[取材先]フランスベッド株式会社(東京都)

1949年の創業当初、車両シート製造からスタートしたフランスベッド株式会社(以下、フランスベッド)は、日本の住宅事情に合わせた分割ベッドの発明を皮切りに、寝具、そして高齢化を見据えた福祉用具のレンタルサービス……と、時代とニーズの変化を敏感に捉えることで事業を拡大し、人々の暮らしを支え続けています。

近年では、独自の技術を融合させた革新的な環境配慮型解体システム「MORELIY®」(モアリー)を筆頭に、環境課題解決への貢献も志向するなど、さらにそのバリエーションを広げています。創業から75年を超え、「『豊かさとやさしさ』のある暮らしの実現」を掲げる同社の池田 一実副社長に、オリックス 新宿支店の金岡 令恵が、お話を伺いました。

スクーターのシートから分割ベッドへ。暮らしを見つめる「独自製品」への情熱

代表取締役副社長を務める池田 一実氏。

……まず、御社の沿革についてお聞かせください。当初はベッドではなく、スクーターのシートを製造されていたそうですね。

池田氏:そうですね。1949年に創業者の池田実が会社を設立した当初は、自動車メーカーの下請けとして、スクーターのシートなどを製造していました。しかし、創業者は単なる部品メーカーではなく、「自社の名を冠した独自製品を作りたい」という熱い思いを常に持っていたんですね。

そんな折、アメリカに出張していた際に、現地の人々がベッドで寝ている光景を目にしたそうです。当時の日本はまだ畳に布団を敷いて寝るのが当たり前の時代。「いずれ日本も生活が洋風化し、ベッドの需要が生まれるはずだ」と確信し、ベッドの生産に乗り出しました。

……当初から国内のニーズの変化を予測して、新商品を開発していたと

池田氏:はい。ただ、当時の日本の住宅は狭く、大きなベッドを置くのは現実的ではありませんでした。そこで開発したのが、日本初となる分割タイプのベッドです。昼はソファ、夜はベッドとして使えるこの製品は、日本の住環境にまさにフィットし、大ヒットを記録しました。スクーターのシートで培った、快適さを保つバネやカバーの技術が、形を変えて新たな製品を生み出したのです。

社名の由来にもなった分割ベッド。

……寝具メーカーとして確固たる地位を築かれた後、メディカル事業として、介護用品・福祉用具のレンタルサービスなども展開しています。その背景を教えてください。

池田氏:きっかけは、1本の電話でした。1980年代の当時はまだ手動のハンドルで操作する「療養ベッド」が主流でしたが、そのベッドをご購入されたお客さまから、わずか3カ月後に「下取りしてほしい」と連絡があったのです。お話を伺うと、ご使用者がお亡くなりになったと。これを聞いた現社長の池田茂が、「これではあまりにもったいない。必要な期間だけお貸し出しする方が、お客さまにとっても良いはずだ」と考え、レンタル事業を立ち上げたのです。

2021年度グッドデザイン賞も受賞した介護用電動ベッド「離床支援マルチポジションベッド」

……今でこそ家具や家電などでも当たり前になりましたが、当時としてはレンタルサービスは画期的な発想ですよね。

池田氏:社内からは「販売すればすぐ利益になるのに、月々のわずかなレンタル料では給料にもならない」と猛反対されたと聞いています。実際、事業は11年間も赤字が続きました。それでも社長は、「これは必ず社会の役に立つ」という信念のもと、事業を継続したのです。

転機となったのは、2000年にスタートした介護保険制度です。この制度では「福祉用具貸与」というサービスが提供されており、これにより、それまで数十万円もする介護用ベッドを全額自己負担で購入するしかなかった状況が、被保険者は月々のわずかなレンタル料で使用できるようになりました。制度の変化により、介護ベッドは「買うもの」から「借りるもの」へと一気にシフトしたのです。まさに、時代がわれわれに追いついた瞬間でした。私たちは制度が始まる17年も前から赤字覚悟でレンタル事業を続けてきたため、急拡大した需要に対応できる、ベッドの在庫や配送、メンテナンスといった運営ノウハウがすでに確立されていました。これが他社にはない大きなアドバンテージとなり、事業を軌道に乗せることができたのです。

快適性の追求が環境課題解決にも直結。約10年の研究が生んだ「1人で解体できるスプリングマットレス」

……「高齢化社会の介護問題」という社会課題解決に貢献する商品を、法制度が整備されるより前に展開していたということですよね。近年では、環境問題への貢献にも力を入れていらっしゃいます。スプリングマットレスを家庭で解体できる「MORELIY®(モアリー)」は、非常に画期的な製品だと感じます。

池田氏:ありがとうございます。「MORELIY®」もまた、お客さまの「困りごと」から生まれた製品です。使い終わったスプリングマットレスは「適正処理困難物」に指定されており、自治体によっては回収されなかったり、高額な処分費用がかかったりします。この問題を解決できないかと、10年ほど前から社内で研究を続けていました。

2021年度グッドデザイン賞を受賞した、スプリングマットレスの解体を容易にする環境配慮型解体システム「MORELIY®(モアリー)」。スプリングと他の材料が干渉しない構造にし、マットレスの各種材料それぞれを分解・独立しやすくすることで、1人でもマットレスを解体可能に。リサイクルも容易で廃棄物の削減にも貢献する。

……開発の鍵となったのは何だったのでしょうか。

池田氏:マットレスの端を強化する「プロ・ウォール®」技術と、独自技術である「高密度連続スプリング®」のシナジーです。もともと「プロ・ウォール®」は、マットレスの有効面積を広げ、端に座っても落ち込みにくいという快適性を追求して開発した技術だったのですが、この技術により、従来マットレスの形状を保つために必須だった「硬鋼線」と呼ばれる非常に硬い鋼鉄の枠が不要になりました。この枠はペンチなどでは切断できず、解体を阻む最大の要因でした。つまり、快適性追求のための技術革新が、偶然にも長年の課題だった「解体の難しさ」を解決してくれたのです。

鋼鉄の枠が不要になったことで、マットレスの表生地を外すだけで、内部のスプリングを簡単に取り出せる構造になりました。このスプリングは国内で唯一フランスベッドだけが生産している、1本の鋼線を編み上げて作る「高密度連続スプリング®」のため、素材が鋼線のみとなり、リサイクルが非常に容易になります。2つの技術のメリットを最大限に生かすべく、「MORELIY®」では、マットレスの各素材が混ざり合わない構造を採用しました。これにより、解体のコスト削減とリサイクル効率化を同時に実現し、環境保全に貢献できる解体システムが完成したのです。2032年までに、フランスベッドが生産する約5割のマットレスに「MORELIY®」を採用する予定です。

1本の鋼線を編み上げてつくられた、継ぎ目のない一体型の構造が特徴の「高密度連続スプリング®」。

……お客さまの「困りごと」に徹底して向き合う姿勢が感じられます。

池田氏:その姿勢は、私自身の体験からも重要だと感じています。数年前に祖父が亡くなった際、遺品整理で家具を処分するだけで数十万円もの費用がかかりました。この経験から、ベッドだけでなくチェストやテレビなども含めて、施設入居時に必要な家具一式をレンタルするサービスをはじめたのです。これもまた、お客さまの「退去時の手間や費用が大変」という声に応えたもので、今では順調に事業が伸びています。

創業以来、「豊かさとやさしさのある暮らしの実現」という理念は変わっていません。健やかな睡眠を提供する寝具も、介護する方・される方の双方の快適さを支える福祉用具も、その根底にある思いは同じです。

従業員によるアイデア創出と「挑戦する文化」が、新たなイノベーションにつながる

……「MORELIY®」構造のような画期的なアイデアはどのように生まれるのでしょうか。

池田氏:当社の開発の現場では、常に「とりあえずやってみよう」という文化が根付いています。トップダウンの指示だけでなく、全社員がいつでもアイデアを投書できる目安箱のような仕組みがあり、実際にそこから商品化につながるケースも少なくありません。

例えば、寝たきりの方の褥瘡(じょくそう)を防ぐためのポジショニングクッション「もふピタ」がその好例です。もともと、こうしたクッションについては、他社製品を仕入れて販売する形をとっていました。しかしある時、営業の社員から「これなら、うちの工場でもっと使いやすいものが作れるのではないか」という企画の投書があったのです。

※ 寝たきりなどによって、体重で圧迫されている場所の血流が悪くなったり滞ったりすること。皮膚の一部が赤い色味をおびたり、ただれたり、傷ができてしまう。

そこから開発が始まり、従来品をさらにバージョンアップさせた製品が完成しました。正直、当初はここまで売れるとは期待していなかったのですが、介護現場のヘルパーさんなどから大変ご好評をいただきまして、今ではヒット商品へと成長しています。

ポジショニングクッション・体位変換器「もふピタ」。ポジショニングクッションに羽毛布団の製法を応用することで使い心地の良さと耐久性の高さを実現し、介護・医療現場における褥瘡(じょくそう)予防とケア、快適な姿勢の保持、安全な体位変換、リハビリテーションを支援。

……その他、社員からアイデアを募るための工夫や取り組みにはどのようなものがありますか。

池田氏:年に1度、優れたアイデアや成果を上げた社員を「社長賞」など6つの賞で表彰しています。特徴的なのは、自薦他薦問わずエントリーができ、複数受賞も複数年にわたる受賞もありえる点です。企画アイデアを投稿する仕組みもあり、自然と「新しいことに挑戦しよう」という空気を作っているのだと思います。

ただ、もちろん現場の声をすべて取り入れられるわけではありません。マーケットインを重視する営業サイドの声と、プロダクトアウトをめざす開発部門の技術シーズのバランスを保つことが非常に重要です。そのために、開発会議などの場で常に議論し、中長期的な経営計画と照らし合わせながら、進むべき方向性を慎重に見極めています。

日本のやさしさを世界にも届けられる「ヒューマンカンパニー」であり続けたい

……今後の展望については、どのようにお考えでしょうか?

池田氏:国内では、快適な睡眠環境の追求をさらに深めていきたいと考えています。異業種の企業の方々とも協力しながら、IoT技術を活用してベッドを照明やエアコンなどの家電と連携させたり、ベッドに限らずライフスタイル全体から睡眠の質を向上させるようなソリューションを提供できないか模索しています。こうしたオープンな連携を今後も積極的に進めたいですね。

海外展開についても、今後さらに注力していきたいと考えています。少子高齢化は、韓国や台湾、東南アジア諸国など、アジア全体の共通課題です。介護保険制度で先行する日本の知見や製品は、こうした地域において大きな強みとなります。すでに韓国では現地の企業と連携してレンタル事業を開始していますし、タイでは現地の保険会社と組み、保険の付帯サービスとして当社の製品を提供するなど、各国の事情に合わせたローカライズを進めています。文化やインフラの違いに対応しながら、日本の「やさしさ」を世界に届けていきたいですね。

……最後に、御社がめざす「ヒューマンカンパニー」への思いをお聞かせください。

池田氏:働き手が多様化するなか、誰もが能力を発揮できる環境づくりが不可欠です。在宅勤務やフレックスタイムといった制度を整えるのはもちろん、製品開発においてもその視点を忘れません。

例えば、納品・設置の負担を軽減するために開発した分割式の介護ベッド『RAKUDA』は、女性や体力に自信のない社員でも活躍できる現場を実現しました。これも人的資本経営の一環です。これからも、お客さま、社員、そして社会にとって「豊かさとやさしさ」とは何かを問い続け、それを形にしていく企業でありたいと考えています。

<取材を終えて>
オリックス株式会社 新宿支店 金岡 令恵

当日は、フランスベッドさんのショールームで取材させていただきました。数々の製品のご説明もいただきながら、これまでの歴史をお伺いすることができ、非常に貴重な機会となりました。創業75年を迎えた現在も、自社の技術と製品を通じて、あらゆる社会課題解決への貢献をめざすフランスベッドさんの企業姿勢に、深い感銘を受けました。オリックスグループとしても、ぜひお力になれるようなご提案ができたら幸いです。

関連コンテンツ
フランスベッド株式会社
「構造設計」で高耐震とコスト最適化を両立させる。成長サイクルを築いた北海道の構造設計事務所のマネジメントとは
「疲れにくい手袋」で世界をリード。技術と品質を武器にしたショーワグローブの次世代戦略
廃棄物を資源にし、次世代へ。高純度リサイクルで循環型社会を目指す野末商店の挑戦

[PR]提供:オリックスグループ