7月13日の大分県議会本会議で、東九州新幹線について大分県が「日豊本線ルート」と「久大本線ルート」の両方で費用対効果などを調査していると判明した。大分放送が7月14日に配信した報道によると、調査は大分県東九州新幹線整備推進期成会が約1,990万円の予算で実施しており、秋にも結果が公表される見通しだという。

  • 東九州新幹線の「日豊本線ルート(赤)」と「久大本線ルート(青)」(筆者予想。地理院地図を加工)

突如浮上した「久大本線ルート」に驚いた。東九州新幹線といえば「日豊本線の新幹線ルート」であり、そこに疑いの余地はなかった。いまになって新しいルートの可能性はあるのか。……あった。じつはこのルートも、新幹線基本計画から逸脱していないのだ。

東九州新幹線は1973(昭和48)年、運輸大臣(現・国土交通大臣)によって「建設を開始すべき新幹線鉄道の路線を定める基本計画」に加えられた。そこでは「起点 : 福岡市」「終点 : 鹿児島市」「主要な経由地 : 大分市、宮崎市」と規定されている。当時はこれで「日豊本線ルート」だと誰もが思った。ただし、福岡市と大分市の間はどこを通っても良いと解釈することもできる。「久大本線ルート」は基本計画の隙を突いたような提案といえる。

もし経由地に「北九州市」があれば、「日豊本線ルート」で固定されたはず。主要な経由地として、基本的には県庁所在地を指定しているだけに、「北九州市」を入れることは考慮されなかったようだ。とはいえ、東九州新幹線といえば、誰もが疑念なく「日豊本線経由」「小倉駅で山陽新幹線接続」「博多~小倉間は山陽新幹線と共用」の3点を念頭に置いただろう。

しかし、東九州新幹線として想定した「日豊本線ルート」は、50年経って状況が変わっている。新幹線の基本計画路線は国鉄時代の路線網を想定しており、東京・大阪から大分・宮崎を結ぶ想定だった。36年前に国鉄が分割民営化され、JRグループが発足すると、JR各社は他のJR線と接続するより、自社線内の利便性を追求するようになった。JR北海道が札幌圏中心のダイヤ編成に舵を切ったように、JR九州も福岡圏中心のダイヤ編成となっている。

大分県にとって、小倉駅で山陽新幹線(関西方面)と連絡するより、博多駅に直結したほうが利点が大きいといえそうだ。「日豊本線ルート」で東九州新幹線を建設する場合、現行の在来線特急「ソニック」(鹿児島本線・日豊本線経由)のような小倉駅でのスイッチバックは解消したい。いままでは本州向きに接続する前提だったかもしれないが、博多向きにつないだほうがいい。それなら「久大本線ルート」のほうが最短距離になる。

国鉄の分割民営化によって、山陽新幹線(新大阪~博多間)はJR西日本の営業路線になった。東九州新幹線はJR九州の営業路線になるから、小倉駅経由で博多~大分・宮崎間を乗り通す場合、基本的に山陽新幹線と東九州新幹線の特急料金は合算となり、割高になってしまう。そう考えると、「久大本線ルート」のほうが博多駅まで安くて速い。

ちなみに現在、日豊本線の所要時間は小倉~大分間で1時間23分、大分~宮崎間で3時間9分、宮崎~鹿児島中央間で2時間9分となっている。東九州新幹線が「日豊本線ルート」で開業した場合、所要時間は小倉~大分間で31分、大分~宮崎間で48分、宮崎~鹿児島中央間で29分になる。これに山陽新幹線小倉~博多間の所要時間17分を加えると、博多~大分間は48分、博多~宮崎間は96分(1時間36分)、博多~鹿児島中央間は125分(2時間5分)になる。

「久大本線ルート」の所要時間は調査中で明らかになっていないが、現在の久大本線に沿いつつ直線的なルートを電子地図で計測したところ、100~110kmになった。実際にはトンネルの地質等で迂回する場合もあり、もう少し延びるだろうから、小倉~大分間とほぼ同じ距離になると思われる。久留米~大分間の所要時間を31分として、九州新幹線博多~久留米間の所要時間は17分だから、博多~大分間の所要時間は「日豊本線ルート」「久大本線ルート」ともに大きく変わらない。

ちなみに、後述の県議会で「博多駅直結、福岡空港経由」の提案が行われていた。九州新幹線の接続点を博多に近づけるほど、時間短縮効果は高くなる。

「久大本線ルート」の福岡県側、九州新幹線と接続する駅は、現在の久大本線と同じ久留米駅とする案と、西九州新幹線と連絡しやすい新鳥栖駅とする案が考えられる。もっと南で接続させようとすると、別の基本計画路線である九州横断新幹線(熊本~大分間)と競合してしまう。「久大本線ルート」はなるべく博多駅に近いところで九州新幹線と接続させたほうが良さそうに思える。

東九州新幹線を「久大本線ルート」にした場合、博多方面へ直行できる代わりに、関西方面は遠回りになってしまう。しかし解決策はある。四国新幹線だ。四国新幹線は「大阪市~徳島市~高松市~松山市~大分市」を結ぶルートであり、さらに「岡山市~高知市」を結ぶ四国横断新幹線との交点で相互接続や直通運転が行われる。これで岡山方面や関西方面とも直行できる。「久大本線ルート」と四国新幹線・四国横断新幹線の組み合わせで、大分市はようやく関門海峡の呪縛から解放されるというわけだ。

これらの路線がすべて整備されると、大分市は四国・九州各県を結ぶ交通の要衝として機能する。現在の大分空港は国内線が主だが、航空機から宇宙ロケットを射出するための宇宙港としても整備される予定だという。残念ながら当初提携した米企業は解散してしまったが、提携までの整備実績があり、大分県は他の宇宙事業者を誘致する意向を示している。実現すれば、国際線中心の福岡空港と大分空港を結ぶ連絡路線としても機能する。

「久大本線ルート」の欠点として、北九州市という大都市と大分市・宮崎市の速達化が達成されず、東九州新幹線を望む宮崎県の不満が高まりかねない。さらに、新幹線には付き物の並行在来線問題などもある。「久大本線ルート」なら久大本線の久留米~大分間が並行在来線として経営分離され、「日豊本線ルート」なら日豊本線の小倉~大分間が経営分離されるだろう。

加えて、新幹線建設費と第三セクター運行費用を負担する福岡県側の意向も関わってくる。福岡県が北九州市の発展を望むなら、小倉駅経由を望むだろう。福岡県としては、24時間運用可能な北九州空港の活性化を期待し、「日豊本線ルート」で北九州空港の最寄り駅を望むかもしれない。大分県内においても、中津市や別府市などが「日豊本線ルート」を期待しているだろう。

■議論は2016年から始まっていた

「久大本線ルート」に関して、2023年1月31日の「大分県東九州新幹線整備推進期成会シンポジウムの開催報告について」のパネルディスカッションで議論されていた。このシンポジウムについて、大分県の公式サイトに来場者アンケートの結果が掲載されている。

読売新聞と大分合同新聞は、2023年2月1日付の記事で、パネルディスカッションにて「期成会側が久大本線ルートの案を提示した」と報じた。大分県交通政策課の比護哲史課長は、「経済界などから意見が出ていた」とコメントしている。

さらに調べてみると、「久大本線ルート」の発案者は大分市出身の大分県議会議員、衛藤博昭氏だった。2016(平成28)年の県議会で、久大本線での新幹線構想の実現に関わる質問を実施。その後、同じ自民党会派の井上伸史(しんし)議員が何度か質問しているものの、実のある回答は得られなかったようだ。しかも井上議員に対し、周囲から「できるわけがない」「はずかしいからやめなさい」という非難もあったとされる。井上議員は日田市出身だから、我田引水ならぬ「我田引鉄」だと解釈する人も多かっただろう。

ずっと日の目を見なかった「久大本線ルート」が今年になって脚光を浴びた理由は、1月31日に行われたパネルディスカッションで、広瀬勝貞知事(当時)が「大分県の将来のために道路や並行在来線をどうするのかを真剣に考えなければいけない」と語り、その流れの中で「久大本線ルート」が注目されたから。広瀬知事は2023年4月27日に任期満了で退任した。後任の佐藤樹一郎知事は元大分市長で、市長選で広瀬知事から支持を受けている。政策として「久大本線ルート」も引き継がれたと考えられる。

「久大本線ルート」の利点について、2022(令和4)年の県議会で井上議員が説いている。「大分駅と博多駅の距離として日豊本線経由のルートよりも久大本線経由のルートのほうが近いことと、そのルート上に九州の空の玄関口である福岡空港があることが前提」で、その背景に「長崎大分物流新幹線構想」がある。長崎・博多・大分を結び、さらに豊予海峡ルートに接続する構想で、久留米大学経済学部の大矢野栄次名誉教授(当時)が提唱した。

井上議員の久大本線調査要請について、大塚浩企画振興部長は「詳細なルートは整備計画決定に伴って行われるため、まずは基本計画から整備計画の格上げを進めたい」との考えを示した。広瀬知事は、「基本計画決定から50年経ち、状況が変わってきている。西九州新幹線と連携する議論があり、大分空港を宇宙港にする計画もある。国際空港の福岡空港と大分空港を直結する交通体系も必要で、たいへん重要な問題提起」と回答した。

2023年3月の県議会でも井上議員が質問し、「久大本線ルートは福岡が通勤通学圏となり、福岡との緊密性を高めることは大きなメリット」と述べた上で、長崎・鹿児島ルートへのハブとなる新鳥栖駅で西九州新幹線と接続し、縦と横につながることで観光や物流などさまざまな観点から効果が期待できると持論を展開した。

スイッチバックとなる小倉駅経由の「日豊本線ルート」より、既設の新幹線への接続が容易だろう。さらに、現知事の佐藤氏が大分市長時代から推進している豊予海峡構想(大分県・愛媛県を結ぶ)に通じる壮大な横路線として期待できる。

一方で、「日豊本線ルートは、関西方面への速達性に優れ、また、沿線の人口が相対的に多く、従来特急からの利用客の転換も見込まれる」という特徴がある。県民の議論を深め、方向性を明確にした上で国を動かすことが肝要とした。

これに対し、大塚浩企画振興部長は、「1月のシンポジウムでは、東九州新幹線の意義や福岡-大分間のルートなどについて活発な議論がなされ、県民挙げての議論を深めていくことが大事と改めて認識した」「社会情勢の変化や九州全体の利益の観点などを踏まえ、整備費や経済効果、ルート案などの調査に向けた準備を進めている」と回答した。大分県の東九州新幹線推進事業にかかる予算も、当初予算の180万円から、補正予算案で約383万円に増額されている。

「久大本線ルート」を強く推していた井上伸史議員は、2023年4月29日の任期満了で引退した。もしこの提案が井上氏の「我田引鉄」であれば、ここで沈静化してもおかしくない。しかし、福岡・大分直結によって大分市が福岡市の通勤通学圏になること、四国新幹線との接続で関西と連絡できること、さらに福岡空港と大分空港(宇宙港)の連携についても経済界の支持が高まった。

2023年の県議会で、自民党の大友栄二議員、公明党の戸高賢史議員から東九州新幹線について質問があった。ここで佐藤知事は、「県民の関心をより高めるため、これまでの取り組みに加え、久大本線ルートも含めた費用対効果の調査を実施しておりまして、並行在来線等の課題とも合わせて、今後、議論を行ってまいりたいという風に考えております」と述べ、「久大本線ルート」の調査を実施していると明言した。大分県企画振興部の藤川将護参事官も、「日豊本線ルートに加えて、今年1月のシンポジウムで取り上げられた久大本線ルートも含め、費用対効果の調査を現在行っているところでございます」と回答している。

「日豊本線ルート」と「久大本線ルート」、どちらが優位で県民の期待に応えられるか。秋に出る結論に注目したい。筆者としては、「両方とも作っちゃえ。ついでに九州横断新幹線も四国新幹線も」と思うのだが、予算は少ないから優先順位を作らなければならない。現実は厳しい。