猫は魚が大好きだ、ネズミはチーズが大好きだ、パンダは笹が大好きだ

少し前、「ネズミはチーズを食べない」という驚異的な研究結果がネットをかけめぐったのを憶えてらっしゃいますでしょうか? この情報元を追跡してみたところ、何ともうさん臭い世界が広がっていましたよ! 今日は、オレたちパンダなんじゃね?ということについて考えます。

十ぴきねこ 大きな魚!?
   ト、からだを乗り出すのに、にゃん作老人はうなずいて
にゃん作 みんな、北の空をごらんな。大きな星がひとつ、きらきらきらきら、かがやいているじゃろ?
にゃん作 あの星の下に、大きな湖があって、そこにはとほうもなく大きな魚がいるそうな。
十一ぴきのネコ (羨望のため息)
にゃん作 そいつは刺身にしても、フライにしても、たたきにしても、煮ても焼いても、干しても、燻製(くんせい)にしても、三杯酢にしても、バタ焼きにしても、何にしてもいけるおいしい魚だそうな。
十一ぴきのネコ (さらに大きく深いため息)
にゃん作 骨は細かくたたいて団子にしてもうまいそうじゃよ、あーっ。
   にゃん作は話しているうちに、自分の話にうっとりして卒倒しかかる。

井上ひさし『十一ぴきのネコ』より

何だか腹が減ってきました。井上節が炸裂する名作、『十一ぴきのネコ』からの引用です。やはり、ネコと言えばサカナ。お魚くわえたドラ猫を追いかけて、今日もサザエさんも裸足でかけていくって寸法です。いいてんきー♪

しかし、みなさん、考えてみると、ネコが魚を好む、というのは少し変じゃありませんか? そもそも動物というものは、自分の身近にあって捕獲しやすいものをエサにするもんではないでしょうか? 「イヌかき」はあっても「ネコかき」はないし、ネコはそんなに泳ぎが得意なようには見えません。

困ったときのGoogle頼み。さくっとおうかがいを立てますと、やはり同じ疑問をもった方がいたらしく、「人力検索はてな」でズバリの質問がありました。「猫はなぜ魚が好きなのでしょうか?魚を捕る習性もなさそうですし…ご存じの方,教えてください」。2004年になされた質問だけあって、紹介されているリンクは多くが切れてしまってますが、ざくっと見てまわりますと、こんな感じです。

ネコという動物は、離乳期にどんな食餌をするかで、一生の嗜好が決まってしまうのだそうです。ネコはもちろん肉食ですが、では、日本の伝統的な動物タンパクと言えば? そりゃ魚に決まってます。昔はトリ肉ですら贅沢品でしたからね。そのためネコは魚好きになったのです。

ナルホド。もともと魚好き、というわけじゃないんですね。

これと似たようなネタをどっかで見た記憶があります。……ああ、そうそう、「ネズミはチーズを食べない」ってやつです。みなさんは、ご存知ですか。「痛いニュース」さんの記事にリンクを張っておきます。2ちゃんの方々も驚愕しております。私もびっくりしました。

「マンチェスター・メトロポリタン大学で動物の行動主義心理学を研究するデービッド・ホームズ氏」の研究によると、ネズミは「チーズのようににおいが強くて味の濃い食べ物には、鼻もひっかけないことが分かった」のだそうです。へぇー。

この記事が出たのは、今月の6日頃ですが、今、Googleで「ネズミ チーズ マンチェスター」を検索してみると、9,400件のヒットがあります。この情報が日本のネットにも爆発的に拡散していることが分かります。

ところで、私がこの記事を最初に読んだのは、「医学都市伝説」さんのところなのですが、そこに興味深いことが書いてあります。「動物行動学者のディビット・ホームズ博士」を探してみたが、存在しない、というのですね。

存在しない? そ、そんなことないでしょう、普通。

というわけで、私も調べてみました。まず固有名詞ですが、英文記事によれば、"Manchester Metropolitan University"の、"David Holmes"博士です。肩書きは、"animal behaviourist"。

"Manchester Metropolitan University"のアドレスは、*.mmu.ac.ukです。そこでまずは、「"David Holmes" animal site:mmu.ac.uk」でGoogle検索。1件ヒット。確かにいました"David Holmes博士"。個人ページがあります。なんだ、いるじゃないですか。

しかし、なんだかおかしい。"Specialist Areas"(専門分野)を見ますと、筆頭にこうあるのです。

Stalking(ストーキング)

……えーと。植草教授(ミラーマン)の御同類とか、そういう方でいらっしゃいますか?

いや、もちろん、そんなわきゃありません。この方は、この大学に所属する同姓同名の「犯罪心理学者」さんです。医学都市伝説さんでもちゃんとふれています。別人であることは次のような専門分野を見ていただければ一目瞭然です。プロファイリング、異常心理学、サイコパス、自閉症、犯罪学……。この方が「動物行動学者」だと言うのでしたら、私はムツゴロウさんといっしょにマンチェスターに日本刀もって突撃しますよ。

さて困りましたね。"animal"でダメなら"zoological"とかでしょうか? ええい、見落としが面倒くさいので、「"David Holmes" site:mmu.ac.uk」で、直に検索です。44件しかヒットしませんから、絨毯爆撃上等っすよ。

つうわけで、片っ端から見ていきましたが、どれもこれもさっき出てきたDavid Holmes博士(専門分野ストーキング)ですよ。動物学者のDavid Holmesなんて、いねーじゃんか!

なるほど、これは不思議だ。まさか、記事が出てから、わずか3週間で大学を辞められたのでしょうか。そして、文書にまったく名前が残っていない、……なんてことは普通ないですよねえ。

こうなってみると、そもそも、この研究も、なんか怪しく見えてきます。さきほど紹介した「痛いニュース」さんのコメント欄でも、「いや、普通にネズミに食われましたが。チーズ」などの素朴な反論が多数挙がっていました。日本だけでなく、英語版WikipediaのMouseの項のノートを見ると、「ネズミって本当にチーズ食うの?」という質問に対して、「ああ食うよ、主食ってわけじゃないけど」などの返答があります。うーむ。

今度は「はてな」ブックマークを基点に、「ネズミはチーズを食べない」という記事へのブックマークや言及リンクを追ってみます。しかし、はっきり疑問に思っている人は、ほとんどいませんでした。

数少ない例としては、id:kurokuragawa さんが「ネズミ捕りにチーズを入れて捕まえた経験があるので、ちょっと信じにくい話 」とブクマコメント。id:hibikyさんが「たぶん正確には好物ではないだけで、何もなきゃ食うし、実際かじったりはするハズ。」とコメント。id:machida77さんは思いっきり疑ってます。「その後の検証や報道がないままに一種の「常識」としてブログの世界では定着してしまうのだろうな。」とコメント。

はてな内で私が発見できたのは、この3例のみです。そりゃ、普通は疑うほうが無茶です。だってBBC NEWSにも掲載されているネタですからねえ。

今度は、「ウェブ全体から検索」に切り替えて、再び絨毯爆撃をかけます。50件ぐらい見ましたが、やっぱり、出てくるページは孫引きばかりです。オレの貴重な15分を返せと言いたい。

と、ここで、私はふとあることに気づきました。この研究を行ったのは、David Holmes博士だけではなかったのです。www.japan-journals.co.ukの記事(日本語です)がかなり詳しいのですが、これによると、「マンチェスター・メトロポリタン大学の専門家と英国産ブルーチーズ「スティルトン」の製造業者団体「the Stilton Cheese Makers Association」の合同研究によると」とあります。ちょ、ちょっとまて、なんだ、その団体は。

「スティルトン」というのはブルーチーズの有名なメーカーだそうですが、その業者団体"the Stilton Cheese Makers Association"(以下SCMA)というのが絡んでいるようです。さあ、一気にうさん臭くなってきました。

そこで、"Stilton cheese"を絡めて検索すると、それらしき記事を発見しました。"KING OF CHEESE NOT NICE FOR MICE"と題された、www.stiltoncheese.comドメイン内の記事です。どうやら、ここが発信源ぽいです。

さっそく記事を読んでみますと、"New research conducted by the Stilton Cheese Makers Association (SCMA) looks set to explode the popular belief that..." ……おいおい、David博士(専門ストーカー)がいなくなってるよ!

よくよく読んでみると、この記事では、David博士(ストーカー)が研究した、とは、1行も書いてありません。博士は単に結果に対してコメントをつけているだけです。研究の主体は、どう見てもSCMAです。

研究結果の記述も適当そのものですが、よく読むと、"mice ... would turn their noses up at something as strong in smell and rich in taste as Stilton cheese."とあります。要するに、スティルトンチーズは匂いと味がキツいからネズミは食わない、ということです。というか、"KING OF CHEESE NOT NICE FOR MICE"というタイトルからして、これはスティルトンチーズに限定された話であって、チーズ全般の話ではないように読めます。

いったんまとめます。この、「ネズミはチーズを食べない」という記事に関して、少なくとも次の2点は、かなり高い確率で正しいと言っていいと思います。

  • この実験を行ったとされる「マンチェスター・メトロポリタン大学のデヴィッド・ホームズ博士」は、「動物行動学者」ではなく「犯罪心理学者」。
  • この実験を行った主体はDavid博士ではなく、ブルーチーズの業界団体。

これ以上のデータはなく、あとは推測になりますが、どうもこれ、ブルーチーズの業界団体が、商品のイメージアップと販売促進を兼ねて行った「研究」が、マスコミに乗って世界をかけめぐり、ブログによってさらに拡散している、という構図じゃないですかね。

もちろん、「ネズミがチーズを好まない」というのは、別に変な話ではありません。確かに、チーズは自然界で手に入る食物ではないです。しかし、ネコの例などを見ても分かるように、動物は必要とあらば食い慣れないものでも食うのです。もともとネズミは雑食です。ですから、「食べない」というのは明らかに間違いでしょう。このSCMAの研究報告も、よく読むと、「ネズミはチーズを食べない」などとは一言も書いてません。

というわけで、ちゃんとした論文でも出てくりゃ私も考えを変えますが、今のところ、「ネズミはチーズを食べない」というのはガセネタ、というほうに一票入れときます。

しかし、なんでこんなに出所不明の怪しいネタが「事実」として、世界をかけまわってるんでしょうか? 謎です。

話は変わりまして、パンダの好物はなんでしょうか? 言うまでもなく、竹や笹ですね。ですが、パンダはネコ目、「大熊猫」なわけですから、肉食でない、というのは奇妙なことです。

実は、なぜパンダが竹・笹を食うかは、専門家の間でも謎なのだそうです。まず、パンダの腸内細菌は肉を消化するためのもので、竹だの笹だの食ってもまともに消化できてないんだとか。さらに竹ってのは、何年かに一度いっせいに枯れたりするので、それがパンダの絶滅を加速している、という説もあるとか。うーむ、何考えてんだパンダ?

しかしですね、我々もあまりパンダのことを笑えないかもしれません。我々現代人の主食は何でしょうか? ご飯? パン? 私はこう言いたい。現代人の主食、それは情報であると。

それでは、我々が現在食ってる情報は、はたして我々の血となり肉となってくれるものなのでしょうか? こんな例を見ると、はなはだ頼りなくなってきます。もしかして、おいしいおいしいって言いながら、ろくな栄養もない笹、食ってんじゃないですかねえ。そういえば、ホッテントリって動物園の食事みたいだなあ。

まあ、いろいろ考えちゃいますけど、とりあえず、トムとジェリーは永遠に不滅です! まことに唐突ですが、これをもって、今日の結論とさせていただきます。