老後2000万円問題というのがこの2019年6月に話題になっている。
こう書いておけばこのときの時事ネタだったことが判ると思う。マスコミも野党もこれで盛り上がっていて与党を追及したろうという構えらしい。
ちなみに自分はこの話題に下記のツイートから入った。
金融庁が出した指針をざっくりまとめるとこんな感じ
— 米村歩@日本一残業の少ないIT企業社長 (@yonemura2006) May 23, 2019
・年金などの公助はもう限界
・自分で積み立てろ
・必要な資金を計算しろ
・良い金融機関選べ
・定年後も働け
・無駄遣いするな
ものすごく乱暴に言うと「年金はもう無理なの認めるから自分で何とかしてね、金融機関もできるだけ助けてあげてね」 pic.twitter.com/g7A3iQz2UG
このツイートは6/16現在で5万件近いRTがなされているが、このツイートには大きな問題がある。
この報告書では「年金などの公助は限界」なんてことは言われていない。
このツイートは何か、というと、これから先たびたび書こうと思うけれど
「どうせ、大衆は情報ソースである報告書なんて読まないだろう」
という意識が透けて見える。
そして、哀しいかなそれは概ね正しい。
情報ソースは金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」の報告書で、ものはこちら。
5/22版
6/3版
この別紙1が報告書のメインである。56ページからなるpdfだ。これを読めばなんだかマスコミや著名人の言ってることとずいぶん印象が違うなぁと思うはずなので読んで欲しいと思う。
でも読まれないだろう。なにせ56ページだ。世の中の人の大部分は56ページある報告書を読むより2000万不足の見出しを憂いてる方がアトラクションぽくてその瞬間のQOLが高くなるんだ。
そう。
誰も報告書を読んでいないのである!(例の漫画)
何が書いてあるか、目次にそってざっくりと解釈して並べておこうと思う。この読み取りについての批判は好きにしていただけたらいいと思う。
・はじめに
金融審議会市場ワーキング・グループにおいて、
高齢社会のあるべき金融サービスとは何か、2018 年7月に金融庁が公表した「高齢社会における金融サービスのあり方(中間的なとりまとめ)」を踏まえて、個々人及び金融サービス提供者双方の観点から、2018 年9月から、計 12 回議論を行い、その議論の内容を報告書として今回提言する。本報告書の公表をきっかけに金融サービスの利用者である個々人及び金融サービス提供者をはじめ幅広い関係者の意識が高まり、令和の時代における具体的な行動につながっていくことを期待する。
はじめに、の時点で既に年金の話ではないということが表されている。
・現状整理
1-ア 長寿化 イ 単身世帯等の増加
寿命が長くなり、また拡大家族が減り、老後に家族を頼るのがモデルケースとできない時代であることを述べている。
1-ウ 認知症の人の増加
認知症になることで自身の金融資産の管理に制限が入ることを述べている。
2-ア 平均的収入・支出
景気停滞により収入が減っていること、税・保険料の負担が増加していることを述べている。
支出は老年世代に入ることで減少しているが、収入も年金給付に移行するなどで減少している。高齢夫婦の平均的な支出状況では年金収入に対して月5万の赤字であり、この赤字額は金融資産より補填している。
2-イ 就労状況
日本の高齢者は健康・思考レベルともに諸外国と比べて高く、勤労意欲も高い。
2-ウ 退職金給付の状況
退職金給付は徐々に減少している。退職金から一部を投資に振り向ける人が多いが、自身の退職金について知っている人は少ない。退職金の金額が大きいことを考えると、金融知識を持っていることは重要。
3 金融資産の保有状況
全体の傾向として、若年層よりシニア層の方が金融資産の保有割合が高い(=年齢を重ねたほうが金融資産を保有しているということで、世代差の話ではないと思われる)
65歳時点における金融資産の平均保有状況は(H26水準で)夫婦で2252万、単身男性1552万、単身女性1506万円である。(なお、別途負債を持っている場合もある)
2から踏まえて、月5万のとりくずしが必要の場合、5万円×30年で約2000万円の取り崩しが必要となる。
米国では高齢世帯の金融資産が伸びており、これは市況が好調で制度的な後押しがあったためである。日本もこの後押しの制度環境は整いつつある。
4 金融環境に対する意識
人々の老後の不安は「お金」が大きく、それに対する対応は「働く期間を延ばす」「生活費を節約する」「資産形成する」であった。しかし、資産形成について実際の行動は小さく、金融機関と個人のミスマッチが生じている。
ここまでで20ページ、以降も「金融サービス」と「個人」がどう資産形成していくかについて述べられている。
上記の通り、世の中でマスコミや野党や著名人が言っている事とは大きな乖離がある。
・×→2000万円不足する 〇5万円×30年は約2000万円だよ!
→「現在」定年後の世帯の支出水準は「現在」の年金収入より5万円多く、その赤字分は貯金を取り崩している、と言っている。ちなみにこの支出グラフはクローズアップすれば娯楽費なんかも入っていて、5万円の赤字と言うのは「その家計で資産額も踏まえて生活設計をして資産から5万円をとりくずす生活をしている」というのに過ぎない。お金が足りなければ生活レベルを少し下げて対応するだろうし、資産が多ければもっと取り崩す。2000万円は5万円で定年後平均寿命近く30年生きたときの金額の掛算に過ぎない。
・×→老後も働け 〇健康で意欲も高いから老後も働こうと思ってる人が増えてるらしい
政府がそう言ってるのではなく、人々がそういう思考を持っているよとデータから述べている。
・×→年金が破たんすると認めた 〇→そもそもこの報告書で年金の話をしてない
税や保険料の負担が増加していること、公的年金水準が調整されていく(下がっていく)ことは述べられている。
どうしてこの内容で「年金を当てにせず2000万円貯蓄しろ」になるのか、甚だ疑問である。当初に挙げたツイートが発端なのかわからないが「どうせ原典なんか読まないだろうから、都合のいいところをいいように解釈して燃やしちゃえ」と考えたんじゃないだろうかと思ってしまう。
でもおそらくそうなんだと思う。いくつかのニュースサイトを見たけれど、報告書原典へのリンクが貼ってあった記事は一つしかなかった。まぁ、それで読者や視聴者を煽れるんだからしめたものである。
よく燃えた部分は5/22と6/3版で表現が少し変わっている。
5/22版
(3)公的年金だけでは望む生活水準に届かないリスク
人口の高齢化という波とともに、少子化という波は中長期的に避けて通れ
ない。前述のとおり、近年単身世帯の増加は著しいものがあり、未婚率も上昇している。公的年金制度が多くの人にとって老後の収入の柱であり続けることは間違いないが、少子高齢化により働く世代が中長期的に縮小していく以上、年金の給付水準が今までと同等のものであると期待することは難しい。今後は、公的年金だけでは満足な生活水準に届かない可能性がある。年金受給額を含めて自分自身の状況を「見える化」して老後の収入が足りないと思われるのであれば、各々の状況に応じて、就労継続の模索、自らの支出の再点検・削減、そして保有する資産を活用した資産形成・運用といった「自助」の充実を行っていく必要があるといえる3。
6/3版
(3)公的年金の受給に加えた生活水準を上げるための行動
人口の高齢化という波とともに、少子化という波は中長期的に避けて通れ
ない。前述のとおり、近年単身世帯の増加は著しいものがあり、未婚率も上昇している。公的年金制度が多くの人にとって老後の収入の柱であり続けることは間違いないが、少子高齢化により働く世代が中長期的に縮小していくことを踏まえて、年金制度の持続可能性を担保するためにマクロ経済スライドによる給付水準の調整が進められることとなっている。こうした状況を踏まえ、今後は年金受給額を含めて自分自身の状況を「見える化」して、自らの望む生活水準に照らして必要となる資産や収入が足りないと思われるのであれば、各々の状況に応じて、就労継続の模索、自らの支出の再点検・削減、そして保有する資産を活用した資産形成・運用といった「自助」の充実を行っていく必要があるといえる3。
5/22版は(案)なのでその扱いは個々人で好きにやってもらったらいいと思う。案の時点でけしからんというのであればそれはそれで好きにすればいいと思うけれど、5/22版でも「2000万たりないよ」なんてことは書いてない。
あまりによく燃えてこんなコラムまで出てた。
カレー沢薫先生の漫画はよく読んでいるのでこのコラムは哀しい限りだ。一次ソースなんか全然読んでないらしい。
なにより途中で最も「このコラム書くのにそのリテラシーではまずいでしょ」となったのがここ。
途中「結婚」「住宅購入」「教育費」など、大きな支出イベントも記載されているのだが、それらがあっても資産グラフは全く「減り」を見せず「何があっても年齢に比例して資産額は上がる」ことになっている。大体、どんなモブキャラでも、ライフイベントがこれしか起こらないことはないだろう。病気や失業など、資産が思うように貯められないアクシデントはいくらでも起こる。
「結婚」「教育費」はともかくとして「住宅購入」は資産を手にしているわけだから資産グラフが下がるわけがない。おそらく「資産」と「預貯金」と混同しているのだろうと思うけれど、ちゃんと元を読まずに燃やす前提のニュースからはじめて絶望するのは辞めて欲しい。 資産状況についても3に書かれてるように「現在の平均」で2000万あり、4でも老後に向け貯蓄するという傾向が書かれているのだから「資産を形成するように人々が動いている」ので、金額の多寡はどうあれ事実として何らかの資産は形成されているし、今後もその傾向が続くということ。
蛇足だけれど、金融審議会の報告書には負債(住宅ローン等)についても言及されている。
結論へ。
この記事はもう腹が立ってしょうがないので書いているのだけれど、何に腹が立つのかと言えば、多くのマスコミ、野党、著名人が原典の解説をするのではなく2000万不足だって燃やすことにご執心なことで、なぜそんなことができるかと言うと多くの人にこの報告書を読むだけのリテラシーがないだろうということを看破しているから。報告書の時制(どのデータが現在で、どのデータが予測なのか)を読めないと思っているから。年金について制度や状況を考えないと思っているから。経済についてよくわかっていないだろうと思っているから。そしてその観測は概ね正しい。それがどうしようもなく不快だった。
これを書いている頃は副総理が報告書を受理しなかったことでよく燃えている。もし受理したらその場合はいよいよ「年金破綻を副総理も認めた」とさらに燃やすことになるからそりゃそうだろうと思う。
でも、せっかく金融庁の報告書だってネットで広く見られるようになっているのだから、わからなくても原典を見ることくらいはしたっていいと思う。ずいぶん違うことが書いてあるな、くらいは判ると思う。
安部内閣と自民党がマスコミやマスコミに与する野党を歯牙にかけなくなってだいぶ経つ。国政のスピードを考えたらそっちのほうが妥当だ。でも本来的にはマスコミや野党がする批判はこんな水準のことであってはいけないはず。
今回は珍しく腹が立ってしまったので、しっかり記事にしておくことにした。