美しい花、かわいい犬、優美なダンス、あざやかな絵画には美的価値[aesthetic value]がある。美的価値を持ったアイテムは、ある独特な仕方での良いものであり、私たちが気にかけるものである。生活における多くの場面で、私たちは美的なものに配慮している。賃貸の部屋を選ぶときには、家賃やエリアだけでなく、建物の外観は洗練されているか、共用部はきれいか、壁紙はシックか、押入れは古臭くないか、部屋に目障りな出っ張りがないかを気にかける。美しさや醜さは、必ずしも最優先事項ではないにせよ、私たちの選択にとって重要な考慮事項のひとつである。
美学[aesthetics]というのはその他の判断や態度や経験とは区別される、美的判断・美的態度・美的経験などをターゲットとして、その本性を哲学的に探る分野だが、美的価値はそのなかでも近年とりわけ注目されている主題である。言ってしまえば、これは古代ギリシアから続く美についての哲学の最先端である。本エントリーは、美的価値をめぐる議論において誰がなにを論じているのか、おおざっぱな見取り図を与えようとするものだ。また、私がいま取り組んでいるトピックでもあるので、自分の研究を対外的にアピールする意図もある。*1
- 1 なにが問われているのか
- 1.1 線引きの問い
- 1.2 規範的問い
- 2 どんな反応に理由を与えるのか
- 3 なにゆえ理由を与えるのか
- 3.1 美的快楽主義
- 3.2 実践的アプローチ(ロペス)
- 3.3 原始主義(シェリー)
- 4 どれだけ強い理由を与えるのか
- 5 その他の探求
- 個性・スタイル
- 専門性
- 能動的関与
- 文化的多様性
- さいごに
- 付録1:年表
- 付録2:リーディングリスト
- 日本語で読めるもの(たぶん全て)
- サーベイ論文
- 重要文献10選
*1:勉強したてのころに書いたものよりも、だいぶ体系的なものになったかと思う。ところで、私は2023年までは美的快楽主義者だったが、以降はこれに反対するようになった。