NATROMのブログ

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インフルエンザ蔓延予防のための受診は必要か?

「高リスクグループや重症者でなければ受診は必要ないというけれども、インフルエンザだったら他人に感染させないために解熱してから2日間は自宅での安静が必要であるのだから、きちんと受診して診断してもらう必要があるのではないか」という意見を聞く。

結論を言えば、インフルエンザの蔓延防止が目的であっても診断や検査目的の受診の必要性は乏しい*1。とくに流行期においてはそうだ。なぜなら診察や検査でインフルエンザを否定するのは困難だからである。

インフルエンザ迅速検査はご存知の方も多いだろう。「スワブ」という綿棒を細長くしたようなものを鼻の奥に入れて検体を採取するあれだ。鼻汁や鼻腔ぬぐい液中のインフルエンザウイルス抗原を検出することで、15分以内に検査結果が出る。インフルエンザ迅速検査で陽性であった場合は、ほぼインフルエンザだと確定する。しかし、インフルエンザ迅速検査で陰性であってもインフルエンザではないとは断定できない。

インフルエンザの患者にインフルエンザ迅速検査を行って、正確に陽性と結果がでる確率(感度)はおおむね60%〜90%だ。幅があるのは発症してからの時間やウイルスの型、手技、迅速診断用キットの種類などの影響を受けるからである。2017年の系統的レビューおよびメタ解析では感度は61.1%とされている*2。日本からの報告ではもうちょっと良い数字であることが多いが、それでも一定の割合で偽陰性(=本当はインフルエンザなのに誤ってインフルエンザではないという検査結果が出てしまうこと)が生じる。

流行期には発熱患者の6割とか8割とかがインフルエンザである*3。仮に70%の確率でインフルエンザである患者さんに対し感度が80%の検査を行い、結果が陰性だったとしよう。この患者さんに対して「あなたはインフルエンザではないので熱が下がったらすぐに出勤していいです」と言っていいだろうか?

こうした患者さんが100人いたらそのうち70人がインフルエンザだ。この70人のうち検査陽性は70×0.8 = 56人、検査陰性は70−56 = 14人。インフルエンザではない30人は全員検査は陰性である*4。陰性の結果が出た14+30 = 44人のうち、インフルエンザではないと正確に診断できるのは30÷44 = 約68%である*5。検査だけでインフルエンザではないと診断してしまったら、残りの3割強の患者さんがウイルスを巻き散らすことになりかねない。

なので、インフルエンザの蔓延防止が目的なら、流行期の発熱患者は検査の結果に関わらず、インフルエンザであるとみなして対応するのが望ましい。すなわち、発症してから5日間かつ解熱して2日間は出勤せずに自宅で安静にする。私の外来ではそのようにご説明している。抗インフルエンザ薬については症状の重篤度、年齢や背景疾患、本人の希望などによって処方するかどうかを判断する。検査が陽性であっても一律に処方するようなことはしない。




流行期のインフルエンザ迅速検査の考え方

検査前確率が高いと検査結果で方針が変わらないので検査は原則として不要だ。実際には患者さんのリスクの程度、インフルエンザ以外の疾患の可能性、患者さんの希望等々に配慮して検査するかどうかを判断する。

医師であっても検査の限界をよく理解していない場合がある。そのような医師が偽陰性例に「インフルエンザではない」というお墨付きを与えてしまうことが、インフルエンザの蔓延を助長しているかもしれない。そもそも、インフルエンザではない普通の風邪であったとしても、解熱してすぐに出勤はしないほうがいいだろう。まだ治っていないかもしれないではないか。

「とは言うものの、そうそう休んではいられない」という事情はわかる。よくわかる。診察室内では個別の事情にはできる限り配慮する。それはそれとして、インフルエンザの流行期には「検査で陰性なら解熱してすぐに出勤してもよい」「他人に感染させないためにも積極的に病院を受診して検査を受けたほうがよい」という方針は医学的には不正確で、かえって流行を促進しかねないことが周知されればありがたい。


*1:症状がきつい、不安が強い、自分では重症かどうか判断できない、診断書が必要、持病があるといった場合は受診してください。ここでは、それほど症状はきつくはないけれども、「インフルエンザが流行っているから念のために検査を受けてこい」などと上司に言われて受診するようなケースを主に想定している

*2:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28520858

*3:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28520858

*4:厳密に言えば100%ではないが100%に近い

*5:陰性反応的中割合という