助産師提訴に関しての日本助産師会の非常にお粗末な対応
読売新聞が報じ、前のエントリーで取り上げたように、助産師が病気の予防に必要なビタミン剤を与えなかったために女児が死亡してしまったとして女児の母親が助産師を提訴した。助産師は偽医療の一つであるホメオパシーの錠剤をビタミン剤の代わりに与えていたのだという。
それを受けて、社団法人 日本助産師会がPDFでコメントを発表したのだが、この内容がかなりひどい。
PDFは1ページ目が「ビタミンK2投与がなされず、児が死亡した件に関して」、2ページ目がが「東洋医学、代替医療等に関する日本助産師会の見解」と題されている。
まずは、1ページ目を全文転載する。
平成22 年7 月9 日
社団法人日本助産師会
ビタミンK2投与がなされず、児が死亡した件に関して
平成22 年7 月9 日付、読売新聞(朝刊)に掲載された。これは、昨年8 月3
日に本会会員の開業助産師が関わり、自宅分娩し、母乳のみで育て、ビタミンK
2を投与せず、自然療法のビタミンK2の代わりの錠剤を投与した児が10 月
16 日に山口県宇部市の病院で、ビタミンK 欠乏性出血症と診断され、呼吸不全
で死亡した。母親は、助産師を相手に、損害賠償訴訟を山口地裁に起こしたこ
とが報道された。
このような事態が発生したことは、誠に遺憾であり、亡くなられた子どもさ
んとそのご家族の皆さまには、心から哀悼の意を表しますとともに、二度とこ
ういうことが起きないよう本会としても、強く会員に注意の喚起を促していき
たいと考えている。
今回の自然療法を含む東洋医学・代替医療等に関する本会の見解を述べる。
(転載元:http://www.midwife.or.jp/pdf/k2.pdf 強調は引用者による。)
表題の誤字、主語と述語のミスマッチ、中途半端な「ですます」調*1はともかく、亡くなった女児のことを「子どもさん」と表現したり、「こういうこと」などの砕けた表現を哀悼の意を表する文書で使ってしまうのは、かなり失礼だと思う。この手の日本語の問題の指摘は揚げ足取りだと言う人がいるかもしれないが、重要な公式発表の文書をろくにチェックもせずに*2公表しまったことは、助産師会のこの問題に対する真剣さが疑われても仕方ない事態だと言ってもいいだろう*3。
ついでに指摘しておけば、このPDFは日本助産師会のサイトのトップページからは「代替医療に関する本会の見解」としてリンクされている。哀悼の意を表するという大事な内容が含まれているはずなのに、このリンクの仕方はちょっとひどいんじゃないか。*4
次に、2ページ目を転載する。
助産師は、「保健師助産師看護師法」に基づき、正常妊産婦及び新生児に対す
る診査やケアを提供することを業務としている。具体的な助産師の役割や責務
に関しては、本会で、「助産師の声明」や「コアコンペテンシー」に規定し、公
表している。
助産師は、女性や新生児が本来持っている力を最大限に発揮できるよう支援
している。それゆえ、生理的な自然の力を重視し、業務を行っている。
助産師は、活動の対象としている人々に対して、人間存在を全体的に捉えるべ
きであると考えている。すなわち、西洋医学を中心とした上で、食事療法、東
洋医学や代替医療等も包含する統合医療の観点から理解しケアを展開している。
分娩を取り扱う開業助産師の業務基準に関しては、「助産所業務ガイドライン」
を定め、それに基づき、母子の安全性を最優先した業務を実施している。
したがって、助産学に付随する医学の考え方の基盤は、いうまでもなく西洋医
学であり、あくまでも西洋医学的見解を主に助産学が展開されていることは既
存の事実である。それゆえ、助産師業務にまつわる妊産褥婦や新生児の様々な
ケアに関する考え方も同様である。
それゆえ、ビタミンK2の投与や予防接種は、インフォームド・コンセント
のもと推奨されるべきである。
以上
(転載元:http://www.midwife.or.jp/pdf/k2.pdf 強調は引用者による。)
「それゆえ」の連続使用などまたしても日本語がおかしいが、いよいよ内容が胡散臭くなってきたので、この際そのことは置いておこう。
読売新聞の記事を読む限り女児が亡くなってしまったのは助産師がホメオパシーという自然療法が代わりになると信じて、必要なビタミン剤を女児に与えなかったことにある。それなのに、哀悼の意を表したすぐ次のページで、「自然の力を重視」といういかにも自然療法・自然出産的なフレーズを白々しく出しているのだ。さらに、「人間存在を全体的に捉えるべき」という表現も象徴的だ。これは、ホメオパシー支持者が多用する「ホリスティック」という概念を指していると思われる。これは"現代医学は対象を部分に分けて考えるが、ホメオパシーはホリスティックに(全体論的に)対象を捉える"というような還元論批判の文脈で、彼らの脳内現代医学から自分の信じるホメオパシー(あるいはそれ以外の代替医療)の差別化を図るのによく使われるキーワードだ*5。どうやらこの文書を書いた人物は自然療法に親和性が高い人物のようだ。もしかすると助産師会に蔓延る自然出産・怪しげな代替医療の"汚染"はかなり深刻で、公式な発表を作成・チェックする立場にある人にまで汚染が及んでいるのかもしれない*6。
それから、もう一つ特筆すべきなのは、異常なまでの「西洋医学」の強調だろう。「西洋医学を中心とした」「いうまでもなく西洋医学」「あくまでも西洋医学」と「西洋医学」を猛プッシュしている。事情を知らない人が読んだら、何の話をしているのか分からないのではないだろうか。これは飽くまでも、ホメオパシーをあてにしてビタミン剤を乳児に与えなかったがために女児が病気で死んでしまったとされる事件を受けての発表なのに、どうしてこんなに西洋医学の話をしているのやら。
私が思うにこれは「私たちはきちんとした西洋医学を(も)やってますよ。排他的なカルト集団じゃないですよ。」アピールではないかと思う。助産師会はこれまで散々ホメオパシーを広めてきたので、予防線を貼張らずにはいられないのだろう。結果として墓穴を掘っているようにしか見えないが。
まとめ
この発表を読んでの私の推測を含む考察を以下にまとめる。
- 日本助産師会はこの件に関して必要なチェックを怠るほど真剣でないか、あるいはチェックできないほど慌てている可能性がある。
- この文章を書いた人は自然療法・自然出産に親和性が高い人物である可能性がある。
- ホメオパシーの普及に一役買っていた過去に追求が及ぶのを恐れてか、予防線を
貼張ろうとしている可能性がある。
*1:哀悼の意を表する文書では「ですます」調が普通のような気がする。いずれにせよ統一して用いるべきだが。
*2:あるいは全くチェックせずに
*3:あるいは慌てすぎて正常なチェックが機能していない可能性もあるが。
*4:そもそも「見解」と哀悼の意を表する文章をまとめて発表したのが適切だったのかも疑問だが。
*5:http://www.holistic-medicine.or.jp/what_holistic.htm
*6:これが単なる猜疑心から来る思い込み以上のものであることは、[http://d.hatena.ne.jp/Mochimasa/20100709/1278678386:title=前のエントリー]に書いたように助産師会がホメオパシーの普及に協力してきた事実を考えれば納得していただけると思う