森山和道の「ヒトと機械の境界面」
行きたい場所へ仮想瞬間移動する「ANA AVATAR VISION」始動
2018年3月30日 13:22
ANAホールディングスは、2018-2022年度グループ中期経営戦略において、「Society 5.0(超スマート社会)」実現に向けた取り組みの1つとして、「AVATAR(アバター)」事業を掲げている(3月13日のニュースリリース)。
アバター(化身)とは、遠隔地に操作者の意識を飛ばすことを目的とした技術。遠隔操作ロボットやハプティクス(触覚)、VRやAR、各種センサー、通信技術などを組み合わせて統合する「テレプレゼンス(遠隔存在感)」と呼ばれる技術を用いて、遠隔地からロボット等の機器をリアルタイムに操作することで、操作者があたかもその場にいるかのような臨場体験ができるようにすることを目指す。
ANAは、2016年10月にはXPRISE財団が主催する国際賞金レースのコンペ「VISIONEERS」で「ANA AVATAR XPRISE」を提案。そのアイデアは、日本企業として初めてXPRISEのテーマに採用され、「ANA AVATAR XPRISE」は2018年3月に正式ローンチした。
また技術開発を加速するための賞金レースだけではなく、テレプレゼンスに関する既存技術を繋いで発展させて市場に送り出し、イノベーションを加速させていくことも目指す。
これら全体の取り組みを、ANAでは「ANA AVATAR VISION」と位置付けている。
2018年3月29日、「ANA AVATAR VISION」について、ANAホールディングス代表取締役社長の片野坂真哉氏が羽田空港で思いを語り、遠隔操作技術の可能性を示す、各サービスのデモンストレーションを実施した。
デモンストレーション内容は、遠隔地から釣りをしたり、海の中の貝を採集したり、水族館を体験したりできるといったもの。
技術デモは、Suitable Technologies製のテレプレゼンスロボット「BEAM
pro」を用いた空港内案内デモのほか、ANA独自運営のクラウドファンディング・プラットフォーム『WonderFLY』のプロジェクト(WonderFLY ANA AVATAR)で資金を集めているアバター関連技術を持つ3社のうち、「Re-al Project」と株式会社メルティンMMIの2社、そしてテレプレゼンス・ロボットを使った共同研究を行なっている、凸版印刷株式会社とNTTドコモ、東京大学大学院情報学環暦本研究室のIoA共同実証実験チームが行なった。デモについては後述する。
人間の意識を遠隔地に瞬時に移動させる技術としての遠隔操作
ANAホールディングス代表取締役社長の片野坂氏は、「航空会社は顧客の身体を遠くに運ぶのがビジネス。たとえば、沖縄の美ら海水族館に出かけて楽しんでいるお客様も多い。だが、離れた東京からでも、あたかも出かけているような体験を実現できるのが『ANA AVATAR』だ」と話を始めた。
そして「たとえば、釣りを楽しんでいる方が怪我をして出かけられなくなったが、やっぱり釣りを楽しみたい、東京から遠隔地の海で魚のアタリを体験したい、釣った魚を取り寄せて食べたいと思ったとする。それも実現する。人間の意識を離れた遠隔地に瞬時に移動させて、体験ができる技術だ」と続けた。
片野氏は「北海道の流氷を見るだけならVRでもできる。だが氷に触って冷たさを実感することはできない。アバター技術は、あたかも触っているように実感できるかもしれない、新しい技術」だと既存技術との違いを強調。
「自分の意識や思いを遠隔地に届けて、そこに意識を働かせてコミュニケーションやアクションができる。難病患者を遠隔地から触診して治療することもできる」と語り、「新技術を未来のサービスに発展させていきたい」と将来展望を述べた。
触覚や味覚などをリアルに体験できる技術も開発していき、アバター技術を「新しいライフスタイルとして提供していきたい」と考えているという。
競技会による技術開発促進と、既存技術のビジネス展開の両輪
詳細については、ビジネス担当者で「ANA AVATAR XPRISE」の発案者でもある、ANAホールディングス株式会社 デジタル・デザイン・ラボのアバター・プログラム・ディレクターの深堀昴氏と、同イノベーション・リサーチャーの梶谷ケビン氏の2人がプレゼンテーションした。
最初に深掘氏は「アバターは色々な制限を乗り越えて、世界をより良くできる技術。多くのパートナーと実現していきたい」と述べ、「未来を実際に作るための取り組み」が「ANA AVATAR VISION」なのだと紹介した。
そのために2つの取り組みを進めている。1つ目は、現時点では高性能なアバターはまだ存在しないため、それを開発するための取り組みとしての賞金レース「ANA AVATAR XPRISE」だ。
こちらは3月12日にアメリカで開催された「SXSW 2018」で正式に立ち上げた。賞金レースを通じて高性能なアバター開発を推し進める。
もう1つは、既存技術をいかに市場へ出すかである。こちらは大分県をテストフィールドのパートナーとしてサービスを実証。さらにANAクラウドファンディングでベンチャー企業に投資を行なう。
この両輪を組み合わせることで、未来に進めると考えているという。
加えて、「AVATAR-IN(アバターイン)」というプラットフォーム・サービスを紹介した。
パソコンやスマホに「ログイン」するように、アバターに「アバターイン」することで、さまざまなアバターを当たり前に使えるサービスの実現を目指し、新しいライフスタイルを提案していきたいと述べた。
既存のエアライン事業との関連としては、深堀氏らは「これまでは物理的な身体をつないできた。だが世界中でエアラインを使ってる人は6%しかいない。できるだけ大勢をつなぐのであれば、固定概念を離れる必要がある」と述べて、たとえば「アバター体験をすると、リアルな関係性ができる。リアルを求める感情が高まるので、必ずリアルにつながってくる」と語った。
つまり、アバター体験を通して現地の人たちと会話したりすることで、逆に現地に行きたくなるので、そこで航空機を使ってもらえるようになるのではないかという意味だ。
「ANA AVATAR XPRISE」の狙いは汎用遠隔操作ロボットの開発
深堀氏は「アバターは、遠隔地にあるロボットを操作して、見たり聞いたり触ったりすることで、自分の感覚、意識、存在感を転送して、あたかもそこにあるように作業を行なうもの。実現のためには多くの技術をまとめることが必要。各技術は存在しているが、賞金レースを設定することによって、1つに集まって、何でもできるアバターが作られる」と展望を述べて、社会問題を技術で解決する賞金レース「XPRISE」について改めて紹介した。
「ANA AVATAR XPRISE」の事前登録には、世界各地からエントリーがあり、チーム数はすでに150を超えているとのこと。賞金総額は1,000万ドル。レース期間は4年間。
100km以上離れた遠隔地から、熟練者ではなく、初めて操作する人がロボットを動かして、基本動作から複雑な操作までを1体のロボットでやらなければならない。狙いは、1体で何でもできる「General Purpose AVATAR(ジェネラル・パーパス・アバター)」の開発。
具体的な競技はまだ検討されている段階だが、現時点では災害対応、介護、特殊作業などが検討されている。
2021年10月が本戦で、その前の2020年に1次予選、2021年に2次予選が予定されている。現在はパブリックコメントを集めている段階だ。6月末には、技術評価項目が決まる予定だという。
競技会自体は複数のタスクが設定され、そのなかでポイントを競い合う形式になる。ロボットの形式は指定されない。
ただし、1台で行う必要があるため、何かのタスクに特化した専用機では達成は無理だ。そのため、ヒューマノイドに類似したかたちに収斂する可能性がある。
既存技術のサービス化とスタートアップ推進
既存技術のサービス化については、既存技術をテストしていくフィールドとして大分県を選んだ。理由は、東京から離れており、海も山も観光地もあることから、さまざまなテストができると考えたため。
今後、医療・教育・観光・農林水産などのほか、宇宙開発も含めた広い領域を対象として、諸技術を持ち寄ってサービス化していき、いち早く世に出していきたいと述べた。
「ANA AVATAR 平和推進パートナー」として、広島県もフィールドになっている。広島では、平和記念資料館でアバターの実証実験を行なう予定だ。「最先端技術を平和のために使いたい」という意思表示でもあるという。
ANA独自のクラウドファンディング「WonderFLY」を使った、関連技術を持つスタートアップの支援を行なう取り組みについては、梶谷ケビン氏が紹介した。
「新しいアバター市場をブーストするプラットフォーム」として位置付けており、前述の「アバターイン」サービスによって「1つのプラットフォームで、さまざまなアバター体験ができるようにする」予定。
なお「WonderFLY」には、現金だけではなくマイレージで支援できる仕組みがある。「マイルで新しい未来を応援できる」ところが、もっともANAらしい独自性だと考えているという。
遠隔魚釣り、水族館へのバーチャル訪問などのデモ
今回、既存技術で提供可能なサービスをイメージしやすくするために用意されたデモンストレーションは4つ。順番に紹介する。
1つ目の「ANA AVATAR FISHING」は、HMDを着用して遠隔地の海で実際に釣りができるサービスの体験である。慶應義塾大学の野崎研を中心とした「Re-al Project」チームの力触覚の技術を用いており、遠隔地にある釣竿へのアタリなどをリアルに感じることができる。
「自宅にいながら、大分県佐伯市にある海上釣り堀で釣りができる」サービスを実現する。なお釣れた魚はその場で締めて、自宅に直送される予定。
実際に体験してみると、意外と釣竿は重く、アタリによるしなりを敏感に感じることができた。「Re-al Project」のリアルハプティクス技術の特徴である、敏感に力を感じさせることができる技術のアピールとして、釣りが適しているのではないかと考えたのだという。
なお野崎研の力触覚技術「リアルハプティクス」については、本誌で以前レポートしているので、そちらをご覧いただきたい(慶應・野崎研、リアルハプティクスで力触覚を伝える双腕ロボットアームを開発)。
2つ目の「ANA AVATAR DIVING」は、遠隔地の海の中の貝を実際に潜って収穫できるサービスの体験のデモである。
メルティンMMIのロボットの耐水性と把持力の高さを活かしたサービスで、大分の特産品である、鮮やかな色彩の貝・ヒオウギガイを拾おうと試みるというデモだった。
腕の動きは3Dモーショントラッカーの「Leap Motion」を使って検知している。
デモを見ていた記者たちからは、「廃炉作業には使えないのか」といった質問が挙がっていた。
メルティンMMIは、「サイボーグ」の開発を目指している電通大発ベンチャー企業で、2013年に創業。生体信号処理とワイヤー駆動式ロボットハンドの技術を持ち、もともとは筋電義手を開発していた。
最終的には、脳だけになってもブレイン・マシーン・インターフェイスなどを用いて、人が「義体」を使って自由に活動できるような世界を実現しようとしている。
3つ目の「ANA AVATAR MUSEUM」は、遠隔地の水族館をはじめ、美術館、博物館、動物園などを実際に動き回り、鑑賞できるサービスの体験のデモ。
凸版印刷株式会社とNTTドコモ、東京大学大学院情報学環暦本研究室のIoA共同実証実験チームによるもので、今回は沖縄「美ら海水族館」に360度カメラを備えたテレプレゼンス・ロボットを置き、そこから送られてくる映像を4K×6枚組の大型有機ELディスプレイで見て体験するというもの。
ロボットをリモコン操作することもできる。なお「IoA」とは東大・暦本氏が提唱している概念で「Internet of Abilities」の略称。ネットワーク技術による人の能力の拡張を目指す。
たとえば「高齢者が、旅行先の孫たちにアバターを使って合流する」といった使い方のほか、水族館が閉館している時間を利用して、海外からアクセスしてもらったりすることを想定している。
また凸版印刷としては、この画像転送技術を遠隔診療などにも応用できないかと検討中とのこと。
4つ目の「ANA AVATAR AIRPORT SERVICE」は、遠隔地から空港カウンターに来た客を案内するサービスのデモンストレーション。
テレビ会議などに用いられているSuitable Technologies製のテレプレゼンスロボット「Beam Pro」を用いたサービスで、訪日外国人に対して、遠隔地から係員が適した多言語で対応する。
さまざまなユースケースを企画検討中で、研修などにも用いる予定だという。今回は自動手荷物預かり機の案内を中国語で行なうというデモだった。
2019年4月にサービスを事業化し、3年で黒字化を目指す
深堀氏は、テレプレゼンス技術を使ったサービスに参入する時期として「今がベストタイミング。今しかないと思っている」と語った。
今後は、2018年下期には実証実験、2019年4月以降には順次サービスを開始する予定。アバター事業単体での成立を想定しており、3年で黒字化を目指す。
ビジネスモデルの具体的な内容は未定だが、ログインあたりの課金やロボット自体のリースなどを想定している。
スレーブ装置は、実証フィールドに設置されるわけだが、ロボットを遠隔操作するためのマスター装置の設置場所も検討中で、できるだけ大勢が使える場所を考えているとのこと。
もちろん国内展開だけではなく、海外での展開も想定する。「意識を現地に転送する」というところをアバター技術の共通点として、まずは事業化できるものから手をつけていき、「みんなのマインドセットを変えていく」ことを目指すと述べた。
会見の最後には、テストフィールドを提供する大分県知事の広瀬勝貞氏も、遠隔から「Beam Pro」を使って登場。
広瀬氏は「比較的身近なところから、宇宙や深海などの極限環境まで、アバター技術で接近することができる。大変面白い。大分県にとってみると、時間の壁、距離の壁を取っ払ってくれる。地方課題の解決にアバターの力は役に立つのではないか。たとえば農林水産業や商業、観光、教育、医療などにアバターの技術の活用が期待される。テストフィールドを提供して身近に感じることができると良い。初めての取り組みに対して期待している」と語った。