大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

レッツノートを製造する「職人たち」。特例子会社パナソニック交野で見た技術力の高い生産現場

大阪府交野市にあるパナソニック交野

 パナソニック交野(かたの)は、レットノートに搭載する部品の組立、検査などを行なっている生産拠点である。パナソニックコネクトの特例子会社であり、社員39人のうち、30人が障がい者で構成。社員一人一人が活躍するためのノウハウを発展させ、ハンディキャップがあっても働きやすい独自の工夫を随所に展開することで、障がい者が中心となって活躍する場づくりを実現しているのが特徴だ。

 実際に現場を訪れて、レッツノートを支えるパナソニック交野ならではのモノづくりを見てきた。

大阪府交野市に工場を構える

入口にはパナソニック交野の看板がある

 大阪府交野市にあるパナソニック交野は、JR片町線(学研都市線)の河内磐船駅から徒歩で約20分の距離にある。

 1981年に設立した同社は、パナソニックコネクトが51%を出資し、大阪府が44%、交野市が5%を出資。障がいのある人々の雇用促進のための特例子会社として、第三セクター方式で事業運営を行なっている。

JR片町線(学研都市線)の河内磐船駅から徒歩で約20分の距離にある。

 1,174平方メートルの敷地の中に、第1工場棟、第2工場棟、厚生棟を擁しているほか、同社の周辺には、交野市の障がい者ワーキングエリアとして、交野支援学校、交野自立センター、てらサポートセンターなどがあり、周辺施設や大阪府全体から年間50人規模の実習生の受け入れ実績もある。

 パナソニックグループ全体としては7社の特例子会社があり、パナソニックコネクト傘下では、パナソニック交野のほかに、1980年に設立した岡山県吉備中央町のパナソニック吉備がある。同社も第3セクター方式を採用。同方式によって、特例子会社を設立したのは、日本で最も早いという。

 政府では、2024年4月から障がい者の法定雇用率を2.5%に引き上げ、2026年7月には2.7%に引き上げることを決定している。パナソニックグループ全体の障がい者雇用率は、2024年6月時点で2.56%となっており、2社の特例子会社を持っているパナソニックコネクトでは、すでに3%を超える水準になっているという。

周辺には障がい者支援の関連施設がある

 パナソニック交野に勤務する社員39人のうち、30人が障がい者であり、パナソニックグループの中では最も障がい者比率が高い企業となっている。そのうち、下肢障がい者が15人、知的障がい者が7人、聴覚障がい者が5人、精神障がい者が3人という構成だ。

 製造部門の係長や班長に障がい者を登用し、障がい者中心のチームマネジメントを推進している点も見逃せない。2027年には、障がい者の雇用者数を36人に拡大する計画だ。

 社員の多くは自動車で通勤するが、近隣の高校と通学時間帯などと重ならないように、午前8時を始業時間とし、午後4時45分には終業とする勤務体系を採用。中には、週3回、人工透析を受けている社員もおり、終業時間が早いことで、仕事が終わった後に病院に行くことも可能になっている。

工場内の洗面台の鏡は車椅子でも利用しやすいように角度が付けられている。

 これは創業時から続いているもので、一時的に午前9時出社としたことがあったが、社員などの声を聞いた結果、午前8時始業を定着させている。

パナソニック交野の歴史

 パナソニック交野の生産の歴史を振り返ってみよう。

 1981年の創業当時に、同社が生産していたのが、マイクロカセットテープである。家庭用固定電話で留守録するための媒体として使用されたり、小型テープレコーダ用にも利用されたりしていた製品だ。

パナソニック交野で生産していたマイクロカセットテープ

 パナソニック交野はマイクロカセットテープの専業工場として機械化を進め、事業の拡大に伴って、北米市場などにも製品を輸出。1997年にはマイクロカセットテープの累計生産巻数が1億巻に到達。2009年3月に生産を終了するまでに1億5,495万巻を生産した。

生産終了までの約28年間で、累計1億5500万巻を生産した

 2001年からは、DVDのメカ組立を開始。2006年からは、航空機関連事業であるアビオニクス関連部品の組立を開始するとともに、同年5月からは、PC事業における外付けHDDの部品組立を開始。

 2010年からは、レッツノート向けHDDダンパーの組立を開始し、レッツノートの堅牢性の実現にも貢献してきた。2011年からはプロジェクタの部品組立も開始している。

 マイクロカセットテープの生産が中心となっていたときには、設備による大量生産が主体となっていたが、レッツノート向けの部品などの生産が増加するの従い、セル生産へと移行。細かい手作業と、品質を担保することが求められる生産拠点へと移行している。

 さらに、多品種少量生産にも対応し、作業者の多能工化の推進と、需要変動に対応した柔軟な工程管理も強みにしている。

レッツノート以外も生産

パナソニック交野で組立や検査が行なわれているレッツノートのキーボードやベゼル

 パナソニック交野では、現在、パナソニックコネクトの3つの製品に関する部品組立を担当している。

 1つ目は、レットノートに搭載する部品の組立である。キーボードやホイールパッド、コネクタなどの組立、検査を行ない、最終組立ラインがあるパナソニックコネクトの神戸工場に供給している。

ホイールパッドの組立も行なっている

 最新のレッツノート SRシリーズに搭載する部品も、パナソニック交野で組み立てられており、品質を高めるために新たに検査項目を追加しているという。

 パナソニック交野の売上高の半分以上はレッツノート向け部品の組立となっており、ここにきて、国内PC需要が拡大するのに併せて、パナソニック交野での作業量も増加しているという。

 2つ目は、航空機に搭載する機内エンターテイメントシステムの組立である。ハンドセット部分の組立作業などを行なっている。

組立を行なっているアビオニクス関連の部品

 3つ目は、プロジェクタ用の液冷ユニットや光源ユニットの組立である。パリオリンピックの開会式などで使用されたプロジェクタにも、パナソニック交野で組み立てられた部品が使用されている。

プロジェクタに搭載される液冷ユニット
LDユニットの組立もパナソニック交野で行なう
オプションの光源ユニットの組立も行なっている
プロジェクタのレンズマウントユニット

 パナソニック交野の新垣博康社長は、「パナソニックコネクトの主力商品に不可欠な高度なモノづくりを行なう拠点となっている。レッツノートに搭載する部品は、貼り物や曲げ加工、検査などが中心であり、1人で完結する作業が多い。社員一人一人が多能工化しており、治具も自分たちで作り上げている。健常者には気が付かない工夫やアイデアも数多く、高度で、複雑なモノづくりにも対応できる点が強みになっている」と語る。

工場での組立などの様子

 では、パナソニック交野の組立工程の様子を、レットノート搭載部品を中心に見てみよう。

キーボード
レッツノートのキーボードとホイールパッド。パナソニック交野で組み立てられた部品が使われている
レッツノートの組立工程と検査工程の様子
作業台は車椅子でもそのまま作業ができる70cmの高さになっている
使用する工具は場所を決めて保管し、使用する際には名札を置く仕組みだ
工具や治具が整然と並べられている。収納時に安定するようにサイズに併せて切り抜かれている
レッツノートに使用されるフレキの曲げ工程。治具を使って手作業で正確に曲げていく
完成したフレキを10個単位で置き、数量に間違いがないように管理する
完成したフレキはビニール袋に入れて、神戸工場に供給される
治具を使ってフレキの曲げ作業が行なわれている
下が加工前のフレキ、上が加工後のフレキ
曲げ加工が完了したフレキ
治具を使って、曲げ加工を行なう
上が加工前の部品。下が曲げ加工を行なった部品
曲げ加工が完了した電源まわりのコネクタ。1人で1日1,200個を加工する
こちらも治具を使って細かい曲げ加工が行なわれている
電源スイッチ部のパーツ。スムーズに動くように加工する作業を行なっている
ベゼル
ベゼルにシールを貼る作業。レッツノートSRシリーズのベゼルだ
シールを貼り終えたところ。1分30秒程度で、16カ所に貼ることになる
シール以外の部品も取り付ける
ミリ単位で正しい場所に貼付することが求められているという
ベゼル上部の部品の圧着作業。専用の治具で作業している
ベゼルの外観検査を行なっているところ
細かい傷や汚れも見逃さない
完成したベゼルの数量に間違いがないように計測する
重量が正しいと緑色のランプが点灯。間違っていると黄色ランプが点灯し、多いのか、少ないのかも判断する
計測が完了すると10個単位で仕切りを入れて梱包する
ホイールパッド
ホイールパッドにシールを貼付する作業
1つ1つを手作業で貼り付ける
こちらはホイールパッドの上部分に透明のシートを貼付する作業を行なう機械
ホイールパッドに貼り付けるシート
シートをセットする
圧着して完成したホイールパッドの上部分
ホイールパッドの組立に利用される治具
シートを貼り付けている様子
キーボードの検査
キーボードの検査工程の様子。打鍵音をチェックするため静かな部屋になっている
SRシリーズのキーボードは全数検査を行ない、1つのキーを4回ずつ押す。大きめのキーは四隅を押している
キーボードの外観検査で見付かった汚れ。「Ins」キーの上に黒い点がある。目視で発見したものだ
品質月間に併せて、どこにNGがあるのかを、ほかの部署の社員が確認するといった試みも実施
完成したキーボードは梱包されて神戸工場に出荷される
機内部品
機内エンターテイメントシステムの部品組立で、ハンドセットに金具を熱圧入する工程
専用装置を開発。どけぐらいの温度が最適なのかといったことを、試行錯誤を繰り返して独自に作り上げた
熱圧入した状態。機種ごとに最適な温度が異なるため、かなりの苦労が伴ったという
完成したハンドセット
プロジェクタ
プロジェクタの液冷ユニットのポンプ組立。部品ごとに40種類の治具が用意され、それぞれ3種類のホースをつなぐ
ラジオペンチの先は、部品が挟みやすいように加工してある
ホースをつなぐゴムのジョイント部は、均等な深さで装着。冷却液が漏れないようにする重要な工程だ
ハンダ付けをする工程もある
手前にあるのがハンダ付けをする部品
液冷に使用するタンク
タンクの組立工程の様子
専用の機械を利用してタンクの溶着を行なう

パナソニック交野での障がい者の割合

 パナソニック交野では、全社員の4分の3を、障がい者が占めていることからも分かるように、障がい者が中心となって事業を推進している点が特徴だ。

 ミッションには、「障がいがある人々のチカラ、可能性を社会につなげる」を掲げている。

 新垣社長は、「パナソニック交野には、障がい者同士が成長しあう風土があり、支え合うカルチャーがある。また、できないことを発見し、それを解決するために治具を生み出したり、作業を改善したりすることで、できることに転換する文化が根づいている。班長が現場での教育を積極的に実施し、全員が多能工化しているのも特徴である。さまざまな障がい者が作業が行なえるようにしている」とする。

 障がいの種類によっては、継続的な勤務が難しいという社員もいる。そうした場合も、多能工化した社員同士が連携することで、欠勤した社員の作業をカバーするといったことも日常的に行なわれている。

 「社員同士が、得意なことと、できないことがあるという相互理解をしており、健康や体調、精神状態を常にケアし、細かな声掛けを行なうこと、そして、言いたいことが言える関係性を構築し、安心して働ける職場環境づくりを進めている」という。

独自に開発した治具の1つ。右側の穴の部分に部品をセットし、左側の穴に使用するネジをセットする。上の透明の板を右にスライドすると、今度は右側の穴の部分にあるネジを使って作業する。ネジを間違えないための工夫だ
完成した部品を置くケースでは、仕切る板に厚みを持たせ、作業しやすくしながら、部品への傷を減らすことができる。これも独自の工夫だ
異なるピンが入るとランプが赤く点灯し、警告音が鳴る。正しいと緑のランプが点灯して次の作業に移ることができる。似たような穴が多い作業での間違いをなくす
治具の裏側を見ると、細かい配線が施されている。工夫のあとが見える

 生産現場を取材した際にも、新垣社長は、社員に頻繁に声掛けをしている様子が見られていた。

部品を移動するための台車も用意し、どんな人でも移動しやすいようにしている

 1981年の創業当初から40年以上に渡り、勤務を続ける社員がいたり、ワーキングマザーとして勤務を続ける社員がいたりといったことも、パナソニック交野が、障がい者が働きやすい職場を実現している裏づけの1つと言える。

 2024年10月からは、週休3日制の導入にも取り組んでいるところだ。

 また、治具の工夫には、障がい者ならではの視点が生かされている。たとえば、機械の前面にある操作ボタンは、前方向に押すという作業が必要になるが、たまに押し損ねが発生したり、機器に手を伸ばして押さなくてはならないという状況になるが、パナソニック交野では、縦型スイッチを開発して、これを作業者の手前に置き、上から下に押すことで作業のミスがなくなり、作業時間の短縮にもつながったという成果がある。

治具を製作する専用エリア
治具を作っている様子。新たな治具や、既存の治具の改善を含めて、年間35種類を目指しているという

 「障がい者視点ならではのムダ取りが随所で行なわれている。また、誰もが、高品質に、細かい作業が行なえるような治具が作られている。毎日、なにかしらの治具が作られている」という。

治具を製作するエリアで使用する工具。整然と並んでいる

職人が集まる工場

 現場を取材して感じたのは、パナソニック交野には、「職人」が多いことだ。

 作業現場では、あちこちの工程で、手作業によって、細かい加工が行なわれており、曲げ加工が行なわれた部品を見ても、その完成品は、まるで工芸品のようにも見える。

 また、パナソニックコネクトのモノづくり大会で金賞を受賞した社員も在籍しており、パナソニック交野の技術力の高さを証明している。

 さらに、治具の製造工程では、現場からの意見を聞いて、作り上げるだけでなく、実際に、メモ帳を持って現場を回り、自らの気付きによって、新たな治具を生産する仕組みが構築されている。いわば、「気付きのプロ」がいて、治具を作り上げているのだ。

 「どうしたら楽になるか、速くなるか、品質が高まるか、ミスがなくなるかといったことを常に考えている。また、健常者では起きない危険も想定しなくてはならない。問題が発生したときにも、次から気を付けるということではなく、治具によって、どう解決できるかといった点まで踏み込んでいる。一度で駄目でも、何度も繰り返して解決している」と語り、「障がい者に使いやすい治具は、健常者にとっても使いやすい。パナソニック交野で生まれた治具やアイデアを、パナソニックコネクトのほかの生産拠点にも展開をしていきたい」と語る。

 昨今では、パナソニックグループ以外の企業からも治具の制作依頼があるという。

 今後は、検査工程などでの自動化を推進することで、社員の作業をサポートする取り組みを進める考えを示す。たとえば、レッツノートの部品組立では、シートの貼付工程を終えたホイールパッドの外観検査をカメラによって自動化する取り組みを開始している。

 「ロボットやAIを活用することで、作業をサポートできる。これが、モノづくり現場における障がい者の就労機会を増やすことにつながると考えている」とする。

 パナソニック交野では、2025年度から、同社初となる中期計画を打ち出す考えだ。パナソニックコネクトの各事業部門と連携しながら、設備投資も積極化していく考えであるほか、パナソニックグループ以外からの組立受託の獲得に挑む考えも示す。

 また、2024年度からは、社員一人一人が、数値を掲げながら、自らの技術スキルを上げるための年間目標を発表し、社内に掲示。それぞれが意欲的な目標を打ち出し、それに向けた取り組みが加速して段階にあるという。

 「職人」と言える社員たちが、お互いに高め合いながら、品質を向上させているのがパナソニック交野の特徴だ。こうした取り組みが、レッツノートや機内エンターテイメントシステム、プロジェクタの品質向上にもつながっている。