朴勝俊 Park SeungJoonのブログ

反緊縮経済・環境経済・政策に関する雑文 

Construction of a Stock-Flow Consistent Macroeconometric Model for Japan

Construction of a Stock-Flow Consistent Macroeconometric Model for Japan

Prof. Park, Seung-Joon
Kwansei Gakuin University
School of Policy Studies
December 1, 2025 


 This paper attempts to construct an empirical stock-flow consistent (SFC) macroeconometric model using actual Japanese economic data. It documents the process and outcomes from dataset creation, model construction, to the initial policy simulation run. Referencing the Danish SFC model by Byrialsen et al. (2020), we prototyped a Japanese version with a similar structure of economic model, with more detailed Flow-of-Funds model. We found that most of the dataset could be created using figures from the "National Accounts of Japan (GDP Statistics for 2023)", and the model was constructed using user-friendly PC softwares. This version has seven financial asset categories, divides the financial sector into two departments (the Bank of Japan and other financial institutions), and enables the observation of changes in money supply and monetary base due to fiscal and monetary policy.

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発展型日本版ストック&フロー・一貫マクロ計量モデルの構築

 本稿では、実際の日本の経済データをもちいた実証的なストック&フロー・一貫モデル(SFC)の制作を試み、データセットの作成から、モデルの構築、そして政策シミュレーションの試運転に至るまで、その経過と到達点を記録した。デンマークのデータを用いたByrialsen et al. (2020)のSFCモデルを参考に、同様の構造のモデルの日本版を試作したところ、「国民経済計算(GDP統計)」から得られる計数でデータセットのほとんどが作成でき、PC用の取扱容易なソフトウェア(EViews)でモデルが構築できた。今回のものは、金融資産種別を6種類に増やし、金融部門を日本銀行とその他金融機関の2部門に分割し、財政・金融政策によるマネーの増減を見ることができるようになった。

 政府消費や政府投資の増加、あるいはベーシックインカムの給付を、増税ではなく国債発行で行う場合には、筆者はこれまで「政府の負債は民間の債権」、「政府が赤字を増やすと世の中のおカネが増加する」などと説明してきた。その説明は依然として概して妥当であるが、厳密にはマネーの変化はそれとは若干違ってくる。

 政府の金融純負債が増加する一方で、政府以外の部門(非金融法人、日銀、その他の金融機関、家計、海外)の金融純資産が増加することは間違いがない。しかし、それが財貨用役の代金の支払いと、利子配当の受け払いの変化によって、金融純資産が通貨保有主体(非金融法人と家計)のものになるか、それ以外(日銀、その他の金融機関、海外)の手に渡るかが変わってくる。また、通貨保有主体が金融純資産の増分を、現金・預金で保有するか、それ以外の金融資産で保有するかどうかによっても、マネーストックの金額は変わってくる。

 これらについて、実際に定量的な数値をもって、洞察することを可能としてくれるのが、このストック&フロー・一貫マクロ計量モデルである。

 ここでは、データセットの作成からモデルの構築までを説明したうえで、消費税増税(1%ポイント)、政府消費増加(10兆円)、政府投資増加(10兆円)、実質金利の引き上げ(1%ポイント)、円安(名目実行為替レート10%下落)、ベーシックインカム(1人月額1万円、総額15兆円)のシミュレーション結果を解説したレポート(変数表、方程式体系を含めて89ページ)を閲覧可能とした。

 

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研究ノート: 国民経済計算データに基づく資金循環実証モデルの作成

国民経済計算(GDP統計が含まれる統計集)の資金循環データを、部門統合して、7資産項目・6部門の実証モデルを構築しました。これは計量経済学的な手法を用いて、実際のデータによく当てはまる連立方程式体系として推計したものです。

これを用いた簡単なシミュレーションで以下のことが確認できました。

(1)日銀の国債買い入れで金利が下がることが確認できました。

(2)日銀が国債を買い入れない場合、財政赤字で生まれた新規国債を民間金融機関に買ってもらうためには、金利を上げないといけません。それでも、赤字財政支出で民間の金融純資産が増えることになります。企業や家計は、それらの資金を現金や預金として保有し続けるよりも、借入金の返済や株式・年金の積み増し等に充てることが分かりました。

(3)上記の二つのシナリオの組み合わせとして、政府の赤字支出で発行された国債を、日銀が全て買い入れると金利を低く保つことができます。企業や家計の金融純資産の増分は、(2)の場合と全く同じですから、彼らはその資金を現金や預金として保有し続けるよりも、借入金の返済や他の金融資産の購入などに充てることになります。

(4) 日本が海外に対して経常収支黒字を出すと、海外の金融純資産は減り、日本の企業や人々の金融純資産は増えます。経常収支黒字はマネーストック(M3)を増加させる要因であることが知られています。しかし企業や人々は現預金を手放して、融資・株式・年金などの構成を変化させますので、結果的にマネーストックは少ししか変化しません。

 

 資金循環モデルがうまく動きましたので、今後の課題は、これをマクロ経済モデルと接続することです。ここまでの成果を研究ノートにまとめたものがこちらです。

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【論文】エーダー=ラムザウアー「日本型ポピュリスト・モーメント? ポピュリスト諸政党と2024年および2025年の選挙」

日本型ポピュリスト・モーメント? ポピュリスト諸政党と2024年および2025年の選挙

著者:アンドレアス・エーダー=ラムザウアー(ウィーン大学)

翻訳:朴勝俊(関西学院大学)

2025/8/18

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■ はじめに(抄)

「日本人ファースト」というスローガンは、長きにわたっていかなる政治スローガンをもってしても成しとげられなかったほどに、2025年の日本の政治の夏を強く特徴づけた。極右政党「参政党」(公式英語名称「Do-it-yourself Party」)は、ドナルド・トランプを彷彿とさせるこのスローガンで、2025年7月20日の参議院選挙前の数週間で急上昇した。今年5月まで支持率は1~2%にとどまっていた同党は、5月中旬以降、世論調査の支持率が急上昇し、最大最高のレベルにまで達した。実際、参議院選挙の比例代表では、自由民主党(LDP)と国民民主党(DPFP)に次ぐ第3位の得票数を獲得した。最大野党である立憲民主党(CDPJ)とその党首である野田佳彦にとっては、これは大きな失望だった。それ以来、劇的な右傾化を懸念する人々と、その声を「過剰反応だ」と一蹴する人々との間で激しい議論が繰り広げられている。朝日新聞の電話世論調査によると、日本国民の過半数は参政党の台頭を肯定的に評価しており、48% が「日本人ファースト」というスローガンに問題はないと考えている。つい最近まで日本は「ポピュリズムの誘惑」にほとんど影響を受けていないとされていた(Lind 2018; Buruma 2018)。しかし近年の選挙結果は「ポピュリズム・モーメント(populistischen Moment)」の到来を暗示している(Mouffe 2018)。〔※ 「モーメント」は当面は「台頭」「激動」などと解釈してほしい〕

日本の現在の政治的モーメントにおける、ポピュリスト的論理の影響力を分析するために、本稿は、日本の政治におけるより深いところの変化を明らかにし、批判的ポピュリズム研究(De Cleen, Glynos & Mondon 2018)の考え方に基づいて、参政党の成功を説明することを目的としている。そのさい、成功したポピュリズムは多くの場合、既存政治の不安定化の兆候であるとされるが、そこから必ずしも特定の形のポピュリズムの表現が生まれるとは限らないことが強調される(Mouffe 2008; 2018)。したがって、より広範な政治活動の動向や、さまざまなポピュリズムの表現形態のあいだの関係、それに既存政党の行動を、より詳細に分析することが重要である。本稿の分析は、調査対象となった政党の一次資料と、2025年2月に関西地方で実施された左派ポピュリスト政党「れいわ新選組」に関するフィールド調査に基づいている。上記の2政党に加え、新自由主義的ポピュリスト政党「日本維新の会(JRP)」や、中道政党「国民民主党(DPFP)」、右派政党「日本維新の会」も対象としている。

この章は、次のように構成されている。まず、ポピュリズムの定義と、その背後にある批判的ポピュリズム研究の分析的アプローチを説明する。続いて、分析の参照枠として、安倍時代後の政治的モーメントを説明し、その後、個々のポピュリズム政党の紹介と分析を行う。分析の結果、参政党の成功は、好ましい状況的要因や、日本のメディアにおける特定の「ポピュリズムの誇大宣伝(Populism-Hype)」、そして保守的な勢力における極右政治の正常化戦略が相まって生じたものと解釈できる。

 

[1] https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/data/shugiin50/index.html

https://www.soumu.go.jp/main_content/001021472.pdf

経常収支増加によるマネーストック増加および内外金融資産の持ち替えに関する最もシンプルな整理

研究ノート

経常収支増加によるマネーストック増加および内外金融資産の持ち替えに関する最もシンプルな整理

朴勝俊

2025/7/13

 

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1.輸出のばあい

 輸出によって日本国内のマネーストックが増加することを、最も単純な想定で、図解で明らかにした(表1)。輸出の代金が国際送金によって支払われる際に、日本のマネーストック(銀行預金)が増加すること、および売り手の金融純資産が増えることが分かる。他方、邦銀が米銀と預金口座を互いに持ち合う契約をしても、送金を仲介しても、邦銀が米銀に対する金融資産を、相手方への預金から米国債に持ち替えても、米国債を日本国債に交換しても、いかなる段階でもマネーストックも金融純資産も変化しないことが確認できる。

解説

 売り手と買い手の取引は邦銀Jと米銀Aを介して行われるものとする。1ドルが百円という為替レートが成立していると仮定する。各取引は1億円かつ百万ドルとする。いずれの経済主体も全体から比べれば微小であり、いかなる取引も為替レートを動かすほど大規模ではないと仮定する。

 

[1] 邦銀と米銀が預金口座を互いに開設

 邦銀Jが米銀Aに対して百万ドルの預金(預金JAと呼ぶ)を保有し、代わりに米銀Aが邦銀Jに1億円の預金(預金AJと呼ぶ)を保有するものとする。

 

[2] 米国の買い手が日本の売り手からモノを買う

日本の売り手がモノを米国の買い手に引き渡し、代金を国際送金で受け取ると、買い手の預金(A預金)が減り、売り手の預金(J預金)が増える。買い手の金融純資産は減少し、売り手の金融純資産が増える。この瞬間に、日本のマネーストック(MS)は増加し、米国のマネーストック(米MS)は減少する。送金を仲介する邦銀では、資産の「預金JA」が増えると同時に、負債の「J預金」が増えるので、金融純資産に変化はない。米銀Aでは負債の「預金JA」が増えると同時に、負債の「A預金」が減少するので、金融純資産に変化はない。

 

[3] 邦銀Jが預金で米国債を買う

 邦銀Jは、相手方への預金よりも米国債を保有する方が有利と考え、金融資産を米国債に持ち替える。米銀Aが保有する米国債を購入する際、相手方への預金を使う。資産の「預金JA」が減ると同時に、負債の「預金JA」が減る。金融資産としての米国債が、米銀Aから邦銀Jに移動する。邦銀J、米銀Aともに金融純資産に変化はない。

 

[4] 邦銀Jが外貨資産を「持ち帰る」べく米国債と日本国債を交換[1] 

 邦銀Jは、外国に置いていた資産を日本に「持ち帰る」べく、米国債を日本国債に持ち替える。以前から米銀Aはある程度の日本国債を保有していたものと考え、邦銀Jと米銀Aの間で米国債と日本国債が交換されるものとする。ここで邦銀J、米銀Aともに金融純資産に変化はない。

 

[通算] 各部門において、符号の異なる同名の資産・負債をタテに相殺してゆくと、通算の結果が得られる。日本においてマネーストックが増え、米国ではマネーストックが減少する。売り手は金融純資産を増やし、米国の買い手は金融純資産を減らす。両国の金融機関においては、金融純資産は変わらない。

 

 

2.出稼ぎ収入のばあい

 日本の労働者の出稼ぎ収入は、国際収支統計の第一次所得収支の雇用者報酬に含まれる。これが、現地通貨で支払われる場合には、日本国内のマネーストックは直ちに増加しない(表2)。その後、労働者による資産持ち替えによって、米国のマネーストックや、日本のマネーストックが変化する。

解説

 米国の企業と労働者との取引は米銀Aにおける銀行口座を介して行われるものとする。1ドルが百円という為替レートが成立していると仮定する。各取引は1億円かつ百万ドルとする。いずれの経済主体も全体から比べれば微小であり、いかなる取引も為替レートを動かすほど大規模ではないと仮定する。また金利等の支払は無視する。

 

[1] 邦銀と米銀が預金口座を互いに開設

 邦銀Jが米銀Aに対して百万ドルの預金(預金JAと呼ぶ)を保有し、代わりに米銀Aが邦銀Jに1億円の預金(預金AJと呼ぶ)を保有するものとする。

 

[2] 日本の労働者が米国企業で働き報酬を得る

日本の労働者が米国において米国企業で短期間働き、報酬を米銀Aにおける預金の形で得るものとする。この際、米銀Aが企業の口座(A米預金)から労働者の口座(J米預金)へと振替を行う。米国企業の金融純資産は減り、労働者の金融純資産が増えるが、米国のマネーストックはここで変化しない。

 

[3] 労働者が預金で米国債を買う

 労働者は今後も日米を行き来すると考え、米国銀行での預金をしばらく米国債で運用しようとし、米銀Aから米国債を購入する。このとき、J米預金が消滅するので、米国のマネーストック(米MS)が減少する。労働者、米銀Aともに金融純資産に変化はない。

 

[4] 労働者が資産を持ち帰るべく米国債を邦銀に売る

 労働者はもはや米国を訪れることは少ないと考え、資産を日本に持ち帰るべく、米国債を邦銀Jに売却する(単純化のため、米国債は紙の証券であるとする)。邦銀での預金(J預金)の形で代金を受け取ることになるので、国内のマネーストックは増える。

 

[通算] 各部門において、符号の異なる同名の資産・負債をタテに相殺してゆくと、通算の結果が得られる。日本においてマネーストックが増え、米国ではマネーストックが減少する。労働者は金融純資産を増やし、米国企業は金融純資産を減らす。両国の金融機関においては、金融純資産は変わらない。

 

 

 

 

「この国の最大の問題は"外国人優遇"ではなく"高齢者優遇"」なのか?

「この国の最大の問題は"外国人優遇"ではなく"高齢者優遇"」なのか?

Twitterで意見交換させていただいたWind Villaさまへのお返事

朴勝俊

Upload 2025/7/10

 

イスラエルによるジェノサイドに毅然とした姿勢を示しておられる、京都のゲストハウスWind Villa様と、Twitter上で「高齢者優遇」や財政・経済に関してやりとりさせていただく機会がありました。Tweetとしては長くなりましたので、ブログ文およびPDFファイルにて公開させていただきます(Wind Villaさまご承諾済みです)。

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Wind Villaさまへのお返事
朴勝俊
2025/7/9

 

 Wind Villaさま、お忙しいなか長文でのお返事、恐縮です。当方もどうしても長文となることは避けられませんが、発端となったWind Villa様のツイートと、それに応じた私のツイートを振り返ることから、お返事をさせていただきます。できる限り全てについてお答えをさせていただきます。もちろん、お考えを変えていただく必要はございません。

 

Wind Villa様の2025年7月6日のご発信 (下線部は朴による)
@WindVilla 午後8:24 · 2025年7月6日
 なぜ今、"外国人優遇"がこれほど注目されているのでしょうか。
私にはこれが、選挙を前に"本当の問題"から有権者の目を逸らさせるための、与野党による壮大な"プロレス"のように見えます。
 なぜなら、この国の最大の問題は"外国人優遇"ではなく、#高齢者優遇 だからです。

 データを見れば明らかなように、この国の成長を阻害し、国力低下の最大の要因となっているのは、肥大化を続ける #社会保障費 です。
 現在、国の予算(純計)全体の4割(国債費を除く実質的予算だと8割)が社会保障関係費に割り当てられ、その内の85%が年金・医療・介護に使われています。
 しかもそれだけでは足りず、不足分を赤字国債の発行によって賄い続けています。
積み上がった国債発行額は、"インフレ"という名の実質的な増税として長期にわたって現役世代、そして、子や孫の世代へ跳ね返ってきます。

 バブル崩壊後の出生率低下を見れば、こうなることは遅くとも20年前には分かっていたことでした。
 本来であれば、その時点で社会保障制度の抜本的な見直しを行わなければならなかった。
 しかし、与党も野党も問題を先送りし続け、ズルズルと現在に至ります。

 彼らが問題を先送りにした理由は、最大票田である高齢者の負担増を公約に掲げれば 選挙に勝てない、という民主主義の仕組みによるものです。
 今回の参院選でも、ほとんどの政党は本質的な議論をすることなく、「減税か、現金給付か」といった表面的な論争や、「外国人排斥」といった扇動的な主張を続けています。
 これは、従来の日本型民主主義がすでに限界点・崩壊点に達しつつある兆候のように思えます。

 

 この文章によればWind Villa様は、「この国の最大の問題」は、この国の成長が阻害されること、国力が低下することであって、その最大の要因になっているのは「肥大化を続ける社会保障費」と把握されています。ですから「社会保障制度の抜本的な見直し」によって、経済成長・国力増強ができるという主旨で論じられています。これは「高齢者の負担増」が必要のご認識ですが、おそらく、高齢者に対して行われている社会保障や医療を削減する主旨を含んでいると考えられます。そして第一文よりこの文書の全体は、日本の政治家は、外国人優遇を叩くよりも、高齢者優遇を叩け、という意味を持っています。
 それに対して私自身は、日本においては実際に起こりえない財政破綻への恐れにともなう「健全財政主義」が、日本の成長阻害・国力低下の原因と考えており、むしろ社会保障(高齢者のみならず、全世代の介護・医療・子育て等)を充実させることが、GDPを増やすと意味で成長を促進させると同時に、全ての人々の暮らしのゆとりを改善することが、世代や属性を超えた人々の協力・連帯を促し、自分以外の「外国人が優遇されている」「高齢者が優遇されている」との考え方を、緩和しうるものではないかと考えています。

 

 Wind Villa様に対する、朴勝俊による同日の引用リツイートは以下のとおりでした。私は140字以内の仕様ですので、どうしても十分で正確な伝え方になっていないと思います。   

@psj95708651 午前6:51 · 2025年7月7日
 高齢者優遇も存在しません。高齢者も氷河期世代も若者も、みなじわじわと貧困化していますそれは財政破綻論によって、社会の投資が削られ、消費税によって世の中のおカネが吸い上げられ、大企業や一部の富裕層だけに富が集中しているからです。向き合うべき問題は、財政破綻論の誤りです

 

 実際には、日本は少子高齢社会になってしまい、どうしても政府の財政は高齢者の暮らしを支える部分が大きくなります(諸外国も同様と思います)。一方で、社会保障支出は、高齢者のための財・サービスの生産やケアを行う人々にとっての所得にもなりますし、当然、高齢者の支出はGDPを構成しています。とはいえ、高齢者の負担を高める方向の社会保障改革は進められている側面もあります。高齢者の医療費の自己負担は引き上げられていますし、年金も「マクロ経済スライド」という仕組みで実質的に減額される仕組みになっています。何より消費税が1989年に導入され、何段階かで増税されてきたことは、年金以外の所得のない高齢者の「負担増」になっています。Wind Villaさまが求めておられるような負担増がすでに行われていないとか、これからも行われない、ということはないと考えます。
 しかし、経済の成長に関しては、消費税の増税などの負担増や給付減が、最も問題だと私は考えています。なぜならマクロ経済における総需要の抑制要因となるからです。GDP(ここでは物価要因を除いた実質GDP)は、総需要と(労働・資本・技術で決まる)供給力のうち、少ない方で決まります。

  総需要=消費+設備投資+政府支出+輸出-輸入

 したがって、どれだけ供給力があっても、例えば1990年頃のバブル崩壊後で設備投資の減少・停滞が続き、消費税導入・増税で消費が減少・停滞すると、ひとまず「輸出-輸入」の部分を一定として考慮外に置けば、政府支出を増やしていかなければ総需要の停滞が続くことになります。総需要が供給力を下回る状況をいわゆる「不況」と解するならば、「生産性向上」「構造改革」などの掛け声でいくら供給力を高めようとしても、総需要が停滞する限り、GDPは成長しません。もちろん高齢者の負担を求める「社会保障改革」を行ったとしても、負担が増えた高齢者の消費は増えるのですから、それが明確に下の世代への分配を増やして、下の世代の消費需要を大幅に増やす物でない限りは、日本経済の停滞は続きます。総需要が減少・停滞すれば、中・長期的にはそれに応じて供給力の方も弱体化してゆきます。
 さらには、高齢者への給付やケアが削られると、子や孫が資金面でもケアでも高齢者を支え無ければならなくなるので、使える収入も、働いておカネを稼ぐ時間も減少するはずです。その方面でも、日本の供給力も需要も弱体化してゆきます。
つまり言い換えれば、総需要を増加させるような策がなければ、それに応じる生産力や生産性への投資も行われないということになります。
 ですから、Wind Villaさんがおっしゃるような社会保障改革は、Wind Villaさんが意図するような成長や国力増強には繋がらないと考えられます。

 

Wind Villa様の2025年7月6日のご発信 (下線部は朴による)
@WindVilla 午前4:08 · 2025年7月9日 
【高齢者の貧困について】
 全体的に言って、高齢者は決して貧しいわけではありません。よく「高齢者の5人に1人が貧困」と言われますが、これの根拠になっている「相対的貧困率」は「可処分所得」のみによって算出されるもので、金融資産保有額などは反映されていません。[1]
 仮に資産が1億円あっても、年金などの所得が127万円以下なら「貧困」になり、現金給付といった低所得者対策の対象にもなります。しかし、年齢階級別の金融資産保有額などを見れば、むしろ「高齢者はかなり裕福」というのが実態です。[2]
 また、高齢者世帯は他の世帯に比べて負債額が少なく、持ち家率も8割を超えています。つまり、基本的に必要な出費や消費意欲が比較的低く、経済的に余裕はあるが消費より貯蓄に回している、というのが実態でしょう。そもそも論として、少なくとも高齢者の5人中4人が貧困ではないのであれば、その方々には現役世代と同等の負担を求めるのが、“当たり前の道理”だと思います。
 もちろん、中には本当に余裕のない年金生活者もいるでしょうが、そういう方々には従来通りの社会保障給付を行えばいいだけですし、それでも不十分なら生活保護というセーフティネットもあります。

 

 三段落目まではおっしゃるとおりだと思いますが、四段落目の「高齢者の5人中4人が貧困ではないのであれば、その方々には現役世代と同等の負担を求めるのが「当たり前の道理」というところは、そうだとも思えますし、飛躍しているようにも思います。問題とされているのは、若年世代と高齢者世代を対比して二分法的に考えるべきものではなくて、軸を二つに、四文法で考え、豊かでない人と豊かな人を比較すべきものでしょう。高齢者世代の方が、時間をかけて資産蓄積してきた人が多いので、資産でみればたくさん持っている人が多いと思いますので、そちらへの課税などは私も必要と思います。もし豊かでない人への負担を増やしたり、社会保障を削るべきだと主張なさっているなら、それとは私は違う考え方です。

 

Wind Villa様の2025年7月6日のご発信 (下線部は朴による)
@WindVilla 午前4:08 · 2025年7月9日 
【緊縮財政について】
 私は緊縮財政だけが低成長の原因ではないと考えています。というか、それ以前に今までの日本が「緊縮財政」だったとも考えておりません。口先ではPB黒字化などと言っていますが、実際のところ、日本の政府債務残高は諸外国と比較しても急速に増大しており、全く"緊縮的"ではないと思います。[3]
 また、積極財政派の方々が言うように、本当に政府支出が経済成長に結びつくなら、諸外国より政府支出が増大し続けている日本はもっと成長していなければなりませんが、現実の日本はここ30年間ほとんど成長できていません。これは支出の大部分が社会保障給付に偏り、成長に結びつく分野に振り分けられていないからだと思います。
 社会保障給付を減らせば高齢者の消費も多少減るでしょうが、その分を社会保険料の減額や教育・子育て支援などに充てれば、高齢者より消費性向の高い現役世代・若年層の消費増大によってカバーできると思いますし、何より世代間格差の是正になるでしょう。

 

 Wind Villaさんは、経済が成長することを目的にされていますので、前述のように社会保障を削る方向で考えない方がよいと思います。社会保障を削った資金を、成長に結びつく分野に振り分けるということが、現在の財政過程で行われるとは考えにくいですが、それが行われて生産力が高まっても、総需要が停滞すれば経済は成長しません。つまり、財政を健全化させる努力は総需要を減退させて成長を損ないます。
 ご参考まで、以下は私がIMFのデータを用いて作ったグラフですが、主要国では政府支出伸び率と名目GDP伸び率がほぼ同じ率になります(年平均伸び率です)。日本の政府支出(横軸)は2000年以降で見れば、先進国で最も伸びておらず、その結果として名目GDP(左図縦軸)の伸び率は最低となっています。物価上昇ぶんを差し引いた実質GDPの伸びでも、相関は弱くなりますが似たような図になります。
 以下の図に関しては「相関関係がある」ことだけでなく、「因果関係の向き」が問題になることがあります。「経済成長するから政府支出が増やせるのではないか?」という批判です。これについては、私自身、統計学的な分析を行って、平成時代の日本では政府支出の変化が経済成長に先行していた可能性が高いことを明らかにしました。

朴勝俊(2022)「タマゴが先かニワトリが先か? 政府支出とGDPのグレンジャー因果性に関する検討」https://economicpolicy.jp/wp-content/uploads/2022/06/report-017.pdf

 

Wind Villa様の2025年7月6日のご発信 (下線部は朴による)
@WindVilla 午前4:08 · 2025年7月9日 
【財政健全化について】
「健全な財政」の意義というのは、バランスシートで論じるものではなく、諸外国の財政との比較において論じられるべきものだと思います。
すでにGDP比240%という莫大な債務を抱えている日本が財政健全化の意思を放棄し、新規国債発行を拡大する姿勢を見せれば、円の国際的な信頼が決定的に崩れるのは時間の問題でしょう。このように量的緩和は諸刃の剣なので、欧米諸国なども、リーマンショックやパンデミックといった非常事態を乗り切るための時限的な措置として行っています。
また、需要創出のために通貨供給量を増やしても、インフレによって名目GDP・名目賃金が水増しされるだけなので、それ自体は経済成長とは呼べません。逆に実質賃金の低下と物価上昇によって、生活はむしろ苦しくなる可能性が高いと思います。[4]

 

 政府債務対GDP比は、日本のような通貨主権を持つ国々にとっては、財政健全性の指標として意味のあるものではありません。日本の財政の信頼性としてもっとも重要なのは、私は国債の金利だと考えています。実際に国債を買って政府におカネを貸す人々(主に金融機関)が満足する利子率は、どれだけ財政破綻の可能性が低いか、インフレの可能性が低いか、という指標になっています。こちらは私自身がOECDのデータを使って、政府債務対GDP比(横軸)と長期金利(縦軸)の関係を見たところ、相関係数はゼロでした(ユーロ加盟国では弱い正の相関がみられましたが、ユーロ加盟国は通貨主権を持たないので、そういうこともあるかもしれません)。

 債務対GDP以外でみれば、日本の財政に関する主な指標はG7の中でも特に良好です。当然、ギリシャより良好です。


 債務対GDP比が増えることが、円の国際的な信頼を損なうのなら、お示しいただいた図のように1990年以降は、日本の債務対GDP比が急激に高まり、高い水準を維持しているのですから、もっと早い時期に、円の信頼がなくなり、円安になってもよかったでしょう。
 また、コロナ禍以後は米国が巨額の積極財政をしたので、ドル安が進んでもよかったでしょう。実際には、米国FRBは経済回復と並行して起こった物価上昇を抑制するために、急激に金利を引き上げました。日本は利上げすべき経済状況ではなかったので、日本銀行が金利を維持した結果、米日金利差が開きました。最近の急激な円安はかなりの部分、この理論で説明できると思います。
 Wind Villa様は「需要創出のために通貨供給量を増やしても、インフレによって名目GDP・名目賃金が水増しされるだけなので、それ自体は経済成長とは呼べません。逆に実質賃金の低下と物価上昇によって、生活はむしろ苦しくなる可能性が高いと思います」とおっしゃいますが、実際には先の図で見たとおり、政府支出を増加させている国ほど、実質でも成長率が高くなっています。つまり政府支出の伸びは、実質で、モノやサービスの需要を増やし、それに対する生産を呼び起こし、その副作用としていくぶんの物価上昇が起こっているわけです。
 実質賃金の低下についてもご指摘いただきましたので、別のグラフを示させていただきます。割と面白いグラフだと、私は思います。何を意味しているかは、ここまで読んでいただいたなら、キャプションを見ればご理解いただけると思います。 

 
Wind Villa様の2025年7月6日のご発信 (下線部は朴による)
@WindVilla 午前4:08 · 2025年7月9日 
【財政出動について】
積極財政派は需給ギャップだけ見て「デフレだ、需要創出だ、通貨供給だ」と言いますが、実際の今の状況は"インフレ進行中"なので、この状況でそれをやればインフレの火に油を注ぐことになると思います。
なので、財政出動をするなら財源は国債発行以外に見つけなければならず、それには莫大な支出を続けながらも、これまでずっと“聖域”となっていた社会保障制度の抜本的な見直しが、政策的には最も合理的な選択だと思います。
その上で、削った分を生産性向上のための投資に振り分け、サステナブルな成長の道筋を作り、国民の将来に対する不安を軽減し、消費意欲を復活させるのが、中長期的に最も有効なデフレ対策だと考えます。

 

 積極財政派は、物価上昇率の推移そのものだけでなく、需給ギャップをも参考にしています。内閣府GDPギャップはゼロ%が上限ではありません。2008年ごろはもっと高く2%程度に達していたことがあり、1990年ごろには4%に達していたものが、現在ではゼロ近辺です。これは需給ギャップが上限に達していないということです。

 したがって、現在の物価上昇は、需要が旺盛でないにも関わらず、輸入エネルギー価格高騰や円安によって起こったものと言えます(デマンドプル・インフレではなく、コストプッシュ・インフレだ、と言われます)。ここでは示しませんが、産業連関分析を用いた私どもの計算では、輸入資源高と円安による輸入価格上昇分が、すべて生産物の価格に転嫁されていれば、10%をはるかに超える物価上昇が起こっていたと考えられます。実際の物価高が4%程度にとどまっているのは、全般的にみれば、企業も労働者も、値上げを我慢してきた結果だと言えると思います。
 このような状況では、消費税の減税や給付金で人々の暮らしを支えるのが正解だ、と指摘するエコノミストは少なくありません。
 コストプッシュ・インフレの場合には、輸入資源価格の上昇や、円安がいつまでも続かない限り、つまりこれらが落ち着くと、物価上昇圧力が収まることになります(その意味では、おさまってきていると考えられます)。
 賃金主導のデマンドプル・インフレの場合には、物価上昇は、賃金上昇と交互に起こります。物価上昇に油が注がれることになるとしたら、労働者側が激しい賃上げ要求をして、賃上げを勝ち取り、企業がそれを価格に転嫁する、というサイクルが回る必要があります。つまり、そこで物価上昇が起こる場合には、賃金が上がって、働く人々が豊かになった結果として、価格の上昇が起こる、ということになるでしょう。
 最後に、「不安を軽減し、消費意欲を復活させるのが、中長期的に最も有効なデフレ対策」と結んでおられますが、やはり社会保障を削ることは、不安を増幅することになり、だれもがもっと老後に備えて消費をへらし貯蓄をせねばならなくなるわけですから、消費を落ち込ませることになり、私自身はデフレ対策というより、デフレ促進策と思われます。

 以上、最後まで読んでくださってありがとうございました。

「もしも2014年度以降に消費税が増税されていなかったら?」 ストック&フロー・一貫マクロ計量モデルによる反実仮想シミュレーション

「もしも2014年度以降に消費税が増税されていなかったら?」

ストック&フロー・一貫マクロ計量モデルによる反実仮想シミュレーション

朴勝俊

2025/6/1

 

要約

 本稿のストック&フロー・一貫マクロ計量モデルを用いた反実仮想シミュレーションによれば、野田佳彦首相が「三党合意」で決めた消費税増税を行わず、2014年度以降の消費税率が5%のまま保たれていたら、現実と比べて2023年度の実質GDPは2.5%大きく、実質消費は6.1%大きく、実質家計可処分所得は4.0%高かったと推計される。物価が抑制されるので、名目賃金率は抑制されるが、実質賃金率は3.3%程度改善する。

 ストック&フロー・一貫モデルでは、各部門の実質金融純資産の変化も計算できる。その際には、かならず「政府の赤字はその他の部門の黒字」という関係が保たれている。消費税率の据え置きは、実際には家計の実質金融純資産をそれほど増やさないが、それは家計が消費を増やし貯蓄を減らすためであって、家計の生活水準は必ず改善している。一般政府は実質金融純負債を約95兆円増やすが、そのコインの裏側として金融純資産を増やすのは、主に民間非金融部門(約42兆円)と海外(約43兆円)である。日本の産業界は消費税減税を、自分たちの財務的利益を増やす策として検討してもよいであろう。

 

図: 2014年度以降、消費税が5%に据え置きされた場合の、各部門の金融純資産の増分と、政府純負債の増分との関係

 

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