MACINTOSH PLUS [FLORAL SHOPPE]


 VektroidというアメリカのアーティストのMACINTOSH PLUS名義の作品。2011年リリース。
 去る2017年7月12日、『蒸気波要点ガイド』という、vaporwaveというジャンルの音楽のガイドが日本の音楽レーベルNew Masterpieceから出版されました。

[nmpZINE001] 佐藤秀彦 / 蒸気波要点ガイド (7/12OUT!)... - New Masterpiece

 自分はその日、たまたま用事があって東京に居たのですが、そういえば最近ツイでなんか見かけたなーと思い、またもとより新宿のディスクユニオンへ行くつもりでもあったので、どうせだからとそのガイドも入手しました。

店員の反応から自身の幸運を感じドヤ顔でツイートするおれ

こういうどうでもいいコラム好き…

 これも何かの縁かな〜と思うので、個人的にvaporwaveで思い入れのある作品を取り上げようと思います。…まあそこまで熱心に掘っていたわけでもないので、意外性のあるチョイスはできないんですけど。





 ということでその界隈では知らぬもののいない作品、MACINTOSH PLUS(Vektroid)の『FLORAL SHOPPE [フローラルの専門店]』です。





 そもそもvaporwave(ヴェイパーウェイブ)って何ぞや?という人には以下の記事がおすすめです。

focus: New notion ‘VAPORWAVE’ is already dead? or not?
【FEATURE】NU AGEは新時代のニューエイジ~Vaporwaveで溺れた話 : キープ・クール・フール

 まあこれをよんでもよくわからん…となるかもしれないですが。でもこのジャンル自体が意味不明さを特徴としてるところもあるので、よくわからんという印象は間違っていないというか、無理に消そうとしなくてもいいと思います。





 自分のヴェイパーウェイブとの出会いは、おそらく日本の大部分の人と同様にエレキングのこの記事でした。

情報デスクVIRTUAL - 札幌コンテンポラリー | ele-king

 当時の自分はPCを手に入れたてということもありネット上でのムーブメントに興味津々で、エレキングもかなり熱心に読んでいたんですけど、そんなときにこの意味わからん名前の作品及びレビュー記事に出会ったのですね。
 個人的にはこの意味不明な文字列やビジュアルイメージがかなり衝撃でして。幼いころにスーファミのバグ画面やプレステの拙い3D表現を見て感じた言いようのない不安感と似たようなものをこれらからも感じまして… そして困ったことにその奇妙な感覚がけっこうツボだったんですよね(多分ちょっとしたノスタルジーを感じていたんだろうな。。)。


ノスタルジー全開といえば個人的にはこの曲。

 当時は学生で時間は腐らせるほどあったので、深夜にそれらをBGMとして流しながらここで紹介されているようなタンブラー(今は見れません)をじっと眺めたりしてました。個人的にはタンブラーとの出会いもこれが初めてでして、どばどばと無制御に垂れ流される視覚情報(それも大半が意味不明な…)にもう完全にトリップしてましたね。別になにか飲んだりしていたわけではないんですけど、アングラな、どこか見てはいけないものを見ているような気分でワクワクしきりでした(ゆめにっきã‚„LSD(PSのゲーム)をプレイしているときの感覚にも近いかも。。)。……と、これが自分のヴェイパーウェイブに関する一番の思い出ですね。今でもあの頃に戻ってもっかいまっさらな状態でヴェイパーウェイブを体験したいなーと思うことがあります。





 思い出話はこのくらいにして、音楽性について触れていきます。上に貼ったエレキングの記事から引用。

 〈ビアー・オン・ザ・ラグ〉がやっているのは、ハイプ・ウィリアムスがUKミュージックの文脈でやっていることのUS版と言える(そして、ジョン・オズワルドがアヴァンギャルドでやったことのチルウェイヴ版である)。催眠的で、同じ手法――サンプリング(カットアップ)、加工、そしてまた加工――を使いながらも、こちらのほうはいなたく、無邪気で、少々AORめいている。そして、繰り返すが、音楽の効力としては催眠的で、デジタルにサイケデリックなのだ。

参考:
Hype Williams - Find out What Happens When People Stop Being Polite,and Start Gettin Reel | ele-king
はじめての現代音楽(8)ジョン・オズワルドのプランダーフォニックス | Katsushi Nakagawa - Academia.edu

 ほぼほぼこの説明で事足りるように思いますが、自分の言葉で表現するとしたら、「ピッチを変えた大胆なサンプリングとAORやニュー・エイジを思わせる滑らかな(あるいはぼやけた)音色が特徴の音楽」、というような感じになるでしょうか。この説明自体はヴェイパーウェイブというジャンルに対するものではあるのですが、このジャンルを(たぶん)代表する作品である本作にもそっくりそのまま当てはめることができると思います。

https://vektroid.bandcamp.com/album/floral-shoppe
アーティストのバンドキャンプページ。一応、無料でダウンロードすることが出来ます。

 実際に本作を聴いていくと、一曲目からピッチの落とされた「ヴァ―」とか言ってるボーカルに唖然とします。ぶつ切り感を隠そうともしない乱暴なサンプリングの使い方も含めて、初めてこのジャンルの作品を聴く人には違和感バリバリだと思います。まあ〜とにかく変な音楽ですよね。まあこの変な感じがだんだんクセになっていくんですけど。。

 違和感を気にしつつも先を聴いていくと、ある意味派手とも言える音の使い方とは裏腹に、曲の構造はわりとオーソドックスであることに気付きます。演歌とまではいきませんが少し前の歌謡曲のような… ボーカルがない曲でもだいたいはどこかで聴いたような癒し系の音楽という感じですし。
 まあぶっちゃけサンプリング元が古いからってのが大きな理由の一つではあるんでしょうけど、これ(曲構造のわかりやすさ)のおかげで多少は聴き手の抵抗感が和らいでいるんじゃないかなと思います。曲がどのような感情・雰囲気を喚起しようとしているかがわかりやすいんですよね。でそれが掴めると聴き手側から気分を合わせにいくことができる。



 ここまでを踏まえた上でもう一度本作を捉え直してみると、見た目や手法は派手かもしれないですが、中身はイーノの諸作にも通じるような王道のアンビエントであるということがわかってきます。まあイーノの作品に比べるとちょっと積極的すぎというか、主張が強いかなと感じますが。ただ作品全体を通した音のチョイスとその統一感は過去のクラシックと比較しても遜色ないレベルです。またぶっきらぼうではありますがアルバムとしての流れも考えられているようですし、個人的には(当時)最先端の遊び感覚(なんじゃそりゃ)で作られたアンビエントの傑作、という印象です。

 サウンド的に不自然なところをあえて残す・または際立たせることで、今まで見られなかったような景色に辿りつくことができました。…まあただの手抜きという可能性もありますが、昔のアンビエント作品から連想される無菌室のようなイメージをバグらせたかのようなその景色はそれ自体が単純に新鮮であり、また我々がそんなお世辞にもきれいとは言えないような景色からも癒しを得ることができるという事実が驚きでした。リアルで知人にこの音楽を紹介したら普通にドン引きされそうな気がしますし、これに触れる前の自分からしても信じられないと思うんですけど、でも確実に、自分はこの音楽に癒されてるんですよね。。…とにもかくにも、本作はアンビエントという音楽ジャンルを拡張したエポックメイキングな作品だと思います。少なくとも自分にとっては。



 ちょっと流れから逸れますが、個人的に本作を聴くときに毎回思うことがありまして、それが「音楽における反復の強さ」です。ポップミュージックにおいて繰り返しってすごく重要な要素だと思うんですけど、本作ではその処理の雑さのせいか、反復の持つ魅力がよりダイレクトに引き出されているように思うんです。いや、自分自身よく理解も言語化もできていないので話半分に読んでほしいのですが。

 アルバム3番の「花の専門店」なんかすごくないですか。短いスパンで同じフレーズが何度も繰り返されていくのですが、これを聴いていると何というか本能レベルで快感を感じているような気がするんですよね。無意識レベルで頭が繰り返しに反応して次の展開を予測しているといいますか。本作の中でも一番強烈な印象を残す曲だと思います。というか自分的には21世紀以降に作られた音楽の中でもトップクラスにポップな曲だと思います。暴力的と言ってもいいほどに。(実はOneohtrix Point Neverも同時期に似たようなタイプの曲を発表しているんですけど。)





 長くなりましたが、本作はビジュアル面も含めて、その後のポップミュージックの流れを変えた象徴的な一枚だと思います。偉大…というとまたちょっとイメージと違うような気もしますけど、まあこのジャンルの金字塔と呼んで問題ないでしょう。メディアによって本作というかヴェイパーウェイブというジャンルの扱いが180度変わりますが(絶賛かガン無視)、正直無視できるレベルの規模じゃないですよねこれ。まあ著作権などの問題と切っても切れない関係にあるというのは厳然たる事実なのですが…。
 個人的にはOneohtrix Point Never『Replica』、The Caretaker『An Empty Bliss Beyond This World』と並んで2011年の象徴的なリリースと捉えています。正直、正〜〜〜直好みは分かれると思いますが、唯一無二のサウンドではありますので、騙されたと思って一度体験してみてはいかがでしょうか。



9.0