電脳書斎

徒然なるままに趣味を語りまくるブログです

NIRVANAそしてカート・コバーン

 

 

 

 

ま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあドォぉぉぁああああ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなテンションでは別にありません。

 

どうも。こんばんはTeaと申します。

 

いつも読んでくださる方、

私のSNSをフォローしてくれている方、

そしてブログ上げたという報告にいつも「いいね」を下さる方々。

 

そんな皆さんが居たからこそ、ゆるーくゆるーくやってこれました。

まぁ、別に誰も読んでなくても書いてたとは思いますが笑笑

 

それでも見てくださる皆さんが少しでも居ることが励みになりますし、

2日に1度くらいのペースで投稿していなくても閲覧数が増えていたりするのは、

なんとなく「上げてるかなー」と見てくださっている方が居るのだなと本当に心から嬉しく思っています。

 

実は前回の記事の投稿日が、

図らずもちょうどこのブログを初めて3ヶ月の同日だったようです。

なんかもっと早い段階で飽きるかなとか思ってましたが、

思ったより続いてます笑笑

 

 

そんな中、

今回の記事が、

 

 

記念すべき50回目

 

となるようです!!

 

 

ぱちぱちー!ぱふぱちー!

 

いぇーーーーい!!!

 

やったぜーーー!!!

 

今夜はシャンメリー飲むぜーーー!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、書くわな。笑笑

 

 

まぁ、そんなこんなで、

本当にいつも見てくださる皆様に感謝しておりまして、

それを励みに続けていきたいなと思っている所存です。

 

で、ここ最近あんまりアルバム紹介をしていなかったな、

なんて思っていまして、

今一度原点に立ち帰り、「名盤紹介」やっていこうかなと思います。

 

実はブログを立ち上げる経緯ですが、

私が好きなアルバムや音楽、そしてアーティストを紹介すると同時に

「このアルバムジャケットめっちゃ有名やな」

 

「これ名盤て有名やけど実は聴いたことないねんな」

 

「このアーティスト聴いてみたいねんけどどのアルバムがおすすめなんかな?」

 

そんな風に思った時、

お使いの検索エンジンにひっかかり、

そして、そんな人の手にアルバムが届けば良いな。

そんな思いでやっているんです。

 

前置きが長くなりましたが、

今回は「あまりに有名なあのバンド」を私なりの視点や観点から紹介していきたいと思います。

 

前半はアルバムの紹介を、

そして後半はバンドについての話をして参ります。

 

【追記】

はじめに断っておきますが、

今回は非常に重苦しい内容になっております。

内容故に、大真面目に書いておりますので、精神状態に異常を感じられた方はその時点で読むのを中断してください。

 

 

 

 

NIRVANA

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きっとROCKが好きな人であればその名前を知らない人は本当に居ないんじゃないかというほどの伝説的なバンドです。

 

活動は1987年より行っていました。

そして、1990年代

言葉の通り「彗星の如く」現れ、

そして世界を一気に塗り替えたバンドです。

 

私のブログでも何度か話をしていますが、

1980年代はロックやハードロック、そしてメタルというサウンドにとっては二次的ブーム、なんなら黄金期とも言える時代かと思います。

(もちろん70年代のロックが黄金期とも言えますが)

 

煌びやかなサウンド、そしてテクニカルで電子音を起用したニューウェーブ的な音楽性が盛んになり、「ロックは商業的大成功をおさめる」んですよね。

 

一方、70年代に発足したパンクロックのように、

商業的になった音楽性というものは一部より大きく対立視される場合があります。

やはり、商業的になったロックに対し歌詞が希薄になって来てしまったという歴史もどうしても無視できない状況にはあったのではないかと思うわけです。

 

そんな中、

突如として現れた新人バンドであるNIRVANA。

1stアルバムのリリースより少しずつその口コミは広がっていたのですが、特別大きく頭角を表していたわけではありませんでした。

しかし、その後、

時代の音楽に対する大きなアンチテーゼとしてかの有名なアルバムがリリースされることとなります。

 

 

Nevermind

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  1. Smells Like Teen Spirit
  2. In Bloom
  3. Come As You Are
  4. Breed
  5. Lithium
  6. Polly
  7. Territorial Pissings
  8. Drain You
  9. Lounge Act
  10. Stay Away
  11. On A Plain
  12. Something In The Way

 

本作は1991年にリリースされたアルバムで、

日本円にして700万円ほどの制作費で作成されたアルバムになります。

 

本作は現在においても名盤として語り継がれるアルバムであり、

このアルバムアートワークを見たことがあるという人も少なくないことでしょう。

 

wikiに載っている情報が2013年までですので、

それ以降の動向は定かではありませんが、

2013年時点で売上枚数は全世界で3,000万枚(ダイヤモンド)のセールスとなっております。

 

先ずは前半戦と称し、

本作が一体どういったものなのかを解説して参ります。

 

Track1「Smells Like Teen Spirit」

 

やはり、なんといっても本作のリードトラックともなりますこの曲でしょう。

 

アイコニックなイントロ、

そしてアンチコード的なギターサウンド、

Vo. Gt. であるカート・コバーンのボヤキのような歌い回しが印象的です。

 

実はこの曲が人々の耳に届いた時、

カートはその反響に非常に懐疑的だったといいます。

つまるところ、アンチテーゼ的に楽曲を生み出し、そして歌った音楽が「10代若者の代弁」かのように捉えられたことが彼にとっては予想を反するものだったのです。

 

前述しましたように、

これまでの音楽シーンではとにかくギター一強とでも呼べる時代で、

凝った楽曲構成に音色、そしてキーボードなどの主旋律を奏でる楽器が多重奏される時代だったわけです。

 

これは1960年代のロックの目覚め、即ちロックの黎明期を経た1970年代のパンクブームにも通ずるものがあると思うんですが、

非常に難解なものへと進化していくロックを一度リセットするような音色が求められていました。

ある意味パンクへの回帰とも言える音楽性だったわけです。

 

しかし、本作がここまでの人気を集められた大きなファクターとしてはこの楽曲が非常に密接に関わっており、

カートのインタビューより、

「Smells Like Teen Spirit」はアルバムを制作するにあたり、少しは馴染みやすい音楽を収録する必要があると考え、ポップスからのフレージングを文字った楽曲である旨を語っており、

非常に無機質な言い方をしてしまえば「こういう音楽が売れるんだろう?」という皮肉めいた1曲目であるとも取れるわけです。

 

しかし、前述の通り「若者の代弁」のように捉えられたことが、後へと続いていくわけです。

 

その話は後半で。

 

 

Track2「In Bloom」

 

この楽曲はむしろNIRVANAの音楽性を非常にわかりやすく照らしている一曲だと思いますが、

その実、蓋を開けるとかなり難解な内容とも取れるんです。

 

現存しているメタルなどの音楽性(ニューメタルなどにも)にも多大なる影響を与えたであろうフレージングから始まります。

 

彼らの音楽はしばしば「グランジ(grunge)」として扱われるんですが、

This is grungeとでも言いたくなるようなフレージングです。

音楽理論などの詳細については私も特別語れる知識はありませんが、

「前衛性でありながら衝動的」な音使いであると言えるのではないでしょうか。

リフとして使われがちなものであるにも関わらず、コードスケールとしては若干外してくるようなイメージでしょうか。

イントロリフを聴いてみるだけでも若干の心地悪さを感じる部分があると思います。

 

一方で、歌詞の内容についてはかなりグロテスクなものになっています。

 

カート自身、決して順風満帆とは言えない人生を送っており、

その屈折した性質が故に、時に子どもっぽくもあり、それでいて妙に達観した部分があったといいます。

 

bloom=「花盛り(名)」

すなわち、若者の性的な盛りや感情豊かな好奇心などを皮肉った内容になっています。

 

傷つきやすく、それなのに好奇心が強い。

楽しむことが大好きで、衝動的になにかを傷つける。

その行為が何を意味するのか、どういったことなのか本質を理解していない。

そういったメッセージの楽曲でありながら、

「Smells Like Teen Spirit」という大ヒットで一躍スターにのし上がったカート自身の不安定な感情や、

楽曲が屈折した伝わり方をしてしまったことへのリスナーに対する回答的な楽曲だとも解釈できます。

 

しかし、この曲では歌詞の意味を敢えて明確にしておらず、その解釈はカート亡き今正しいものがなんなのか誰も判断できないのでしょう。

 

 

Track3「Come As You Are」

 

アルバムからシングルカットされている楽曲です。

 

イントロギターのリフはこれまたアイコニックなものになっていまして、

ただのクリーントーンで演奏するのではなく、ハーモニクス(かな?)を使用している音色から始まります。

カートはしばしばこのエフェクトを使用しますが、

少し無機質でいて、感情が読み取りにくいフレージングという意図を感じます。

 

タイトルの意味は「君らしく」と訳すのがベターだと思うのですが、

ここまで紹介した2曲とは少し毛色が違い、歌詞の意味としてはキャッチしやすい内容だと感じます。

 

問いかけであるところの「君」ですが、これはカート自身への問答とも取れる内容になっていまして、

そうやって読み取っていくと二律背反な内容とも言えるかも知れません。

 

この楽曲では何度も「 I don't have a gun」という言葉が繰り返されます。

当然、普通に和訳したのであれば「おれは銃なんて持っていない」と訳せるかと思うのですが、

楽曲を通しての歌詞を読み解いて行くならば「おれは敵じゃない」というニュアンスになりましょうか。

 

しかしながら、

この歌詞の中ではAという言葉に対してBという言葉が応答されます。

"Come doused in mud, soaked in bleach"

(泥に塗れろよ。いや、漂白剤に浸されろ。)

" As a trend, as a friend"

(流行りのように振る舞え。いや、友達のようにあれ。

 

一節の引用(場所は別)ですが、問いかけに対し、反するの言葉を繰り返します。

 

詰まるところ、

この楽曲はカート自身の苦悩を描いたものと捉えられ、

一躍スーパースターに躍り出た事を本人自身が最も困惑して感じている様が現れているように感じます。

 

カートはパンクロックからの影響が非常に強く、

時代のメインストリームに対するアンチテーゼ的な音楽を追い求めて居ました。

しかし、その結果は若者の指導者のような扱いになり、

もしかすると嬉しく思った部分もあるかも知れませんが、反面自分自身がどう振る舞って良いのかに困惑していたのでしょう。

 

これまた、誰かに向けて「お前はありのままであれ、おれが受け入れてやる」というニュアンスであり、彼自身が彼自身のアイデンティティを探しているような楽曲だと思います。

 

 

 

Track4「Breed」

 

ヘヴィなリフから始まる一曲。

デイヴの高速ドラミングと続き、終始かなり激しい楽曲となっています。

 

この曲のタイトルである「Breed」は「繁殖」と訳すのが良いかと思います。

 

彼の生まれてからの話ですが、

カートは幼い頃、大人を笑わせたり楽しませたりするのが大好きな少年だったようです。

しかし、あまり落ち着きがある方ではなかったこともあり、

両親はカートの事でよく揉めていたそうです。

そして、彼が7歳の頃両親が離婚してしまい、母と一緒に暮らし始めるんですが、

だんだんと大人になっていくに連れ、その記憶がトラウマになったのか少し荒れてしまいます。

挙句、実母からは育てきれないと親戚の家などを転々としていたそうですが、

やはりその頃の記憶が鮮明に彼の中で呪いとして残っていたのでしょう。

 

彼はどうしても破天荒で闇のあるイメージがついていますが、

若かりし頃、愛する人と一緒に暮らしながら生活をしていたのですが、

彼女から「今後」について話しを持ちかけられることが多かったそうです。

彼女はカートと子どもを作り、幸せな家庭を作りたいと何度も告げたそうですが、

カートは幼少期のトラウマからかそれを拒絶します。

 

人並みな幸せを求めている一方で、

その幸せにどう向き合って良いのかわからなく、怖い。だからそんな幸せは手に入れたくない。

そんな気持ちが歌われた歌かと思います。

 

 

 

Track5「Lithium」

 

私もNIRVANAの楽曲をカバーする際は良く演奏する一曲なんですが、

正直歌詞はかなりメンタルにきます。

 

と、言うかこれが現実なんだと突きつけられるようなストレートな歌詞とも言えますが。

 

先ず、タイトルについてですが、

「lithium」というのはここでは薬品を指します。

精神疾患に使用される薬品で、

躁鬱症状における衝動性などを抑える薬だと言われています。

 

歌詞の中でも対極になる感情が描かれています。

日々の生活やこれまでのトラウマなど、

頭から消し去りたいものが多く、どんどん醜い自分になっていく。

そんな苦悩から逃れるためのクスリがやめられなくなっている苦悩へと繋がっている。

どうやっても逃げられないんだという感情が歌われています。

 

しかし、歌詞の途中でトリップ状態を歌っている部分では神様が現れます。

彼の生まれ育った環境はキリスト教だったこともあり、

縋りたい思いと、「そうでもしなきゃ目の前に現れない」という皮肉めいた表現とも取れます。

 

また、楽曲的な話をするのであれば、

サビが「Yeah」の繰り返しというのもかなり面白みがあると思います。

 

 

 

Track6「Polly」

 

こちらの楽曲は、

ここまでのカートとは雰囲気が違い、淡々と歌い上げるのが特徴的です。

そしてアコースティックサウンドであることも相まってかなり印象が違うように感じます。

 

実はこの楽曲はアメリカで実際に起きた誘拐事件をモデルに、犯人側の視点で歌われたものになります。

その時の犯人は「小鳥を捕まえる」くらいの感覚で誘拐行為に及んでいたとされており、

この「Polly」という言葉はオウムや小鳥につけられるポピュラーな名前だそうです。

 

また、歌い出し"Polly wants a cracker"は、

オウムにエサとなるクラッカーをあげる時によく使われるフレーズで、

飼い主が言うと、オウムが復唱するという、

犬で言うところの「お手」みたいなニュアンスらしいです。

 

誘拐犯は小鳥を捕まえ、

そして飼育するようなニュアンスで少女を痛めつけるんですが、

その描写もカートの淡々とした歌い方から歌詞を追うと普通に読むだけより、

更にその異常さを感じられます。

 

カート自身、性的虐待などについて非常に強い嫌悪感を感じていたそうで、

その犯人の異常性を伝えたかったのかも知れません。

 

また、これは憶測の域は出ませんが、

飼い主から言われたセリフ、教えられたセリフを吐くことを強要されている、

そして、カゴの外に出ることも許されず、

羽すらももぎ取られてしまう。

聴衆や世間からのイメージばかり先行してしまって、

自分という存在自体があやふやになっていく様を表現しているとも捉えられるかと思います。

(ここまでの楽曲とのリンク度も高くなりますしね)

 

 

 

 

今回は実験的に大真面目な記事を書こうと思っておりまして、

かなりセンシティブな内容になっているかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょ、ごめん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病んで来たわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう我慢でけへん

一回ガス抜きを。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぷりっ♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぷりっ!!ぷりりっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おしりケチャップ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スーパーホットコーヒー!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ばーーーーーーー!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失礼しました。

一旦スッキリしたので続きいきます。

 

 

Track7「Territorial Pissings」

 

 

"Come on peaple now,

(みーんなー!)

smile on your brother and everybody get together,

(兄弟他人問わず一緒にニッコリ!)

try to love one another right now"

(今こそみんな愛し合おうよ!)

 

 

必要以上にハイテンションな一節から始まります。

 

歌詞の内容としては、

「自分なりの生き方や道を探して、それを信じて突き進め。」

「周りなんて気にするな!お前はお前だ!」

そういうポジティブな歌詞となっています。

 

しかしながら、

ここまで聴き、読み進めて頂ければ冒頭部分の違和感を感じざるを得ないかと思いますが、

ここであのハイテンション(言っているのはBa.クリスです)に繋がります。

 

また、タイトルの「Territorial Pissings」ですが、

Teritorialは縄張り意識的なニュアンス、Pissingはおしっこです。

詰まるところ、「マーキングして縄張り意識を誇示するやつら」みたいなイメージでしょう。

 

自分という概念を強く持つことで、外的ショックから身を守るというのは非常に重要なことです。

それを敢えて諭すように歌うのはカートなりの皮肉なのでしょう。

 

 

 

Track8「Drain You」

 

サウンドとしては比較的スタンダードなものになっています。

なっているんですが、やはりどこか不穏な音使いが入るのがNIRVANAですね。

 

さて、この楽曲については、

歌詞は登場する「君」に対しての愛を表現する内容になっています。

 

自分に向けられる愛には素直な彼ですが、

どうにも幸せをその身に感じることに不安を感じていた部分があったのかなと思います。

しかし、この歌では「君」のために生きること、出来ること、そしてしたいことが綴られています。

 

カートなりの愛の歌なんでしょう。

ただ、この楽曲の中でもloveという表現は使用されておらず、

「I like you」と表現されています。

 

少し余談にはなりますが、

英語圏の人々にとって「Love」と「Like」は明確に区別されるそうですが、

日本的な表現とは少々異なるようです。

例えば「I love you」という言葉は日本では良く聞き馴染みのあるフレーズではありますが、

海外(英語圏)で「あなたが好きだ」と言いたい時、「I love you」ではかなり重みがあるそうです。

もちろんカジュアルに使われる言葉ではあるのですが、「かなり特別な存在」に対して使われるものだそうで、

告白ではなくプロポーズに近い表現といえばわかりやすいかも知れません。

 

本題に戻りまして、

ここは私の推論ですので真意は定かではありませんが、

カートがこれまで書かなかった「愛の歌」ですが、この楽曲がリリースされた頃は妻であるコートニー・ラブと出会った頃くらいなのかなと思うんです。

しかし、この辺語り出すと長くなるのでサラッといきますが、

コートニー・ラブとカート・コバーンの愛は世間には上手く理解されるものではなかったのかと思います。

が、故のカート流の愛の歌ではLoveという表現を避けたのではないかと。

この楽曲自体がそもそもコートニーへの作品ではないとは思いますが、

カート自身の胸の内から湧き出る言葉で組み上げられた歌詞は、どこか歪んだ愛情であって、

世間一般のラブソングとは少し違った印象を持たせたかったのかなと考えています。

かなりのNIRVANAファンで、カートについて詳しい人なら或いはですが、私には正直その真相は判りかねます。

 

しかし、もしもそういったニュアンスなのであれば、

タイトル「Drain you」の意味合いが少し変わってくるかも知れません。

 

 

 

 

 

Track9「Lounge Act」

 

私がこのアルバムで最も好きな楽曲であります。

 

タイトルの「Lounge Act」は「ラウンジっぽい」みたいな訳になるかと思います。

こちらの楽曲の歌詞に直接的に掛かるタイトルではなく、

ベースラインがラウンジミュージック(カフェやホテルでかかっているような音楽)っぽい作りだなと感じたから名付けたそうです。

これはネットで見つけた情報でして、私も「へぇー」と驚きましたが、ラウンジっぽさというのはよくわかりませんでした。

 

肝心の歌詞についてですが、

カートが書く失恋ソングになっています。

とはいえ、ただの失恋ソングというわけではなく、

別にフラれたわけではないし、納得した上で終わった関係なんだと。

でも、幸せに対して不安や恐怖を感じていた彼が過ごした日々の大切さは中々消えることはないんだと言う内容になっています。

 

歌詞の途中で繰り返される

"I still smell her on you"

(君の匂いが忘れられない)

にある匂いは、当時の彼女がつけていた香水の香りともかかっているそうです。

当時の彼女が愛用していた制汗剤が「ティーンスピリット」というものだったそうで、

ある日知人より、「カートからはティーンスピリットの匂いがする」と揶揄われたことを気に入って、「smells like teen spirit」のタイトルをつけたそうです。

その当時の彼女に対する想いを綴った歌詞となります。

 

制汗剤との話ですので、おそらくこれかと。

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前半は前述の通り、納得していてちゃんと終わらせたんだという内容を淡々と歌うんですが、

後半にかけては彼の内面の感情が溢れてきます。

「忘れられないから辛い。だから忘れたい。なのに忘れられない。」そんな苦悩を叫ぶように歌います。

この当時の恋愛が終わった本当の理由や彼が本当はどんな想いだったのかは今となってはわからないところですが、

このNevermindというアルバム自体がコンセプトアルバム的にストーリー性を帯びているのもこういった楽曲の存在が大きいかも知れません。

 

 

Track10「Stay Away」

 

こちらも非常に面白く、

カートらしい歌詞の作りだと感じます。

「カートらしさ」なんて言葉は彼が最も嫌いそうな表現ですが、

敢えてここはそう評したいと思います。

 

歌詞は現状の姿。

即ち世評をもって、I don't know whyと心が囁くような歌詞の流れになっています。

 

彼が思う制作という分野は本人自身と、聴衆の乖離があるという話を前述しましたが、

タイトルにあります「Stay away」という言葉は、「離れる」と訳すというよりは、

「一歩引いて見ろ」と捉えてみるのが良いかも知れません。

 

世評が言う存在価値や意義など、そういった固定概念に囚われているようでは本質は見えてこない。

しかしながら本質とはいったい何なのか?

脳死で考えることは考えていると言えるのだろうか。

理解に苦しむ、だから「お前らは一歩引いて見てみろよ(stay away)」

そして、それがわかるまで「近づかないでくれよ(stay away)」

そういった意味合いが込められているのではないかと思います。

 

むしろ彼自身が本作を気に入っていなかったという想いが露骨に込められた内容なのかなと思っています。

 

また、「Monkey see, Monkey do」とは「猿真似」を指す言葉のようです。

 

 

 

Track11「On A Plain」

 

タイトルは「On A Plain(普通らしく)」みたいな感じでしょうか。

 

歌詞を見なければ非常にポップでスタンダードロックなサウンドだと感じます。

 

とは言え、歌詞についてもそこまでグロテスクな内容ではないんですね。

しかしながら、この歌詞のしんどさを感じとるにはカートの話が重要になります。

 

ここまで読んでもらえたなら彼がどういった生活をして、どういった苦しみを感じていたのかは少しわかってもらえるかと思いますが、

幼少期非常に明るく人々を楽しませるのが好きだった彼が、トラウマを抱えて塞ぎ込んでいったことが重要になります。

 

彼はただ、彼らしく在りたかったのでしょう。

でも、その自分らしさを見失いながら繰り返す自傷行為や強い閉塞感に襲われます。

"I love myself better than you(君より僕は自分を知っている)"と繰り返されるように、理解されたいわけじゃない。

でも、理解されないのは苦しい。

それでも、自分自身でなんとか解決策を講じてみたものの、

その全てを否定されるなら、

"I know it's wrong so what should I do?"

(じゃあ、どうすればいいんだよ?)

と言い返すしかない。

その言葉もまた否定されてしまうんだろうけど、

だからこそのOn a plain(普通らしく)なのでしょう。

 

普通って一体何なんだろう。

どうしていれば普通と言われたんだろう。

どうすれば家族は自分を見捨てなかったんだろう。

でも、君たちが思っているほど最悪だと思っていないよ。

これがおれなんだから。

 

そんな歌詞でしょうか。

 

ポップでスタンダードナンバーに感じられるサウンドに載せられたこれらの歌詞はむしろその悲惨さを強く感じさせます。

 

 

 

Track12「Something In The Way」

 

ラストナンバーですが、

アルバムの中でもわかりやすく最も不気味な一曲です。

 

タイトル「Something In The Way」は直訳で「道を阻むもの」になります。

 

歌詞はシンプルですので久しぶりに全文書いてみましょう。

 

"Underneath the bridge

(橋の下)

The tarp has sprung a leak

(雨除けから漏れ出した水が散らばる)

And the animals I've trapped

(罠で動物を捕まえて)

Have all become my pets

(みんなペットにしてしまう。)

And I'm living off of grass

(生きるためには雑草を食えばいいからね)

And the drippings from the ceiling

(後、飲み水は屋根の雨でいいや)

It's okay to eat fish

(そうだ、魚は食べて良いんだよ)

'Cause they don't have any feelings

(だってあいつらには感情ないからさ)

 

Something in the way, Ummm×6"

(なんかおかしい)

 

歌詞自体はこれが繰り返されますが、

何度も繰り返される歌詞はその都度意訳して良いと思います。

 

人間である(と思われる)主人公はホームレス生活をしています。

生きるために動植物を食すというのは自然の摂理ですし、

人類が誕生してから今日までそれが当たり前だとされてきたわけです。

しかし、世の中には様々な考えを持つ人が居て、

「動物には感情があるから食べたら可哀想だ」というのはヴィーガンの方々の強い信念でしょうし、

宗教によっては豚や牛を食してはいけないという決まりがあり、

しかし、「食べてはいけない」には神聖なものとされている場合もあれば、穢れているとされる場合もあります。

 

また、生きて行く上で、必ず摂取しないといけないものはどこまであるのか、

選り好みしていても生きて行くことはできるのではないか。

人はそのボーダーラインが曖昧で、結局自分の信念に強く依存するものです。

 

しかし、それは果たして悪いことなのでしょうか。

自分の信念は人に理解されるべきものなのだろうか。

そもそも正しさってなんなんだろう。

 

「Something in the way」なにかが道を阻んでいる。

「Something in the way」道の途中に(良い)何かがある)

でも、「正義」という概念がそもそも「Something in the way(目の上のこぶ)」なのだという皮肉めいた楽曲ではないでしょうか。

 

 

 

カートについて。

 

ここまでアルバム紹介をしてきたわけですが、

ソースとなりました作品は

モンタージュ・オブ・ヘック

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という作品からもかなり情報を得ています。

 

カート・コバーンの一生を周りの関係者たちの話からモンタージュした作品になっておりまして、

生前のカートのホームビデオや録音テープなどが実際の映像として使用されています。

モンタージュとは映像を切り貼りして作品を作り上げることでして、

Heckは「地獄」を少しマイルドに言った表現といったところでしょうか。

 

かなりヘヴィな内容になっておりますし、

彼の壮絶な人生を覗き見る辛さみたいなのはありますが、

やはり代表作であるところの「smells like teen spirit」を聴いて、そこに感じるものがあるとすれば、裏付けとして是非視聴してほしい一作です。

※割とショッキングですので精神状態が安定している時に視聴されることをお勧めします。

 

 

 

 

あとがき

 

ここまで、名盤「smells like teen spirit」を解説致しましたが、

かなり病む内容だったかなと思います。

カート・コバーンという天才がこの世に生きた証拠でもあり、

彼が過ごした人生の苦しみを描いた作品ですので、重苦しい内容になるのは仕方がないことかと思います。

 

この作品をカートはあまり気に入っていなかったようで、

スターになった自分を受け入れることも彼にとっては難しかったようです。

この後リリースされることになるアルバムを最後に、カートは27歳の若さで自殺してしまいます。

 

本作では受け入れられなかったスターという概念を受け入れ、

自分らしくある為の生き方を少しずつ見つけようとしていたのだと思います。

本作の後、彼には娘が誕生しましたが、

妻のコートニー・ラブとカートは薬物の常用が目立っており、

生まれてくる子どもにも影響があると世間では声を大きく非難されました。

 

その後、彼は薬物を断つため努力を続けましたが、

常々襲われる苦しみと、躁鬱の症状も合わさっていたことでしょう。

しかし、彼の娘への愛は本物であり、

非常に子煩悩な父親だったと言われています。

彼の暗さや苦しみがイメージとして根強いのですが、

彼は本当は非常に明るく、楽しい人だったということも感じたいところです。

それすらも彼が生きていると苦しみに変えてしまうのかも知れませんが。

 

もしもカートが生きていたなら、

もしもNIRVANAが新曲をリリースしていたなら。

そんな風に思うことがないかと言えば難しい問題です。

私も人並みに聴き込んだつもりですし、彼の想いを自分なりにメッセージとしてキャッチしたつもりでは居ますが、

その真意をもっと語って欲しかった。あの頃どんな気持ちでこの歌を書いたの?と聞きたい気持ちはおそらく皆んな同じなのでしょう。

 

27歳という若さで亡くなった著名なアーティストは多数居まして、

27clubと称されるほどスターの代名詞ともなっています。

彼がスターとして死んでしまったことで、永遠とスターとして崇められてしまうことになるというのも皮肉な話です。

 

でも、私たちにとっても、

音楽の歴史においても彼が遺した功績は多大なるものですし、

彼がそれを受け止めきれなかったとしても、きっとずっと崇めたいと思っています。

 

1994年4月5日から今年で30年経ちました。

私にとっては生まれた頃から過去のスターでしたが、

今こそ、敢えて彼を30年経った今でも素晴らしい存在だったと、

せめてこの狭いコミュニティでも広めたかったというのも事実です。

 

名盤とともに語れたことを嬉しく思います。

 

改めて、ありがとうございました。

 

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ほなまた!

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