最近、図書館に行きましたか? あなたにとって、図書館とはどんな場所ですか? 住んでいる町や地域に、必ず一つはあるであろう公共図書館。
以前は、無料貸本屋という批判の声もよく聞かれましたが、近年、そんな公共図書館の役割や存在価値が、大きく変わりつつあります。
コンシェルジュが本を探してくれたり、館内のカフェやギャラリーで気軽に雑談できたりするなど、従来の「騒いではいけない場所」という図書館が大きく変わってきているのです。
図書館が地域を支援
「開館時間が延びた」「開館日数が増えた」「自動貸出機が導入された」「読書会や落語会、ぬいぐるみのお泊まり会など、イベントが定期的に開催されている」。これらは近年、全国各地の公共図書館で見られるようになった、新たな動きの一例です。
例えば、九段下駅(東京都千代田区)近くにある千代田区立千代田図書館。2007年5月のリニューアル開館以後、ビジネスパーソンに向けた「これまでにない図書館」として、数々の独自の取り組みを行っています。
その一つが「コンシェルジュ」サービス。必要な本が貸し出し中でなかった場合、その本を近隣の神保町の新刊書店や古書店のデータベースから探してくれるなど、レファレンスサービスとは違ったアプローチで本探しを手伝ってくれるのです。
さらに神保町のおすすめのカレー店を紹介してくれたり、近隣の町を案内してくれたり、地元の古書店と連携した展覧会なども開催したりもします。
また東京都武蔵野市の「武蔵野プレイス」も、2011年のオープン当初、雑誌やWebなどのメディアで取り上げられ話題を呼んだ図書館です。
ここは、正確には、図書館を中心としたさまざまな機能を持つ複合施設です。1階はパークラウンジと呼ばれ、マガジンラウンジ、ギャラリー、カフェが、2階には親子や家族で楽しめるコミュニケーションライブラリー、そして、地下1階にメインライブラリーがあります。
さらに地下2階のティーンズスタジオは、20歳以上の大人は使用できない、青少年活動支援機能をもったスペース。3階のワークラウンジ、4階のワークテラスは、それぞれ、市民活動支援機能、生涯学習支援機能の場として位置づけられています。
一方で、全国的に広がりつつあるのが、地域のためのビジネス支援の取り組みです。特に有名なのが鳥取県立図書館。地元企業の事業計画の一助として資料情報の提供を行うだけでなく、必要な知識経験、制度ルールなどのノウハウを持っている人を紹介し、産学官の連携体制を構築するサポートを行って成功に導いた、という実績があります。
サードプレイスとしての図書館
最近よく耳にするサードプレイスという単語。アメリカの都市生活学者レイ・オルデンバーグが提唱し、都市に暮らす人々が「心のよりどころとして集う場所」として定義されています。
自由でリラックスした雰囲気の対話を促し、都市生活における出会いや良好な人間関係を提供する重要な空間。人々の生き方、働き方が多様化する昨今、日本においても、ビジネスパーソンにとっての重要な要素として語られています。
一方で今、公共図書館は、人々にとってのサードプレイスになることを目指し、各地で精力的に改革を進めています。
でも一体、なぜそのような動きが始まったのでしょうか。『つながる図書館―コミュニティの核をめざす試み』(ちくま新書)の著者、猪谷千香さんによると、そこには、政治、経済、社会、技術など、時代の流れによるさまざまな背景が絡んでいるといいます。まずは、図書館の歴史からお話を聞きました。
図書館司書が館長でなくてもよい
1960年代から、日野市立図書館を中心に、一部の学生やインテリだけでなく、多くの市民に図書館を利用してもらおうという運動が広がります。
公益社団法人日本図書館協会が1970年に刊行した「市民の図書館」は、市民個人個人に対する自由で気軽な貸し出しや、第二次ベビーブームを背景にニーズが高まっていた児童サービスの提供などに指針を示し、その後の公立図書館運営に大きな影響を与えたそうです。
そうした中、「利用者数」や「貸出冊数」を伸ばすことに注力する図書館が各地に台頭します。
ところがバブル崩壊以降、図書館運営予算は削減され、さらに2000年代からは小泉内閣により地方分権化が進むなど、次第に公共図書館を取り巻く環境は激変していったようです。
そうして出現してきた一つの流れが、「課題解決型図書館」という考え方。背景には、2003年にアメリカ在住ジャーナリストの菅谷明子さんがリポートした、ニューヨーク公共図書館で行われているビジネス支援サービスが日本で紹介されたことがあります(『未来をつくる図書館』岩波新書 )。
世界最先端の図書館では、ただ本を貸すだけでなく、利用者の課題へ積極的にコミットして、解決へと導いたそうです。
「課題解決型図書館」という言葉は、文部科学省が2005年にまとめた図書館運営の指針報告書にもはっきりと記載され、地域で想定される課題への支援として、「ビジネス支援」「行政情報提供」「医療関連情報提供」「法務関連情報提供」「学校教育支援(子育て支援含む)」「地域情報提供・地域文化発信」が挙げられています。
さらに、1999年に成立した「地方分権一括法」の中で「図書館館長は司書の資格をもっていなくてもよい」とされたこと、図書館の運営委託を営利企業やNPO法人などにも代行させることができる、「指定管理者制度」が2003年に始まったことも、図書館の多様化に大きな影響を及ぼしたそうです。
自分にとって、社会にとっての図書館とは?
公共図書館を取り巻く環境の変化、また、それによって変貌し始めている図書館の姿に、意識を傾けている人はどれくらいいるでしょうか。猪谷さん自身も、執筆のため取材を始めるまではそれほど気に留めていなかったと話します。
「多くの人は、自分の町以外の図書館にわざわざ足を運ぶことは少ないと思います。ですから、図書館に対する満足度調査を行うと、多くの場合、満足度が高いという結果が出るのです。地元の図書館しか知らないから、比較ができないから、自分が満足して本を読めていればそれでいいと思ってしまう。私自身もそうでした。あまりにも身近な存在で、取材対象ではなかったのです」
そんな猪谷さんが、公共図書館に改めて注目するようになったきっかけは、2011年の東日本大震災だったといいます。
「当時、私は出産直前、産休中で記者として何もすることができず、毎日ひたすらニュースばかりを見ていたのですが、その中で、被災地の図書館が、甚大な被害を受けながらもものすごく早い段階で再開し始めているという記事を目にし、驚きを覚えたのです。ライフラインとは関係のない場所、存在に思えていた図書館が、早く再開して欲しいという人々の声に押されるような形で次々と復興していく。そうした現実に、改めて、自分にとって図書館ってなんだろう、自分たちの社会にとって図書館ってなんだろうと考え始めたのです」
猪谷さんは、図書館という存在についてこう語ります。
「図書館は、『屋根のある公園』ともいわれています。いろいろな人が集まっていて、それぞれが、思い思いに時間を過ごし、たまには交流したりしている。私たちの生活の中に、あって当たり前、なくなると困る、図書館は、そんな不思議な場所です」
そして、公共図書館は、人々にとっての、サードプレイスとしての役割を果たす可能性や要素を十分に含んでいるといいます。
「案外みんな、家庭と仕事場以外に、自分の居場所ってないですよね。そうしたときに、肩書きや役割を一旦、どこかに忘れて、行きつけのカフェや居酒屋と同じような感覚で足を運べるのが図書館。図書館って、何も用事がなくても立ち寄れる場所なんですよね。そんな図書館がサードプレイスになれば、きっと人生が豊かになると思いますよ」
地域の命運を握る場として、図書館が再生や改革を進めているのだと猪谷さんはいいます。
「逆にいえば、そういった図書館がその町にあるかないかで、人々の人生が変わってしまうかもしれません。そういう意味では、私たちも、地域に求める図書館像について、もっと考え、声を上げていくことが大事だと思います」
取材協力
猪谷千香
明治大学大学院博士前期課程考古学専修修了。産経新聞社で長野支局記者、文化部記者、ドワンゴコンテンツでニコニコ動画のニュース担当、ハフポスト日本版でレポーター、そして2017年9月からは、弁護士ドットコムニュース、税理士ドットコムトピックスの記者として活躍している。
著書『つながる図書館―コミュニティの核をめざす試み』(ちくま新書)は、2014年に上梓。それ以降も、図書館に関する取材は継続中。その他の著書に、『日々、きものに割烹着』(筑摩書房)、『町の未来をこの手でつくる 紫波町オガールプロジェクト』(幻冬舎)、共著に『ナウシカの飛行具、作ってみた 発想・制作・離陸――メーヴェが飛ぶまでの10年間』(幻冬舎)などがある。