
ボーイジーニアスやルーシー・ダッカスとツアーを回り、引っ張りだこのプロデューサーとなったジェイ・ソム(Jay Som)ことメリーナ・ドゥテルテ(Melina Duterte)。そんな彼女が、2019年以来となるニューアルバム『Belong』を引っさげて帰ってきた。最新インタビューをお届けする。
”参照点の花束”のような作品
メリーナ・ドゥテルテは友人たちとの出先で、よくするゲームがある。ジェイ・ソム名義で活動するドゥテルテがカフェやバー、レストランなどで過ごしていると、現代のインディー・アーティスト(たとえばAlvvaysやフィービー・ブリジャーズ)の曲が流れることがある。そんなとき、彼女の友人たちは決まってこう言うのだという。「『次にジェイ・ソムの曲がかかるのはいつだと思う?』って賭けを始めるんだよね」と、ドゥテルテはブルックリンのカフェで笑いながら語る。「もう本当に、毎回のようにそうなるの」
たとえ、そのカフェで流れている音楽がジェイ・ソム本人の曲でなかったとしても、その録音に彼女が関わっている可能性はかなり高い。ここ6年ほどのあいだに、30歳を迎えたドゥテルテはインディーロック界で最も重要な”裏方”のひとりへと成長した。プロデュース、レコーディング・エンジニアリング、ミキシング、あるいは演奏などの形で、ルーシー・ダッカス、Illuminati Hotties、Vagabon、Chastity Beltなど数多くのアーティストの作品に関わってきた。2023年にはボーイジーニアスのツアー・ベーシストを務め、彼女たちのデビュー・アルバムにも参加している。話題のシンガーソングライター、Fenne Lillyによる2023年の楽曲「Lights Light Up」の完璧に配置されたボーカル、ドラム、ベース、ギターのミックスを手がけたのも、他ならぬドゥテルテである。
ボーイジーニアスのライブ映像、後列左で演奏しているのがジェイ・ソム
人気プロデューサーとして、また信頼されるコラボレーターとして確固たる地位を築いた今、ドゥテルテはジェイ・ソム名義で新作『Belong』を携えて帰ってきた。2019年以来となるアルバムで、彼女は挫折や迷走を重ね、制作そのものを諦めかけたこともあったという。『Belong』はまた、ジェイ・ソムの音楽的ルーツをめぐるスリリングな旅でもある。ざらついたギターのエモから繊細なフォーク・ミュージックまで、彼女の影響源を縦横無尽に駆け抜ける内容で、パラモアのヘイリー・ウィリアムス、ジミー・イート・ワールドのジム・アドキンスといった豪華ゲストも参加している。そしてこのアルバムは、進化を続けるドゥテルテのキャリアのなかでも、これまでで最も充実した新章の幕開けを告げるものとなりそうだ。リリースは10月10日で、その1カ月後には彼女がプロデュースを手がけたオーストラリアのシンガーソングライター、Hatchieの新作も控えている。
ヘイリー・ウィリアムス参加の「Past Lives」
「メリーナは本当に多忙なんです。でも、そうなるのは当然ですよ!」とルーシー・ダッカスは本誌にメールで語ってくれた。「私は何年も前から彼女の音楽のファンでした。だから、プレイヤーとして、エンジニアとして、プロデューサーとして、そしてバンドメンバーとして彼女が働く姿を間近で見られるのは本当に嬉しいこと。彼女は謙遜しなくてもいいと思う。だって、なんだってできちゃう人なんですから」
本誌が初めてジェイ・ソムにインタビューしたのは2017年のこと。その記事の最後で、ドゥテルテはこう語っていた──「これまでずっとひとりでやってきたけど、尊敬している人たちと一緒に遊ぶように音楽を作れたら素敵だなって」。この言葉を改めて聞かされた彼女は、思わず感情がこみ上げたという。「そんなこと言ってたの? かわいい……ちょっと泣きそう」。
新作『Belong』は、音楽を愛するリスナーとしてのドゥテルテの人生そのものを封じ込めた、”参照点の花束”のような作品だ。多くの曲は、彼女が好きな音楽を思い出させるリフやアレンジを試しながら生まれたという。たとえば「Cloud Nothings Idea」と題されたデモは後にリード曲「Float」となり、「ドレイクとHovvdyを掛け合わせた曲」はアルバム冒頭の「Cards on the Table」に、「ブロークン・ソーシャル・シーンとアレックス・Gを混ぜた曲──自分への簡単なお題」というのが「Casino Stars」になった。
ルーシー・ダッカスは、今作のジャンルを超えた構成を称賛している。「このアルバムには制限なんて存在しません」と彼女は語る。
多くのアーティストが影響源を語るとき、それは自分自身のサウンドを見つけるための手段として語られる。だがジェイ・ソムにとって、お気に入りのレコードとは──それ自体が目的なのだ。
「私は”他の人みたいな音”を出したいんだよね」と彼女は言う。「そう言うと、みんなすごく不思議そうな顔をするんだけど。『なんで他の誰かみたいに聞こえたいの?』って。でも私は、『それこそが音楽を作る理由』って答えるの。……大抵の人たちは、そんなふうに考えるのを恐れているでしょうね。だって、みんな”唯一無二の存在でありたい”、”誰もやっていないことをやりたい”と思っているから。でも、あらゆることを先人たちがやってきたんだもの。だからこそ、自分が本当に好きで、誇りを持てることをやり続ける──それこそが、いちばんユニークなことなんだと思うな」
アーティスト活動とプロデュース業の両立へ
2020年3月、ジェイ・ソムのツアーが中断され、世界がシャットダウンに向かい始めた頃、ドゥテルテは新しいスキルを身につけようとしていた。彼女は長年のパートナーであるChastity Beltのアニー・トラスコットと共に暮らすロサンゼルスの自宅で落ち着いた生活を送り始めた(近所にはイーグルス・オブ・デス・メタルのジェシー・ヒューズも住んでおり、深夜になるとマジー・スターの「Fade Into You」を絶叫カラオケで歌い上げ、近隣住民を悩ませていたという)。
その頃、彼女は録音技術の腕を磨きはじめた。2016年のデビュー作『Turn Into』以来築き上げてきたキャリアは、(パンデミックの影響で)一時的に成り立たなくなったが、他のアーティストのレコーディングを手伝うことは可能だった。
「まるで5年間、学校に通っていたみたいな感じだった」と彼女は語る。「毎日YouTubeとGearspace(録音機材に関するオンライン掲示板)を見て、エンジニアの友達をしつこく質問攻めにして、コロナ禍の給付金は全部オーディオ機材につぎ込んで……。そこからすべてが変わったの」
友人たちの宅録インディー作品を手伝う”サイド・プロジェクト”として始まったその活動は、あっという間に本格的な新しいキャリアへと発展した。多くのアーティストがツアーを再開しても、インディペンデントでのツアー巡業がまだ不安定だった時期のことだ。
Photo by Maria-Juliana Rojas
2021年には、Palehoundのエル・ケンプナーと共に「Bachelor」名義でコラボ・アルバムを発表。そして次にかかってきたのは、ボーイジーニアスからの電話だった。2023年のアルバム『The Record』の制作に携わった後、ドゥテルテはフィービー・ブリジャーズ、ジュリアン・ベイカー、ルーシー・ダッカスとともに全米を華やかにツアーした。
2010年代の大半を友人宅の床で寝泊まりして過ごしていた彼女にとって、専属のベース・テクニシャンがつき、8本もの楽器を使い分けるツアー生活は大きな変化だった。「毎日、笑いすぎて顔が痛くなるくらい幸せだった」と彼女はそのツアーを振り返る。
他のアーティストたちと仕事を重ねてきた経験は、ドゥテルテにとって自身の作品との向き合い方に大きな影響を与えた。だが同時に、”ジェイ・ソムとしての自分”との関係を見失う瞬間もあったという。「当時は自分の作品に対して、深刻なアイデンティティの問題を抱えていた」と彼女は振り返る。
今年初め、『Belong』のレコーディングが佳境に差しかかるころ、彼女は激しい自己不信に襲われた。「長いあいだずっと、『ジェイ・ソムをやめて、プロデューサー一本でやっていくべきなんじゃないか?』と考えていた」と彼女は言う。「『私が歌う資格なんてあるの?』『何を目指してるんだろう?』――そんなふうに思う瞬間が何度もあった。典型的なインポスター・シンドロームってやつ。『年を取りすぎたのかも』なんて思ったりもして」
だが、ここ数年で彼女は多くのアーティストたちが同じような自己不安から抜け出すのを手伝ってきた経験があり、そうした感情は創作のプロセスの一部にすぎないことを理解していた。そして彼女の周囲にも、支えとなる共同プロデューサーたち――ジョアン・ゴンザレス、マル・ハウザー、カイル・パリーがいた。
これからの展望として、ドゥテルテはケイト・ル・ボンのように、アーティストとプロデューサーの両軸を行き来するあり方に刺激を受けているという。その両立が生むバランス(と忙しさ)が、今の彼女にとって理想的なのだ。「ちょっと変な言い方だけど、これからの5年から10年の自分の人生がはっきり見えている」と彼女は笑う。「新しい出会いがたくさんあって、今そばにいる仲間たちとも一緒に成長していける――そんな未来が見えるんだ」
Photo by Maria-Juliana Rojas
彼女の頭の中にはいくつものビジョンがある。10年前にリリースされたジェイ・ソムの楽曲を、当時はまだ出会えなかった若い世代のファンたちに紹介していくこと。一時的にプロデュース業を休み、ジェイ・ソムとしての活動に集中したあと、再び制作現場に戻ること。そして、日本や韓国のバンドと仕事をし、いつかは家族とともに両親の故郷であるフィリピンをツアーで回ること。さらには、ギター中心ではない音楽を作っていくこと──。
「ただひたすら、もっと上手くなりたい」とドゥテルテは言う。「ツアーの合間やオフの日にはいろんな人とコラボしたいし、行く先々の街でアーティストたちを録音したい。新しい曲もどんどん書きたい」
では、いまこの瞬間、彼女がいちばん楽しみにしていることは? ドゥテルテは微笑みながら答えた。
「今はただ、ジェイ・ソムの曲をツアーで演奏したいかな」
From Rolling Stone US.
ジェイ・ソム
『Belong』
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