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アッという間に市民に制圧されたトルコ・クーデターの隠された意味 軍2839人逮捕、判事2745人解雇

木村正人在英国際ジャーナリスト
市民に制圧されたクーデター(イスタンブール在住Merve Sebnemさん提供)
Merve Sebnemさん提供
Merve Sebnemさん提供

トルコ軍の一部勢力が15日夜(現地時間)、首都アンカラや最大都市イスタンブールに戦車を展開、国際空港を一時占拠し、ボスポラス海峡の橋を封鎖するなどしてクーデターを試みました。しかし全権を掌握するには至らず、エルドアン大統領はイスタンブールで演説し、「クーデターの試みは失敗した」と鎮圧を宣言しました。

グーグルマイマップで筆者作成
グーグルマイマップで筆者作成

英BBC放送によると、クーデターを鎮圧するための交戦で161人が死亡、1440人が負傷しました。軍高官を含む兵士2839人が逮捕され、裁判官2745人が解雇されました。反エルドアン勢力はこれを機に排除されたとみられます。

Merve Sebnemさん提供
Merve Sebnemさん提供

イスタンブール在住の女性ブロガーMerve Sebnemさんがツイッターでいかに早くクーデターが市民により鎮圧されたかを写真や動画付きで報告してくれています。Merveさんに連絡を取り、写真の転載許可を得たのでこのエントリーで紹介します。投稿は現地時間の16日午前零時ごろから始まっています。

同

英BBC放送がブレーキングニュースで「トルコ軍が『権限掌握』を宣言」を流したのがトルコ時間で15日午後11時45分でした。ツィートはその直後から始まっています。

同

Merveさんはエルドアンの支持者のようです。「トルコの住民はギュレニストの兵士によるクーデターの試みに抵抗する。私たちはこうしたことを二度と起こしてはならない」とツィート。エルドアンは今回のクーデターはギュレニストによって起こされたと指摘しています。

ギュレニストとは、イスラム教の教えをベースにした市民運動の指導者フェトフッラー・ギュレン師の教えに共鳴する人々のことで、もともと国家のイスラム化を進めるエルドアンとは同志のような関係でした。

戦車の上に乗る警官(同)
戦車の上に乗る警官(同)

しかしエルドアンが独裁色を強めるようになってから対立が鮮明になり、エルドアンは「ギュレニストは国家内国家をつくろうとしている」と批判、米国を拠点に活動するギュレン師とも袂を分かちます。警察や司法、メディア、その他の政府機関からギュレニストを次々と追放し、最後に残されたギュレニストの牙城が軍だったのです。

戦車の上の警官が銃を持っているのが分かる(同)
戦車の上の警官が銃を持っているのが分かる(同)

トルコでは今、エルドアン支持者とそうでない人たちの対立が深まっています。それを理解するためにトルコの歴史を簡単に振り返ってみましょう。第一次大戦で敗北したオスマン帝国は崩壊、青年トルコ党のムスタファ・ケマル将軍(1881~1938年)がスルタン(イスラム王朝の君主)制を廃止して1923年に共和国を建国、初代大統領に就任し、トルコの近代化を進めます。

その柱が世俗主義でした。イスラムの教えや習慣に雁字搦めに縛られず、西洋流の自然科学と民主化を取り入れたのです。ケマルには「アタチュルク(トルコ)」の父の称号が与えられました。トルコ軍はケマルの死後、トルコ近代化の土台をなす世俗主義の守護者として振る舞い、1960年以降、4回のクーデターを起こし、世俗主義と民主化が逆行するのを防いできました。

トルコの勢力関係(筆者作成)
トルコの勢力関係(筆者作成)

今回のクーデターの背景を解説するのは時期尚早かもしれません。しかしギュレニストのほかに、ケマルの考えをくむケマリストの影を指摘する声もあります。独裁色を強めるエルドアンから見ると、ギュレニストとケマリストという2つの敵対する勢力があり、今回はギュレニストを名指してして非難する意図がうかがえます。

Merveさんのツイッターを見るとトルコ時間の16日午前2時にはイスタンブールの市民が戦車の上に乗り、クーデターを事実上、制圧していることが分かります。クーデターを起こした軍の一部はメディアを完全には掌握できず、エルドアンはTVを通じて支持者に街に繰り出すよう呼びかけることができました。これで流れが決しました。

今年5月に辞任したトルコのダウトオール首相(筆者撮影)
今年5月に辞任したトルコのダウトオール首相(筆者撮影)

昨年11月の総選挙(投票率85.18%)でエルドアン率いる公正発展党(AKP)の得票率は49.5%に達し、550議席中、実に317議席を得ました。しかし今年5月にはダウトオール首相が、議院内閣制を廃し大統領に権限を集中させる新憲法制定を目論むエルドアンとの亀裂が大きくなり、辞任に追い込まれています。

得票率を見ても分かるようにトルコはエルドアン派と反エルドアン派に二分されています。

エルドアンは軍へのシビリアン・コントロール(文民統制)を強めてきました。このため、今回のクーデターは、成功した以前の4回に比べると計画も実行力も不十分で、トルコ世俗主義の守護者としての軍の威信を完全に打ち砕くものです。これを機にエルドアンの思惑通り、新憲法制定への流れが一気に強まる可能性があります。

そのためクーデターは、国家統制を強めたいエルドアンの「自作自演」というウワサまで流れています。ケマリストを攻撃すると国際社会から「民主化に逆行する」と批判される恐れがあるため、宗教色の強いギュレニストを標的にすることでエルドアンは自らの民主的正当性をアピールできます。

クーデターから一夜明けたイスタンブール(Merve Sebnemさん提供)
クーデターから一夜明けたイスタンブール(Merve Sebnemさん提供)

今回のクーデターはトルコの歴史的な転換点になる恐れが十分にあります。

(おわり)

写真はいずれもイスタンブール在住の女性ブロガーMerve Sebnemさん本人がスマートフォンで撮影したことを確認した上で、提供してもらいました。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。[email protected]

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