http://q.hatena.ne.jp/1154479290
http://q.hatena.ne.jp/1154478912
http://q.hatena.ne.jp/1154479510
以下の URL はチェック済みです。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1908555
上記の URL からのリンク先もチェック済みです。
単なる「間違い」では悲しすぎます(^_^;)
「サル」でもわかるように教えてください。
質問に示されているURL〔教えてgoo〕の回答の中に、「旧字体は、樣 で、こちらは、羊+永」(回答No.6)との言及があります。
ところが、
http://plaza.umin.ac.jp/~linglan/dutaisu/kan2gaku2.htmをみると、「承」のところに以下のようにあります。
>>遼の釋行均『龍龕手鏡』(中華書局影印高麗版)羊部に羊の下に水という字形について「余亮反,長大也」と有ります。「承」との関係については何も言ってませんが、「余」はおそらくは今なら「佘」と書くべきもので、だから日本漢字音としては、これもショウで良いのだろうと思います。
したがって、宋代の銅人にこの字形が用いられていても、そんなに不思議は無いと思う。
<<
引用の中では、「羊の下に水」となっていますが、画像では明らかに「永」です。この引用付近の文面を見る限り、「承」と「羊+永」には関係があるように思えます。
私の推論では、字形の似た「承」の書き方に従い、常用漢字の書き方が変更されたものと思われます。ちなみに私も小学校で、間違いなく14画で習っています。15画のように書いて、先生に直されたくらいです。
http://homepage2.nifty.com/Gat_Tin/kanji/kouryaku.htm
下から四番目に、「様」の交換略字が上げられています。
こちらを覚えている人が、間違えているのかもしれません。
それを覚えていると、どうして「15画」になるのでしょうか?
そもそも「30代および40代の方」のみならず「20代および20代未満の方」が交換略字を覚えて「自分のもの」にしているという考え方は理解できません。
「間違えている」人は、つくりの上部と下部の縦の棒を2画に分けて書きます。
雰囲気としては、「羊」の縦の棒を一番下の横の棒で止めたような字を書き、その下に「水」みたいな字を書くはずです。
全てのアンケートを
年齢別に集計すると
故か、アンケート毎にみると
重複する世代の回答がないのも不思議だが
http://q.hatena.ne.jp/1154478912 30代 40代
回答時間 1:21:13 サンプル数 100
http://q.hatena.ne.jp/1154479290 20台未満 20台
回答時間 1:25:03 サンプル数 100
http://q.hatena.ne.jp/1154479510 50台 60以上回答
回答時間 回答受付中 サンプル数 20
年代別集計すると
20< 20 30 40 50 60>
14 19 59 60 18 13 01
15 04 14 14 03 01 02
他 01 03 04 01 03 00
正解率
20以下 79% 20台 78%
30代 77% 40台 82%
50代 76% 60以上 33%
60以上は、人数が少ないの無視
全ての年代に同じように間違えている。
======================================
同様に地域別で誤った認識をリストアップ
すると
20歳未満 20代 関東 北陸 東海 近畿 四国 その他
30代 40代 北海道 関東 北陸 近畿
50代 60歳以上 北海道 関東 北陸 近畿
======================================
新・旧字対照表
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/cl/koten/newold.htm
旧字使用状況調査 2003年
http://b8270.at.infoseek.co.jp/kyuji.html
新字 様
旧文 樣
様の旧文ほとんど使われていない。
=================================================
推定理由
文字の止め 撥ね等の図形として文字をみた場合、
パソコンの画面でみなれている様は、したの撥ねの
部分が曲がってみえるので+1画としているのでは?
質問に示されているURL〔教えてgoo〕の回答の中に、「旧字体は、樣 で、こちらは、羊+永」(回答No.6)との言及があります。
ところが、
http://plaza.umin.ac.jp/~linglan/dutaisu/kan2gaku2.htmをみると、「承」のところに以下のようにあります。
>>遼の釋行均『龍龕手鏡』(中華書局影印高麗版)羊部に羊の下に水という字形について「余亮反,長大也」と有ります。「承」との関係については何も言ってませんが、「余」はおそらくは今なら「佘」と書くべきもので、だから日本漢字音としては、これもショウで良いのだろうと思います。
したがって、宋代の銅人にこの字形が用いられていても、そんなに不思議は無いと思う。
<<
引用の中では、「羊の下に水」となっていますが、画像では明らかに「永」です。この引用付近の文面を見る限り、「承」と「羊+永」には関係があるように思えます。
私の推論では、字形の似た「承」の書き方に従い、常用漢字の書き方が変更されたものと思われます。ちなみに私も小学校で、間違いなく14画で習っています。15画のように書いて、先生に直されたくらいです。
「旧字体」との絡みの線が強いようですね。
> ちなみに私も小学校で、間違いなく14画で習っています。15画のように書いて、先生に直されたくらいです。
(~へ~;)う-ん
字の形を見て、何となくはじめにそう書いてしまい、そのまま直されずに来てしまっているのでしょうか(^_^;)
ここでは、間違えて覚えてる人が多いのはなぜかが問題なのですよね?
単に、人間、誰でも、書きやすい(面倒だったりするとはしょる)癖があるので、そのまま癖がついたのではないでしょうか
[推定理由変更]
パソコンの普及80年~2000年の頃迄
パソコンに搭載されている漢字ROMやOSは、
ころころかわるJISには対応できない。
当然本、プリンターなども同様。
そのころ勉強したり教育をうけた人は、
旧字が正しく、新字は略字と考えていると思われる。
改定 1997(JIS X 0208 )
JIS改定
http://software.nikkeibp.co.jp/software/special/jiscode/nc.h...
漢字編
http://homepage3.nifty.com/jgrammar/ja/
http://homepage3.nifty.com/jgrammar/ja/kanji001.htm#ryakuji
http://homepage3.nifty.com/jgrammar/grammar/data/kancard.htm
少なくとも若い方には質問された意図が判らないと言いたいのです。
筆跡鑑定をやっている方に言わせますと、人並みに漢字を知っている(と思っている)方にその方が知っている漢字を書かせますと、筆順が違っている、撥ねるといったのも含めて、7割以上正しく書ける人は稀なのだそうです。だから、この質問も「様」に限らないというのが実は正解と考えます。
ただし、「様」が正しく書かれていないことを問題にする人はおられます。つくりの下の部分について、「次様」「水様」という言葉もあるようです。
これは手紙の宛名を書く際に名前を間違えるのと同様、様の字も正しく書かないと失礼とされることから、様の字が正しく書かれているかをチェックする方がおられるようです。
> 少なくとも若い方には質問された意図が判らないと言いたいのです。
わたしが、その「若い方」の先生か師匠ならそう言われても仕方ないですが...
単に書き順を間違えている、あるいは単に1画で数えるものを2画で数えてしまっているという間違いならば、誰でもありえることですから、わたしも「はてな」で聞こうと思わなかったかもしれません。
とりあえず一晩待ってみます(^-^)
質問に掲げられたアンケートは全て「画数」のみを問うものですよね。
ですから14画以外を選択した人が必ずしも
「間違えている」人は、つくりの上部と下部の縦の棒を2画に分けて書きます。
に該当するとは限らないわけです。
アンケートの設問を「宛名」の「様」と限定して考えた場合、
人によると最後の払いの所に、ちょんと飾りを付ける人がいますよね。
こんな感じです。
私は実際、あの一連のアンケートを見た時、
様の字にちょんと飾りを付けますか、付けませんか、
という趣旨の質問だと思っていました。
こういう習慣は世代によって違いそうですから、
そういう意味の質問だったのかと。
ですから、そういう受け止め方で回答した人は、
ちょんとひとつ飾りを付ける人なら15画、
ちょんちょんと二つ飾りを付ける人なら16画、
といった回答になってくるわけです。
おそらくご質問のような「間違い」の検証は、
「様の字のつくりの縦棒は上から下まで一本で書きますか、
それとも上半分と下半分に分けて書きますか」
といった聞き方でないと、本当のところは分からないと思います。
その通りですね。
どうも聞き方を間違えてしまったようです。
ちなみに、わたしが「様」の字に「飾りを付け」た場合は、「ちょん」が2つです(^-^)
さまざまの「様」
だれもが、ある文字を学ぶ場合、最初に見た書体に拘束されます。
たとえば、教科書やマンガの吹きだしなどの活字体とか、パソコンや
ケータイのデジタル・ドット、あるいは無原則な手書き文字です。
わたしは亡父の手紙に用いられた「様々」の行草体に学びました。
そのときの気分や、年代によって、さまざまな変容があり、あて先に
応じて、ときには「殿」や「どの」も混在していました。
その書体が正しいかどうかの判定を、語源的に求める観点もあります。
白川 静 説では(漢字の起源は)日本人が思うほど古くないそうです。
実際に書いてみて、過去の文字を論じるべきだ、という主張です。
もう一つの論点は、大学入試などで、正誤認定されるケースです。
かねて「木ヘンの縦棒は跳ねる」と定められていますが、そのことを
知っていれば、日常の筆記では「跳ねなくてもよい」と教わりました。
ガリ版では「読みちがいのおそれがなければ略してもよい」とされ、
「書」の横棒七本では、上から五本目が略され、くっつけられました。
戦後は「者」など、旧字から「ヽ」が省かれるようになりました。
明朝活字では「様」の縦棒を一本に通したほうが、読みやすいのです。
わたしは、レタリング(書体デザイン)の立場から、こう考えます。
「文字の使命は、正しいかどうかよりも、正しく伝わるかどうかにある」
書き順は、書道における運筆(毛筆の流れ)を教わるための便法で、
ほとんど横書きとなって(英数字が混在する)現代日本語にとっては、
もはや茶華道や日本舞踊のような文化的素養にすぎないでしょう。
人という字は「互いに支えあっている」などと説教がましく曲釈する
老人や、名前の画数で吉凶を占って、改名を迫る商売など、とても迷惑
ですね(おかげで、わたしは二つの名を持っています)。
おしまいに、このたびのQ&Aで、よみがえった疑問があります。
わたしの友人を思いうかべると、なぜか偏差値の高い順に悪筆です。
彼らは筆順も画数も知りつくしているのに、みみずのように書きます。
↓=わたしの旧稿(書体概論)です。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19800915
Do! series ~ 邦字の姿 ~
根拠なしですみません。
単純に「義」など、部首の構成が似ている字があるために
「羊(の下棒なし)」と「水」で分けるという勘違いが生じているのではないでしょうか。
私も、実際に書いてみると手は14画で覚えているのですが、
最初頭で画数を数えようとしたら15画にしてしまっていました。
「旧字体」との絡みの線が強いようですね。
> ちなみに私も小学校で、間違いなく14画で習っています。15画のように書いて、先生に直されたくらいです。
(~へ~;)う-ん
字の形を見て、何となくはじめにそう書いてしまい、そのまま直されずに来てしまっているのでしょうか(^_^;)