カスハラ対策の波がJリーグにも。大分トリニータの強い宣言から考察

2024年11月29日(金)16時0分 FOOTBALL TRIBE

大分トリニータ サポーター 写真:Getty Images

2024シーズンの明治安田J2リーグを10勝13分け15敗の16位で終えた大分トリニータ。しかし、11月3日に行われた第37節のホーム最終戦のザスパ群馬戦(レゾナックドーム大分)で、2-1で勝利したにも関わらず、ある問題が起こった。


同試合後、一部サポーター集団から「小沢(正風社長)、もうトリニータ好きじゃないだろ」などといった横断幕が掲出されたのだ。これを受けて11月27日、大分のフロントは公式サイト上で声明を発表。「特定の個人を侮辱し人格を否定するような横断幕」が掲示されたことに触れ、「カスタマーハラスメント事案に対する意見・対応について」と題された。


声明では、横断幕に加え、名誉棄損のSNS投稿も指摘し、「愛するあまりの行動とはいえ、決して正当化できる内容ではありません」と前置きした上で、「明らかに当クラブ指針における『カスタマーハラスメントに該当する行為』として掲げている『監督、選手、従業員に対する侮辱的発言・文章』及び『監督、選手、従業員の人格の否定や名誉を棄損する発言・文章』である」と非難している。


さらに具体的な対応については「今後、同様の行為が行われた場合は、横断幕の撤去及び当該横断幕掲示に係った者の試合会場入場禁止等の措置を取らざるを得ない」と述べ、SNS上の誹謗中傷についても「今後は、書き込まれた内容によっては、法的措置を含めた対応を行う場合がある」と、毅然とした対処をしていくことを強調、宣言した。


予兆はあった。9月7日の第30節ホームのモンテディオ山形戦で0-3と完敗すると、サポーターの怒りが爆発。試合後、片野坂知宏監督と小沢社長がゴール裏に呼び付けられ、怒号が飛び交う中で状況説明と謝罪に追い込まれた。片野坂監督は「現場の責任者は俺なので、(チームの結果に関する批判は)俺に向けてください」と呼び掛けた。


低迷するチームのサポーターが暴走し、ゴール裏に居座った上で「社長出せ!」などと叫び暴徒化するケースは“Jリーグあるある”の光景の1つともいえるが、こうした行為が今後は「犯罪」として扱われる可能性が高いのだ。




大分トリニータ 写真:Getty Images

カスハラ防止条例、2025年4月から施行


東京都は全国に先駆けて10月に「カスタマーハラスメント防止条例(カスハラ防止条例)」を制定し、2025年4月から施行される。カスハラといえば、小売業やサービス業などが思い浮かぶが、この条例は業種を限定しない画期的なもので、顧客と事業者がいれば起こり得る。全国にも波及すると予想されている。


サッカーに当てはめれば「顧客=サポーター」「事業者=ホームゲーム主催クラブ」となるわけだが、勝ち負けのあるスポーツ興行において、勝利を求めるサポーターが、負けが込むクラブの上層部に対し謝罪を求めることが「顧客が事業者に対して過剰な要求を行うこと」や「商品やサービス(サッカーに関すれば試合結果)に不当な言いがかりをつける悪質なクレーム」というカスハラの要件を満たす。


さらに、SNS上での選手攻撃を放置することは、労働契約法5条の「事業者が追う使用者(選手)への安全配慮義務」に違反するもので、クラブは選手を守る義務を負っている。


カスハラについては、暴行、傷害、脅迫、強要、名誉毀損、侮辱、業務妨害、不退去など多岐に渡り、刑法や軽犯罪法などで規制されているのだが、迷惑な言動や過度な要求に対する法的な規制は、東京都が制定したカスハラ防止条例まで存在しなかった。また労働法上でも、カスハラ防止条例以外に、防止策を義務付ける規定は存在しない。


従来の厚労省によるマニュアルでも、カスハラの判断基準や企業の取り組むべき具体的な対策方法、企業の取り組みのメリットなどを記載する一方、カスハラを禁止する規定はなく、法的な効力がないものにとどまり、結果、カスハラを放置することに繋がった経緯がある。


全国初である東京都のカスハラ防止条例では、「何人も、あらゆる場において、カスタマーハラスメントを行ってはならない」と定義している点が特色で、カスハラの「禁止」を規定するとともに、防止については事業者の責務にも触れている。


大分トリニータ サポーター 写真:Getty Images

度を越せばムショ送り?


一方、東京都のカスハラ防止条例にも厚労省のマニュアルにも、具体的な罰則規定は盛り込まれてはいない。「カスハラは違法」という意識付けを第一の目的としているからだ。しかし、この考え方が定着すれば、度を越えた悪質なカスハラは、暴行罪や傷害罪、脅迫罪などの犯罪として扱われることに繋がっていく。


これを前出のサポーターに当てはめれば、社長への謝罪要求は強要罪(刑法第223条)、威力業務妨害罪(刑法第234条)、不退去罪(刑法第130条)。クラブ関係者への度を超えた個人攻撃は名誉毀損罪(刑法第230条)、侮辱罪(刑法231条)に抵触するものだ。いずれも1年以下の懲役と30万円以下の罰金が科され、民事訴訟でも損害賠償請求される恐れがある。


今回、大分がこれだけ強いメッセージを発した。来2025シーズン以降に同様の出来事があれば、「入場禁止」などという生半可な処分ではなく、不良サポーター集団の扱いを警察権力に委ねる意思を固めたともいえる。仮に、上記のような罪状で逮捕され起訴されても、何度も同じ犯行を繰り返したり、前科でもない限り“即、ムショ送り”となる可能性は低いだろう。


しかし、刑事事件となれば実名報道され、社会的信用は地に堕ち、職を失うこともあり得る。それが地方であれば厄介者扱いされ、転居を余儀なくされるかもしれない。“たかが、スタジアムでの悪ふざけ”と甘く見ると、手痛いしっぺ返しを食らうことになるのだ。




FC東京 サポーター 写真:Getty Images

「サポーターは神様」からの脱却


カスハラの波がサッカー界にも波及したことで、各クラブ(特に条例が施行される在京クラブ)は、早急な対応が求められる。


特にFC東京は、2023年7月12日天皇杯3回戦の東京ヴェルディ戦(味の素スタジアム)で、ゴール裏のサポーターが花火や発煙筒を大量に使用し、観客1人に火傷を負わせた。その結果として、クラブ側が罰金500万円とけん責の懲罰を受けている。


このケースでも、当該サポーターは「国内試合の無期限入場禁止処分」という大甘処分に終わっているが、不良サポーター集団を根絶させるためには、迷惑防止条例違反や軽犯罪法違反、あるいはもっと刑罰の重い火薬類取締法で摘発する必要があるだろう。犯人特定を簡略化するために、ゴール裏に監視カメラを設置するのも1つの手だ。


昭和の国民的歌手である三波春夫氏(2001年逝去)の有名なフレーズ「お客様は神様です」という言葉に長らく縛り付けられてきた日本社会。しかし、そんな“昭和の常識”は通用しない世の中だ。


サッカー界も日本社会を形作る一部であり続けるならば、「サポーターは神様」といった考えから脱却しなければならない。ひいてはそれが、Jリーグの基本理念でもある「世界一安全なスタジアム」の実現に繋がるのだ。

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