てきたディフェンディング・チャンピオンの第一声が「終わらせよう」。こんなに完璧で、怖ろしい言葉はない。いきなり王者の貫禄を見せつける幕開けに震えた。

一本目は子供の名前を考えるという、それ自体はわりとありがちな設定。かと思いきや、それがいつのまにか苗字を変えたいという話になって、以降は苗字のほうが主役の話になっていく。ここの問題がすり替わる流れが、強引なのに自然で秀逸であると思った。

なぜならば子供の名前を考えるのは日常の行為だが、変えられない苗字をわざわざ考えるのは非日常の行為であるから。名前と苗字はとても近い要素であるように思えるが、それぞれについて考える行為を日常と非日常と捉えると、この二つはまったく別次元の話になる。そんな日常と非日常を違和感なくつなげて、気がつけば子供の苗字を考えることに疑問を感じさせない流れに持っていく運びが鮮やか。

以降展開される「苗字あるある」「出席番号あるある」の精度も高く、理想的な大会の滑り出しになった。

優勝を決めた2本目は、1本目のしゃべくり漫才とは打って変わって、髙比良くるまがキャラクターに入り込んで演じる戦国時代設定の漫才コント。

1本目とスタイルを変えてきたのが王者の余裕と懐の深さを感じさせ、1本目と同路線で勝負してきた最終決戦ほか2組との明確な差になった。ほか2組が1本目よりもやや弱いネタであったため、別方向で1本目と同レベルのクオリティを保った令和ロマンの安定感が際立つ結果に。自らハードルを上げきったうえでの、圧巻の連覇。


【ヤーレンズ】
昨年優勝を争った令和ロマンに続いて彼らが出てきたのは痺れた。設定はおにぎり屋の漫才コント。

しかし直前の令和ロマンがアドリブ感のあるしゃべくり漫才で席巻してくれたおかげで、その漫才コントの作り込まれたキャラクターが少々邪魔に感じられた。なんというか、すべての言動に1枚フィルターがかかっているような。

とはいえ、2本目の令和ロマンは漫才コントで優勝を決めているので、そういう問題でもないのだろう。個人的には、むしろフレーズ単位の精度のバラつきが気になった。

「反抗期→耕運機」「オダギリジョー→オニギリジョー」あたり、ところどころパンチの弱いボケが混じっていて、普段ならば持ち前のスピードで振り切れそうなところではあるが、やはり令和ロマンの精度に慣れた状態の観客の目は誤魔化しきれない。その点、審査員のナイツ塙評とは逆で、いらないボケがいくつかあると感じた。


【真空ジェシカ】
4年連続の決勝進出を果たしつつも、その小刻みにボケを繰り出していくスタイルは不変。

1本面は商店街のロケ設定。『少年ジャンプ』の掲載順の店並びになっているとか、パン屋でトングを使わない2人が出会うとか、「贈る言葉」の対義語が「貰い画像」であるとか、個々のフレーズや状況がいちいち面白く、その積み重ねによって独自の世界観を組み上げていく。

単発ボケの連打のせいで、全体を通して後半に向けての盛り上がりが足りないとはよく言われてきたことだが、ここまで貫いてこられると、これはこれで彼らの譲れないスタイルとして受け容れる体勢が観客の側にできてきているような気も。

2本目は、長渕剛のライブに行きたいのになぜかピアノがデカすぎるアンジェラ・アキのライブに行くことになる。

途中、うっすらと長渕の歌が聞こえてきたり、ピアノを弾いてなさそうな瞬間をつかまえて「ここは誰が弾いてるの?」と意外な角度からのツッコミが入ってくるあたりは面白かったが、1本目に比べるとボケの連打感が乏しく、やや間延びしているように感じられた。

1本目よりも全体の構成に気を遣ったネタであるように見えたが、こうなると1本目のほうが彼らの本領なのではと感じてしまうのがわがままな客の感想。


【マユリカ(敗者復活枠)】
高校の同窓会というありがちな設定を採用した以上、勝負どころは設定以外の場所に持ってくる必要があるが、中で繰り出されるあるあるの度合いも発想の飛躍もいまひとつ弱く、共感も違和感も中途半端に終わってしまった。

全体に楽しげな雰囲気は終始漂っているが、観ていて「楽しさ」と「面白さ」の違いを考えさせられた。どうにも小さくまとまってしまった印象。

ちなみに敗者復活戦は男性ブランコと滝音が良かった。


【ダイタク】
つかみで繰り出される「伝家の宝刀」の動きが、いつも折り目正しすぎて笑ってしまう。

これは自分だけかもしれないが、ヒーローインタビューの最中に繰り出される「だいさんの」という台詞を、途中まで「第三の」だと思っていて、「〈第三の不倫〉というのは、つまり三度目の不倫ということ? それとも三股していたということ?」などと考えてしまって、それが「大さん」という兄のほうの呼び名を指していることに気づくのに時間がかかってしまった。

今回は徹頭徹尾双子ネタだったが、昨年の敗者復活戦で観た父親の話が凄く面白かったので、もしかすると第三者の話をするほうが面白い人たちなのかも、と思いはじめている。こちらは「大さんの」ではなく「第三者の」。


【ジョックロック】
大仰な振りつきのツッコミで勝負するスタイル。

マイナンバーカードのあたりなど面白いフレーズもあるが、シュールなことをやりそうな雰囲気がありながら、意外とベタな内容であると思った。

ツッコミがフォームを決めて繰り返してくるため、徐々にそれにも飽きてきて、もっと別の破天荒な動きにまで発展させてほしくなってくる。

ところどころ、声の大きさにそぐわない弱めのボケも混じっていて、動きも含め、型にはまらずもう少し柔軟に対応したほうが可能性が広がるのではないかと思った。


【バッテリィズ】
今大会の発見。かしこが阿呆にものを教えるというシンプルな構図が、古くて逆に新鮮に見える。スタイルとしては錦鯉に近いかもしれないが、あちらが天然全開であるのに対して、こちらはもっと自分が正しいと主張してくる感じ。

1本目は偉人の名言を教わる設定。

名言以前に「ガリレオ・ガリレイ」という名前に対して、「細そうすぎる」という絶妙にありそうでない言いかたで指摘するその言語感覚が秀逸。これは「細そう」でも「細すぎる」でも駄目で、やっぱり「細そうすぎる」としか言いようがないんだと改めて思う。

これは日本語の正しさに意識が行っている人ほど、万が一思いついたとしても確実に捨ててしまう表現であるはずで、その正しさに鈍感であるからこそ出てくる表現であると思うが、しかし感覚の表現としてはこちらのほうが圧倒的に正しいと感じるし、間違いなく芯を食っている手ごたえがある。

ほかにも、相手の説明がよくわからなかった際、わからないと言う代わりに「全部聴き取れたのに!」と言うことでその絶望的なわからなさを訴えていたのも、すごく気持ちが伝わってくる表現で思わず感心してしまった。

2本目は世界遺産を教わる設定で、サグラダファミリアを工事現場と捉えるところでグッと摑まれる。

その後も、「お餅焼いてるとき楽しい」などの純粋すぎるあるあるなどありつつ、「お墓参りばっかり」というのを軸に展開していくが、どうも1本目ほど阿呆じゃないというか、世界遺産に対する疑問がそこまで芯を食っていない感じがあった。

それでも後半、墓ばかり紹介された挙げ句に放たれた「もう誰も死なんといてー!」というフレーズは強烈で、こんなに本当の気持ちがこもったフレーズはほかにないんじゃないかとすら思った。

彼らはこの大会を機に、しばらく引っぱりだこになるだろう。


【ママタルト】
終始デブあるあるが繰り出されるが、それらが見た目の肥満度を超えてこないというか、もっと想像を超えたレベルの展開が欲しくなる。

ツッコミの声が大きく一本調子で、フレーズの強度と声の大きさが合っていない場面が多く、その声量で言うならばもっと強いワードを放ってほしいという場面が多かった。

全体にベタで古典的な印象。どこかに意外性がほしい。


【エバース】
初恋の約束という設定自体は珍しいものではないが、そこからの展開の緻密さが凄まじい。

とにかく想像し得る選択肢をすべて潰していくというある種偏執的な文体で、目標達成のための全ルートをいちいち検証していくジョルジュ・ペレックの奇書『給料をあげてもらうために上司に近づく技術と方法』を思い出した。

ひとつひとつ答えあわせをしていくその手順は、客観的に捉えるとミルクボーイのシステムに近いものを感じるが、こちらのほうがより解像度が高いというか、一個一個手前から順に塗り潰していく感触がある。

次々に提示される選択肢も、絶妙に観ている側の一歩先を読んでくる感じで、彼らの手のひらの上で翻弄される悦びがある。

昨年の敗者復活戦も素晴らしかったが、このスタイルと発想力があればどんな設定でも行けるはずで、理詰めの笑いに関してはほとんど最高峰と言ってもいいのではないか。

1点差で勝ち上がれなかった理由としては、立ち上がりがやや静かであったことが響いたように思うが、この大会で一気に優勝候補として認識されたのは間違いのないところだろう。


【トム・ブラウン】
「ホストクラブに通う女の子の肝臓を守りたい」という動機の気味悪さはいかにも彼ららしくて面白いが、「場がしらけない一気コールの断りかた」という設定はやや入り込みにくいように感じた。もう少し正解の見えやすい設定のほうが、ボケのズレ具合を認識しやすいのではないか。そこは昨年の敗者復活ネタに比べて、ややハードルが高かったように思う。

そこから前半の導入がいつもよりやや不親切だったのもあって、わりと序盤から状況が見えにくくなってしまった。もう少し段階を踏んで一歩ずつ踏みはずしてくれると伝わるのだが、いまさらこの破天荒なスタイルにそんな丁寧さを要求するのも野暮な話か。

しかし自ら張った動きの伏線を、もしかして一番真面目に回収し続けていたのは彼らであるような気もして、これほどまでに緻密なネタはないのではないかとも思えてくる。

いずれにしろ彼らの漫才が『M-1』というフォーマットに収まりきらなかったのは事実で、その孤高のスタイルは、届けるべき人にはすでにしっかりと届いていることだろう。


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『キングオブコント2024』感想~迷えるアベレージの天井を突き破る狂気~

今年は例年に比べて明らかに接戦だった。その要因としては、初っ端から審査員が高い点をつけすぎたというのもあるだろう。それにはおそらく、ネットでの批判を怖れてか、極端に低い点数をつけにくくなっているという近年の流れも少なからず影響しているように思われる。

しかしそうは言いながらも、いざ自分がきっちりネタの優劣を意識しながら観てみようとなると、たしかに今年はことのほか差をつけるのが難しかった印象がある。それは全体のレベルが高かったということなのか、高低の問題ではなくレベルが均一だったということなのか。

そのための指針として、いやあくまでも個人的な指針でしかないのだが、自分が大会中何を期待して観ていたのかを思い返してみる。それは強引にひとことで言えば、「想定外の狂気」であったような気がする。逆に言えば、それがなかなか出てこなかったからこそ期待し続けていたということになる。

大まかにいって物事のクオリティには、最高到達点の高さと平均値の高さという二種類の評価方法があるが、そういう意味では評価が難しかったという今回の事態は、全体のアベレージが高値安定であるがゆえの難しさと、例年ほどの最高到達点がなかなか訪れないがゆえの難しさの二種類が合わさって生まれた状態であったように思う。

それをレベルの高い状態とみなすか、低い状態とみなすかは受け手側の評価軸によるだろう。それはホームランと打率のどちらを高く評価するかというような話で、もちろんどちらも高いのがベストなわけだが、どちらで差がつきやすく、どちらで差がつきにくい状況であったかということを考えてみると、今年の評価基準が見えてくるように思う。


以下、登場順に感想を。

【ロングコートダディ】
一本目は、「おまかせ」の花束を頼みに来た男と花屋の店員の攻防。考えてみればそこまで店員側に選択肢を「おまかせ」することが前提になっている職業はほかにあまりなく(高級な寿司屋とか料亭とか?)、だからこそトラブルが生まれやすい設定と言える。

二人のやりとりから見えてくるのはその「おまかせ」の按配の難しさであり、さらには仕事でも頻繁にぶち当たる「修正指示」というものの難しさ。その構造から結果的に生まれてしまうのが、このコントのような「センスないのにうるさい奴」というある種のモンスターで、ここではそのモンスター性が徐々に店員の側にまで感染していくのが面白い。

ラストの鮮やかなオチが見事だが、そこまでは淡々とした大喜利状態が続くため爆発力はあまり感じられず、やや地味な印象もあった。

しかしこれが審査員から高く評価されたことで、求められる平均打率が高めに設定されたような形になった。

最終決戦の二本目は、「岩壁に封印されたウィザードに供物を捧げて死の呪いを解く」というRPG的状況だが、言葉が通じずにすれ違い続ける。

ウィザードからまったく意味のわからない言葉を浴びせられ続ける中、「テツナ(立つな)」など重要なところで偶然意味が通ってしまう展開は、かつてタモリが年末の『笑っていいとも!特大号』のオープニングで毎年やっていた外国人牧師芸を彷彿とさせる。

液晶画面を使った文字の見せかたも巧妙で、ある種の叙述トリックと言ってもいいかもしれないが、一本目と同じく一問一答式の大喜利状態が続くシンプルな形が、最終的な評価の差に表れていたように思う。


【ダンビラムーチョ】
地元の祭りに設けられた「四発太鼓」という謎ルール。その設定自体が面白いが、これ一本でラストまで貫けると踏んだ勇気も凄い。

その設定を序盤にあっさりと使い切ってしまうことで、通常ならば難しくなるはずの立ち上がりにある程度の火力は出たものの、前半にピークが来てしまった感は否めない。

おかげで後半の展開で驚きを見せるのが難しくなり、「掟破りの連打」というやや想定内の落としどころに着地するしかなかったか。

これは設定が強すぎる場合の弊害でもあって、強力なフリに対してはより強力なオチを自動的に求めてしまうというのが、観る側に生まれる自然な心構えとしてある。


【シティホテル3号室】
一見ありがちな通販番組であり、司会者が商品提供者の社長に「もうひと声!」と値切るお約束の展開。

しかし社長があまりにも値引きを拒絶するのでおかしいと思っていたら、それも込みでむしろ社長サイドから出された台本上の指示であったというねじれた構図に。

そのねじれは間違いなく面白いのだが、その構造が強力であるがゆえに依存度もまた大きいためか、全体にカッチリしすぎていて遊びがなく、どこか窮屈な印象が残った。

ここから設定の枠を破って突き抜けるためには、アドリブはなくても「アドリブ感」は欲しい。


【や団】
3年連続の決勝進出で、しかもここまで1本もはずれがない印象を個人的には持っている彼ら。

工場で働く3人のあいだでちょっとした泥棒騒ぎが持ち上がり、それがあれよあれよとアメリカの刑務所のような取り調べがおこなわれる物騒な展開に。

「疑っていた奴が疑われる側になったときの苛烈さ」というのは、や団のコントにおける一大テーマだと思っているが、正義と悪が反転するその展開は、当事者二人を客観的にジャッジすることのできる判事を外部に置けるという意味で、これはトリオ編成ならではの強みであると思う。

最終決戦まで1点差という事実も如実に示しているように、ネタとしてのクオリティには充分なものがあり、正直ネタ順も含めて運もあると思うが、なにしろこれまではずれのない彼らなので、来年もまた当たり前のようにここにいるだろうなという気がする。


【コットン】
子供がひとりで展開するぬいぐるみ劇が予想外に大人びていて、思いがけず三角関係の修羅場へと向かっていく。それを最初は温かく、やがて心配しながら見守る大人という構図。

実力者なので中身は間違いなく面白いのだが、後半はだいぶ劇中の関係性が入り組んできて、ぬいぐるみのキャラ分けが正直わかりづらかった。もう少しハッキリと別傾向の人形を入れるとか、ぬいぐるみの動物と性格を紐づけてくれると観やすくなるのではと思った。

そして終盤になってくると、なにかしらぬいぐるみ劇の外側が欲しくなる。ぬいぐるみたちのやり取りと登場人物2人の現実がいつのまにかシンクロしてくるような展開を、無意識のうちに期待しながら観ていたような気がする。


【ニッポンの社長】
なぜか今年多かった野球部設定その1。だが「上手いけど声が小さい野球部員」という設定は、やはり目のつけどころが独特で、ほかとの差別化はきっちりできている。

そのスタイルはいかにもニッポンの社長らしい一点突破型で、にもかかわらず細かな展開が多いというあたりに練り込まれた跡が窺える。

一方では、その展開をさせるために後半やや密度が薄くなっているように感じられる時間帯もあって、ここはやはり短時間で両立させるのは難しいかとも思う。

相変わらず発想のキレは素晴らしく、5年連続決勝進出もさもありなんという実力。いつ優勝してもおかしくないという『M-1』における笑い飯状態には、すでに入っている。


【ファイヤーサンダー】
1本目は散歩番組が好評の毒舌芸人……と思いきや、番組中に放ったツッコミの喩えフレーズがことごとく犯人の罪を言い当てていたという理由で警察からスカウトされるという、いきなりのアクロバティックな展開。彼らの設定には、いつも思いがけぬ驚きが隠されている。

「ロケではなく巡回」「キミは喩えすぎた」などのキラーフレーズも随所で効いており、後半になると能力が裏目に出る展開も巧妙。

2本目はこの日の野球部設定その2で、野球部員と不良とのあいだに交わされた青春の(?)約束。

「全裸マラソン」という非現実的な約束を律儀に守ろうとする不良の生真面目っぷりが滑稽さの奥に一片の恐怖を感じさせ、しかし通常とは反転した形で2人のあいだに見えない絆が生まれていき、ラストにはさらに鮮やかな展開が用意されている。

暗転が多く、途切れ途切れになるのがどうしても玉に瑕で、個人的には興を削がれる感が少なからずあったが、彼らが設定に仕込む奥行きと物語展開力はやはり秀逸。


【cacao】
野球部設定その3は、グラウンドのない野球部。

そこから必然的に「部屋練」という概念を打ち出し、室内での練習を続けた3人は結果その達人へと進化し、その特異な技術をスピードとテンポでひたすら見せていく。

その様子はゲーム的であるとも言えるが、いかんせん設定が文字どおり狭すぎて展開の余地がなく、あまり中身も展開もないままに終わってしまった印象。その技を極めた先に、予想外の何かが起こるのを観たかった。


【隣人】
なぜかチンパンジー設定にこだわっている彼ら。今回は天才チンパンジーとの別れという局面。

しかしチンパンジーの天才度合いの表現が、テレビを観たりパソコンでコミュニケーションできるという程度だと、このAI隆盛の時代にはもうすでに弱いような気がしないでもない。

中盤に明かされる別れの理由「成長が怖くて」のところが展開の肝であったように思うが、ここもわりと想定内であったためか客席の反応がイマイチで、以降乗れるはずの波に乗れなかったように見えた。

途中、チンパンジーが「ただ無言で歩いてくるのが一番怖い」という場面は、当事者にしかわからない感覚が表現されているようで面白かった。


【ラブレターズ】
1本目は引きこもりの息子と両親という設定だが、子供から預かった服からどんぐりがひと粒落ちたことをきっかけに、物語が急展開していく。

本当は息子と正面から向きあうべきなのに、両親がひと粒のどんぐりに縋りつくようにこだわって、どんぐりのことばかり調べはじめる様子が切なくも狂気を感じさせる。

その一方で、当の息子には最後までひとことも話しかけることができないあたりからは、人間関係、特に家族という特殊な関係性の根底にあるどうしようもないリアルが伝わってくる。

全体的に笑いの量が多いわけではなく、むしろ演劇に近い叙情性や深みや重みを感じさせるが、おかげで単なるあるあるによる共感の笑いではなく、理解の及ばない狂気にまで一部達しているところが、ほかとの明確な違いを生み出していた。

2本目は、季節はずれの海に佇む女性をナンパする外国人という奇妙でも普通でもあり得る状況。

最初は明らかに外国人男性のほうがヤバそうな雰囲気を出しているが、カツラが取れるのをきっかけに女性のほうが深刻な狂気を孕んでいることが明らかになってくる。

しかしそれも後半になると、なぜか男のほうも釣りを頑なに続けていたりもして、こっちもやっぱりヤバい奴じゃねぇかという気がしてきてカオスの様相に。

あえてなのか長い作品を短く編集したからなのか、展開のつなぎ目がやや唐突というか接続詞的な説明が足りないと感じる部分があって、そこがむしろ不条理な面白さや意味不明な凄味を演出しているようにも感じた。

そしてこの文学的な狂気性には、事務所の大先輩であるシティボーイズ譲りの匂いも感じられて、そここそがアベレージの天井を穿つ突破口になった結果としての優勝であるように思う。


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『M-1グランプリ2023』決勝感想~わからないのに面白いことだってある~

一本目が終わった時点では、全体にやや低調な大会という印象だった。小ネタの単調な羅列であったり、笑いのないフリ部分が妙に長かったり、劇場サイズの長尺でゆったり観たいタイプのネタであったり。

そんな近年にしては構成があまり行き届いていないネタが続いたことから、これはひょっとすると、今大会が冒頭に打ち出していた「爆笑が、爆発する。」というキャッチコピーが、むしろ呪いになっているんじゃないかとすら。

だが最終決戦三組による二本目によって、結果的には帳尻が合ったというか、例年のレベルにまできっちり到達してきたように感じた。

優勝した令和ロマンに関しては、2022年のレビュー内でも触れたが、昨年の敗者復活戦を観た時点で彼らが断トツの勝ち上がりだと思っていたので、今年はかなり期待していた。あの不可解な敗戦(ネタではなく知名度でオズワルドに負けたような)が、優勝という理想的な形で報われて本当に良かったと思う。

それでは以下、登場順に。


【令和ロマン】
大会の冒頭を飾る一本目は髭の形状をイジる高速のつかみから、「学生男女が曲がり角で衝突する出逢い」という漫画あるあるの検証へ。

審査員も言っていたが、髙比良くるまが会場の空気を味方につけるスピードが異様に速く、しかもトップバッターでそれをやるのは並大抵のことではない。

ネタを観ている最中、「あれこの人、そういえば誰かに似てるんだよな~」とずっと思っていたのだが、途中でそれが松山ケンイチだと気づいて、そこからさらに自分の中で藤井隆にアップデートされていった(アップデートなのか?)。いずれにしろこの人には、藤井隆にも似たキャッチーさがどうやらある。

すしざんまいあたりの、松井ケムリのほうが上を向いたときにはめてくる小ネタのワードがイマイチはまりきっていない感はあったが、全体に言葉の精度が高く、たしかな実力を感じた。ただしつかみが強いせいもあってか、やや竜頭蛇尾な構成で、後半の爆発力は少し足りなかった。

一方で二本目のほうは、松本人志も言っていたが明らかに一本目よりもレベルが上がっていた。

町工場ドラマという設定のもとに、一本目に続いて「クッキーに未来はない!」等の言葉の力を見せつけつつ、髙比良くるまの奇妙な動きが加わり、言行二方面の笑いが両立したほとんど無双状態に。

トップバッターという出順の不利を見事に切り抜けた末の、納得の優勝。


【シシガシラ(敗者復活枠)】
敗者復活戦のネタをそのまま決勝でやるかどうかという迷いはあったと思う。特に今年のように、両方の戦いをつなげて放送されてしまうと、さすがに同じネタはやりにくくなるというのもある。

決勝で披露したネタよりも、敗者復活ネタのほうが明らかに斬新かつ強力だった。敗者復活戦の芸人審査員も評価していたように、言葉でツッコまずに表情と身振りだけであれだけ観客を巻き込むというのは、あまり観たことがないかもしれない。

禿げネタにはいまどきコンプライアンスの壁が立ちはだかるはずで、そう思っていたら決勝ではまさにそこをネタにしてきたあたりは頼もしい。だがその一方で、フィジカルのみをイジるネタの限界というものも少なからず感じた。


【さや香】
去年優勝寸前までいっていたさや香だけに、期待は大きかった。

一本目はブラジル人留学生のホストファミリーに立候補しておきながら、「飛ぶ」という奇妙な選択をする男。

後半の展開もしっかりと用意されており、もっと長く観ていたいと思った。

だがそう感じたということは、もっと掘り下げる部分がありそうに思えたからで、もうちょっとブラジルや留学時の行動に関するディテールを描いてくれると、より感情移入しやすかったかもしれない。 ありがちな設定ではないだけに、やや丁寧な入口が欲しくはなる。

そして二本目は、議論を呼ぶ問題作。

数学の四則演算に加えて「見せ算」という新たな計算方式を発明したと言い張る男。その授業というかスピーチというかインチキ臭いセミナーのような講義が、無駄に熱く繰り広げられ続けるという先鋭的な内容。

だがそのほとんど陰謀論レベルの、一個人の脳内だけで成立している理屈が、どうにも面白くてしょうがない。もちろんそんなものが万人に通用するはずがないのだが、それでもなんだか一理だけはあるような気がする。その「一理」をどこまでも拡大してゆくその身勝手な思考回路が、実に滑稽だが人間的だと僕は思う。だって人間の考えることなんて、みんなほとんど一理程度しかないじゃないか。

ところがSNSを見てみると、「わからなかった」という意見が結構多く見られる。それはもちろん、そうなるだろうなとは思う。むしろこんな思想を完全に理解できてしまったら、それこそヤバい奴だ。

創って演じている本人だって、別に完全にわかってやっているわけではないだろう。本気でこんな珍説を信じているはずはないのだから。なのに「わからなかったから、つまらなかった」というのは、あまりにも貧しいものの見かた、楽しみかたではないだろうか。

わからないことの中にも面白いものはたくさんあるし、わからなさとつまらなさは全然イコールではない。むしろ人間、わかることよりもわからないことのほうが多いのだから、わからない領域のほうに面白いことは多くあると考えるべきかもしれない。

そして「わからないままに、面白い」という状態は、これは確実にある。僕は純文学を読んでいるときにそれを感じることが多いのだが、自分にわかる範囲内のことだけが面白いというのは、それは「面白さ」のふりをした「安心」のことなのではないかと思ったりもする。

その一方には「安心の笑い」というのもたぶんあって、人がよくあるベタなネタを見たがったりするのは、そういうことなのかもしれないのだが。

もちろんこういう尖ったネタが万人に評価されないのはわかるのだが、個人的に最終決戦は令和ロマンとさや香で票が割れると思った(そのうえで令和ロマンが勝つとは思った)ので、彼らに一票も入らなかったのは残念だった。そのうえ山田邦子の最後のひとこと……。

とはいえさや香のこのチャレンジングな姿勢はとても頼もしく、改めて彼らのストイックな姿勢とたしかな実力を証明する形になったように思う。そういう意味では、非常に意味のあるネタだったのではないか。


【カベポスター】
願いごとが叶うおまじないが、いつのまにやら巧妙な「ゆすり」行為になっているというゆるやかな展開。

その独特の空気感はおぎやはぎにも通じるものがあって、もう少しリラックスした場で長く観たいと思わせる。そういう意味では、あまり『M-1』向きなスタイルではないのかもしれない。


【マユリカ】
倦怠期の夫婦のやりとり。

途中に差し挟まれる小ネタなど、面白い箇所はあるのだが、全体としてあまり印象に残らなかった。


【ヤーレンズ】
一本目は大家さんへの挨拶、というシチュエーション。

いい意味でいい加減な小ボケの連発に、トレンディエンジェルを想起した。 ひとつひとつは浅めだがだんだんとそれが癖になってきて、もっと欲しくなってくるという不思議な中毒性がある。

二本目はラーメン屋設定でわりと順調に進んでいくかと思いきや、最後にベンジャミン・バトンの伏線が鮮やかに回収される。

立ち上がりはやや鈍かったが終わりかたは今大会随一の美しさで、そこが優勝に肉迫する評価へとつながったのだと思う。


【真空ジェシカ】
映画館……ではなくA画館~Z画館にまつわるあれこれ。

例年どおり、小ネタを次から次へと速射砲のように繰り出してゆくスタイルを貫いていたが、映画泥棒が勝ったところには明確な山場感があった。

相変わらず言葉のチョイスがいちいち秀逸で、その精度はすでに限界まで高められている気がするのだが、それゆえにやはり小ネタの羅列という形式面における限界を感じるのも事実。


【ダンビラムーチョ】
人間カラオケボックスによる歌ネタ。

審査員もこぞって指摘していたように、最初の歌が長すぎてボケ数が少なく、どうにももったいない印象が残る。

一曲目のチョイスが『天体観測』というのもやや微妙で、もちろんメジャーな曲ではあるが、もっと頭から最後までを万人が記憶しているベタな曲を題材にしたほうが、ズラした箇所を観ている側が直感的に認識しやすいように思う。


【くらげ】
松本人志が言っていたように、すでに序盤の入りから、これはミルクボーイの変奏であると感じた。

そうなると何か特別な妄想や飛躍が必要になるが、むしろ続くのはサーティーワンやサンリオ商品に関するリアルな情報の羅列だけで、地に足が着いたまま終わってしまった印象。


【モグライダー】
「空に太陽がある限り」の歌詞を、面倒くさい女と看破するその切り口は流石。

だがどうにも時間が足りず、いやにあっさり終わってしまったように感じた。

彼らが生み出したこのゲームシステムに、観る側もだいぶ慣れてしまった感があって、そうなるとどうしてもともしげのバグ頼みになってしまう。

そろそろ彼らの違う形の漫才も観てみたいが、二つ目のスタイルは失敗するケースが多いのもたしか。それでも変化を期待したいところではある。


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