こんにちは、ライターの加味條です。
皆さんは、洋画や海外ドラマの吹替版を見ていて、こんなシーンに出会ったことはないでしょうか?
この例のダジャレはちょっとあれですが、実際の洋画や海外ドラマにはたくさんのウィットに富んだジョーク・ダジャレが登場します。
しかし、ここで一つの疑問が浮かびます。
日本語では言葉遊びが成立していますが、当然ながらそもそものオリジナル版は英語で作られています。
そのため英語のジョークをそのまま日本語に訳したのでは、意味が分からないものになってしまうはずです。
しかし、実際の吹替版では日本語のダジャレが成立している……。
つまり吹替版制作時に、
①もともとは英語でダジャレになっていた箇所を、
↓
②日本語に直訳したのではダジャレが成立しないから、
↓
③別の日本語のダジャレを考案して言い換えている
という作業が発生しているはず!!
吹替版制作者が、どうやってそれを作ってるのか気になりませんか?気になりますよね。
そこで今回は、吹替制作のプロをお呼びして、このような「吹替版ダジャレ」について詳しく聞いてみようと思います。
プロを呼びました
今回お呼びしたプロはこちらのお2人。吹替制作の第一線で活躍されている方々にお話を聞けました。
宇出喜美さん:フリーの演出家。洋画、海外ドラマからゲームの吹替版制作まで幅広い分野で活躍している。代表作に、『怪盗グルー』シリーズなど。
佐倉さん(仮名):大手吹替版制作会社に勤務。幅広い作品の制作進行を担当。今回は大人の事情で覆面でのご参加。
お2人を迎えて、聞きたいテーマは2つ!
1つ目はこちらです。
制作の現場で、いかにして「吹替版ダジャレ」が生まれるのか?
そしてそれに伴う生みの苦しみとは?
詳しく聞いてみたいと思います。
そして2つ目はこちら。
せっかくなので、実際に「吹替版ダジャレ」を作ってみて、プロに評価してもらいたいと思います。
ただ僕自身は即興でダジャレを作るのはできそうもない……。
ということで、”当意即妙”が得意そうなこちらのお2人をお呼びしました。
小説家としての顔も持ち、語彙力に定評のあるダ・ヴィンチ・恐山さんと、落語研究会出身でダジャレが好きだというかまどさん。
2人なら即興で、プロをうならせる「吹替版ダジャレ」を作ることができるのではないでしょうか?
乞うご期待です。
というわけで、今回はこちらの5人で進めていきます。
※今回の取材はZOOMを利用しました。
「吹替版ダジャレ」ってどうやって生まれてるの?
今日はよろしくお願いいたします! 佐倉さん、宇出さんは、普段どんなお仕事をされてるんですか?
外画(日本国外で制作される映像作品)の吹替版をつくる、プロデューサーをしています。配給会社などのクライエントから発注を受け、予算やスケジュールを管理し、キャスト・スタッフを集めて……という全般的な業務を担っていますね。
私は演出家という立場になるので、セリフを収録するのが一番重要な仕事になります。業務の流れとしては、まず全体のバランスを見ながらキャスティングを決め、さらに翻訳家さんから上がってきた原稿をチェック・肉付けして、アフレコの現場で役者さんの演技にディレクションを入れる、という形ですね。
ではさっそく、本日のメインテーマである「吹替版ダジャレ」に話を移したいと思います。実際には「吹替版ダジャレ」はどのように作られるのでしょうか?
基本的には、翻訳者さんにお任せしています。翻訳者さんから原稿が上がってくるタイミングで、原音のニュアンスやダジャレをそのまま日本語に直せなかった箇所は、申し送りがあるんです。
ある翻訳者さんから聞いた例を使って具体例を挙げると、
インテリアデザイナーが、
「この世界にはshiplap/シップラップ(木製ボード)とShinola/シャイノラ(靴磨き剤)の区別もつかないインテリア音痴が大勢います」
と嘆くシーンがあり、このままではどちらの単語も耳慣れないので、
「この世界にはインテリアとヨークシャーテリアの区別がつかない残念な人たちが大勢います」
と訳しました。
というような具合です。
なるほど。翻訳者さんからの案を、そのまま使うことが多いんでしょうか?
大体の場合は、そうなりますね。たまに「もっと考えなくちゃな」とならなくなるときもあります。
ぶっちゃけ、あんまり面白くないダジャレが上がってきちゃうことも……?
いえ、そういうわけではないんですが (笑) シットコム(※シチュエーションコメディの略)なんかだと、オリジナルの音声に笑い声が入ってるじゃないですか。
ありますね。「フルハウス」とか「フレンズ」とか。
そうです。笑い声があると、その笑い声のレベルに応じた面白さにしないといけないんです。声は爆笑してるのに、ダジャレが”くすぐり”レベルのものだったら、「じゃあもうちょっと考えようか」となるんですよ。
爆笑に見合うダジャレを出さなきゃいけないんだ……。過酷な大喜利ですね。
良いダジャレ案が思いつかない場合はどうするんですか?
まずは、脳みその数を増やすことですね。演出家、プロデューサー、翻訳者で顔を突き合わせて、ダジャレの案を出していくんです。難しいのが、いくら面白いダジャレであっても、元のセリフと意味やニュアンスがかけ離れてしまっていると採用しづらいんですよね。やりすぎると、作品やシーンのテイストが変わってしまうので注意が必要なんです。
なんでもいいわけじゃないんですね。
この例なんてわかりやすいかもしれません。これも翻訳者さんから聞いた例です。
(元の会話)
A:When I was growing up things were simple, you know? You wake up, you go to school or you go to work and–
B:I know how to twerk.
A:I said ”to work”, not ”twerk”.「仕事に行くこと(to work/トゥワーク)」と「お尻を振るセクシーなダンス(twerk/トゥワーク)」を聞き間違えるシーン。
直訳ではAが「最近の子供は忙がしすぎる。僕らが子供の頃は起きて学校や仕事に行くだけだった」と言っているが、このまま訳したのでは意味が伝わらないため、下のような訳になった。(吹替版のセリフ)
A 「昔は起きて学校へ行くだけ。今に墓穴掘るぞ。あんまり忙しすぎると…」
B 「私、おケツ振れる!」
A 「”墓穴を掘る”だよ。”おケツを振る”じゃない」
元のセリフの要素を取り出すと、「①同じ音の聞き間違い」「②Bは”お尻を振るダンス”について発言している」という点がありますね。翻訳されたセリフは、この①②両方の要素を備えているのがわかると思います。原語の直訳とは意味が変わりますが、ジョークのニュアンスは最大限再現されていますよね。
すごいな……。
若いころ、あるお客さんから言われたこんな言葉があるんです。「我々の仕事は、日本語版を作ることであって、日本版を作ることではない」と。海外のオリジナルスタッフが製作時に込めた意図やねらいを、日本語を使ってできるだけ再現するのが仕事なわけです。日本で勝手な味付けをしてはいけないよ、ということですね。
「吹替版ダジャレ」は、原音にどれだけ近づけて、かつ面白くできるかのチャレンジ、みたいなところはありますね。
良い「吹替版ダジャレ」を作るために他にやっていることはありますか?
私はとにかく、いろんな意見を聞くようにしてます。たとえば子供向けの作品だと、子供が笑えるものを大人だけで考えるのは限界があるんですよ。「オジサン、オバサンが無理して考えたな」って思われてしまうと良くないので、たとえば友達の子供と話してアイデアをもらうこともあります。
逆に古い言葉を持ってこないといけないときもありますよね。
あります! 以前担当した作品で、登場人物がアメリカでも古臭いとされているダジャレを言うシーンがあって。そのときは、無理やり古いギャグを引っ張りだしました。
ちなみに、どんなギャグだったんですか?
「冗談はよしこちゃん」です。
あー……。
それを大真面目に考えてると思うと面白いですね。
場合によっては、声優さんの力技でなんとかダジャレを成立させるなんてこともあるんじゃないでしょうか?
それは、すごくありますね。台本に言葉として書いてあるとまったく面白くないけど、役者さんがお芝居しながら読むと面白くなるなんてことはザラにあります。
役者さんにもうまい人がいるんですよ。キャスティングの時点でこの人なら大丈夫だろうという役者さんにあたったり、逆に根が真面目な人に変なことを言わせて面白くしたり……「吹替版ダジャレ」に限った話ではないですが、役者さんの演技にプラスの要素をもたらしてもらっています。
これも翻訳者さんから聞いた例なのですが、役者さんの力でなんとかなった事例だそうです。
(元の会話)
男1(イギリス人):Dick job is my life.(探偵稼業は私の人生だ)
男2(アメリカ人):Don’t make me confuse. You are so weird man.(俺を困らせないでくれ、変な奴だな)イギリスでは探偵のことを「dick」と言うため、男1さんは「探偵稼業は私の人生だ」と言っていますが、アメリカでは「dick」は男性器のことを言うため、男2さんは完璧に男1さんのことをゲイと勘違いします。
そこで「俺を困らせないでくれ」と答えているわけですが、それをまま完全には訳しきれないので下のような訳になりました。(吹替版のセリフ)
男1:これが私の「なりわい」なんだ
男2:あんたの「ナニ」にワイワイされても困るな
だいぶ無理やりだ。
そうなんです。文字の段階では「これでいいのか?」と大いに迷ったらしいですが、実際にはベテランの声優さん同士がかけあいで演じることで、見事に笑えるものになったそうです。
「ナニ」なんて言葉も出てきましたが、下ネタって難しそうですよね。
そうなんです! 配信の作品が増えたせいか、その手の表現が近年きつくなってきているんですよね。
一番多いのは「F○CK(ファ○ク)」ですが、「FU○K」ってすごくたくさんの意味や用途があるんですよ。日本語にする場合、基本的には「クソ」、「クソったれ」に置き換えていく作業になるんですが、あまりに「F○CK」を連発する作品だとセリフが「クソ」だらけになってしまうんです。
バリエーションをつけなきゃいけないんですね。
あとは人種差別的な表現なんかも気を使いますね。そのまま訳すと強烈すぎるけど、マイルドにしてしまうと作品のテイストが削がれてしまうんです。
実際にあった例なんですが、■■同士でお互いの■■■を比べ合うという会話シーンがあって、相手の■■■を■■に例えたりするんですよ。
ひどすぎて笑っちゃうな。
ごめんなさい、これ書けないです。
さて、いろいろ興味深い話を聞いてきましたが、ここからは「素人でも『吹替版ダジャレ』を作れるのか?」を検証してみようと思います。恐山さんとかまどさんに即興で「吹替版ダジャレ」を作ってもらえればと。
とうとうこの時間が来てしまった……。できることなら、興味深い話だけ聞いて終わりにしたかった。
よぉーし……。
問題は、僕がいろんな作品の吹替版を観て発見したシーンから出題します。ではよろしいでしょうか?
あのー、すいません。
打ち合わせの時もお伝えしましたが、「即興で」というのは正直かなり難しいと思いますよ。我々がやる場合も、翻訳者さんが数日かけて考えるものなので……。
私もそう思います。
もっと強く言ってやってください。素人ができるわけないって。
まあ、でも、やってみましょう。はい。