サブスク時代のリスニング環境と、そこから生まれる音楽の話&雑感

これが4万回くらいRTされて、「サブスク時代の若者がさぞかし素晴らしい音楽を作るに違いない」という論旨だと受け取られていて、それに対して賛成と反対のリアクションがついている。

ただ自分の言いたかったことは本当はちょっと違って、素晴らしい音楽が生まれるかどうかはわからないと思う。というか、そもそも音楽が素晴らしいかどうかを(個々の曲についてならともかく)特定の年齢層が作った曲だったり、ジャンル丸ごと、というような総体に対して論じるのはあまり意味がないと思う。

良し悪しではなく、単純に「新しい環境で育った世代が今までと違う新しい音楽を生む可能性がある→音楽の多様性が増える」というのがこの話の本旨である。

フューチャーファンクという実例

ちょっと極端な例ではあるんだけど、自分が明確にサブスク以降の音楽だなと感じるものはすでに登場していて、フューチャーファンクと呼ばれるものがそれである。*1

Vaporwaveの流れを汲んでいて、80年代の日本のシティポップにビートを載せたりテンポアップしたりして、フィルターハウスっぽい感じに仕上げた音楽。日本生まれではなくて、海外の音楽好きがレアグルーヴとして日本のシティポップを発見して、そこに手を加えていって確立したジャンルという感じ。自分が好きな曲だと例えばこれ。

Yung Bae / Bae City Rollaz
www.youtube.com

個人的にはめちゃくちゃ好きなジャンルで一時期聴きあさっていたんだけど、正直これが音楽として素晴らしいかというと意見が分かれるところではあると思う。これまでに台頭してきたサンプリングミュージックに比べても圧倒的に「原曲そのまんま」だし、むしろこれは独立した作品ではなく単なる盗用だと感じる人もいるだろう。ただ事実としてこれは世界中のインターネットで大人気になり、多くの人を魅了したジャンルである。

新しい音楽が素晴らしいかどうかを判断することの難しさがよく表れた話だと思う。

文化と進化の話

ただ、フューチャーファンクが素晴らしいと思った人もそうでない人も、良かれ悪かれ、あれが新しく登場した音楽ジャンルであるということは否定できないと思う。これが音楽の多様性が増えるということである。

で、これは僕の持論なのだけど、文化の本質は多様性なのではないか。つまり、「いろんなのがある」ということ。

音楽でいえば、土地や民族ごとの伝統音楽があって、西洋発祥のクラシック音楽があって、ジャズがあって、ロックがあって、クラブミュージックがあって……っていう広がりがあって、かつそこに相互作用というか、お互い影響しあったり参照しあったりする関係の中でどんどん新しいものが生まれて、また多様性が増していく。それは音楽っていう大きいくくりの中だけではなくて、特定のジャンルの中でも、たとえばクラブミュージックなんかはわかりやすく小ジャンルが細分化されていて相互に影響し合っている。さらに特定の小ジャンルの中でも、東京のシーンがあってロンドンのシーンがあってシカゴのシーンがあって……みたいに土地ごとにそれぞれ特色を持っている場合もあるし、そのシーンの中でも個々のアーティストがちょっとずつ違うことをやって、お互い影響し合っている。

そういう多様性があって、さらにそれがどんどん増していくことが、文化の豊饒さを形作っている。そして逆に多様性を失うとその文化が死んだりする。

で、これは生物の進化にも似ている。

よく進化論についてされる勘違いの例として、「人間という素晴らしい完成系形があって、進化とは低レベルな生物が徐々にそれに近づいてきた道のりである」というものがある。実際には生物は突然変異を繰り返してたまたま特定の種が生き残り、結果いま人間がいる、という話でしかない。つまり進化には指向性がないのだ。よく「キリンは高いところの葉を食べるため首が長く進化した」と言われるが、あれも間違っていて、実際はキリンは首を伸ばしたいという意志で(=指向性を持って)首を伸ばしたのではない。たまたま長い首をもった個体が生まれて、それが生存に有利だから生き残っただけなのである。

進化において大事なのは多様化であり、そのために突然変異の試行回数が多くあることなのだ。そうすれば淘汰されても一部が生き残ることができる。

新しい音楽

音楽に話を戻すと、リスニング環境の変化という刺激を受けて、いまからたくさんの突然変異が起こるかもしれない、ということを言いたいツイートだったのである。

そこで生まれてくる音楽の中には、素晴らしく感じられるものも、ひどくつまらないと感じられるものもあるかもしれない。ただ現時点でつまらなく感じるものであっても、さらなる多様化を促す、後世から見たらとても重要なターニングポイントだったという可能性もある。また、その音楽自体が再評価の対象になることもあるかもしれない。さらには、そうでなくて、ただつまらないだけのものであっても別にいいのだ。進化には指向性がないのが前提なのだから。「いろんなのがある」ことに意味があるのが(僕の考える)文化なのだから。

とにかく、多様化のきっかけが今ここにあって、いままでとは違うものが生まれそう、ということが楽しみなのである。というのがツイートの趣旨であった。

……ツイートの話はここで終わりで、以下はサブスク雑感です。

その前に最近サブスクで出会ってめちゃくちゃ良かった曲を挟みます。

www.youtube.com
Nu Guinea / Parev' Ajere
スティービー・ワンダーみたいなイントロから始まってソウルファンクっぽい感じなのかなーと思ってたらブラジル音楽っぽい女性ヴォーカルが入ってきて、あー最高……体が浮く……ってなるやつです。

サブスクで何がおこるのか

ここから一気に一般論ではなく自分の体験談になるのだけど、リスニング環境をサブスクに移行しての変化はこんな感じである。

なんでも聴ける

物理メディアの所有という縛りがなくなるのでまじで何でも聴ける。「サブスクに入っている曲なら」という制限はあるけど、「CDを持っていれば」に比べると格段に自由度が高い。

繰り返し聴かなくなる可能性

聴ける曲が多いので、一つのアルバムなり曲なりを繰り返し聴く回数は減った。ツイートの反応を見てもこれを危惧している人は多い。

わかる。

一覧性が低い→自分が気に入っていた音楽を忘れる

これけっこうサブスクの大きな弱点だと思っていて、要は「持ってる音源が棚にバーッて並んでる」状態がない。
そのせいで、一時期すごく好きだった曲が自分のCD棚に残らないので、1年後には忘れてるってことがけっこうある。ましてや5年後10年後どうなるか。
サブスクにもライブラリ機能はあるのでちゃんと管理すればいいんだけど、「意識してアーカイブしなくても物として家に残る」物理媒体の方にこの点ではアドバンテージがある。

あと前の項目と矛盾するんだけど、一覧性が低いから、聴く曲を選ぶときになんとなく再生履歴から最近聞いた曲を選んでしまうことがよくある。なので意識しないと同じものばっかり聴いてしまいがち。

「限られた予算で買うものを決めるために下調べする」行為がない

限られた予算がある場合、下調べをよくしてハズレを引かないっていうのがけっこう大事だったのだけど、今は直接聴けるからそれをあまりしなくなった。
この下調べでかなりの知識を得ていたようなところがあったので、習慣としてなくなると失うものがあると感じる。教養というか。
自分が「最近の音楽のことをよく知らない」と感じるのはこの影響が大きい。

レコメンドで次々芋づるできる

逆になにも調べなくてもレコメンド機能で芋づる式に同系統の音楽をたどれるのがやばい(いい意味)。「自分の好きな界隈」を一切の下調べなしで無限に聴ける。だから音楽を聴くとき「○○の何年のリリースで○○レーベル中期の最も脂ののったころの作品、ゲストに○○が参加していて…」みたいな入り方じゃなくて、音からバーンって入る。ジャンルの全貌把握したいみたいなときはこっちの方が話が早そう。

聴けなくなる曲がありそう

サブスクは所有ではないので、何らかの理由で配信終了になった曲は二度と聴けないという問題がある。これはまじで何とかしてほしい。


あと、ツイートにたくさん寄せられた反響からも一部抜粋したい。

自分は気づいてなかったけどなるほどと思った意見

ライナーノーツがない

それはたしかにそう。ネットで調べることはできるけど、ライナーのぎゅっと詰まった密度に比べると、ネット上の情報は粗い。

10年前からすでにYoutubeで違法アップロードされてたりして聴き放題の状態にあった

なるほどと思うの半分、いや「何でも聴ける」具合は今の方が圧倒的に上でしょ、とも思う。

よくわからない意見

前からレンタルがあったけど

100枚借りたらめちゃ金かかるだろうが!!

サブスクになってみんなが同じような音楽ばかり聴くようになる

なんで?

追記:

サブスク時代のリスニング環境と、そこから生まれる音楽の話&雑感 - nomolkのブログ

>みんな同じ音楽ばかり聴く これはカワンゴが言ってたな。選択肢が無限にあると逆にみんなランキングや他人のレコメンドを頼るようになるので多様性が失われる。断絶があったほうが多様性は保たれる。

2021/03/26 19:19
b.hatena.ne.jp
なるほど、それは確かにあるかも。
ただそれは一般リスナーの話で、ここではいろんな音楽を掘るモチベーションがあって自分でも音楽をバリバリ作り始めるような「音楽好き」層を想定していたので、ちょっと層が違うように思う。
とはいえさらに考えてみると「一般リスナーからガチ勢へのなりやすさ(なる確率?)」についてもリスニング環境の違いの影響はあるはずで、この要素はそこへも影を落としそう。(追記終わり)
選択肢が多すぎて埋もれてしまう曲が多くなる

埋もれるような曲はCDだったらそもそも買ってもらえないわけだし、まだサブスクの方が聞いてもらうチャンスがあるんじゃない?

情報過多になりそう

情報は多ければ多いほどよくない?人間は溺れるだけではなく取捨選択するので。

まとめ

雑に挙げてしまったけど、実は音楽を聴くのって「なんとなく流しておく」「好きな曲を聴いて気分をアゲる」「過去の音楽を学ぶ」「知らない曲を掘る」みたいにいろいろ種類があって、サブスク自体の良し悪しの話をするならそのどれに対してなのかをはっきりさせないとうまくいかないと思う。
今回は作り手の話だったのでその下地づくりと考えると「過去の音楽を学ぶ」「知らない曲を掘る」に話を絞った方がよくて、それぞれについてサブスクはいいところ悪いところがある。が、長くなったのでこの辺で終わりにします。

あとツイートの反応で

こういうのがあって、頼もしくてすごくいいなと思ってうれしかった。若者には本当にがんばってほしい。

追記

たくさん読まれているのでおまけでもうひとつ最近サブスクで出会ったとても良い音楽を貼ります。
www.youtube.com
Horacio Burgos / Canción para Sara
アルゼンチンのギタリスト。アルゼンチンにはこういうブラジルとはちょっと違う感じの優しいアコースティック音楽があって、これらはネオ・フォルクローレとか呼ばれている。
余談だけどフォルクローレといえば「コンドルは飛んでいく」みたいなベッタベタのアンデスの音楽を指すと思うのだけど、自分にはあれとこれの連続性があまり感じられず、あれのネオ版と位置付けられているのが不思議な感じがする。これが気に入ったらカルロス・アギーレとか聴いてみてほしい。

以上です。

*1:2016年くらいにはこのジャンル名が使われている&Spotifyでこれらの元ネタになるような日本の曲が配信され始めたのが同時期くらいなので厳密に「サブスク以降」かと言われるとちょっと微妙だが、少なくともYoutube等で音楽聴き放題の似たような状況が作られて以降の音楽である